なぜ、味の素冷凍食品「ギョーザ」は、ロングセラーでありながら毎年のようにリニューアルをするのか。「プロフェッショナルパネル」の社内資格を持つ研究員の斎藤大暉さんは「すでにさまざまな技術が結集された商品でも、お客様から何らかの声が上がる以上、100点満点ではない」という――。
■商品は常に“未完成”である
2021年のことだった。「選手村の金メダルだ!」
東京オリンピックの真っ只中。米国、ポルトガル、台湾の選手たちがSNSでこぞって絶賛した一品がある。「世界一うまいギョーザだ」とまで言い切ったその声を覚えている人もいるだろう。しかもそれは、スーパーマーケットやドラッグストアで買える食品だった。
味の素冷凍食品、その名もずばり「ギョーザ」。
2003年、この味は国内の市販用冷凍食品の単品売り上げで1位に輝く。以来22年、カテゴリートップ(*1)をひた走る、年間1億パック200億円超を売り上げる怪物商品である。
「最大の強みは、お客様の声です。そのニーズに徹底的に耳を傾けると、常に課題が生まれてきますから。一つひとつそれを逃さず改良してきた製品が、この『ギョーザ』です」
こう語るのは、研究・開発センター商品開発部の斎藤大暉(だいき)さん(31歳)。2019年入社以来商品開発に携わり、23年より「ギョーザ」開発の最前線に立つ若き精鋭だ。
ふと、疑問も湧いた。「ギョーザ」はロングセラー商品だ。“お客様の声”はすでに皮の中にぎゅうぎゅうに詰まっていたのではないのか。
「はい、すでにさまざまな技術が結集された商品ですが、今も何らかの声が上がる以上、100点満点ではありません。研究開発部門の私たちは、それを改善するのが使命。常に“未完成”な部分があるので、それを探して改良に取り組みます」
*1 インテージ SRI+「冷凍+チルド餃子市場(2023年4月~2024年3月)」販売金額
■「皮の底にあらかじめ油を仕込めばいい」
課題の原点は「餃子を焼く難しさ」にあった。調理が難しいのだ。油加減に水加減。皮が焦げつく、破れる、しかもフライパンから離れない――。国民食と呼ばれる一方で、餃子の調理に誰もが苦労していた。それを、いつなんどき誰が調理してもうまく焼け、パリッパリの羽根が出来て、しかも食感さえもパリッとさせたい。
「転機は、油を使わずに焼けるようにしたことです。次に、“水も不要”にしたのが大きな分岐点になりました」
「ギョーザ」の歴史は実は長い。発売は1972年。しかし、当時の冷凍食品は“弁当向け”のイメージが強く、家庭の食卓では馴染みが薄かった。20年間ほどはさほど売れなかったという。「そこで1997年、『油なしで焼けるギョーザ』を発売しました」。
餃子調理の第一の壁。それは前述の通り、油加減だ。ある社員が製造ラインを眺めながらふと思いつく。「皮の底にあらかじめ油を仕込めばいいんじゃないか」と。この生活者の実態に応えた発想が、2003年「売り上げ1位」の勝ち筋となる。
「それが、2013年の『油・水なしで焼けるギョーザ』という次の転機へのスタートラインにもなりました」
水も不要。餃子調理の常識を捨て去ったこの発想には、技術的な実現に約2年を要した。しかし「水なし」の衝撃はさらに世間を揺さぶり、「ならば買ってみよう」という“初心者”を一気に増やしていく。
■水も油も要らずに羽根つきギョーザが焼きあがる
「私が入社したときには、油も水もまったく要らずに調理できるところまで仕上がっていましたが、その発想自体が改良の命だと思っています。だから今も、引き算や逆算を日頃から意識しています」
具体的にはどうするのか。
「開発の先輩たちからの教えは、『答えは調理場に有り』。お客様の台所ですね。実際にどんな調理をしているのか、インタビューをしたり、実際に訪問したり。料理の際に何が起きているのかをとことん追求するのが基本です」
すると、思わぬことがわかったという。
かつて商品説明の欄には、調理に必要な水分量が明記されていた。だが、それを守っている人はあまりにも少なかった。計量カップなんて使わない。
思えば当然だ。時間が惜しい。少しでも早く作りたい。その切羽詰まった思いも冷凍食品の素材だったのだ。
「こんなふうに作れば、われわれの考えたおいしさになります、ではダメなんですね。実際に作る人に100%寄り添う気持ちが必要だと。それを『ギョーザ』の来た道に教わりました」
