「わが家のかけがえのない体験となりました」とわが子の中学受験を振り返る脳科学者の瀧靖之教授。子供も伸びて親も楽しい瀧家の中学受験とは。
脳科学的に正しい勉強法も紹介。
わが家の中学受験は息子の意向で始まりました。
受験率がとても高いエリアだったこともあって、周りのお子さんたちも自然と小学3年生や4年生で塾に行き始めます。それを見て、息子も「僕も行きたい」と言ってきたのです。
そこから、中学受験とはどういうものなのかを調べると、すべてが新鮮な驚きでした。四谷大塚やSAPIX、早稲田アカデミー、日能研などの大手塾が競い合い、子供たちは教科書のレベルをはるかに超えた学びをしていました。
野球やサッカーには、将来、プロを目指す子のための育成の仕組みがありますよね。もっとがんばりたい、上を目指したいという子たちの選択肢がある。それと同じように、いわば“勉強のプロ”を目指す子の道があるのだな、これは面白いなと思ったのです。もちろん選ぶも選ばないもご家庭の自由。選択肢があるということが素晴らしいと思ったのです。
中学受験の勉強は難しいです。
わが家も、相当てこずりました。まだまだ幼い小学生が高度な問題に取り組み、長丁場で学び続けなくてはならない。ある意味では、大学受験よりも大変かもしれません。
それでもわが家の場合、大変だったことを差し引いても楽しかったし、やってよかったと思っています。
■子供の受験にどのようにかかわったのでしょうか?
かなりしっかり伴走しました。といっても勉強を管理してやらせたり教え込んだりしたのではありません。横に座って一緒に勉強したのです。
脳にはミラーニューロンという模倣に特化した神経細胞があります。ほかの人の動作を目にしたときに、それを記憶して鏡のようにまねをするシステムが備わっているのです。行動だけでなく感情も模倣することがわかっています。
親が楽しそうに問題を解いていると、子供も楽しくなってくる。やりたくないことでも、楽しそうな人と一緒にやっていると、こちらも楽しくなってくることってありますよね。

ポイントは、上から目線で教えるのではなく、あくまでも横並びの関係で、一緒に問題を解くこと。
このやり方の一番いいところは、親が「叱れなくなる」ことです。
小6の夏休みなど、私は朝から一緒に8時間以上も勉強していました。子供は塾でもっと勉強している。それがわかると、たとえ多少成績が振るわなくとも叱ることなどできなくなる。むしろ、よくやっているな、と尊敬の念が芽生えました。
私は中学受験で、「愛着形成」と「コミュニケーション」と「勉強」という3つのプラスがあったと考えています。小学生の3年間を息子とともに濃密に過ごした時間は、かけがえのないものとなりました。また、天気や地理や文学など、さまざまな知的な会話ができたことも、互いの刺激となりました。
もちろん、忙しい親御さんがみな、私と同じように伴走することは難しいかもしれません。
その場合、気を付けていただきたいのが、結果だけを見て子供を責めてしまうこと。模試の点数や偏差値、クラスが落ちたとか、そういった結果が気になるのはよくわかります。
ですが、そこだけを見て子供の尻を叩くのでは酷です。
中学受験は子供にとって成長のチャンスですが、日々叱られるばかりでは自己肯定感を下げるだけになってしまいかねません。それでは、受験自体もうまくいかなくなってしまうでしょう。
結果や数字は気になっても、何も言わないのがベストだと思います。結果だけに着目するのではなく、そこにいたる努力を評価してやる。成績が伸びたタイミングに、毎日の勉強をしてきたことを褒めてやる。がんばれば成果につながると子供が実感すれば、意欲が芽生えます。
■おすすめの勉強法は?
親の接し方は、ティーチングではなくコーチングが一番。教えるのではなく、共に学ぶのがいい。私もつい教えたくなることもありました。でも、ご安心ください。5年生の後半くらいから内容が難しくなり、親のほうが解けなくなります。

そこで、わが家では大きなホワイトボードを買って、息子に教えてもらうことにしました。「なんでこんなのが解けないの?」などと言いながら解説してくれたのですが、これがよかった。なぜそうなるのか原理がわかっていないと人に伝えられないですよね。旅人算とか峠算などの特殊算や図形の合同条件なども、あいまいに覚えていると、話しているうちに論理が破綻するから人に教えられません。
感覚でなんとなく解いていたら、応用問題になると通用しません。楽器演奏や運動もそうですが、感覚だけでやっていると、それ以上伸びない壁が来ます。根拠をもって論理的に考えることが大切です。そのためにも、ほかの人に教えるということはとても大切な学びになります。
中学受験の勉強量は膨大ですから、辛い勉強にしないことも大切です。「算数は生まれつきのセンス」という人がいますが、そんなことはなく経験の差だと思います。
算数が得意な子は実は、パズルのような感覚で面白いからと、いつまでも問題を解いていたりします。算数を“やりこむ”ためには「面白い」と思えるのが大事。
親がマインドセットをつくってやるのが大切です。間違っても「お母さんも算数は苦手」などと言ってはいけません。
ほかにも、歴史の年号など、どうしても覚えなくてはいけないものもあります。
わが家では、クイズ形式にしていました。クイズ番組で使われる「ピンポン」と音の出る押しボタンを買ってきて、「ロシアのラスクマンが来たのは何年でしょう?」などとやりました。間違えると「ブー」。
大変な勉強は、親子で一緒に楽しくやればいいのだと思います。
国語については一朝一夕ではできるようになりません。時間をかけることが必要です。文章から想像してイメージを心のなかにつくるという経験をたくさんすることが大事です。
そのためには、読書を小さいうちから可能な限りしておくことです。わが家では、生まれたときから読み聞かせをしていました。

