■ワシントンに34回行き、271人の連邦議員と会った
――河井さんは2012年12月に第二次安倍政権が発足して以降、衆議院外務委員長、外交担当の内閣総理大臣補佐官、自民党総裁外交特別補佐としてオバマ・トランプ両政権時代をまたぐアメリカとの関係構築に携わられました。
【河井克行氏(以下敬称略)】安倍総理大臣が政権を奪還した翌年2013年4月から法務大臣に就任した2019年9月までの6年半でワシントンD.C.を34回訪れ、ホワイトハウス、国務省、国防総省だけでなく、延べ271人の連邦議会の上下両院議員と会談を繰り返しました。
安倍総理は、明確な国家戦略のもと、アメリカをはじめ、日本の国益増進に重要な国々に対して、わが国の考えを発信する役割を果たす国会議員が必要だという意識をお持ちでした。だからこそ、安倍総理は私に度重なる訪米を命じ、「特に米議会でのロビー活動をやってくれ」と指示を出されたのです。
日本の国会議員はホワイトハウスの幹部に会いたがる傾向があります。もちろん私もホワイトハウスの中にあるNSC(国家安全保障会議)の幹部たちとD.C.に行くたびに欠かさず会いつづけ、安倍総理からのメッセージを伝達していました。
■外務省は「ヒラリー当選」しか見ていなかった
ですが、アメリカにおいて議会はかなり重要です。大統領は予算提出権を持っていません。また、駐日大使の人事なども、上院の外交委員会と本会議の議決を経なければ発効しないなど、強い権限を持っています。しかも、安倍総理がおっしゃっていた通り「政治家は政治家同士、制服(軍人)は制服(軍人)同士」の方が、やはり気脈が通じやすい。
私が特に親しくしていたのは、下院諜報特別委員長を務めていたデヴィン・ニューネス議員です。現在は「大統領諜報活動諮問委員会」の委員長として、CIA、FBIなど諜報機関の活動について大統領に勧告する大統領直属機関のトップに就任しています。
当時ワシントンD.C.で30回近く会いましたし、妻のあんりと一緒に選挙区のカリフォルニアにあるご自宅に招かれ、手作りのバーべキューを振る舞われたこともあります。
デヴィンはトランプ大統領が最も信頼する議員として、アメリカの議会では知らぬ者がいませんでした。2016年の大統領選後、トランプ陣営の政権移行チームの幹部に任じられました。「ヒラリー・クリントン大統領当選」を信じて疑っていなかった日本の外務省は、トランプ陣営との間に全く取っ掛かりがありませんでした。私がデヴィンと培ってきた個人的な信頼関係は、安倍総理にとって貴重な資産だったと思います。
■連邦議会演説の舞台裏
【河井】2015年4月の安倍総理大臣による連邦議会上下両院合同会議での演説は、明治以来日本国の首相として初めての歴史的瞬間でした。これが実現したのは、デヴィンの水面下での動きによるところが大きかったです。
ちなみに彼は、トランプ氏が大統領退任直後の2021年2月に設立した、トランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループ・コーポレイション(TMTG)のCEO兼会長兼社長を設立時から務めています。同社はツイッターに対抗してトランプ氏が立ち上げたトゥルース・ソーシャルなどを抱える、トランプ氏のメディア戦略を一手に引き受ける企業です。
――安倍総理とオバマ大統領の相性は実のところあまりよくなかったように思いますが、オバマ大統領の広島訪問や米議会での安倍総理の演説などの大きな外交成果が生まれました。
それは安倍総理の外交戦略が明確だったからです。総理は「地球儀を俯瞰する外交」「自由で開かれたインド太平洋戦略」など確固とした外交ドクトリンをお持ちでした。その中で、日本にとって唯一の同盟国であるアメリカとの関係は死活的に重要だと総理はお考えになっていました。
■「D.C.のアパートを借りたほうがいいんじゃないか」
私が安倍総理の命を受けて初めてワシントンD.C.に派遣されたのは、政権奪還した翌年の2013年4月でした。
「世界首都」ワシントンで私が見たのは、民主党政権の失策により毀損されてしまった日米同盟への信頼と、中国・韓国による大々的な世論工作活動が作り出した「反日」の広がりでした。
帰国後直ちに安倍総理にお会いして、「いったいどこから手をつけたらいいかわからないほど、日本を見る視線は冷たく厳しくなっています」とご報告したことをはっきりと覚えています。
