東京・千駄ヶ谷の路地に、国内外から客が訪れる専門店がある。店内で販売しているのは、無地の白いTシャツだけ。
■シンプルが故に奥が深い、二面性にやられた
夏も冬も1年間365日、白無地Tシャツ(白T)を着る。もちろん自宅のワードローブは、白無地Tシャツだらけ。20代で白Tにはまって以来、着用した型は数百型以上。コレクションは国内外のカットソーメーカー、ファストファッションから数万円のラグジュアリーブランド、希少なヴィンテージまで多岐にわたる。「途中から面倒になり数えなくなった」と本人は笑う。
世界広しといえど、白Tについて知り尽くしている人物は「自分以上の人はいないという自負がある」と、自称「白Tハンター」の夏目拓也は言う。
「白Tと言うとシンプル、ベーシックというイメージを持つ人も多いと思いますが、突き詰めていくと白の色味、生地感、デザイン、シルエット、生産の背景に至るまで、実は様々な違いや個性を持っている。Tシャツごとに、ストーリーがある。究極のシンプルが故に、奥が深い。
■「世界初」の小さな専門店に行列
「自分にとって正装が白T」という夏目は、その偏愛が高じて、大手広告会社・博報堂の花形マーケターの職を退き、白無地Tシャツを生業にしてしまった。
2016年4月、一番の理解者であり白Tラバーでもある妻・華と、同じく白T愛好家の友人・月岡信哉の3人で、自らの「偏愛」を形にした専門店を東京・千駄ヶ谷にオープンした。店名は、白のカラーコードとTを組み合わせた「#FFFFFFT(シロティ)」だ。
千駄ヶ谷の住宅街の一角、週末だけ営業する小さな店が発信する「世界初」の斬新なコンセプトは、オープン当初からメディアやSNSで取り上げられ、客が店に押し寄せた。
この客の波は一過性に終わることなく、夏目の予想以上に年々大きくなっていった。5年前、店の経営に専念するため、会社から独立。10年目を迎えた今も、営業時間は土日の午後のみ、広告は一切出していないが、客足は途絶えることがない。20代から70代、日本全国から海外まで、客層は広がりを見せている。
だれもが何かに対して「好き」という感情は持っているだろう。しかし、それを生業にすることは難しい。夏目はどうやって白Tへの「偏愛」を、アパレルビジネスとしての成功につなげたのだろうか。
■広告会社のマーケターから、「白Tコンサル」へ
「自分のような白Tマニアのお客さんだけでなく、『仕事用に着たい』『肌ざわりのいいTシャツが欲しいけど、透けたくない』『自分に合う白Tがわからない』など、しっくりくる1枚に出会えていない『白T迷子』のお客さんも多くいらっしゃいます。こうして悩んでいるお客さんの好みや普段の服装なんかをじっくり聞いて、理想の1枚を提案する。白Tのコンサルティングが僕の役目です」
オープン以来、夏目が国内外から目利きし、販売してきた白Tは累計で500型を超える。多様な客層に合わせて、扱う白Tは、クリーム色に近い柔らかな色味、しっかりした厚めの生地、光沢感のある滑らかな肌触りなど、「どんな人でも自分の1枚に出会える」よう、バリエーションには徹底的にこだわっている。
店頭では常時約80型ほどの白Tをディスプレイ。毎週末新しいアイテムが加わり、ラインアップも常に変化する。仕入れた白Tは割引セールをせずとも、すべて売り切れる。
ただ白無地Tシャツを並べただけの店では、ここまで客の心をつかむことができないはずだ。話を聞くと、夏目自身の体験、マーケターとしての独自の嗅覚が店づくりのベースにあった。
■オープン前は否定的、懐疑的な声ばかり
「アパレルをなめない方がいい、白Tだけ・週末だけ・店頭販売だけのビジネスモデルなんてうまくいくはずがない、アパレル業界の知人からはネガティブな声の方が多かったのは事実ですね」
店を始める前に夏目の耳に届いた懐疑的な声の数々。意を介さず、夏目は理想とする白T専門店オープンへと突き進んだ。
「そもそも白T専門店というコンセプトが世界初なので、賛否両論は当然想定していました。
20代の頃から白Tの奥深さに魅了され、ライフワークであった白Tコレクションをする中で体感した、その場でTシャツを比較できないことの「不便さ」。この不便さを解消したいというパーソナルな動機も根底にあった。