業務使命の“アンカー”は、お客様だった。「ならば、水なしで焼ける餃子を作ればいい」。そんな逆転の発想は、こうして生まれたと言える。自ずと結果も付いてくる。油なし水なし、しかもたった5分ちょっとで12個キレイに焼きあがる「ギョーザ」は、予想をはるかに超える大ヒットとなった。
■課題が見つかると武者震いする
斎藤さんは実感を込めて語る。
「商品が出来上がるまでのプロセス、それは、限りがないんじゃないかと思えるときがあります」
それでも諦めないのは、なぜなのか。
「ええ。逆に課題が見つかると、それこそみんな武者震いするんです。よし、やるぞ、と」
斎藤さんは笑った。皮の素材や使う塩を見直したり、皮を練る工程を変えたり。プロが作る皮を顕微鏡で観察して構造の違いを研究したり、素材の肉や野菜の産地を変えてみたり。少しでもおいしさが高まらないか。風味を増せないか。後味をさらに良くできないかと、常に素材と製法を見直している。それこそ0.数ミリ、皮を薄くするだけで、味は変わるのだという。
彼を筆頭に、いったいどんなチームがこの無限開発を支えているのだろう。
「当社では、マーケティング部門にも開発グループがあるんです。だから意思疎通が早く、連携して改良に取り組めます。もっと肉の風味を上げよう、香味野菜の生姜を強くしてみたらどうか、などとネタは尽きません」
■食べるだけで味を数値化できるプロフェッショナル
開発の現場はラボのみならずマーケットでもあることを、日本一の商品は知り尽くしていた。だからこそ改良に終わりはなく、ロングセラー商品も毎年のようにリニューアルされていく。「ギョーザ」が「永久改良」の精神を掲げるゆえんだ。
とはいえ、顧客の要望を実現するための改良には高度なスキルが必要である。実は斎藤さん、豚肉や香味野菜の味の強さ、さらには皮の弾力などを食べるだけで数値化できる「プロフェッショナルパネル」という社内資格を持っている。「パネル」とは「評価者の集団」。いわば、“味覚のプロ免許”である。
訓練は6カ月に及んだという。結果、社内で決められた味や食感の細かな裁定基準について、なんと“食す”だけで点数を付けられるまでになった。分析機器などはいっさい不要というわけだ。
「ひたすら食べ続けました。そうすることで、食材の細かな味の違いがわかるようになりました。先味、中味、後味などタイミングや、奥歯で噛むか、前歯で噛むかも味に影響しますので、その差も大事にしています」
10点満点で数値化する場合もあれば、プラスマイナスで微妙な差をチームで共有することもあるらしい。こうして訓練で磨き上げた特殊スキルを活かしながら、仮説を基にトライアルを重ねていく。
■1本のSNSで戦いの幕が開く
「例えば、うまみといっても本当に多様です。どの素材を使うかという選択もありますし、食べた瞬間のうまみを上げたいのか、噛み続けたときに出てくるうまみを優先するかで、処方の仕方は変わります。しっかりそれらを言語化することが、開発メンバーには求められます」
闇雲な改良ではない。仮説を立て、データで検証し、うまみの時間差すら設計していく。冷凍食品をここまで突き詰める開発陣。その執念を揺るがす出来事が起きたのは、2023年のことだった。
きっかけは、1本のSNS投稿だ。
「誰でも上手にできるはずなのに、『ギョーザ』がフライパンに張り付いた」
そんなはずはない。油なし水なしで、キレイに焼けるのがこの「ギョーザ」なのに……。味の素冷凍食品のSNS担当は、投稿に対してこう呼びかけた。
「よろしければ、そのフライパンを見せてもらえませんか」
こうしてのちに世間を驚かせることになる「冷凍餃子フライパンチャレンジ」が幕を開けた――。
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上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)、『外資系トップの仕事力』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。
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(ブックライター 上阪 徹)
■商品は常に“未完成”である
2021年のことだった。「選手村の金メダルだ!」
