三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の「3大メガバンク」の採用大学に変化が起きている。元メガバンク行員で、学歴研究家の伊藤滉一郎さんは「このうち三菱UFJ銀行の新卒採用数は、10年で約5分の1にまで減少した。
■私文MARCHからの「下剋上ルート」に異変
かつてメガバンクは、MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)卒にとって「凡庸でも這い上がれる」数少ない舞台だった。大量採用された「ソルジャー営業マン」が支店で数字を積み、時に東大卒すら凌駕する逆転劇が起きた。しかし今やその光景は過去のものだ。
新卒採用は10年で5分の1に激減し、銀行は理系や専門スキル、海外対応力を備えた人材を求めている。MARCH卒の下剋上ルートは急速に狭まり、銀行員像は根本から書き換えられつつある。
かつてのメガバンクは、学歴に劣っていても努力次第で這い上がれる貴重な舞台だった。MARCH卒の私文出身者でも、大量採用の「ソルジャー営業マン」として潜り込むことができた。求められる数字を卒なくクリアし、上司に気に入られるような振舞いを続ける。これで年収1000万円に到達するキャリアは、一昔前まで確かに存在した。
東大や京大といったトップ校の卒業生も同じフィールドに放り込まれ、同じノルマに追われた。それなりの社会的成功という程度であれば、口のうまさと体力で数字を揃えて「MARCH卒が東大卒に勝つ」、という逆転劇はよくある光景であった。
だが、2020年代半ばになり、この舞台は閉ざされつつある。理由は明快で、ソルジャー営業という役割そのものが不要になったからである。
■新卒採用激減と人員増加のパラドックス
2010年代半ばまで、MARCHの平均的学生に選ばれるのがメガバンクであった。2015年の新卒採用は三菱UFJ1550人、三井住友1837人、みずほ1365人、3行合わせて5000人に迫る勢いであった。だが2024~25年にはそれぞれ356人、508人、500人程度まで縮小した。このうち三菱UFJは、10年でおおむね5分の1である。
ところが、図表1の通り、グループ連結従業員数を見ると様変わりする。みずほで若干減少しているものの、三菱UFJ、三井住友は40%以上増加している。3行とも専門技能を持つキャリア採用の大幅増、海外金融機関の大型買収による影響が大きい。若さとコミュ力だけが取り柄の「ソルジャー営業マン」は要らなくなり、少なくとも数字の上では高度専門人材や海外人材にとって代わられたといえる。
■メガバンク就職が「人生の勝ち組」だった2010年代
かつてメガバンクは、学生から圧倒的な人気を誇った。高い給与水準・大量採用枠に加えて、社会的なステータスも魅力的だった。
さらに言えば、配属先こそ厳しい営業店であっても、「支店で鍛えられて這い上がる」というキャリアパスが既定路線として存在していた。いわば「安定した給与」「社会的信用」「努力次第で逆転可能」という三拍子が揃い、メガバンクは学生にとって極めて魅力的な選択肢だったのである。
実際に、MARCHの一角である立教大の2014年卒就職ランキングでは、メガバンクがトップ3を独占している。東大や早慶においても、「まずはメガバンに」という志向は根強く、多くの学生が銀行を第一志望に据えていた。
■2020年代に激減した「ソルジャー枠」
しかし2020年代に入ると、その光景は一変する。前述の立教大学で比較すると、2024年卒では、公務員のランクインが増え、メガバンは9~15位と大きく後退し、就職者数は3分の1程度となっている。慶應でも概ね半減しており、東大に至っては激減といえる水準まで減少した。トップ校の学生はコンサルティングファーム、総合商社、官公庁、テクノロジー企業へと志望先を移している。
もっとも、高学歴層も一定数の採用は続いている。銀行は依然として幹部候補層の多くをトップ大学から確保しており、実際に過去20年メガバンクの頭取は、東大・京大・一橋大・早慶の5校出身者のみだ。彼らのような幹部候補は入社時から明確に区別される。
しかし、悲惨なのは文系MARCH卒だ。以前は全国各地の支店に配属され、投信・外貨・住宅ローンなどの販売ノルマを背負い、電話・訪問で数字を追うソルジャー営業が典型的なキャリアの入口であった。しかし、新卒枠は激減し、その限られた枠もトップ校や専門スキル人材に振り分けられている。その結果、ボリュームゾーンである文系MARCH卒の椅子は減り、メガバン就職難易度はむしろ上がった可能性もある。現実はメガバン不人気化ではなく、入社枠が減っただけなのかもしれない。