親が「読みなさい」と言っても子供はやらないので、寝る前の30分は家族で読書する時間にしていました。
おかげで中学受験の勉強では、読むことには苦労しませんでした。
■中学受験に役立った体験は?
リアルな体験をすることは、中学受験には大いにプラスになります。
理科の星の分野は苦手な子も多いですが、夏の大三角形や北極星を見つけたりするのも、実際に星座早見盤を持って夜空を見上げるのが一番、記憶に残ります。
私は日本史が好きだったので、5年生の9月から歴史を習うタイミングで、息子と京都に行きました。
金閣寺と銀閣寺を見て、北山文化と東山文化の違いを実際に体感しました。黄金に輝く金閣と落ち着いた銀閣を見比べることで、同じ室町時代でもこれほどの違いがあるのかと息子も印象に残ったようです。
その前には宇治市の平等院鳳凰堂にも行き、平安時代の末法思想で世の中が乱れる恐れから、極楽浄土を現世に再現しようとして建てられたといった話をしました。
「流暢(りゅうちょう)性効果」といいますが、事前に少しでも知識があると、人は興味を持ちます。
その後も、折に触れて関係する話をしたり、テレビのニュースなどで見たりすることで、さらに知識は定着していきます。
歴史や公民など、子供にとって身近ではない内容は、リアルな体験と結びつけることで興味につなげることができるのです。
■勉強は一日のいつが効果的ですか?
最も勉強が効率的にできる時間は、朝です。
人は起きている間、何を食べるか、何を着るか、など常に判断を繰り返しています。筋肉の疲労と同じように脳疲労が起き、判断力や感情コントロール力が落ちてしまいます。そんな状態で勉強しても時間ばかりかかってなかなか身につきません。
しっかり睡眠をとることで朝の脳はリセットされ、脳疲労がとれるのです。また、15分くらいの短時間の昼寝も脳のリフレッシュにいいといわれています。
おすすめなのは朝勉強を取り入れること。そして、学校から帰ってきたら早いうちに勉強することです。特に、算数など論理的思考力を使うものは朝がいいでしょう。
一方、日本史とか漢字とか暗記は夜がいいでしょう。夜寝ているときに記憶は定着します。一番いいのは寝る直前に覚えること。覚えた後に新しい情報が脳に入ってくると記憶は上書きされてしまうのです。
せっかく暗記をした後に、スマホを見たりゲームをやってしまったりしたら、努力が無駄になってしまいます。一日の最後は暗記で終えるのがいいでしょう。
■中学受験に、向き不向きはありますか?
早生まれの子は中学受験には不利だといわれます。
最近、『本当はすごい早生まれ』という本を出しました。その調査で、東大合格者数で有名な、ある難関私立男子校の1クラスの入学者数を調べてみました。
すると、4月2日~6月までの「遅生まれ」の入学者数と比べると、1月~4月1日までの「早生まれ」の入学者は10分の1しかいませんでした(図参照)。
1クラスだけの調査なので正式な研究とはいえませんが、早生まれの子がこの難関校に入ることは簡単でないことがわかります。
実は、息子も3月生まれの早生まれなので、私にとってもショッキングな数字でした。
実際、周囲の遅生まれの子を見ると、息子よりも精神的に成熟していると感じました。「あの学校に行きたい」「医師になりたい」など将来の見通しをもって勉強に向かっており、目的意識が強いのです。目の前のことにただ取り組むのではなく、一段深く考える力がついている。
一方、息子は、中学受験のときはまだエンジンがかかっていないようでした。丁寧に書きなさいと言っても雑に書いて「0」と「6」を間違える。「『記号で書け』といった条件部分には線を引きなさい」と何度言ってもできませんでした。
では、早生まれの子には、中学受験はさせないほうがいいのかといったら、それでも私は受験を勧めます。確かに不利ではありますが、遅生まれの子たちと一緒に学ぶことは大きなメリットがあるのです。
脳には可塑(かそ)性があり、経験や学習によって柔軟に変化します。そして変化の伸びしろは若いほど大きい。
早生まれの子は、遅生まれの子よりも1年早く同じ勉強に取り組むことで、より早い時期に脳に刺激を受けることができるのです。これは脳の発達のうえではかなりプラスです。
よく、きょうだいでスポーツに取り組んで、上の子のまねをしていた下の子のほうが、いつのまにか上達してしまうといったことがあります。
前述の調査でも、高校からの入学者には、早生まれの不利は見られませんでした。中学受験の結果だけでなく、人生のなかでの成長という意味では、早生まれの子が中学受験をする意味はとても大きいと思います。
気をつけたいのは、「早生まれだからできない」などと思い込んだりして、自己肯定感が下がってしまうようなケースです。親は思い込みを助長させるような発言は避けましょう。
※本稿は、『プレジデントFamily2025夏号』の一部を再編集したものです。

(プレジデントFamily編集部 構成=本誌編集部)
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