東京オリンピックの真っ只中。米国、ポルトガル、台湾の選手たちがSNSでこぞって絶賛した一品がある。「世界一うまいギョーザだ」とまで言い切ったその声を覚えている人もいるだろう。しかもそれは、スーパーマーケットやドラッグストアで買える食品だった。
味の素冷凍食品、その名もずばり「ギョーザ」。
2003年、この味は国内の市販用冷凍食品の単品売り上げで1位に輝く。以来22年、カテゴリートップ(*1)をひた走る、年間1億パック200億円超を売り上げる怪物商品である。
「最大の強みは、お客様の声です。そのニーズに徹底的に耳を傾けると、常に課題が生まれてきますから。一つひとつそれを逃さず改良してきた製品が、この『ギョーザ』です」
こう語るのは、研究・開発センター商品開発部の斎藤大暉(だいき)さん(31歳)。2019年入社以来商品開発に携わり、23年より「ギョーザ」開発の最前線に立つ若き精鋭だ。
穏やかな声ではあるが、力がある。
ふと、疑問も湧いた。「ギョーザ」はロングセラー商品だ。“お客様の声”はすでに皮の中にぎゅうぎゅうに詰まっていたのではないのか。
「はい、すでにさまざまな技術が結集された商品ですが、今も何らかの声が上がる以上、100点満点ではありません。研究開発部門の私たちは、それを改善するのが使命。常に“未完成”な部分があるので、それを探して改良に取り組みます」
*1 インテージ SRI+「冷凍+チルド餃子市場(2023年4月~2024年3月)」販売金額
■「皮の底にあらかじめ油を仕込めばいい」
課題の原点は「餃子を焼く難しさ」にあった。調理が難しいのだ。油加減に水加減。皮が焦げつく、破れる、しかもフライパンから離れない――。国民食と呼ばれる一方で、餃子の調理に誰もが苦労していた。それを、いつなんどき誰が調理してもうまく焼け、パリッパリの羽根が出来て、しかも食感さえもパリッとさせたい。
それが使命だった。
「転機は、油を使わずに焼けるようにしたことです。次に、“水も不要”にしたのが大きな分岐点になりました」
「ギョーザ」の歴史は実は長い。発売は1972年。しかし、当時の冷凍食品は“弁当向け”のイメージが強く、家庭の食卓では馴染みが薄かった。20年間ほどはさほど売れなかったという。「そこで1997年、『油なしで焼けるギョーザ』を発売しました」。
餃子調理の第一の壁。それは前述の通り、油加減だ。ある社員が製造ラインを眺めながらふと思いつく。「皮の底にあらかじめ油を仕込めばいいんじゃないか」と。この生活者の実態に応えた発想が、2003年「売り上げ1位」の勝ち筋となる。
「それが、2013年の『油・水なしで焼けるギョーザ』という次の転機へのスタートラインにもなりました」
水も不要。餃子調理の常識を捨て去ったこの発想には、技術的な実現に約2年を要した。しかし「水なし」の衝撃はさらに世間を揺さぶり、「ならば買ってみよう」という“初心者”を一気に増やしていく。
■水も油も要らずに羽根つきギョーザが焼きあがる
「私が入社したときには、油も水もまったく要らずに調理できるところまで仕上がっていましたが、その発想自体が改良の命だと思っています。だから今も、引き算や逆算を日頃から意識しています」
具体的にはどうするのか。
「開発の先輩たちからの教えは、『答えは調理場に有り』。お客様の台所ですね。実際にどんな調理をしているのか、インタビューをしたり、実際に訪問したり。料理の際に何が起きているのかをとことん追求するのが基本です」
すると、思わぬことがわかったという。
かつて商品説明の欄には、調理に必要な水分量が明記されていた。だが、それを守っている人はあまりにも少なかった。計量カップなんて使わない。
日々の台所は“目分量”が常識だった。
思えば当然だ。時間が惜しい。少しでも早く作りたい。その切羽詰まった思いも冷凍食品の素材だったのだ。
「こんなふうに作れば、われわれの考えたおいしさになります、ではダメなんですね。実際に作る人に100%寄り添う気持ちが必要だと。それを『ギョーザ』の来た道に教わりました」
業務使命の“アンカー”は、お客様だった。「ならば、水なしで焼ける餃子を作ればいい」。そんな逆転の発想は、こうして生まれたと言える。自ずと結果も付いてくる。油なし水なし、しかもたった5分ちょっとで12個キレイに焼きあがる「ギョーザ」は、予想をはるかに超える大ヒットとなった。
