第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の開幕にあわせ、笹川平和財団(角南篤理事長)は8月20日、「食料安全保障とブルーエコノミー」をテーマに公式サイドイベントとしてハイレベルのシンポジウムを開催した。アフリカ各国の首脳に加え、日本政府からは石破茂首相らが加わり、農業と水産業の持続可能な発展を巡って熱い議論が交わされた。

 笹川平和財団は近年、海洋資源を経済成長と環境保全の両立に生かす「ブルーエコノミー」に注力し、政府への政策提言や国際シンポジウムを重ねてきた。その集大成が今回の首脳級対話だ。

 テーマは「アフリカにおける持続可能・包摂的・対応力ある食料システムと地域経済の未来:ブルーエコノミーと農業の視点から」

▽角南理事長「食料システムの強化は最優先課題」

 会場のパシフィコ横浜(横浜市)で午前10時に始まったシンポジウム。開会のあいさつに立った角南理事長は、アフリカが直面するさまざまな課題―人口増加・気候変動・地政学的緊張―などを挙げて「食料システムの強化は最優先の課題だ」と口火を切った。

 ケニア国際会議(2018年)やアフリカ連合による戦略採択(2019年)を例にブルーエコノミー政策の広がりに触れた上で、笹川平和財団では昨年来の専門家会合の成果を日本政府に提言したと報告。そこには、政策対話の制度化、インパクトファイナンスやスタートアップ支援の拡充、実践力を有する人材育成が盛り込まれた。

 続いて登壇した笹川陽平名誉会長は、1984年のエチオピア大飢饉(ききん)を機に始めた農業支援を紹介。米国のカーター元大統領や「緑の革命」を推進したノーマン・ボーローグ博士、父・笹川良一氏が共に小規模農家の生産向上に取り組んだ経験を語り、「ネバーギブアップの精神で農民と共に歩んできた」と振り返った。これまでに30カ国で1万2千人を超える農業普及員を育成してきた実績を示し、「アフリカと共に汗をかき、豊かな未来を実現したい」と呼びかけた。

▽石破首相「人間の安全保障の柱」

 シンポジウムの開幕後、ほどなく会場入りしたのは石破首相。拍手に迎えられ登壇すると、「アフリカからお越しの皆さま方。日本は今、めちゃくちゃ暑い。

気候変動の影響であります」と切り出し、場を和ませた。

 石破首相は、アフリカでは農産物の増産が進む一方で人口増加による輸入依存が続く現状に触れ、「農業の生産性向上と持続可能な食料システムの構築は急務。食料安全保障は人間の安全保障の柱だ」と述べた。

 日本の強みとして挙げたのは「現場主義」。国際協力機構(JICA)稲作専門家の坪井達史氏の名を引きながら、現地の農家が協力してアフリカの水稲品種「ネリカ米」を普及させ、多くの国で収量増を実現していると評価した。

 さらに、日本の養殖技術やデジタルによる漁場管理がアフリカの持続可能な漁業振興に貢献していると指摘。「アフリカの人々の幸せは、日本国民にとっても幸せだ」と結び、相互利益に基づく協力を訴えた。

各国首脳が示した展望――農業・ブルーエコノミー・未来世代への投資

 続くパネルディスカッションでは、アフリカの首脳陣が壇上に並び、順次マイクを握った。テーマは農業生産性の向上からブルーエコノミーの発展、若者や女性への投資など多岐にわたった。共通していたのは「アフリカの潜在力」と「日本との連携」だ。

▽ケニア大統領、農業とブルーエコノミー推進を強調

 ケニアのウィリアム・ルト大統領は、稲作プログラムで日本の支援を受けたことに感謝した上で、来年3月に「海洋サミット」を開催すると表明。マングローブ林の再生や、漁業資源の持続的な利用につなげる漁業バリューチェーンを整備する方針も明かした。

過去2年間で食料輸入額を20億ドル削減したといい、「アフリカは世界の食料安全保障に貢献できる」と強調した。

▽カーボベルデ首相「農業とブルーエコノミーは戦略的優先課題」

 カーボベルデのユリス・コレイア・エ・シルバ首相は、深刻な干ばつに見舞われており、下水処理水の再利用や干ばつ用の点滴灌漑(かんがい)を普及させ、再生可能エネルギーにも多額の投資を行うことになったと紹介。ブルーエコノミーと観光を組み合わせたいとも述べ、「知識と技術を持つ日本は素晴らしいパートナーだ」と呼びかけた。

