■大惨敗の石破自民、大躍進の神谷参政
7月の参院選で自民党は大きく議席を減らし、対照的に、国民民主党や参政党などの新興政党が躍進した。
とりわけ注目を集めたのが14議席を獲得した参政党の躍進だ。2020年の結党時には国会議員が一人もおらず、神谷宗幣代表の全国的な知名度も乏しかったが、今回の参院選で議席を積み上げ、比例選の得票でも自民党、国民民主党に次ぐ742万票を獲得した。
自民党の凋落、新興政党の台頭は今後も続きそうだ。参院選後も続投への意欲を示してきた石破茂首相だが、党内で強まる退陣要求に耐えることができず、続投を断念。今月7日に自民党総裁の辞任を表明した。
自民党は、10月4日に国会議員の投票を通じて新総裁を選出する予定だが、石破首相が辞任を表明した当日のテレビの視聴者アンケートで、「新総裁に代わる自民党に期待できる」と回答した人が7%、「期待できない」と回答した人が93%という結果も出るなど、前途多難の模様だ(※1)。
対照的に9月に入ってからの最新のNHK世論調査で、参政党への支持率は6.3%となり、自民党(27.9%)に次ぐ支持率を記録した(※2)。
神谷代表は、次の衆議院選挙では小選挙区と比例代表をあわせて100人以上の候補者を擁立し、30から40程度の議席獲得を目指す考えを示している。
■なぜ世界中で与党が負けたのか
既成政党の凋落と新興政党の台頭は、日本のみに見られる現象ではない。
米大統領選では、民主党のジョー・バイデンの後継として再選を目指したカマラ・ハリスが、ドナルド・トランプに敗北した。インドや韓国でも与党が敗北し、ヨーロッパでも、イギリス、フランス、ベルギー、オーストリアなどの議会選挙で、与党が相次いで敗北した。ドイツでは、2025年2月の連邦選挙で極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第2党に浮上した。
世界的な与党敗北・野党躍進の背景には、中間層の生活苦がある。ウクライナ戦争や気候変動による災害の深刻化、エネルギー・食料・住宅の価格上昇といった要因により、生活費の負担が世界的に急増している。多くの国で、庶民の生活苦に対して無策な現政権への批判が高まり、有権者は不満を投票行動で表現した。
もっとも先の参院選で野党第一党の立憲民主党が改選22議席から横ばいで伸び悩んだことが示すように、野党のすべてに人々の期待が寄せられたわけではない。現在の政治では、「右派」か「左派」かよりも、「既成政党」か「新興政党」かの方がより重要となっている。
■日本のドナルド・トランプ
長年政治に携わってきたベテラン政治家は、その経験を評価されるどころか、「腐敗した既得権益層」とみなされ、対照的に政治経験に乏しい「アウトサイダー」政治家こそが、しがらみなく政治改革に取り組める存在として期待を集めるのだ。参政党の躍進は、世界的な「アウトサイダー」政治家の台頭という文脈で理解される必要があるだろう。
世界における「アウトサイダー」政治家の成功例としてまず挙げられるのは、2016年の大統領選に続き、2024年の大統領選を制したアメリカのトランプだろう。
神谷代表もトランプのことを明確に意識しているようだ。参院選後、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューにこう答えている。「型破りな言葉遣いの多くはトランプから学びました……自分は、アメリカ大統領の日本版です」(※3)。
確かに「自国ファースト」を掲げた外国人労働者や移民の排斥、腐敗した「ディープステート(闇の政府)」の解体、勝者と敗者を生み出すグローバリズムへの反発など、参政党の主張は、トランプの政策から発想を得たものが目立つ。
世代別に見ると、参政党の主要な支持層は就職氷河期世代だった(※4)。参政党は、「自分たちはずっと政治に顧みられてこなかった」という既存政治への不信感を動員することに成功したといえるが、その先駆者が「忘れられた人々のための政治」を全面的に掲げたトランプだった。
■真の問題を見えなくする外国人問題
もっとも参政党が選挙期間中、強調してきた「外国人特権」「外国人優遇」問題については、神谷代表自身、参院選の開票センターでこのことを問われて、「外国人に特権……特に日本ではないんじゃないですか」と回答し、記者や聴衆を唖然とさせた。
