会社とは別に収入を得るにはどんな方法があるのか。東京都立大学准教授の高橋勅徳さんは「自分の趣味や特技を利用した『ライフスタイル起業』をおすすめする。
この稼ぎ方を知ることは、会社に振り回され将来への不安を抱える現状から解放される第一歩になるだろう」という――。(第1回)
※本稿は、高橋勅徳『ライフスタイル起業』(大和書房)の一部分再編集したものです。
■沖縄・座間味のダイビングビジネスの秘密
2003年から5年ほどの間、筆者は沖縄県島尻郡座間味村に出入りしていました。
事の始まりは、「座間味村のダイビングビジネスが全国的にも上手くいっている。その理由を経営学の視点から調べてほしい」というオファーを、当時の勤務先(沖縄大学)から頂いたことです。
周知の通り、経済基盤が弱い沖縄県の離島地域は過疎化が進んでいるのですが、座間味村は例外でした。ダイビングを中心に観光業が非常に盛んで、沖縄県近海の離島地域では唯一人口(特に子ども)が増えていました。
筆者は座間味村のダイビング事業者の方々は、1990年代末に沖縄全土を襲ったオニヒトデ被害からサンゴ礁を守ったこともあり、当時の筆者は調査結果をエコツーリズム成功例として分析していました。
しかし、今振り返ると、泡盛を酌み交わしながらインタビューを重ねたダイビングショップの経営者たちの語りには、ライフスタイル企業家になるために必要な、重要なエッセンスが詰まっていると思います。
■元漁師という利点を最大限に活かす
座間味村のダイビングショップの経営者たちの多くは、もともとは漁師(海人)です。
村を取り囲む慶良間海域は、生物多様性ではグレート・バリア・リーフを超えると評価されるほど、豊かなサンゴ礁が広がっています。日本がバブル景気に沸いた頃に、国内のダイビング愛好家がサンゴ礁を求めて座間味村に訪れ、地元の漁船をチャーターしてダイビングを楽しむようになっていました。

その頃、座間味の漁師たちは、朝早くから夕方まで漁に勤しんでも、売上高は燃料にもならない状態でした。ところが、ダイビング客たちを受け入れると半日で8~10万円の売上になります。もともと漁師ですので、船を保有していて、潜水士の資格を有しており、どこにサンゴ礁がありどんな魚がいるのか知識を持っている状態です。
「ダイビングショップ○○」と看板を掲げ、簡単なチラシを作成して地元の観光業者に配布し、電話帳に小さな広告を掲載するだけで商売が始められました。
ダイビングビジネスの繁忙期はGWから8月末(夏休み)までの約3カ月です。この期間は毎日、お客さまを連れて海に出るため目の回るような忙しさになりますが、それ以外の期間(9月~翌年4月)は、月に数組訪れる常連さんとダイビングを楽しみつつ環境保全のためオニヒトデの駆除に取り組み、時には東京や大阪で水中写真展やファンミーティングを開催するなど、マイペースに稼ぎつつ楽しく生活を送っています。
■大型クルーザーには買い替えなかった
そして面白いのが、座間味村のダイビング事業者たちは推定で年1000万円以上の稼ぎがあるにもかかわらず、大型クルーザーに買い替え、大量の客を呼び込む(=稼ぎを増やす)ことに否定的であったことです。
サンゴ礁はダイビング客をガイドするほどに疲弊して白化したり、オニヒトデの餌食になります。
細く長く、生まれ故郷の座間味村で生きていくためには、ダイビング客の総数を抑える必要がある。だからこそ座間味村のダイビング事業者たちは、十数人で満員になる小さな船でサンゴ礁に与える被害を抑えつつ、自分たちは家族が豊かな生活を送れる程度の稼ぎが得られれば十分だという判断をしています。
特に大手旅行代理店や地元行政が、多くの観光客を受け入れるために提携を持ちかけても、資源保護の観点から断っていたことも、非常に興味深いところです。
■「非常識」な起業スタイル
さて、この座間味村のダイビングショップ経営者たちは、「サンゴ礁を見るために集まってくる人々を飯のタネとして発見し」、「既に持っている船と潜水士としての技術、漁師としての知識を利用して極めて低コストでダイビング業を立ち上げ」、「一緒にダイビングを楽しめる常連さんを中心に、生活に十分な稼ぎを獲得」した上で、「生活を守るために、過剰な投資や企業成長を避ける」という特徴を有しています。