日米同盟の帰趨は日米二国間だけでなく、他の国々との関係にも大きく影響します。トップ同士の相性にかかわらず、日本の国益を叶えるため、合衆国の大統領と関係を構築しなければならない。総理はそう判断されたのだと思います。だからこそ、私を外交担当の総理補佐官に起用され、何十回もワシントンに派遣されたのでしょう。
そして、外務省に寄り掛かるだけでは思い通りの首脳外交を行うことは難しいとお考えになり、外交担当の総理大臣補佐官と総裁外交特別補佐のポストを私のときに新設されたのだと考えます。
私は当時、アメリカの議員から「カワイはD.C.のアパートに部屋を借りるほうがいいんじゃないか」と言われるほど、ワシントン政界にどっぷり浸かっていました。それくらいアメリカに張り付いて、政権や議会の動向をつぶさに掴む重要性を安倍総理は深く認識されていました。
さて、いまの石破政権でトランプ大統領とその周辺の人たちと長年にわたりさまざまな人脈を築いてきた議員がいるのでしょうか。
■石破首相の「よくない答弁」
――国家関係が首脳同士の相性のみによって規定されてしまうと、「石破とトランプは相性が悪いからしょうがない」とか、その逆に「その割にはまあまあ良くやっている」という曖昧な評価になりかねません。しかし、相性が悪いなら悪いなりに、やらなければならないことがあるわけですね。
【河井】そもそも石破首相の耳に多面的な情報が入っているのでしょうか。例えば、2025年2月末にウクライナのゼレンスキー大統領が初めてトランプ大統領と会談した際に、ヴァンス副大統領を交えちょっとした言い合いになりましたね。
その直後、衆議院予算委員会でこの件について質問を受けた石破首相が、「アメリカとウクライナ、どちらかの側に立つつもりは全くない」と答弁したことを聞き、非常に驚きました。
どの国にもいい顔をしたがる、典型的な外務官僚が作った答弁原稿です。「どちら側にも立つつもりがない」国は、結局どちらの側からも信頼されません。
私はすぐにトランプ大統領に近い人に連絡を入れたんです。
■トランプが安倍首相に求めていたこと
答弁がどのような影響を日米同盟に及ぼすかを、石破首相や答弁を作成した外務省は深く考えたのでしょうか。トランプ大統領が「日本はコメを輸入しない。アメリカ製の車も買わない。閉鎖的だ」と言い始めたのは、石破首相の発言の後からです。
台湾海峡有事が起きたとして、欧州の国々は本当に支援に駆けつけてくれるのでしょうか。中共と対峙する兵力を出せるのは現実的には米国です。あてになるかならないか判然としないヨーロッパに気を遣うあまり、確実にあてになる米国を軽んじるような発想は間違っています。
腕組みをして座り、メルケル首相はじめG7の首脳たちを憮然とした表情で見る、あの有名な写真を思い出してください。安倍総理がトランプ氏を宥めるようにして側に立っていましたね。あの安倍総理の姿こそトランプ大統領が求めているものなんです。他国の首脳たちとの架け橋の役を、トランプ大統領は安倍総理に求めていたんです。
そして安倍総理は誠実に応えられました。だからこそ、二人の間には強い「盟友」関係が生まれたんです。翻って、石破首相の国会答弁をトランプ大統領はどう受け止めたのでしょうか。大統領の反応が石破首相にちゃんと報告されたかはわかりません。
■政治的体験の蓄積がまったくいかされていない
――安倍政権下で河井総理補佐官をアメリカに何度も行かせて自らの考えを発信させたり、ワシントンの空気を把握させた政治的体験の蓄積は、まったくいかされていないということですか。
【河井】そういうことです。安倍政権と菅政権を、私は一体のものだと考えており、その約10年の間に積み上げられた政治資産は、その後の岸田政権で見事に食い潰され、石破政権ではマイナスの域に入ったと見ています。
例えば、トランプ大統領の頭の中では、貿易と防衛は一体のものとして考えられています。「アメリカのコメも車も買わない国に、なぜアメリカが軍事力を提供して、守ってやらなければならないんだ」という理屈です。
いくら日本政府が「二つは別物ですよ」と主張したところで、トランプ大統領の認識は変わりません。良い悪いではなく、そう信じているのですから。果たしてそれを踏まえた対応を日本側はできているのでしょうか。