「白Tをコレクションしていくうちに、1カ所でいろいろな白Tを直接見て、触って、比べられたら最高だなと思ったんですよね。調べると、日本にも世界にも、白Tだけを取り扱う専門店は存在しない。ならば、白Tラバーとして自分がやるしかないと、ある種の使命感が湧いたんです」
また、マーケターとしての長年の経験と持ち前の嗅覚で、今までにはない斬新なビジネスモデルとしてのポテンシャルを感じた。このコンセプトは「絶対にいける」と思ったという。
■業界の常識の「真逆」が成功の秘訣
多くの人が懐疑的だったのは、夏目が打ち出した業界の常識を覆すビジネスモデルだった。シーズンごとのトレンドとは一線を画した白Tという商材、EC全盛の時代に実店舗販売のみ、営業日は週末のみ、店舗は約20m2と狭小、立地も買い物客はほとんどいない住宅街。
アパレル業界といわず、商いをする者であれば、これで経営が成り立つのかと疑問に思うだろう。
夏目の商いに対する戦略の立て方は、いい意味でズレていた。成熟化する業界と同じやり方を真似るのでなく、常識や当たり前を疑い、それとは真逆のやり方を選んだ。
世界初のコンセプトと独自のビジネスモデルに、オープン当初からブランド約20社が「おもしろい」と乗ってくれた。
「モットーは、小さく、狭く、濃く、深く。それを体現しているのがこの店です。白無地Tシャツだけにフォーカスし、誰よりも深くその世界を掘り下げる。店で売っているのは白T=服ですが、本質的にお客さんに提供しているのは、理想の白Tとの出会いであり、世界でもここにしかない濃い感動体験です。
営業日は、自分の偏愛をプレゼンテーションするナマモノの舞台。毎週末ベストなラインアップを組み立てて、お客さんに最高の体験をしてもらうために、平日は入念な準備をする。それがルーティンです」
不特定多数の1000人分の売上よりも、土日に集中することで顧客1人1人と向き合い、顔の見える100人に唯一無二の体験を提供する。その方が結果的に白Tの、店のファンが増えてブランドを強くする、というのが夏目の考えだ。
■辺鄙な場所にあっても「目的地」になる
わずか7坪ほどの店内は、一度に3組程度が限度のため、客は外で待つことになる。時には数十人の行列ができることもある。それでも多くの人が、リピーターとして戻ってくるという。
立地は当初、人が集まる原宿や青山、中目黒などの人気エリアも考えたという。が、賃料との兼ね合いもあり望む物件がなかなか見つからなかった。それならば、「立地が売上を左右する」という従来の常識を逆手にとり、あえて目立たない裏通りに店を構えることにした、と夏目は話す。
「世界初のコンセプトで、ここにしかない空間だったら、多少辺鄙な場所にあってもそこへめがけて足を運んでくれると思ったのです」――夏目の読みが当たった。
小さな店に、日本全国・世界中から理想の白Tを求め人々が訪ねてくる。あるいは、自分にとっての理想の1枚が何かわからない「白T迷子」が迷い込む同店は、水先案内人の夏目が思い描いた通りの「わざわざ行くべき目的地=デスティネーション・ストア」になっている。
■1枚1万円でも客の9割が買って帰る
国内外で注目されている「#FFFFFFT」だが、開店当初から広告費はゼロを通す。SNSや口コミによる集客がメインであるにもかかわらず、オープンから9年間、常に成長を続けている。
衣料品の市場規模は縮小傾向にあり、低価格化しているといわれるなか、同店は1枚3000円から2万円以上の商品もそろえ、中心価格帯は約1万円だ。土日の計13時間の営業にもかかわらず、坪当たりの売上は平均的なアパレルを遥かに上回る。
アパレル実店舗の平均購買率は約20%とされるのに対し、同店の平均購買率は9割以上。
そんな驚異の数字を叩き出す同店に、大手商業施設や百貨店から出店の引き合いは尽きないはずだ。
2号店、3号店と多店舗展開は、すべて「お断り」していると、夏目はきっぱり言う。
