何歳になっても、必要な情報を記憶するには何をしたらいいか。医師の和田秀樹さんは「脳は次々に情報を上書きするから、記憶を想起することが難しくなっていく。
この状態に対処するには、『入力情報は少なく、それでいて頭に残る知識は多く』というのが理想的な記憶だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■情報の上書きが記憶をさまたげる
記憶は、起きている間じゅうどんどん上書きされています。自分で取り入れた情報はもちろん、意識しないうちにも脳は情報を勝手に取り込んでいます。
じつは、この膨大な上書きによって、脳は記憶を想起しづらくなるというやっかいな現象が起こります。これを「逆向抑制」といいます。
心理学の実験では、記憶が上書きされない睡眠中には想起できることが減らないという結果も出ています。
人生経験が長いほど上書きの量も増えていくわけですから、それまで覚えてきたことの想起はさらに困難になっていくといえるでしょう。
逆につらい体験をしても、その後よい環境に恵まれればその体験を思い出さなくなったり、誤った情報をインプットしても、正しい情報に上書きできたりするように、人間が健全に生きていくために必要な機能であるともいえます。
では、「逆向抑制」を軽減するにはどうしたらいいのでしょうか。
じつは4つの対処法があります。ひとつひとつ見ていきましょう。

(1)脳内の神経回路は相互に関係しているため、情報を続けざまに送ってしまうと記憶が定着しにくくなります。
ですから、数回に分けて記憶するようにします。
たとえば、試験勉強などでは2時間続けて暗記するより、1時間ずつ2回に分けて暗記するなどの工夫をすると覚えやすくなります。時間の使い方として、途中でインターバルを設けることで気分転換にもなるでしょう。
(2)また、繰り返しインプットする「復習」という記憶法も(1)と同じ原理です。 一度インプットした後、少し間隔を空けてからもう一度インプットすることで記憶は補強されるのです。
(3)そして何より心がけたいのは、意識して書き込む情報については、とにかく「よけいなこと、無駄なことは覚えない」ということです。
入力の段階で、使える知識だけを記憶するために情報の取捨選択を行うのです。
(4)知識の豊富な人になりたいからといってやみくもに情報を詰め込んでも、想起できる状態で頭に残しておかなくては記憶する意味がありません。
「入力情報は少なく、それでいて頭に残る知識は多く」というのが理想的な記憶といえるでしょう。
■高齢になっても学生時代と同様に記憶する方法
若い頃は年号や英単語などをたくさん覚えられたのに、年をとってからはなかなか記憶できない……などと嘆いている人をよく見かけます。
しかし考えてみれば、学生時代は勉強することが生活の中で最優先だったわけですから、試験勉強のたびに何度もインプットを繰り返すことで知識を吸収していました。
つまり、たくさんの時間を「保持」に割いていたのです。
それが社会人になると、たいていは一度インプットしただけで終わってしまいます。すなわち「保持」についての努力を怠っているということになります。
たとえば、ある本の知識は非常に役に立つから覚えたいと思ったときに、マーカーを引いてノートにまとめて、テストをして……という手順を踏んでいる大人がどれだけいるでしょう。
東大生でさえ、一度見ただけで覚えてしまう人はほとんどいないのに、大人になると復習するということを忘れてしまう人が案外多いのです。
逆にいえば、暗記を最優先して学生時代と同じ勉強法を行えば、当時の記憶力に近いところまで覚えるのが可能だということです。
では、暗記を最優先できない人は、どうすれば効率よく記憶することができるのでしょうか。
それにはまず、記憶するための「目的」を持つことです。
目的を持つことで、その物事に対して関心や興味が湧き、自然と注意力が働き始めます。脳が必要な情報を勝手に集め始めるといってもいいでしょう。
そして、効率よく入力が行われ、より多くの知識を記憶することができるようになるのです。
たとえば、野球が大好きで選手について非常にくわしい人というのは、まさに強い関心と目的を持って知識をどんどん収集し、入力しているという状態なのです。

