物価高の中、食費の節約に励んでいる人は多い。自炊に外食のような非日常を取り込む方法はないか。
■下手な外食より新鮮な魚で自炊
あなたは月にいくらぐらい外食に使っているだろうか。総務省の家計調査によると、近年の2人以上世帯の外食費は1万6000円ぐらいで推移している。少し気取った店で夫婦で飲食すると1回でなくなってしまう金額だ。安い店でも毎週は行けないだろう。
飲食店の原価比率は3割が目安と言われている。消費者としては、食材の3倍以上の価格を調理その他のサービスに支払っていることになる。好きな飲食店をたまに訪れるのは人生の喜びだけど、普段の生活の中でおいしいものを食べたいのであればお得な食材を吟味して自炊するに越したことはない。
「うちで丸魚を買って行くお客さんにはそういう人が多いですよ。下手に外食するよりも断然お得ですから。鮮度と下処理(内臓や血を取り除いて料理できる状態にすること)には定評がありますし、獲れた場所や輸送方法もお伝えできるので安心なのだと思います」
鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」は鹿児島の阿久根や地元である小田原の漁港から直送された天然魚だけを扱っている。
■バター焼きで食べられるために生まれてきたような魚
この日のマルカマには、赤みがかったオレンジと黄色に黒いラインが1本入った魚が並んでいた。運気が上がりそうな外見の魚だ。大きいほうは1匹2000円。見知らぬ魚なので、高いのか安いのかわからない。
「ヨコスジフエダイだね。フエダイには何種類かいて、沖縄ではすべて『ビタロー』と呼ばれている。バター焼き定食があるぐらいメジャーな魚だよ」
元水産庁職員でマルカマのアドバイザーでもある上田勝彦さんは全国各地の魚食文化に精通している。各地域で季節ごとに獲れる魚には、その特性をくんだ郷土料理があるという。ヨコスジフエダイは丸ごと「沖縄風バター焼き」にするのが正解らしい。
「加熱しても身が固くならないので、外をカリッと焼いても中はしっとりしたままだよ。うまみはあるけれど、ちょっとコクが足りない。これは南方系の魚に共通する特徴だね。だから、油やバターでコクを足してやるとバッチリ仕上がるよ」
魚をできるだけ一匹丸ごと買って、複数の料理を作って味わってきた本連載。1魚種1料理なんて初めてだけど、上田さんが「この料理のために生まれてきたような魚」とまで言うならバター焼き1本勝負でやってみよう。
■おたまで油をかけてカリカリに焼いていく
ヨコスジフエダイは色は鮮やかだけれど形は一般的な魚だ。さばく際に注意点はなく、鱗と内臓を除去し、ハブラシで血を洗えば完了。丸ごと焼くので三枚におろすこともない。楽だなあ。
「水気を拭き取ったら、表にも裏にも大きな格子状の切り込みを入れておくこと。骨に到達するぐらい深く包丁を入れるんだよ」
気を抜いている筆者に上田さんがアドバイス。この重要性を筆者は後ほど思い知ることになる。
下ごしらえをしたヨコスジフエダイ。沖縄風バター焼きのレシピは以下の通りだ。
・魚全体に薄塩を当て、にじみ出てきた水分に薄力粉をまぶす。
・魚がしっとりしたら、もう一度薄力粉をまぶす。切り込みの中にもしっかりと粉をつける。
・2センチほどの油をひいたフライパンを加熱し、表になるほうから中火で焼く。カリッとなってからひっくり返し、おたまで油をかけて焼き、全体がカリッとしたら魚を取り出す。
・火を弱めの中火にし、同じ油にバターを大さじ1入れて、薄く切ったにんにく2片を入れて揚げる。
・揚がったにんにくを取り出し、魚をフライパンに戻し入れて、油をかけながら焼く。再びカリッとなったら完成。皿に盛り、にんにくチップを添え、好みで醤油をかける。
■油でジュワーッと焼ける音で場が盛り上がる
マルカマで下処理をしたばかりの新鮮なヨコスジフエダイの料理をするのは、前回のマサバ(記事はこちら)と同じく目黒駅前のシェアキッチン。
「いやー、食べるしかないでしょう。それにしてもキレイな魚ですね! 大宮さん、がんばってください」
常に筆者に協力して励ましてくれるAさん。70代のCさんはさすがに「もう無理! お腹いっぱい」と言いながらもヨコスジフエダイの写真を撮っている。一番若いBさんはまだ何も食べていないような表情でビールを飲んでスタンバイ。好奇心旺盛で食いしん坊な人たちに囲まれるのは幸せだな……。