▽ナミビア首相「スマート農業とブルーエコノミーで成長」

 ナミビアのエリア・ングラレ首相は「気候変動による干ばつや洪水が打撃となり、食料価格が家計を直撃している」と危機感を示し、食料安全保障を最優先課題と位置付けた。このほど、NDP6(第6次国家開発計画)を発表。今後5年間で農業とブルーエコノミーを成長させ、天然資源依存からの脱却と女性・若者への支援と投資を訴えた。

▽ギニアビサウ担当大臣「ブルーエコノミー国家戦略を推進」

 ギニアビサウのソアレシュ・サンブ経済・計画・地域統合担当大臣は、ブルーエコノミーに関する国家戦略・投資計画(2024年~2030年)に触れ、漁業や養殖、再生エネルギー、観光、海運、バイオテクノロジーなどを包括的かつ持続可能な分野に成長させる必要性を訴えた。特に世界自然遺産のビジャゴ諸島を取り上げ、豊かな海洋生物多様性と美しい自然資源の活用に意欲をみせた。

▽日本・外務政務官「アフリカ最大の資源は人材」――現場主義と人材育成を強調

 各国首脳の報告を受け、日本の松本尚外務政務官は、日本の協力の特徴は「現場主義」「人材育成」と説明。ザンビアの小規模灌漑支援や、各国に稲作指導した例を引いて「アフリカ最大の資源は天然資源ではなく人材だ」と語った。

国際機関「農業とブルーエコノミーで若者主導の変革を」

続いて報告に立ったアフリカ連合委員会(AUC)のモーゼス・ヴィラカティ担当コミッショナーは、農業とブルーエコノミーを、若者主導の成長産業へ転換する必要性を強調。農業を魅力あるキャリアに変え、4億人超の若者に雇用・起業の機会提供を提言。

ブルーエコノミーも数百万人規模の雇用を創出できるとし、日アフリカの基金も提案した。

 さらに、アフリカ開発銀行(AfDB)農業・農産業部門のマーティン・フレゲネ局長は、過去10年で150億ドル超を農業や漁業へ投資したと証言。2万5千件のアグリビジネスを支援し、養殖産業では2000年以降に455%成長したと明かした。

 最後に、ササカワ・アフリカ財団(SAA)のアミット・ロイ会長は締めくくりのあいさつで「強靱(きょうじん)な食料システムには、政府、民間セクター、市民社会、そして特に若者と女性を結集したリーダーシップ、イノベーション、そしてパートナーシップが必要であることをディスカッションは示してくれた。率直で刺激的な意見交換だった」と総括した。


笹川平和財団、TICAD9直前にブルーエコノミー会議

 笹川平和財団はTICAD9開幕前日の19日にも、「インパクトファイナンスによる食料安全保障とブルーエコノミー推進」と題するパートナーイベントを横浜市で開催。20日のハイレベル対話とは対照的に、実務者が具体例を披露し、会場を沸かせた。

 基調報告した小林正典・上席研究員は、資源を持続的に管理する仕組みとして、①ジャマイカで漁民組合が主導して漁場の利用ルールを定めた取り組み、②岡山県で水産加工業から出るカキ殻を再利用して漁場環境を改善する試み、③沖縄県の基金によるサンゴ礁の再生支援―を紹介した。

 みずほフィナンシャルグループ(FG)の末吉光太郎CSuO補佐は、川崎市が発行した国内初の自治体ブルーボンド(海洋環境保護のための資金調達債券)を例に挙げ、市民が購入することで沿岸保全に直接参加できる意義を強調した。

 このほかにも、国際協力機構(JICA)の田村實国際協力専門員がアフリカで成功した養殖事例を紹介。台湾の国際協力開発基金(ICDF)のユーリン・ファン事務総長は、エスワティニで女性向けに融資・研修を行った成果を報告。米国の国際環境NGOコンサベーション・インターナショナルのジミエル・マンディマ氏はリベリアでのマングローブ保全を紹介した。

 この日、ビデオメッセージを寄せたローマ教皇庁科学アカデミー・社会科学アカデミーのピーター・タークソン枢機卿は「人間の尊厳を中心に据えた開発」を呼びかけ、登壇したEarth Our Common Home Fundのアラン・ドーンズ理事長からは「アフリカ諸国では政権交代が頻繁で、プロジェクトの継続性が失われやすい。教会など信頼できるパートナーと協力することが持続可能性の鍵になる」との指摘があった。

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