「大切にしているのは、規模よりも唯一無二であること。属人性の高いビジネスなので、店舗運営のマニュアル化はできても、完全に人に任せて、体験の質を担保するのは難しい。ここにしかない濃い体験は店舗を増やせば、単純に薄まっていく。そうなると、唯一無二の店舗ではなくなりますから」
■オープンから守り続ける3つの「しない」
店の立ち上げ時から絶対に「しない」3つのルールの一つが、「広告しない」こと。そして、「割引セールはしない」「ネット販売はしない」も頑なに守っている。
3年前からオリジナル白Tを作り始めた。また、渋谷・宮下パークに昨年オープンした姉妹店、黒無地Tシャツ専門店「#000T(クロティ)」のプロデュースにも携わっている。だが、やみくもに規模を大きくすること自体には、あまり興味がないという。
小さく、狭く、濃く、深く。世界初のコンセプトと独自の経営手法を貫き、今年でオープンから10年目。今後、夏目の偏愛ブランドは今後どこへ向かうのだろうか。そう問うと、夏目はこう答える。
「白Tをみんなの正装に、をミッションに掲げています。まだまだ下着やアンダーウェアというイメージや、一部の限られた人のファッションである白Tを、みんなのものにしていきたい。そのために、もっと多くの人に白Tの奥深さを知ってもらい、自分史上最高の1枚に出会う体験を創っていけたらと思っています」
■人間の「偏愛」はAIには真似できない
あくまでも、この小さな店で1人1人にとっての理想の白Tとの出会いを提供するという原点にこだわり続ける。それが今もこれからも変わらない、夏目の目指す偏愛ブランドなのだ。
平日は商品の仕入れや在庫管理、ブランドとの商談・展示会、オリジナル商品やコラボレーション企画、工場との打ち合わせ、撮影やSNS運営などに時間を当て、土日は店で接客する日々。丸一日休みという日はないという。それでも夏目が楽しそうなのは、白Tへの偏愛ゆえだろう。
「自分の好きをとことん突き詰めて、その好きを起点に、誰もやっていないことを考えて実行し続ける。そうすればその人の偏愛がどんどんブランド化していきます。
圧倒的に突き抜けた偏愛は、偏りが故に今までにない新しい価値を生むポテンシャルを秘めています。ビジネスであれば差別化の源泉やストーリーになり、他者が表面的に模倣することは難しい。また属人的な偏愛は人の心を揺さぶり、周囲を巻き込んで、共感が増幅していくパワーも持つ。僕は経験上、そう実感しています。
何かを好きになってとことんはまること、意思を持って何かを始めることは、AIには真似できない。“偏愛”から生まれるパーソナルなビジネスに益々チャンスがあると思うし、それがもっと増えていけば、もっとおもしろい社会になるんじゃないかと思うんですよね」
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夏目 拓也(なつめ・たくや)
#FFFFFFTオーナー/shiten代表
1982年生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学SFCを卒業後、2005年博報堂入社。マーケターとして10年以上にわたり様々な企業のマーケティング戦略、ブランディングを担当。2016年4月、東京・千駄ヶ谷に世界初の白T専門店「#FFFFFFT(シロティ)」をオープン。2020年には株式会社shiten(シテン)を設立し、様々な企画やディレクション、話題のコラボレーションも多数手掛ける。24年には姉妹店となる黒T専門店「#000T(クロティ)」を渋谷ミヤシタパークに協業オープン。
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(#FFFFFFTオーナー/shiten代表 夏目 拓也 聞き手・構成=ライター中沢弘子)
2016年に「世界初の白T専門店」としてオープンした#FFFFFFT(シロティ)だ。流行の入れ替わりが激しいアパレル業界で、一線を画す店舗をつくった動機は何なのか。オーナーの夏目拓也さんに取材した――。
■シンプルが故に奥が深い、二面性にやられた
