記憶力のいい人はなぜ、記憶力がいいのか。医師の和田秀樹さんは「人は目的を持ちアテンションが払われると、それに関する情報をグングン取り込むようになる。
アテンションには放っておいてもアテンションが向く『インタレスト(関心)』と、資格取得や外国語の習得などインタレストのないものに努力してアテンションを向ける『コンセントレーション(集中)』の2つがある。これを改善する方法も、やはりいかに関心を持つかにかかっている」という――。
※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■関心が向かないと覚えられない
物事を記憶するうえで重要なのは、「目的」を持つことです。目的があれば、おのずとそこに関心が向くようになり、アテンション(注意)が払われます。
すると、脳はスイッチを押されたように働き始め、それに関する情報をグングン取り込むようになります。脳が自然に情報を集めている状態といっても過言ではないでしょう。
逆に目的を持たずにいるとアテンションが払われないので、情報がキャッチできなくなり、記憶として留まりません。人間は、アテンションが向いているものは自然に覚えられますが、そうでなければなかなか覚えられません。
鉄道ファンが車両の形式や駅の名前をびっくりするほど覚えていたり、サッカー好きが海外の選手の名前やポジションをすらすらと言えたりするのは、常に関心が高く、どんなときでも注意が向けられているため、情報が脳に収集されやすい状態にあるからです。
もし、あなたが今後、ビジネスや趣味で自分の武器にしたい分野があるなら、「あの資格試験に挑戦しよう」「中国語をマスターしよう」といった具合に、それを目的として定めることが、記憶定着の足がかりになります。
しかし、いくら目的を持っても、なかなか覚えられないこともあるでしょう。

■優れた記憶力を持っている人は好奇心の幅が広い
じつは、アテンションには2つのタイプがあります。
先ほどの鉄道ファンやサッカー好きのように、放っておいてもアテンションが向くものを「インタレスト(関心)」、資格取得や外国語の習得などインタレストのないものに努力してアテンションを向ける状態を「コンセントレーション(集中)」と呼びます。
なかなか覚えられないものは後者に当たり、集中力を使わなければ記憶に留まりません。集中力は長くは続かないので、覚えられないというわけです。
これを改善する方法も、やはりいかに関心を持つかにかかっています。あまり興味が湧かない分野だとしても、少しでも関心の持てるテーマから取りかかりましょう。
優れた記憶力を持っている人は、生まれ持った能力が優れているのではなく、好奇心の幅が広い人なのです。
■クラブのホステスのお客さんの顔と名前を覚える方法
「そうはいっても、実感からして、やっぱり記憶力は落ちているよ」という人もいることでしょう。
そういう人は、試しに何かの“丸暗記”を始めてみることをおすすめします。先の記事で紹介した伊東四朗さんのように百人一首でもいいし、子供時代に覚えようとした国と首都の名前でもOKです。ちょっとトレーニングするだけで、記憶力がはっきりとよみがえってくることを実感できるはずです。
私の知人に、70歳を過ぎても、「1万人以上の人の顔と名前を記憶している」という人がいます。
ちなみにその人(仮にTさんとしておきます)の職業は政治家です。Tさんにとっては有権者の顔と名前を覚えることが当選への第一歩となるわけですが、その秘訣を聞いたところ、
「秘訣なんて、ありませんよ。それこそあらゆる方法を使って覚えています」という答えが返ってきました。
以下、その“あらゆる方法”の中から参考になりそうなものを2つ紹介してみましょう。
●名刺交換するとき、相手の名前を声に出して読み上げる
これは、Tさんならずとも多くの人が実践している方法かもしれませんね。名刺をもらったとき、「○○さんですね、よろしくお願いします」と、相手の名前を声に出して読み上げると、目と口と耳という3つの器官から、相手の名前を入力することができるというわけです。
●相手の顔の特徴的な部分に相手の名前を“書き込む”
私が感心したTさん独特の手法は、「相手の顔の特徴的な部分に、名前を書き込む」という記憶法でした。
出会ったとき、まず相手の顔のパーツから、最も印象的な特徴を見つける。おでこの広い人だったら「おでこ」、口の大きな人は「口」という具合です。
そして、頭の中で、その特徴的なパーツの上に、その人の名前(漢字)を重ねてみるというのです。
たとえば、広いおでこの上に「田中」さん、大きな鼻に「佐藤」さんなどという文字をイメージするのです。すると、その人と再会したとき、顔の特徴に注目するだけで、パーツの上に書いた文字の“残像”が浮かび上がってくるそうです。

と、書きながら思い出したのですが、以前、クラブのママから、こんな“種明かし”をされたことがあります。
クラブのホステスさんが、お客さんに向かって「俳優の○○さんに似ていらっしゃいますね」というのは、お客さんの気持ちをくすぐるためだけでなく、お客の顔と名前を覚えるためでもあるというのです。
なるほど、初対面の人の顔を覚えるために、その人の顔を単純化し、分類するのは有効な方法といえます。漠然とした印象ではなく、「○○に似ている」と分類し、それを言語化してみる……。そうすれば、相手の顔と名前を記憶に定着できる確率が大いに高まるというわけです。
■年齢を重ねるにつれて記憶力が落ちる「落とし穴」
心理学の実験でも明らかにされていますが、物事の理解度が低いと記憶しづらいものです。当たり前かもしれませんが、わかっていないことは記憶できないのです。
たとえば、資格試験の勉強にしても、自分が学生時代に学んでいなかった分野だと、なかなか覚えられないということがあるでしょう。逆に学生時代に受けていた授業と関連する分野だと、初めて学ぶ事項でも、すぐに覚えられるものなのです。
もっと身近で単純な例でいうと、あなたが10年ぶりに町内会の役員をやることになったとしましょう。
そのとき、役員名と役職が書かれた名簿が回ってきたとして、知った名前がなかったり、顔が思い浮かぶ人がいなかったりすると、役員名も役職もなかなか頭に入ってこないでしょう。
すなわち、記憶の入力をスムーズに行うには、まずそのテーマを理解することが大切なのです。

これは前述した「インタレストを持つ」にも通じます。理解することで関心が向き、注意力が高められれば、それだけで記憶力がアップします。つまらなく感じていたテーマも、理解することでだんだん興味が広がり、おもしろくなっていくものです。「理解」はインタレストと違って、意識的に高められるので、積極的に理解に努めましょう。
「記憶する」といっても、むやみやたらと暗記するのではなく、一度理解したほうが結局は近道なのです。
理解が記憶定着へのステップだとしたら当然、知ったかぶりや見栄はNGです。社会人としての、あるいは人としての経験を積めば積むほど、わかりやすい入門書を避けたり、わからないことを気やすく他人に聞けなくなったりするもの。
年齢を重ねるにつれて記憶力が落ちると感じるのは、じつはこれが落とし穴になっているからです。
また、自分の理解度を確認することも大切です。理解度を計るためのやり方として「黒塗り勉強法」があります。
本来は復習効果をねらった勉強法なのですが、自分の理解度をチェックするのにも利用できるので、図表1に紹介しておきましょう。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。
東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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