2004年にアサヒビール社内独立支援制度を使って独立起業し、ラウンダー事業を手掛けるmitorizはいまや売上50億円に。ファウンダーの木名瀬博さんは「『面倒なこと』を事業にしようとは普通は考えない。
振り返るとそこにブルーオーシャンがあった」という――。(第2回/全3回)
※本稿は、木名瀬博『「当たり前」を極める人だけがビジネスチャンスをつかむ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「面倒くささ」にビジネスチャンスあり
レシートデータを活用したマーケティング支援事業という「宝の山」に気づいても(第1回「『“デキる非正規”の生産性は正社員の4倍』アサヒビールが数値化して明らかになった“驚きの結果”」参照)、それをビジネスにしたいと誰も思わないのは、そこに面倒な障壁があるからです。
たとえば、濁った水も処理を施せば飲み水になることはみな知っていますが、そのためには多くのプロセスが必要だとわかったら、自分でやろうという気に普通はなりません。それと一緒です。
ラウンダー事業の障壁は、非常に面倒だということでした。効率や能率がもてはやされる今日、人を集め、活用して、結果を出すシステムをつくるのは、割のいいビジネスとはお世辞にもいえません。
私は、あえてその世界に飛び込み、さらに、つくったものを誰も真似したいと思わないレベルまで徹底的に磨き上げました。
だから、ゼロからスタートしたmitorizは、いまや売上50億円。安定的に業績を上げることができているのです。
■数値化で彼女たちの価値を証明する
当社のキャスト用のラウンダーマニュアルのベースになっているのは、アサヒビール時代につくったラウンダーの「基本活動20」です。
もともとはマニュアルをつくるのが目的ではなく、スタッフさんの仕事の成果を数値化することでした。
「彼女たちにはこれだけ価値がある」ということを、誰にでもわかるよう証明してみせたかったからです。
ちなみに、最初に数値化を試みたのはアサヒビールの社内向けでしたが、これをやっていたおかげで、のちにmitorizを立ち上げ、ラウンダー事業を外販する際に大いに役立ちました。
■優秀な20人の「成果が出る習慣」を徹底分析
スタッフさんが行っているラウンダーの仕事をリスト化して、それぞれを数値で表すためには、まず彼女たちが日々どんな活動をしているかを把握しておかなければなりません。
また、ラウンダーの活動量を数値化して比較するには、基準となる働き方を明確にする必要があります。しかも、それは生産性と直結していなければ意味がありません。
ということは、高いパフォーマンスを上げているスタッフさんに共通するやり方を分析すれば見えてくるはずです。
そこで、当時、優秀とされていたスタッフさん20人がどんな働き方をしているのかを実際にこの目で確認することにしました。私は、何が彼女たちを優秀たらしめているか、そのポイントをひとつも見逃さないよう、朝から晩まで張り付いて調べたのです。
■密着してわかった「真実」
彼女たちと最寄り駅で待ち合わせをして、店舗に向かう車に同乗させてもらい、到着までの間はどのような方なのか人となりを伺って、今日のスケジュールやどんな準備をしてきたのかなどを質問しては助手席でメモをとる。
店舗では一緒に仕事を行いながら、傍(かたわ)らで一挙手一投足をつぶさに観察し、それこそ車の止め方から担当者との会話の内容まで、気がついたことは片っ端から記録していきました。
20人分やると、なぜ彼女たちがほかのスタッフさんの何倍もの仕事をこなし、成果を上げられるのか、その理由が見えてきました。
たとえば、優秀な人は車の止め方からして、すでにほかの人とは違います。

普通の人は管理室のある入り口の近くに駐車します。ところが、私が同行したスタッフさんは、空いているにもかかわらず、わざわざ駐車場のはずれの遠い場所に車を止めます。お客様や配送業者の邪魔にならないよう、あえて不便な場所を選んで車を止めていたのです。
■面倒なことは後回しにしない
ラウンダー業務の案件が決まると、時間をかけてしつこいくらいクライアントのヒアリング行い、案件ごとのマニュアルもつくります。ここを端折(はしょ)って仕事に入ると、トラブルが起こりがちだからです。
マニュアルには、キャストに余計な問い合わせをさせないという目的もあります。
現場でわからないことがあると、キャストは当社の社員に電話をかけて尋ねるしかありません。もしそれが社員にもわからないことだったら、今度は社員がクライアントの担当者に確認し、さらにそれをキャストに伝えることになります。複数のキャストから同様の問い合わせが入ると、もう通常の業務などやっていられなくなります。
こういう事態に陥るのを回避する方法はただ1つ。キャストから問い合わせが来そうな事項はあらかじめクライアントに質問して答えをもらい、それをマニュアルに反映させておけばいいのです。
自分がわからないことはキャストもわからないのですから、たいていはあとで何人ものキャストから質問されることになります。