夏も冬も1年間365日、白無地Tシャツ(白T)を着る。もちろん自宅のワードローブは、白無地Tシャツだらけ。20代で白Tにはまって以来、着用した型は数百型以上。コレクションは国内外のカットソーメーカー、ファストファッションから数万円のラグジュアリーブランド、希少なヴィンテージまで多岐にわたる。「途中から面倒になり数えなくなった」と本人は笑う。
世界広しといえど、白Tについて知り尽くしている人物は「自分以上の人はいないという自負がある」と、自称「白Tハンター」の夏目拓也は言う。
「白Tと言うとシンプル、ベーシックというイメージを持つ人も多いと思いますが、突き詰めていくと白の色味、生地感、デザイン、シルエット、生産の背景に至るまで、実は様々な違いや個性を持っている。Tシャツごとに、ストーリーがある。究極のシンプルが故に、奥が深い。
その二面性が魅力だと僕は思っています」と、白Tへの熱い思いを語る。
■「世界初」の小さな専門店に行列
「自分にとって正装が白T」という夏目は、その偏愛が高じて、大手広告会社・博報堂の花形マーケターの職を退き、白無地Tシャツを生業にしてしまった。
2016年4月、一番の理解者であり白Tラバーでもある妻・華と、同じく白T愛好家の友人・月岡信哉の3人で、自らの「偏愛」を形にした専門店を東京・千駄ヶ谷にオープンした。店名は、白のカラーコードとTを組み合わせた「#FFFFFFT(シロティ)」だ。
千駄ヶ谷の住宅街の一角、週末だけ営業する小さな店が発信する「世界初」の斬新なコンセプトは、オープン当初からメディアやSNSで取り上げられ、客が店に押し寄せた。
この客の波は一過性に終わることなく、夏目の予想以上に年々大きくなっていった。5年前、店の経営に専念するため、会社から独立。10年目を迎えた今も、営業時間は土日の午後のみ、広告は一切出していないが、客足は途絶えることがない。20代から70代、日本全国から海外まで、客層は広がりを見せている。
だれもが何かに対して「好き」という感情は持っているだろう。しかし、それを生業にすることは難しい。夏目はどうやって白Tへの「偏愛」を、アパレルビジネスとしての成功につなげたのだろうか。
■広告会社のマーケターから、「白Tコンサル」へ
「自分のような白Tマニアのお客さんだけでなく、『仕事用に着たい』『肌ざわりのいいTシャツが欲しいけど、透けたくない』『自分に合う白Tがわからない』など、しっくりくる1枚に出会えていない『白T迷子』のお客さんも多くいらっしゃいます。こうして悩んでいるお客さんの好みや普段の服装なんかをじっくり聞いて、理想の1枚を提案する。白Tのコンサルティングが僕の役目です」
オープン以来、夏目が国内外から目利きし、販売してきた白Tは累計で500型を超える。多様な客層に合わせて、扱う白Tは、クリーム色に近い柔らかな色味、しっかりした厚めの生地、光沢感のある滑らかな肌触りなど、「どんな人でも自分の1枚に出会える」よう、バリエーションには徹底的にこだわっている。
店頭では常時約80型ほどの白Tをディスプレイ。毎週末新しいアイテムが加わり、ラインアップも常に変化する。仕入れた白Tは割引セールをせずとも、すべて売り切れる。
ただ白無地Tシャツを並べただけの店では、ここまで客の心をつかむことができないはずだ。話を聞くと、夏目自身の体験、マーケターとしての独自の嗅覚が店づくりのベースにあった。
■オープン前は否定的、懐疑的な声ばかり
「アパレルをなめない方がいい、白Tだけ・週末だけ・店頭販売だけのビジネスモデルなんてうまくいくはずがない、アパレル業界の知人からはネガティブな声の方が多かったのは事実ですね」
店を始める前に夏目の耳に届いた懐疑的な声の数々。意を介さず、夏目は理想とする白T専門店オープンへと突き進んだ。
「そもそも白T専門店というコンセプトが世界初なので、賛否両論は当然想定していました。
ただ自分の中では、こういう店があれば、多くの人が白Tのおもしろさや奥深さにが気づくはずと確信があったので、絶対に形にするぞと決めていました」