■大転換の「3つの背景」
転換の大きな理由の一つは規制の強化だ。金融庁主導で顧客本位の業務運営を要求され、マージンの稼ぎやすい投信や外貨建て商品の回転売買を抑制した。従来の売り切り営業スタイルは法令違反や顧客とのトラブルに直結しやすく、リスク要因に成り下がった。ソルジャー型営業は、もはや経営上も社会的にも需要が消失してしまったのだ。
二つ目の要因は、デジタル化と店舗削減の進展だ。来店を前提とする窓口業務の多くは、スマホアプリやネットバンキングに代替された。
三つ目は、ビジネスモデルの転換だ。規制やデジタル化によって旧来型の営業が不要になる一方で、専門性を持つ人材が新たに求められている。インドネシアやASEANの商業銀行を買収して現地人材を連結化するなど海外拡大を進めたほか、マネーロンダリング対策や制裁対応、オペリスク管理といった規制対応要員は大幅に増やしている。さらに、データ分析やシステム内製化を担うエンジニアやデータサイエンティストも増加の一途をたどっている。
■ほしいのは「コンサル人材」
急速な業務転換に対応するためには、新卒で頭数を揃えても成り立たず、キャリア採用で補うほかない。海外人材や専門職を増やす戦略が進んだ結果、私文の新卒需要が激減するという逆説的な現象が生まれたのである。
事業環境変化により、ソルジャー銀行マンとしての下剋上の舞台は失われた。全国転勤や配属ガチャのリスクを嫌う優秀層は銀行を避け、スキルを持たない凡庸層は受け皿を失った。銀行が厚遇するのは、理系や専門スキル、海外志向を備えた少数精鋭の人材である。
銀行の営業は、従来の量的営業から、知識・専門性を武器にするアドバイザリー型営業へと高度化している。
■ノースキル私文には「厳しい時代」に
もっとも、銀行の存在意義は単なるコンサルへの転換にとどまらない。銀行には、コンサルにはない「資金を供給できる主体」としての力がある。融資や決済インフラを直接担い、与信判断やリスク管理を通じて経済を動かすことができるのは銀行だけだ。また、リテール分野では顧客の預金・保険・ローンを総合的に扱い、人生や事業の転機に資金面から伴走できる。つまり、銀行員は「助言者」であると同時に「資金提供者」としての重みを持ち続けるのである。
こうした構造変化は、就活生や社会人にとっての絶大な影響を及ぼす。新卒で手堅くメガバンクに就職し、リテール営業実績で勝負するのが最適解である時代は終焉を迎えた。これは手に職を持った人材のキャリア採用拡大を意味する。専門性と即戦力を兼ね備えた人材は銀行内で厚遇されやすく、さらに証券・保険・運用・フィンテック・IFAといった銀行外の金融業界にもキャリアの選択肢は広がっている。
一方で、具体的なスキルに乏しい新卒採用は狭き門となってしまった。
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伊藤 滉一郎(いとう・こういちろう)
受験・学歴研究家、じゅそうけん代表
1996年愛知県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、メガバンクに就職。2022年じゅそうけん合同会社を立ち上げ、X(旧Twitter)、InstagramなどのSNSコンサルティングサービスを展開する。高学歴1000人以上への受験に関するインタビューや独自のリサーチで得た情報を、XやYouTube、Webメディアなどで発信している。著書に『中学受験 子どもの人生を本気で考えた受験校選び戦略』(KADOKAWA)、『中学受験はやめなさい 高校受験のすすめ』(実業之日本社)がある。
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(受験・学歴研究家、じゅそうけん代表 伊藤 滉一郎)
私立文系卒を中心に大量採用された『ソルジャー営業マン』は、絶滅危惧種になりつつある」という――。
■私文MARCHからの「下剋上ルート」に異変
かつてメガバンクは、MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)卒にとって「凡庸でも這い上がれる」数少ない舞台だった。大量採用された「ソルジャー営業マン」が支店で数字を積み、時に東大卒すら凌駕する逆転劇が起きた。しかし今やその光景は過去のものだ。