もちろん解決されるべき「外国人問題」は確実にある。外国人の国民保険への加入要件が低すぎるといった問題や、外国で取得した運転免許を日本で切り替える「外免切替」が容易すぎるといった問題。諸外国と比べても、経営管理ビザの取得があまりに簡単であるために、中国人富裕層による日本の不動産購入や、日本への移住のために利用されている問題などだ。
政府はこれらの問題については既に厳格化の方向に舵を切っており、また、これらの問題はいずれも、新たな政策や制度設計によって具体的に解決されるべきものだ。
■もう日本人労働者だけで賄えない
労働力の問題も深刻だ。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、生産年齢人口は、2025年の7310万人から40年には6213万人、70年には4535万人まで激減する見通しで、現状の生産活動を維持するには、日本人労働者だけでは賄えないのが現状だ。
参政党は、欧米先進国が移民を大量に受け入れた結果、甚大な経済・社会コストが生じていると強調してきたが(※5)、これらの国々で、工場労働者を中心に深刻な人手不足が生じていることも事実だ(※6)。移民を受け入れることの利益とコスト、このバランスをとることは簡単な問題ではない。また、移民を受け入れる以上は、共生の問題や仕組みについてもしっかり議論し、制度を設計していかなければならない。
参院選後、神谷代表自身も、移民について「今受け入れていいのは5%以下」と留保をしつつ、「将来高齢化がピークになる時に期間限定労働者や留学生などをいれても10%は超えないように計算しないといけません」と、時限的に10%までの外国人の受け入れを肯定している(※7)。
■国民の苦境が参政党支持に向かわせた
近年日本は外国人労働者の受け入れを積極的に進めてきたとはいえ、現時点では、全就業者6781万人のうち、外国人は230万2587人で、29人に1人の割合にすぎない(※8)。時限的にでも10%まで外国人を受け入れるという主張は、相当ラディカルな外国人受け入れの主張である。
選挙の前後での神谷代表の主張のブレに注目しても、参政党が掲げる「日本人ファースト」は政策の方針となるような具体性を欠いている。しかし、むしろだからこそ、人々に響いたところもあるだろう。
今の日本には、「外国人が優遇されている」、「政府の政策のせいであまりに多くの外国人労働者が日本に流入してきた」、そうした外的な理由づけなしには理解できないような、経済の停滞や生活の苦しさ、そうした自国民の苦境を放置してきた自公政権への恨みが渦巻いている。
参政党支持へ向かわせる人々の苦境を理解せずに、他政党が参政党やその支持者を「排外主義」と批判しても、参政党への支持は減るばかりか、むしろより強固にするだろう。
■「日本人」の格差問題を見えなくする
「日本人ファースト」の最大のモデルは、「アメリカファースト」をいち早く掲げ、世界各国に高関税を突きつけ、全米で1100万人いるとみられる非正規移民のすべてを強制送還するとうたってきたトランプだろう。
しかし、就任から半年、トランプは既にさまざまな軌道修正を迫られている。アメリカの約260万人の農業従事者のうち、4割は就労許可がない不法滞在者で、建設業界では140万人の不法滞在者が働いている(※9)。
こうした現状にあって、トランプが全米の職場で移民摘発を進めてきたために、業界には大きな混乱がもたらされている。トランプのもとには、関連のロビー団体から数々の陳情が送られており、トランプは農場やホテル業界で働く移民を摘発の対象外とする方針を示してはいるが、現場ではほとんど無差別の摘発が行われている(※10)。
トランプによる移民の強制送還が、深刻な労働力不足をもたらし、来年夏にはインフレ率が4%になるとの試算もある(※11)。
さらに「日本人ファースト」という発想は、「日本人」と「外国人(移民)」との間の不公平や格差ばかりを問題とすることで、「日本人」の間にある格差の問題を見えなくしてしまう。
実際、トランプは「アメリカファースト」を掲げて移民を排斥する一方で、富裕層を税制などあらゆる面で優遇してきた。トランプのアメリカは、民主主義国から「オリガーキー(寡頭政治)」へと変貌しているとの懸念もいよいよ強まっている。
■「アメリカファースト」で恩恵を受ける富裕層