面倒なことを後回しにしてしまうと、その後の対応がさらに複雑になり、何倍もの手間や時間がかかることになるのです。
■楽してスマートに成果を出すのがプロ
私は昔もいまも、目の前に山積みになった仕事に必死の形相で取り組むような働き方はしたくありません。できるだけ楽をしてスマートに働きたいと思っています。
詳細なマニュアルをつくるのもそのためです。そのときは時間がかかっても、それがあればあとでその何倍も、時間が節約できるではありませんか。キャストにしても、早く仕事を終えて家に帰りたいのです。
たとえ時間がかかろうと、マニュアルの充実は不可欠なのです。
■予想外に人手がかかった新しいビジネス
ラウンダー事業で実績を積み重ね、2013年になって新たに事業化したのが、消費者購買行動データサービス「Point of Buy(以下、POB)」です。
POBは、レシートの購買履歴に顧客情報を紐付けたマルチプルID-POSです。
POBを立ち上げたころは、競合らしい競合は見当たらなかったこともあり、すぐに投資分は回収できると考えてスタートしました。ところが、思いもよらなかったことが次々と噴出し、計画の修正を余儀なくされます。
まず、予想外に人手がかかりました。

チェーンごとに独自の商品コードを設定していたため、レシートの表記がバラバラなのです。たとえば、同じ飲料でも何ミリリットルというところまで記入されているもの、商品名だけ、商品名の一部だけが記入されているものと必ずしも表記が統一されておらず、そのままだと別の商品として入力されてしまうため、データベースの信頼度が下がります。
そのためのメンテナンスには人の手に頼らざるをえません。しかも、毎月膨大な数の新商品が出るので、びっくりするくらい労力がかかるのです。
それから、レシートの数の確保にも苦労しました。当初は登録済みのキャストに集めてもらえば大丈夫だろうと考えていたのですが、手を挙げる人が思いのほか少なかったのです。
■課題を1つひとつ解決していけば成功する
POBを立ち上げたばかりのころはデータの数が少なかったこともあって、なかなか売れず苦労しました。
いちばんの壁は、変化を嫌う日本企業の体質でした。
それから、どういう消費者情報があれば有効に活用できるかが、最初のうちはメーカー側も提供するこちら側もよくわかっていなかったというのも、売れなかった理由の1つだといえます。正解にたどり着くまで時間がかかってしまったのです。
事業の滑り出しは決して順調とはいえませんでした。それでもあきらめなかったのは、商品が売れるか売れないかの答えを知っているのは消費者であるという私の信念がぶれなかったからです。
また、「答えを知っているのは消費者である」を営業先で否定されたことは一度たりともありません。
だから、売れない時期が続いても、課題を1つひとつ解決していけば必ず成功するという自信は、逆に深まっていきました。
■人がやらない、やりたがらないことをやる
自信の裏付けとなったもう1つの理由は、このビジネスの「面倒くささ」です。
同じ商品でも表記が統一されていないため、OCR処理しただけでは正確なデータベースがつくれません。最終的には人が目検し、手作業で入力しなければならないので、膨大な労力がかかります。
予想外のことでしたが、これは逆にチャンスだと思いました。
人手をかけてレシートを集め、商品コードを統一して入力し、そこに消費者情報を紐付けるなどという面倒なことをあえて事業にしようなどとは、普通は考えないからです。
■「面倒くささ」はブルーオーシャン
女性の活用にしても、レシート活用にしても、そんなに美味しいのならウチも、と同じようなビジネスモデルで参入してきて、あっという間にレッドオーシャンになってしまうのではないかと考える人もいるでしょう。
しかし、いまのところあまり心配していません。なぜなら、当社のビジネスモデルはものすごく緻密に設計されているので、真似ようと思ってもそう簡単にはいかないだろうと楽観しているからです。
そもそも、後追いで参入しようとする会社があったとしても、こんなに面倒だということがわかったら、たいていの経営者はすぐに撤退します。
当社の独壇場は当分続くと思っています。

人がやらない、やりたがらないことをやる――。ビジネスで確実に成功したければ、これしかありません。

----------

木名瀬 博(きなせ・ひろし)

mitorizファウンダー

1988年、立教大学法学部卒業。同年、アサヒビール入社。2002年、アサヒビール100%出資にて店頭営業支援会社スマイルサポート(現アサヒフィールドマーケティング)の設立に関わり、企画部長に就任。1500人のパート契約スタッフをアサヒビールから受け入れ、PDAを活用したSFAの成功事例として注目を浴びる。2004年、アサヒビール社内独立支援制度に応募し、合格第1号事業として独立。2004年、ソフトブレーン・フィールド(現mitoriz)を創業し、社長に就任。2025年、会長に就任、現在に至る。

----------

(mitorizファウンダー 木名瀬 博)
編集部おすすめ