フライパンで熱した油にヨコスジフエダイを入れた瞬間、筆者は「2000円のもとは十分に取れた」と感じた。ジュワーッという派手でうまそうな音がして、一同から歓声が上がったからだ。まさに日常のハレ。安上がりのご馳走だ。
■1つの料理でさまざまな部位の異なる味わいを楽しめる
切れ込みを深く入れるという上田さんの注意は、丸々と太ったヨコスジフエダイをまんべんなく加熱するためだったのだ。
「焼き直せばいいんじゃないですか? もう食べかけちゃいましたけど、お店じゃないんでフライパンに戻しても大丈夫ですよ」
落ち込みそうになる筆者を見て、Bさんがすかさずフォローしてくれた。なるほど。素直に従ったところ、カリッカリに焼けた。それでいてパサつかず、コクもあり、Aさんが「ジューシーですね!」と叫ぶような仕上がりに。これが本当の沖縄風バター焼きだ。
「このお魚自体はさっぱりしているけれど、風味があるのね。いいお味よ。私は特にここが好き!」
とパリパリに揚がったヒレの部分を食べているCさん。満腹だけど、こういう部位ならば少しずつ楽しめるのだろう。
ヨコスジフエダイの沖縄風バター焼き。
「1つの料理でもいろんなパーツの異なる味わいを楽しめるのが丸ごと一匹料理する醍醐味だよ。その豊かさを味わってほしい」
にんにくと油、バターの代金を含めても1人分600円ぐらい。見栄えのするメイン料理の値段としては破格だ。日常のハレをお得に味わうならば、新鮮な天然魚を仕入れるに限ると思った。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)
元水産庁職員の上田勝彦さんは「外はカリカリ、中はジューシーなバター焼きのために生まれてきたような魚がある。いろんなパーツの異なる味わいを楽しめる丸ごと一匹料理する醍醐味を味わってほしい」という――。
■下手な外食より新鮮な魚で自炊
あなたは月にいくらぐらい外食に使っているだろうか。総務省の家計調査によると、近年の2人以上世帯の外食費は1万6000円ぐらいで推移している。少し気取った店で夫婦で飲食すると1回でなくなってしまう金額だ。安い店でも毎週は行けないだろう。
飲食店の原価比率は3割が目安と言われている。消費者としては、食材の3倍以上の価格を調理その他のサービスに支払っていることになる。好きな飲食店をたまに訪れるのは人生の喜びだけど、普段の生活の中でおいしいものを食べたいのであればお得な食材を吟味して自炊するに越したことはない。
「うちで丸魚を買って行くお客さんにはそういう人が多いですよ。下手に外食するよりも断然お得ですから。鮮度と下処理(内臓や血を取り除いて料理できる状態にすること)には定評がありますし、獲れた場所や輸送方法もお伝えできるので安心なのだと思います」
鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」は鹿児島の阿久根や地元である小田原の漁港から直送された天然魚だけを扱っている。
ときにはスタッフが近海で釣って来た魚が店頭に並ぶことも。同店で企画・広報を務める狩野真実さんは、「日常の中のハレ」としての魚料理を提案している。確かに、下手な外食をするよりは新鮮な天然魚を買って自宅で食べるほうがはるかに楽しくてお得だ。
■バター焼きで食べられるために生まれてきたような魚
この日のマルカマには、赤みがかったオレンジと黄色に黒いラインが1本入った魚が並んでいた。運気が上がりそうな外見の魚だ。大きいほうは1匹2000円。見知らぬ魚なので、高いのか安いのかわからない。
「ヨコスジフエダイだね。フエダイには何種類かいて、沖縄ではすべて『ビタロー』と呼ばれている。バター焼き定食があるぐらいメジャーな魚だよ」
元水産庁職員でマルカマのアドバイザーでもある上田勝彦さんは全国各地の魚食文化に精通している。各地域で季節ごとに獲れる魚には、その特性をくんだ郷土料理があるという。ヨコスジフエダイは丸ごと「沖縄風バター焼き」にするのが正解らしい。
「加熱しても身が固くならないので、外をカリッと焼いても中はしっとりしたままだよ。うまみはあるけれど、ちょっとコクが足りない。これは南方系の魚に共通する特徴だね。だから、油やバターでコクを足してやるとバッチリ仕上がるよ」