もちろん、復習する時間が持てるなら、それに越したことはありませんが、以上のように目的を持って記憶するということも、大人、それも高齢の方にとって非常に有効な方法であるといえるでしょう。
■睡眠不足は記憶力低下の原因になる
脳科学の研究では、さまざまな実験によって睡眠不足が記憶力を低下させる大きな要因のひとつだということが立証されています。
睡眠には、体を休める以上に脳の神経細胞の疲れを取る働きがあります。睡眠が不足すると、日中に膨大な情報を処理している脳の乱れた神経回路や伝達ルートの修復が行われなくなってしまうのです。
脳科学の仮説によれば、人間の脳は睡眠をとっている間に、その日に経験したことや学習したことを書き込むといわれています。
ですから、資格試験の勉強などで睡眠時間を削り、脳をほとんど休ませることなく、何十時間も情報を取り込み続ければ、当然記憶の効率は低下します。
また、睡眠不足(睡眠時間5~6時間)の日が続くと、「睡眠物質」と呼ばれる脳内ホルモンの分泌が低下し、とくに発育や細胞の修復に関わる成長ホルモンや、脳内に発生する活性酸素を無毒化するグルタチオンなどが不足し、神経細胞の働きを弱めることになります。
さらに言えば、睡眠をとることは、脳全体を活発に機能させるためにも非常に重要です。
ですから、効率よく記憶するために、まずは6~7時間程度の質のよい睡眠をしっかりとることが大切になります。
そのためには、毎日の就寝時間を一定にすることがポイントで、とくに午後11時~午前0時の間に就寝することが理想的だといわれています。
就寝時間が乱れると、体内時計が狂ってしまってすぐに寝つけなかったり、なかなか熟睡できないなどの睡眠障害につながることがあります。
毎朝、午前7時頃には起床し、すっきり目覚めるといった規則正しい生活リズムをつくることが、脳の機能を正常に働かせ、集中力と記憶力を高めることにつながるのです。

■記憶の効率を高める10の基本原則
記憶(記銘や保持)や想起の際に、重要な手がかりとなるのが「イメージづけ」と「関連性」です。単に情報をインプットするより、この2つを活用することで効率よく記憶術を実践することができます。
ここではその基本原則を紹介しましょう。記憶したい情報に適した原則を探して活用してみてください。
*原則1 五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)から得られる情報に意識を向けること
そうすることで記憶はより強化され、必要なときに想起しやすくなります。
*原則2 情報を大げさに誇張させること
大きさや形、音などで誇張されているものは想起しやすいとされています。
*原則3 リズムと動きのあるイメージにすること
歴史の年号などを語呂合わせで覚えるのも、この原則に従ったものです。
*原則4 「色」をイメージづけること
色は記憶を鮮明にし、物事を覚えやすくします。消防車といえば赤色がすぐ連想されますね。ノートをマーカーなどでカラフルに彩り、視覚効果を活用しましょう。
*原則5 「数字」を使うこと
数字によって整理を行い、体系立てることで、膨大な記憶から必要な情報が引っ張り出しやすくなります。箇条書きなどがこれに当たります。

*原則6 「記号」を使うこと
ブランドロゴや道路標識などはまさにこの原則を活用したものです。記号ひとつで瞬時に多くの情報を思い出すことができる効率的な記憶法といえます。
*原則7 「順番」をつけてパターン化すること
これも体系づけて整理する方法です。また、色や大きさなどでグループ分けしたり、距離や高さ、年齢、場所などで分類してもよいでしょう。
*原則8 「魅力的」なイメージづけをすること
人間は魅力的なイメージを持ったものに対して強い関心を示すので、記憶しやすくなる傾向があります。
*原則9 「ユーモア」を活用すること
おもしろいことは記憶に残るものです。思い出すと楽しい気持ちになれるので、再び想起しやすくなります。
*原則10 「ポジティブ」なイメージにすること
ネガティブよりポジティブなイメージのほうが、想起しやすくなります。脳は、ワクワクして居心地がよい状態に戻りたがるものだからです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。
東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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