20代の頃から白Tの奥深さに魅了され、ライフワークであった白Tコレクションをする中で体感した、その場でTシャツを比較できないことの「不便さ」。この不便さを解消したいというパーソナルな動機も根底にあった。
「白Tをコレクションしていくうちに、1カ所でいろいろな白Tを直接見て、触って、比べられたら最高だなと思ったんですよね。調べると、日本にも世界にも、白Tだけを取り扱う専門店は存在しない。ならば、白Tラバーとして自分がやるしかないと、ある種の使命感が湧いたんです」
また、マーケターとしての長年の経験と持ち前の嗅覚で、今までにはない斬新なビジネスモデルとしてのポテンシャルを感じた。このコンセプトは「絶対にいける」と思ったという。
■業界の常識の「真逆」が成功の秘訣
多くの人が懐疑的だったのは、夏目が打ち出した業界の常識を覆すビジネスモデルだった。シーズンごとのトレンドとは一線を画した白Tという商材、EC全盛の時代に実店舗販売のみ、営業日は週末のみ、店舗は約20m2と狭小、立地も買い物客はほとんどいない住宅街。
アパレル業界といわず、商いをする者であれば、これで経営が成り立つのかと疑問に思うだろう。
夏目の商いに対する戦略の立て方は、いい意味でズレていた。成熟化する業界と同じやり方を真似るのでなく、常識や当たり前を疑い、それとは真逆のやり方を選んだ。
世界初のコンセプトと独自のビジネスモデルに、オープン当初からブランド約20社が「おもしろい」と乗ってくれた。
取引先は現在も順調に増え続けている。
「モットーは、小さく、狭く、濃く、深く。それを体現しているのがこの店です。白無地Tシャツだけにフォーカスし、誰よりも深くその世界を掘り下げる。店で売っているのは白T=服ですが、本質的にお客さんに提供しているのは、理想の白Tとの出会いであり、世界でもここにしかない濃い感動体験です。
営業日は、自分の偏愛をプレゼンテーションするナマモノの舞台。毎週末ベストなラインアップを組み立てて、お客さんに最高の体験をしてもらうために、平日は入念な準備をする。それがルーティンです」
不特定多数の1000人分の売上よりも、土日に集中することで顧客1人1人と向き合い、顔の見える100人に唯一無二の体験を提供する。その方が結果的に白Tの、店のファンが増えてブランドを強くする、というのが夏目の考えだ。
■辺鄙な場所にあっても「目的地」になる
わずか7坪ほどの店内は、一度に3組程度が限度のため、客は外で待つことになる。時には数十人の行列ができることもある。それでも多くの人が、リピーターとして戻ってくるという。
それも、この店の「唯一無二の体験」に惹かれるからではないだろうか。
立地は当初、人が集まる原宿や青山、中目黒などの人気エリアも考えたという。が、賃料との兼ね合いもあり望む物件がなかなか見つからなかった。それならば、「立地が売上を左右する」という従来の常識を逆手にとり、あえて目立たない裏通りに店を構えることにした、と夏目は話す。
「世界初のコンセプトで、ここにしかない空間だったら、多少辺鄙な場所にあってもそこへめがけて足を運んでくれると思ったのです」――夏目の読みが当たった。
小さな店に、日本全国・世界中から理想の白Tを求め人々が訪ねてくる。あるいは、自分にとっての理想の1枚が何かわからない「白T迷子」が迷い込む同店は、水先案内人の夏目が思い描いた通りの「わざわざ行くべき目的地=デスティネーション・ストア」になっている。
■1枚1万円でも客の9割が買って帰る
国内外で注目されている「#FFFFFFT」だが、開店当初から広告費はゼロを通す。SNSや口コミによる集客がメインであるにもかかわらず、オープンから9年間、常に成長を続けている。
衣料品の市場規模は縮小傾向にあり、低価格化しているといわれるなか、同店は1枚3000円から2万円以上の商品もそろえ、中心価格帯は約1万円だ。土日の計13時間の営業にもかかわらず、坪当たりの売上は平均的なアパレルを遥かに上回る。
アパレル実店舗の平均購買率は約20%とされるのに対し、同店の平均購買率は9割以上。
訪れる客のほぼ全員が自分の1枚を見つけ、帰路につく。
そんな驚異の数字を叩き出す同店に、大手商業施設や百貨店から出店の引き合いは尽きないはずだ。