魚をできるだけ一匹丸ごと買って、複数の料理を作って味わってきた本連載。1魚種1料理なんて初めてだけど、上田さんが「この料理のために生まれてきたような魚」とまで言うならバター焼き1本勝負でやってみよう。
■おたまで油をかけてカリカリに焼いていく
ヨコスジフエダイは色は鮮やかだけれど形は一般的な魚だ。さばく際に注意点はなく、鱗と内臓を除去し、ハブラシで血を洗えば完了。丸ごと焼くので三枚におろすこともない。楽だなあ。
「水気を拭き取ったら、表にも裏にも大きな格子状の切り込みを入れておくこと。骨に到達するぐらい深く包丁を入れるんだよ」
気を抜いている筆者に上田さんがアドバイス。この重要性を筆者は後ほど思い知ることになる。
下ごしらえをしたヨコスジフエダイ。沖縄風バター焼きのレシピは以下の通りだ。
・魚全体に薄塩を当て、にじみ出てきた水分に薄力粉をまぶす。
・魚がしっとりしたら、もう一度薄力粉をまぶす。切り込みの中にもしっかりと粉をつける。
・2センチほどの油をひいたフライパンを加熱し、表になるほうから中火で焼く。カリッとなってからひっくり返し、おたまで油をかけて焼き、全体がカリッとしたら魚を取り出す。
・火を弱めの中火にし、同じ油にバターを大さじ1入れて、薄く切ったにんにく2片を入れて揚げる。
・揚がったにんにくを取り出し、魚をフライパンに戻し入れて、油をかけながら焼く。再びカリッとなったら完成。皿に盛り、にんにくチップを添え、好みで醤油をかける。
■油でジュワーッと焼ける音で場が盛り上がる
マルカマで下処理をしたばかりの新鮮なヨコスジフエダイの料理をするのは、前回のマサバ(記事はこちら)と同じく目黒駅前のシェアキッチン。
食べてくれるメンバーも同じで、筆者の15年来の友人で編集者をしているAさん、その地域活動仲間のBさん(40代のワーキングマザー)、Cさん(70代の占い師)の女性3名だ。というか、マサバ3匹を5品の料理で食べてもらった直後なので大丈夫だろうか。
「いやー、食べるしかないでしょう。それにしてもキレイな魚ですね! 大宮さん、がんばってください」
常に筆者に協力して励ましてくれるAさん。70代のCさんはさすがに「もう無理! お腹いっぱい」と言いながらもヨコスジフエダイの写真を撮っている。一番若いBさんはまだ何も食べていないような表情でビールを飲んでスタンバイ。好奇心旺盛で食いしん坊な人たちに囲まれるのは幸せだな……。
フライパンで熱した油にヨコスジフエダイを入れた瞬間、筆者は「2000円のもとは十分に取れた」と感じた。ジュワーッという派手でうまそうな音がして、一同から歓声が上がったからだ。まさに日常のハレ。安上がりのご馳走だ。
■1つの料理でさまざまな部位の異なる味わいを楽しめる
切れ込みを深く入れるという上田さんの注意は、丸々と太ったヨコスジフエダイをまんべんなく加熱するためだったのだ。
そのポイントはちゃんと実践したけれど、肝心の焼きが足りなかったようだ。身離れが悪く、中のほうは生っぽくて味が入っていない。
「焼き直せばいいんじゃないですか? もう食べかけちゃいましたけど、お店じゃないんでフライパンに戻しても大丈夫ですよ」
落ち込みそうになる筆者を見て、Bさんがすかさずフォローしてくれた。なるほど。素直に従ったところ、カリッカリに焼けた。それでいてパサつかず、コクもあり、Aさんが「ジューシーですね!」と叫ぶような仕上がりに。これが本当の沖縄風バター焼きだ。
「このお魚自体はさっぱりしているけれど、風味があるのね。いいお味よ。私は特にここが好き!」
とパリパリに揚がったヒレの部分を食べているCさん。満腹だけど、こういう部位ならば少しずつ楽しめるのだろう。
ヨコスジフエダイの沖縄風バター焼き。
なんとか成功させた今、上田さんの言葉を思い出している。
「1つの料理でもいろんなパーツの異なる味わいを楽しめるのが丸ごと一匹料理する醍醐味だよ。その豊かさを味わってほしい」
にんにくと油、バターの代金を含めても1人分600円ぐらい。見栄えのするメイン料理の値段としては破格だ。日常のハレをお得に味わうならば、新鮮な天然魚を仕入れるに限ると思った。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)
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