■親の英語力がなくても「おうち英語」が成立するワケ
【尾島】10年ほど前、小学校6年生の英語授業を見学した際、驚くほどスピーキングが上手な女子児童がいました。聞けば、その子は帰国生ではないし、親も英語ができるわけではない。じゃあどうやって英語を習得したのかと聞くと、幼少期から自宅で動画教材などを使っていたと言うんです。
【辻】いわゆる「おうち英語」ですね。
【尾島】それを機に、英語力の高い小学生を対象に、家庭でどんな英語学習をやっているかを研究するようになりました。すると、小3の時点で、大学までの英語授業で受けるインプット量(約1000~1200時間)を遥かに超えている子がいた。それが、決して珍しい例ではなかったんです。
【辻】先生が会ってきた、海外暮らしの経験がないのに「英語力の高い子」には、どんな共通点がありましたか?
【尾島】まず、乳幼児期から家庭でDVDやCDなどの教材を使って大量に英語を浴びせている(「かけ流し」といわれる)。圧倒的に英語への接触時間が長いんです。
【辻】近年はオンラインで教材や絵本が手軽に手に入ることもあり、おうち英語を始める人が増えてきましたね。
【尾島】親は教材となるDVD、CD、読み聞かせのための絵本などを用意して、家の中に英語が聞こえてくる「環境」をつくるところから始める……というのがおうち英語の一般的なスタイルですね。
【辻】親が唯一の先生になると、子供の英語力は親の英語力の上限で頭打ちになってしまうけれど、主なインプット源が本や映像だからこそ、いずれ子供が親の英語力を追い抜いていくことができるのが「おうち英語」のひとつの魅力ですよね。わが家の子供(小5と小3)は、海外の人と不自由なくコミュニケーションがとれるレベルで、先日も一緒に海外ドラマを見ているときに、私には聴き取れないフレーズで爆笑していて。親がついていけない、ということが成長とともに増えてきました。
【尾島】ええ。そうやって小さな頃から英語と長時間接触してきた子供たちは、特にリスニング力が優れていますね。中学から学校で英語を習い、仕事で英語を使いこなしている大人は今の日本にもたくさんいますが、おうち英語で学んできた子供たちは将来、さらに高いレベルの英語力を獲得できるポテンシャルが十分あります。
■土台となるリスニング力が身につくまでに2、3千時間
【尾島】子供の英語習得はリスニング力が土台。音声を聞いて理解できなければ、「話すこと」も「読むこと」も十分にはできません。おうち英語でそのリスニング力が身につくまでに、2000~3000時間かかると私は考えています。これは、小学校から大学までの英語授業時間数の2~3倍ですから、非常に長い時間ですね。
【辻】子供の頃にそれだけ長時間の英語接触とは、学校とはケタ違いですね。
【尾島】そうなんです。もし「がんばってやっているのに伸びない」と悩んでいるなら、その理由は、まだトータルの時間数が足りていないだけかもしれません。100時間、200時間では、まだまだインプットの量が足りていないので、英語が目に見えて上達しなくて当たり前なんです。SNSでは言語適性に恵まれた「できる子」の事例が目に入りやすいので焦りを感じてしまうかもしれませんが……。また、人によって、「もう3カ月以上も継続している」「がんばっているのに英語力が伸びているかわからず辛い」と相当がんばっているように感じる人もいれば、ポチっとDVDをつけて「これだけでいいなんてお手軽~」みたいなノリの人もいる。生真面目にがんばってしまう人も、何も考えずにマイペースに続けられる人もいるわけです。なので、親は過剰にやりすぎるのでなく、自分にとって無理なく続けられる方法を模索するほうがいい。
【辻】長期的目線が必要ですね。
【尾島】はい。今日習ったらその分だけ話せるようになるわけではなく、時間をかけて蓄積していって、長い時間を経た結果、高く飛べるようになるのが「おうち英語」ですから。
飛躍するには、長時間のインプットを継続することが大切です。
■良質なインプットの三つの条件
【辻】最近、おうち英語を始めようと考えているご家庭から「“良質なインプット”ってどういうものですか?」と質問を受けました。尾島先生なら、なんと答えますか?