2号店、3号店と多店舗展開は、すべて「お断り」していると、夏目はきっぱり言う。
「大切にしているのは、規模よりも唯一無二であること。属人性の高いビジネスなので、店舗運営のマニュアル化はできても、完全に人に任せて、体験の質を担保するのは難しい。ここにしかない濃い体験は店舗を増やせば、単純に薄まっていく。そうなると、唯一無二の店舗ではなくなりますから」
■オープンから守り続ける3つの「しない」
店の立ち上げ時から絶対に「しない」3つのルールの一つが、「広告しない」こと。そして、「割引セールはしない」「ネット販売はしない」も頑なに守っている。
3年前からオリジナル白Tを作り始めた。また、渋谷・宮下パークに昨年オープンした姉妹店、黒無地Tシャツ専門店「#000T(クロティ)」のプロデュースにも携わっている。だが、やみくもに規模を大きくすること自体には、あまり興味がないという。
小さく、狭く、濃く、深く。世界初のコンセプトと独自の経営手法を貫き、今年でオープンから10年目。今後、夏目の偏愛ブランドは今後どこへ向かうのだろうか。そう問うと、夏目はこう答える。
「白Tをみんなの正装に、をミッションに掲げています。まだまだ下着やアンダーウェアというイメージや、一部の限られた人のファッションである白Tを、みんなのものにしていきたい。そのために、もっと多くの人に白Tの奥深さを知ってもらい、自分史上最高の1枚に出会う体験を創っていけたらと思っています」
■人間の「偏愛」はAIには真似できない
あくまでも、この小さな店で1人1人にとっての理想の白Tとの出会いを提供するという原点にこだわり続ける。それが今もこれからも変わらない、夏目の目指す偏愛ブランドなのだ。
平日は商品の仕入れや在庫管理、ブランドとの商談・展示会、オリジナル商品やコラボレーション企画、工場との打ち合わせ、撮影やSNS運営などに時間を当て、土日は店で接客する日々。丸一日休みという日はないという。それでも夏目が楽しそうなのは、白Tへの偏愛ゆえだろう。
「自分の好きをとことん突き詰めて、その好きを起点に、誰もやっていないことを考えて実行し続ける。そうすればその人の偏愛がどんどんブランド化していきます。
圧倒的に突き抜けた偏愛は、偏りが故に今までにない新しい価値を生むポテンシャルを秘めています。ビジネスであれば差別化の源泉やストーリーになり、他者が表面的に模倣することは難しい。また属人的な偏愛は人の心を揺さぶり、周囲を巻き込んで、共感が増幅していくパワーも持つ。僕は経験上、そう実感しています。
何かを好きになってとことんはまること、意思を持って何かを始めることは、AIには真似できない。“偏愛”から生まれるパーソナルなビジネスに益々チャンスがあると思うし、それがもっと増えていけば、もっとおもしろい社会になるんじゃないかと思うんですよね」
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夏目 拓也(なつめ・たくや)
#FFFFFFTオーナー/shiten代表
1982年生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学SFCを卒業後、2005年博報堂入社。マーケターとして10年以上にわたり様々な企業のマーケティング戦略、ブランディングを担当。2016年4月、東京・千駄ヶ谷に世界初の白T専門店「#FFFFFFT(シロティ)」をオープン。2020年には株式会社shiten(シテン)を設立し、様々な企画やディレクション、話題のコラボレーションも多数手掛ける。24年には姉妹店となる黒T専門店「#000T(クロティ)」を渋谷ミヤシタパークに協業オープン。
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(#FFFFFFTオーナー/shiten代表 夏目 拓也 聞き手・構成=ライター中沢弘子)
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