そもそも、米軍駐留についていえば、トランプ大統領は第一期の就任前からたびたび「在韓米軍は撤退する」「日米安保は不公平だ」と言ってきた人ですよ。アメリカの持ち出し、財政面での負担が大きすぎることに不満を抱くことはトランプ大統領に限ったことではなく、アメリカ社会にも広くあります。
■「7人の侍」の用心棒と同じ
――トランプ氏は日米経済摩擦が深刻だった1987年に「代償を払わない日本のために金を使うな」という意見広告をアメリカの主要紙に自腹で掲載しました。もう40年近く、同じことを一貫して主張し続けています。
【河井】彼の頭の中はまったくぶれていないんですよ。これから米軍駐留経費の日本側の負担(ホストネーションサポート)の中身についての交渉が始まります。現在は80%以上を日本が負担していますが、ひょっとするとトランプ政権は「200%負担せよ」と言ってくる可能性があると見ています。
「米軍にいてもらいたいなら、必要経費の全額負担(=100%)だけでなく、報酬(=さらに100%)を払え」という考え方なんです。
黒澤明の『七人の侍』を見ても分かるように、善良だけど力のない農民が山賊や物盗りから村を守ってもらうために用心棒を雇う際には、寝るところと食事を提供するだけでなく、報酬も渡すでしょう。
トランプ大統領の認識もこれと一緒で、「何のために米軍が日本にコストを払って駐留しなければならないんだ。金をもらえるなら、いてやってもいいが、そうでないなら、いる意味はない」と考えているのです。
■石破首相へアメリカの苛立ち
【河井】日本政府の公式見解では、米軍は日本を含む極東の平和と安全のために日本に駐留していることになっています。しかし中国や北朝鮮が核戦力を増強し、アメリカ本土に届く長距離ミサイルを持ち始めている今、日本列島に米軍を置いておくことがどれだけアメリカ本土を守ることにつながるのかという疑問が、トランプ大統領だけでなくアメリカの議会からも出てきているのです。
トランプ政権とその支持者たちは、「世界は変わったのだ」と言います。日本も頭を切り替えて、「変わった」世界では何が必要なのか、何をしなければならないかを考えなければなりません。
ところが、石破首相の答弁は相変わらず「べき論」に終始。「日米安保条約にこう書いてあるから」「政治の道理とはこういうものだ」などと言っても、トランプ大統領には一切、通用しない。在日米軍が日本に駐留する意義の説明責任は日本側にあることを、私たちは認識する必要があります。
今も米側の友人たちとの関係は続いていますが、彼らの意見を聞くと、変化を認識せず、今まで通りのやり方、考え方を続けるだけの日本に対して、アメリカ側は苛立ちを覚えています。
■安倍外交に学ぶべきだった
石破さんが初めて総裁選に出馬したのは2008年。それから首相になるまでの16年、一体彼は何をしてきたのか。
安倍政権の批判には余念がありませんでしたが、総理大臣になる準備、下地作りを真面目に行ってきたのか。海外の主要国に友人を作り、わが国の考えを発信したり、二国間だけでなく地球規模の課題についても議論したり、本音を言い合えるだけの個人的な親交を培ってきたのか、大いに疑問です。
対外的な準備もしないで宰相を目指すなんて、私には考えられない。国家国民への冒涜ですよ。
――党内からの政権批判はしてもいいと思うのですが、自らが政権を担うことになった以上、安倍外交の成功体験に学ぶべきではないかと。トランプ大統領との相性がよくないなら、なおさらです。
【河井】それができるなら、もうとっくにやっているはずです。トランプ大統領とゴルフができないなら、様子伺いでもいいからマメに電話を入れるとか、やり方はいくらでもあります。でもその気配はありません。
ちなみに安倍総理は、2016年のニューヨーク・トランプタワーでの初会談以降、対面の首脳会談を14回、電話会談を37回、そしてふたりっきりで長時間話ができるゴルフを5回行ってきました。
■「トランプ支持者は特異な人々」は間違い
【河井】石破官邸がトランプ政権への理解が浅い要因には、日本のメディアや外務省の影響もあるでしょう。