そのことを象徴したのが、7月、来年の中間選挙に向けた目玉政策としてトランプ政権が成立を熱望し、共和党議員が多数派の議会によって可決された大規模減税法案だ。
同法案には確かに「チップ収入非課税」などが含まれたが、低所得者用の公的医療保険メディケイドなど、医療関連費の約1兆ドルの削減をはじめ、低所得者層にとっては医療や食品などの分野で支援が削られる痛みの方がはるかに大きいものだ。
議会予算局の試算によれば、本法案の成立により、2029年までに高所得層の所得が3%増加する一方、低所得層の所得は4%減少し、今後医療保険を失うことになる人は軽く1000万人を優に超えると試算されている。
国民皆保険がないアメリカだが、高齢者向けのメディケアや低所得者用のメディケイドなど、限定的な公的医療保険が存在し、これらへの支持は、民主党支持者や無党派層は8割超、共和党支持者やトランプのコア支持層ですら、6割超に及ぶ。これらの制度から恩恵を受けている人は党派を問わず多い。
■貧しい国民から奪い、富める国民を富ませるだけ
にもかかわらず、約1兆ドルもの医療費関連費の大々的な削減が正当化された背景には、トランプ政権に深く入り込んだイーロン・マスクなどによって「メディケイドは移民らによって悪用されている」といった言説が広範に拡散されたことがあった。
確かに社会保障の不正受給を許すような制度の穴は埋められねばならない。しかし、不正受給があるという現実は、多くの人々から医療保険を奪うことを正当化しないはずだ。
「アメリカファースト」を掲げる大統領の強い後押しの下、貧しいアメリカ国民からますます奪い、富めるアメリカ国民をますます富ませる内容の法案が成立したことを、私たちも重く受け止めるべきだろう。
本当に国民を大切にする指導者は、「○○ファースト」を掲げて、特定の集団を優遇し、人々の間に序列をあえてつくりだそうとはしないのではないだろうか。トランプのアメリカの半年間を見ながら、私たちも一度立ち止まって考えてみるべきだろう。
※1 「Mr.サンデー」衝撃 ポスト石破自民の期待度→視聴者アンケが壊滅数字 番組どよめく、宮根「衝撃数字!ポスト石破どうなるんですかね?」 石破解散阻止も→すぐ解散選挙やれも7割超 デイリースポーツ online
※2 「政党支持率 自民27.9% 参政6.3% 国民5.7% 立民5.0%」NHK
※3 As Japan Votes, a Trump-Inspired Politician Grabs the Spotlight The New York Times
※4 「就職氷河期の40~50代が参政に投票 国民民主は20代 出口調査」朝日新聞
※5 「移民政策及び外国人の受入れに伴う財政・社会負担に関する質問主意書」参政党
※6 「ドイツの絶望 『人手不足』地獄――極右伸長で自滅する産業大国」スマートニュース+
※7 神谷宗幣【参政党】2025年8月31日のポスト
※8 「日本で働く『29人に1人』が外国人 割合急増、産業維持へ不可欠」朝日新聞
※9 「アングル:トランプ氏の移民摘発で止まる建設工事、人手不足とコスト増が直撃」ロイター
※10 Trump officials reverse guidance exempting farms, hotels from immigration raids The Washington Post
※11 https://fortune.com/2025/08/16/trump-deportation-immigration-inflation-2026/
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三牧 聖子(みまき・せいこ)
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授
1981年生まれ。専門はアメリカ政治外交史、国際関係。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科博士過程修了。
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(同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授 三牧 聖子)