新卒採用は10年で5分の1に激減し、銀行は理系や専門スキル、海外対応力を備えた人材を求めている。MARCH卒の下剋上ルートは急速に狭まり、銀行員像は根本から書き換えられつつある。
かつてのメガバンクは、学歴に劣っていても努力次第で這い上がれる貴重な舞台だった。MARCH卒の私文出身者でも、大量採用の「ソルジャー営業マン」として潜り込むことができた。求められる数字を卒なくクリアし、上司に気に入られるような振舞いを続ける。これで年収1000万円に到達するキャリアは、一昔前まで確かに存在した。
東大や京大といったトップ校の卒業生も同じフィールドに放り込まれ、同じノルマに追われた。それなりの社会的成功という程度であれば、口のうまさと体力で数字を揃えて「MARCH卒が東大卒に勝つ」、という逆転劇はよくある光景であった。
だが、2020年代半ばになり、この舞台は閉ざされつつある。理由は明快で、ソルジャー営業という役割そのものが不要になったからである。
■新卒採用激減と人員増加のパラドックス
2010年代半ばまで、MARCHの平均的学生に選ばれるのがメガバンクであった。2015年の新卒採用は三菱UFJ1550人、三井住友1837人、みずほ1365人、3行合わせて5000人に迫る勢いであった。だが2024~25年にはそれぞれ356人、508人、500人程度まで縮小した。このうち三菱UFJは、10年でおおむね5分の1である。
ところが、図表1の通り、グループ連結従業員数を見ると様変わりする。みずほで若干減少しているものの、三菱UFJ、三井住友は40%以上増加している。3行とも専門技能を持つキャリア採用の大幅増、海外金融機関の大型買収による影響が大きい。若さとコミュ力だけが取り柄の「ソルジャー営業マン」は要らなくなり、少なくとも数字の上では高度専門人材や海外人材にとって代わられたといえる。
■メガバンク就職が「人生の勝ち組」だった2010年代
かつてメガバンクは、学生から圧倒的な人気を誇った。高い給与水準・大量採用枠に加えて、社会的なステータスも魅力的だった。
大手銀行に就職した、というだけで親や周囲からの評価が高まり、恋愛・婚活市場でも一目置かれる存在になれた。
さらに言えば、配属先こそ厳しい営業店であっても、「支店で鍛えられて這い上がる」というキャリアパスが既定路線として存在していた。いわば「安定した給与」「社会的信用」「努力次第で逆転可能」という三拍子が揃い、メガバンクは学生にとって極めて魅力的な選択肢だったのである。
実際に、MARCHの一角である立教大の2014年卒就職ランキングでは、メガバンクがトップ3を独占している。東大や早慶においても、「まずはメガバンに」という志向は根強く、多くの学生が銀行を第一志望に据えていた。
■2020年代に激減した「ソルジャー枠」
しかし2020年代に入ると、その光景は一変する。前述の立教大学で比較すると、2024年卒では、公務員のランクインが増え、メガバンは9~15位と大きく後退し、就職者数は3分の1程度となっている。慶應でも概ね半減しており、東大に至っては激減といえる水準まで減少した。トップ校の学生はコンサルティングファーム、総合商社、官公庁、テクノロジー企業へと志望先を移している。
もっとも、高学歴層も一定数の採用は続いている。銀行は依然として幹部候補層の多くをトップ大学から確保しており、実際に過去20年メガバンクの頭取は、東大・京大・一橋大・早慶の5校出身者のみだ。彼らのような幹部候補は入社時から明確に区別される。
高度な判断を行い、巨大組織を率いる将来の使命を託される可能性が高いエリートたちだ。
しかし、悲惨なのは文系MARCH卒だ。以前は全国各地の支店に配属され、投信・外貨・住宅ローンなどの販売ノルマを背負い、電話・訪問で数字を追うソルジャー営業が典型的なキャリアの入口であった。しかし、新卒枠は激減し、その限られた枠もトップ校や専門スキル人材に振り分けられている。その結果、ボリュームゾーンである文系MARCH卒の椅子は減り、メガバン就職難易度はむしろ上がった可能性もある。現実はメガバン不人気化ではなく、入社枠が減っただけなのかもしれない。
■大転換の「3つの背景」
転換の大きな理由の一つは規制の強化だ。金融庁主導で顧客本位の業務運営を要求され、マージンの稼ぎやすい投信や外貨建て商品の回転売買を抑制した。従来の売り切り営業スタイルは法令違反や顧客とのトラブルに直結しやすく、リスク要因に成り下がった。ソルジャー型営業は、もはや経営上も社会的にも需要が消失してしまったのだ。