【尾島】リスニングに使うDVDやCDなどは、どのようなものが効果的なのか、ということですね。質の良いインプットには、大きく三つの条件があります。
まずは、内容をざっくりとでも理解できること。教材のお話の大枠がつかめればOKです。次に、本人のレベルより少し上のレベルであること。8~9割は理解できるが1割ほどは知らない単語など、わからない要素、プラスで学ぶ要素が入っているものですね。ボキャブラリーが増えていきやすく、おすすめです。知らない単語を学ばせるには、ビジュアルの情報があるDVD教材などを使うと良いでしょう。
【辻】知らない単語が聞こえても、ビジュアルがあれば推測できますもんね。
【尾島】三つ目の条件は、子供が夢中になれる内容であること。
【辻】実際、実践家庭の親はみなさん、それを探すのに必死です(笑)。私の経験上、本人が見たいと思うものと教材のレベルを合わせることはすごく難しいなと感じていて。レベルが合っている教材を与えても、普段から刺激的な動画に慣れている子は地味な英語教材だと見てくれないんですよね。一方、子供が好きだからと、いきなりマインクラフトや大リーグの動画を見せても英語が難しすぎるんです。
【尾島】ネイティブ向けの番組は難しすぎて理解が追い付かないことが多いんです。また、YouTubeなどは種類が豊富な半面、レベル感がわかりづらいのが難点。子供のレベルより少し上、という適切なものを選ぶのは難しいでしょう。バラ売りよりは、セットになっていてレベルごとに分類された教材が、おうち英語初心者の親にはおすすめです。なかなか三つの条件が揃う教材には出合えないのが現実ですよね。
【辻】そこは親のマネジメントにかかってきますよね。①と②の要素を教材で、③の要素をYouTubeで、と併用しながら、なんとか試行錯誤しているご家庭が多い印象です。
私は、レベル別のアニメ動画と理解度をチェックするクイズが組み合わされた、子供の英語オンライン教材である「Little Fox 英語童話ライブラリー」(3歳から小学6年生程度向け)をおすすめします。テーマが幅広いので、三つの条件を満たす“わが子の理想のインプット教材”が見つかるかもしれません。実際に私の周りでも、活用しているご家庭が多いです。
■リーディングは音と文字に慣れてきた段階でスタート
【辻】わが家では、英語絵本の読み聞かせをスタートに、英語の音源かけ流しやDVD視聴を行ってきました。就学頃からは、受け身の取り組みだけでなく英語の多読を始めました。日本語でもそうですが、読書から得られるアカデミックな知識は多いし、ボキャブラリーの定着もしやすいのを実感しています。尾島先生の研究から見ても「多読」は、おうち英語に必要ですか?
【尾島】日本語を覚えるときも、好きな絵本やマンガ、図鑑などからボキャブラリーを増やしていきますしね。ただ、おうち英語で文字を覚えるのは、あくまでも音声インプットのあとになります。リスニングのベースを築いたうえで始めるなら効果があるでしょう。
いきなり「読んでみて」と子供に絵本を渡すのではなく、親が英語の絵本を読み聞かせるところから始めると良いでしょう。
【辻】ちなみに多読を始める際、多くの子供が“簡単な英語も読めない”状態でつまずくのですが、「英語のつづり」と「音」の関係性を学ぶ「フォニックス」を取り入れたほうがいいのでしょうか?
【尾島】小学生くらいになれば、フォニックスは効果があると思います。ローマ字を習うと日本語の影響が非常に強くなるので、学校でローマ字を習う小3くらいまでに始められるとより良いでしょう。
【辻】ローマ字を読めるようになってから始めると、「orange」を「オランゲ」と読んだりしますもんね(後編につづく)。
※本稿は、『プレジデントFamily2025夏号』の一部を再編集したものです。
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尾島 司郎(おじま・しろう)
早稲田大学理工学術院英語教育センター教授
子供の第二言語習得を脳科学的に研究する中、約10年前から「おうち英語」に注目。
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辻 めぐみ(つじ・めぐみ)
一般社団法人音読協会認定インストラク ター
長男(小5)、長女(小3)を「おうち英語」で育て、そのノウハウをブログ「おうちえいご園」などで発信。現在、2人の子供は不自由なく英語でコミュニケーションができるレベルに。
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(早稲田大学理工学術院英語教育センター教授 尾島 司郎、一般社団法人音読協会認定インストラク ター 辻 めぐみ 構成=桜田容子 撮影=堀 隆広)