彼らの特徴を少し抽象化すると、
「趣味を中心としたコミュニティに事業機会を見出し」、

「手持ちの資源とスキルを転用して低コストで起業し」、

「ライフスタイルの充実を目的として意図的に低成長に留める」
という形で整理できるでしょう。実はこれこそが、近年の経営学が目指す、ライフスタイル企業家という「新しい起業スタイル」の要点になります。
私たちが「企業家」という言葉を聞いた時に脳裏に浮かぶのは、「ITやバイオなどのハイテク産業で起業して、IPOを目指して最終的には億万長者となる」という「資本主義のエリート」というイメージです。実際のところ、企業家とは高学歴で開業に必要な知識や技術・人脈を獲得済みの、恵まれた人々だけに開かれた職業選択です。
■ライフスタイル起業という提案
ところがこの世界をじっくりと観察し、データを分析していくと現代社会で「壮大な夢」の実現を目指して、幸せになっているのはごく一握りで、ほとんどの人が単に稼げないだけでなく、会社を維持することに忙殺され生活も破綻する「不幸」に陥っています。
ならば、起業の評価基準を経済的指標ではなく幸福度に変え、「幸せ」を得るための手段として起業という行為を捉え直していこうという(筆者を含めた)研究者の反省から、ライフスタイル起業(lifestyle entrepreneurship)という新しい起業スタイルの提案が始まりました。
この新しい起業スタイルは、2000年代初頭にオセアニア地域でアウトドアスポーツ(サーフィン、トレッキング、マウンテンバイクなど)を趣味とする人々が、観光ガイドや簡易宿泊施設(ベッド&ブレックファースト)を生業として営み、幸福度(well-being)が高い人生を謳歌していることに注目して提唱されました。ライフスタイル企業家を端的に表現すると、自分の趣味や特技を利用して起業し、充実した生活を手にした人々となります。
現代日本において、ライフスタイル企業家というイメージに最も近い存在は、動画配信者(YouTuber、TikToker、Instagramer、近年ではVTuberやオンラインサロン運営者等)でしょうか。2024年に学研教育総合研究所が発表した『小学生白書』における「将来つきたい職業」の調査では、動画配信者が2位(男子は1位)となっています。
筆者もお気に入りの動画配信者が何名かいますが、この業界の動向(特に競争環境の激化と配信内容の高品質化・先鋭化)を考えると、あまり良い選択ではないように思えます。
■好きなことに取り組んで、楽しく生きていく
他方で、動画配信者のような目立つ事例からもう少し視野を広げていくと、家政婦や家庭教師といった比較的手に入れやすいスキルで稼いでいる人たちや、プログラマー、イラストレーター(同人作家も含む)、デザイナーなど知識や特技を活かして生活しているフリーランスと呼ばれる人たちがそこかしこに存在し、マイペースに働きながら幸せに生きていることに気づくと思います。

自営業やフリーランス、個人事業主など様々な呼び名がありますが、ライフスタイル企業家は既存のこのような「稼ぎ方」にとどまらず、新しい独立開業の領域を切り開いていくことで、私たちが「自由な生き方」の選択肢を広げていくことを目指していきます。
自由に生きていく可能性を広げるという目的がありますので、ライフスタイル企業家に関する議論は、徹底的に「低投資・低成長を基本とした最低限のリスクでの起業」のあり方を模索し、時には「余暇時間を利用した副業」まで有効な方法として肯定していきます。
そんなライフスタイル企業家が目指すのは、「好きなことに取り組んで、家族や仲間と一緒に楽しく生きていく」ことが許容される社会です。
■起業のハードルをとことん下げる
座間味村のダイビングショップ経営者たちの話に戻りましょう。
マーケティングという発想を持たずに、今、目に見えるお客さまを相手に可能な商売を考え、可能な限り低投資で起業して、そこそこ稼げるようになったら事業拡大するチャンスがあっても拒絶する……彼らのようなライフスタイル企業家の行動は非常識に見えます。
しかし、「ほどよく稼いで、誰にも振り回されず、楽しく生きる」というライフスタイル企業家の目的から捉えていくと、彼らの行動は「起業のハードルをとことん下げる」という点で一貫した合理性を有しています。
いわば、多くの人々がちょっとした事業機会を摑んで、低リスクに生活の糧を得ていくためのヒントが、ライフスタイル企業家たちにあると考えたほうが良いでしょう。

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高橋 勅徳(たかはし・みさのり)

東京都立大学准教授

東京都立大学大学院経営学研究科准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
主な著書に『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)などがある。

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(東京都立大学准教授 高橋 勅徳)
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