アメリカのオールドメディアの視界には、トランプ支持者たち、つまりアメリカ人の半分が含まれていません。そのCNNやニューヨーク・タイムズなどの記事ばかりを転載するので、「トランプがまたとんでもないことを言い出した」という論調しか、日本のメディアでは紹介されないのです。
外務省も同様で、リベラルメディアの情報を主に上げています。しかし現実は、アメリカの国民の多くはもうCNNなどのオールドメディアを見ていません。
トランプ政権の支持率はおおむね、45%程度で推移していますが、これはオバマ政権発足後の同時期と同じ水準で、バイデン政権と比べればむしろ高いほどです。にもかかわらず、「トランプ支持者は特異な人々」「トランプ政権は無茶な要求ばかりして世界をかき回している」かのように報じるのは、明らかな世論誘導です。
官邸に多角的な情報が入っていれば、報道でいくらトランプ批判の論調が多くても、実際の米国民の受け止め方は違っていることや、大統領の側近や共和党議員が何を考えているかを把握することができます。
しかしいまの石破官邸で、そうした機能が働いているとはとても思えません。なんせ首相の手足になって、良い情報も悪い情報も集めて逐一報告する信頼できる直属のスタッフがいないわけですからね。
■バノン氏が語った悪の枢軸
――実際に、トランプ大統領に近い人たちが今、日本に要求していることは何なのでしょうか。
【河井】2019年春に私はスティーブ・バノン氏を日本に招聘しました。彼は最初の大統領選挙でトランプ選対の本部長を務め、第一期トランプ政権では大統領首席戦略官兼大統領補佐官という極めて重要な役職に任じられました。
その彼が繰り返し言っていたのは「日米同盟が本当の意味での同盟国になることを期待する」「日本は核武装してでも中国を抑えなければならない」でした。
バノン氏の世界観は、「中国、ペルシャ(イラン・イラク)、トルコ」が“悪の枢軸”であり、アメリカ、日本、ヨーロッパはこれに対抗しなければならない。ロシアは中国に接近しているが、“悪の枢軸”側に行かせないように、中国との近しい関係を引き剥がさなければならないというものでした。
■トランプが親ロ派と指摘されるワケ
――トランプ大統領が一部メディアから「親ロ派」と指摘されるような動きを見せるのは、こうした背景が影響しているのですね。
【河井】大きい戦略的発想に根ざしていると考えます。そして、日本は保護国ではなく、本当の同盟国になるために、自ら再武装しなければならないと繰り返し言っていました。彼の見方では、残念ながら日本はアメリカの保護国で、非武装国のようなものなのですね。
バノン氏はホワイトハウスを去りましたが、バノン氏が頭作りをしたトランプ大統領の世界観は変わっていません。「バノン氏なきバノン路線」が第二期でもホワイトハウスに息づいているのです。
そして重要なことは、トランプ大統領がホワイトハウスを去った後も、少なくとも共和党の政権がつづく限りは、この世界観に根差した世論と政治の流れは変わらないと私は分析しています。
もはやアメリカは変わり、世界も変わったのです。「今まではこうだったじゃないか」と言ったところで通用しない時代になったのです。日本も、アメリカと世界の変化に合わせた国家戦略を考えていかなければならない時代なのです。“安倍ドクトリン”に学ぶべきことはますます増すばかりです。
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河井 克行(かわい・かつゆき)
元法務大臣
1963年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒業後、松下政経塾に入塾。広島県議を経て、96年、衆議院選挙に初当選(広島3区)。外務大臣政務官、自民党国防部会長、法務副大臣、自民党副幹事長、衆議院外務委員長、内閣総理大臣補佐官(外交担当)などを務める。当選7回。第4次安倍第2次改造内閣では法務大臣を務めた。2019年の参院選で地元政治家らを買収した大規模買収事件で公選法違反に問われて実刑判決を受け、2023年11月に仮釈放された。
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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(元法務大臣 河井 克行、ライター・編集者 梶原 麻衣子)