■課題が見つかると武者震いする
斎藤さんは実感を込めて語る。
「商品が出来上がるまでのプロセス、それは、限りがないんじゃないかと思えるときがあります」
それでも諦めないのは、なぜなのか。
「ええ。逆に課題が見つかると、それこそみんな武者震いするんです。よし、やるぞ、と」
斎藤さんは笑った。皮の素材や使う塩を見直したり、皮を練る工程を変えたり。プロが作る皮を顕微鏡で観察して構造の違いを研究したり、素材の肉や野菜の産地を変えてみたり。少しでもおいしさが高まらないか。風味を増せないか。後味をさらに良くできないかと、常に素材と製法を見直している。それこそ0.数ミリ、皮を薄くするだけで、味は変わるのだという。
彼を筆頭に、いったいどんなチームがこの無限開発を支えているのだろう。
「当社では、マーケティング部門にも開発グループがあるんです。だから意思疎通が早く、連携して改良に取り組めます。もっと肉の風味を上げよう、香味野菜の生姜を強くしてみたらどうか、などとネタは尽きません」
■食べるだけで味を数値化できるプロフェッショナル
開発の現場はラボのみならずマーケットでもあることを、日本一の商品は知り尽くしていた。だからこそ改良に終わりはなく、ロングセラー商品も毎年のようにリニューアルされていく。「ギョーザ」が「永久改良」の精神を掲げるゆえんだ。
とはいえ、顧客の要望を実現するための改良には高度なスキルが必要である。実は斎藤さん、豚肉や香味野菜の味の強さ、さらには皮の弾力などを食べるだけで数値化できる「プロフェッショナルパネル」という社内資格を持っている。「パネル」とは「評価者の集団」。いわば、“味覚のプロ免許”である。
訓練は6カ月に及んだという。結果、社内で決められた味や食感の細かな裁定基準について、なんと“食す”だけで点数を付けられるまでになった。分析機器などはいっさい不要というわけだ。
「ひたすら食べ続けました。そうすることで、食材の細かな味の違いがわかるようになりました。先味、中味、後味などタイミングや、奥歯で噛むか、前歯で噛むかも味に影響しますので、その差も大事にしています」
10点満点で数値化する場合もあれば、プラスマイナスで微妙な差をチームで共有することもあるらしい。こうして訓練で磨き上げた特殊スキルを活かしながら、仮説を基にトライアルを重ねていく。
■1本のSNSで戦いの幕が開く
「例えば、うまみといっても本当に多様です。どの素材を使うかという選択もありますし、食べた瞬間のうまみを上げたいのか、噛み続けたときに出てくるうまみを優先するかで、処方の仕方は変わります。しっかりそれらを言語化することが、開発メンバーには求められます」
闇雲な改良ではない。仮説を立て、データで検証し、うまみの時間差すら設計していく。冷凍食品をここまで突き詰める開発陣。その執念を揺るがす出来事が起きたのは、2023年のことだった。
きっかけは、1本のSNS投稿だ。
「誰でも上手にできるはずなのに、『ギョーザ』がフライパンに張り付いた」
そんなはずはない。油なし水なしで、キレイに焼けるのがこの「ギョーザ」なのに……。味の素冷凍食品のSNS担当は、投稿に対してこう呼びかけた。
「よろしければ、そのフライパンを見せてもらえませんか」
こうしてのちに世間を驚かせることになる「冷凍餃子フライパンチャレンジ」が幕を開けた――。
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上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループを経て、94年よりフリーランス。広告、記事、広報物、書籍などを手がける。インタビュー集として、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)、『外資系トップの仕事力』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター塾」開講。日本文藝家協会会員。
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(ブックライター 上阪 徹)
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