二つ目の要因は、デジタル化と店舗削減の進展だ。来店を前提とする窓口業務の多くは、スマホアプリやネットバンキングに代替された。
これによる余剰人員の合理化のため、メガバンクは3行とも支店統廃合を加速し、みずほに至っては本支店が6割も減った。店舗の絶対数が減れば、支店配属の新卒枠が縮小するのは当然の帰結だろう。
三つ目は、ビジネスモデルの転換だ。規制やデジタル化によって旧来型の営業が不要になる一方で、専門性を持つ人材が新たに求められている。インドネシアやASEANの商業銀行を買収して現地人材を連結化するなど海外拡大を進めたほか、マネーロンダリング対策や制裁対応、オペリスク管理といった規制対応要員は大幅に増やしている。さらに、データ分析やシステム内製化を担うエンジニアやデータサイエンティストも増加の一途をたどっている。
■ほしいのは「コンサル人材」
急速な業務転換に対応するためには、新卒で頭数を揃えても成り立たず、キャリア採用で補うほかない。海外人材や専門職を増やす戦略が進んだ結果、私文の新卒需要が激減するという逆説的な現象が生まれたのである。
事業環境変化により、ソルジャー銀行マンとしての下剋上の舞台は失われた。全国転勤や配属ガチャのリスクを嫌う優秀層は銀行を避け、スキルを持たない凡庸層は受け皿を失った。銀行が厚遇するのは、理系や専門スキル、海外志向を備えた少数精鋭の人材である。
銀行の営業は、従来の量的営業から、知識・専門性を武器にするアドバイザリー型営業へと高度化している。
富裕層の資産管理やM&A、事業承継、サステナブル投資といった高付加価値分野が広がり、マーケティング自動化やインサイドセールスとの分業体制も浸透しつつある。求められる人材像も、会計や税務、法務、プロジェクトマネジメント、データ分析や英語契約などの多彩なスキルを組み合わせ、専門性を備えたトータルコーディネートができる「コンサル人材」へと変わっている。
■ノースキル私文には「厳しい時代」に
もっとも、銀行の存在意義は単なるコンサルへの転換にとどまらない。銀行には、コンサルにはない「資金を供給できる主体」としての力がある。融資や決済インフラを直接担い、与信判断やリスク管理を通じて経済を動かすことができるのは銀行だけだ。また、リテール分野では顧客の預金・保険・ローンを総合的に扱い、人生や事業の転機に資金面から伴走できる。つまり、銀行員は「助言者」であると同時に「資金提供者」としての重みを持ち続けるのである。
こうした構造変化は、就活生や社会人にとっての絶大な影響を及ぼす。新卒で手堅くメガバンクに就職し、リテール営業実績で勝負するのが最適解である時代は終焉を迎えた。これは手に職を持った人材のキャリア採用拡大を意味する。専門性と即戦力を兼ね備えた人材は銀行内で厚遇されやすく、さらに証券・保険・運用・フィンテック・IFAといった銀行外の金融業界にもキャリアの選択肢は広がっている。
一方で、具体的なスキルに乏しい新卒採用は狭き門となってしまった。
銀行はもはや「凡庸でも這い上がれる場所」ではない。ノースキルMARCH文系卒では難関企業への就職は難しい時代が、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
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伊藤 滉一郎(いとう・こういちろう)
受験・学歴研究家、じゅそうけん代表
1996年愛知県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、メガバンクに就職。2022年じゅそうけん合同会社を立ち上げ、X(旧Twitter)、InstagramなどのSNSコンサルティングサービスを展開する。高学歴1000人以上への受験に関するインタビューや独自のリサーチで得た情報を、XやYouTube、Webメディアなどで発信している。著書に『中学受験 子どもの人生を本気で考えた受験校選び戦略』(KADOKAWA)、『中学受験はやめなさい 高校受験のすすめ』(実業之日本社)がある。
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(受験・学歴研究家、じゅそうけん代表 伊藤 滉一郎)
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