スーパーで「より美味しい牛肉」を選ぶにはどうすればいいのか。焼肉作家の小関尚紀さんは「オス牛とメス牛では、メス牛のほうが肉質が柔らかい性質がある。
豚肉や鶏肉にはできないが、牛肉に限っては牛の性別を調べる簡単な方法がある」という――。
※本稿は、小関尚紀『大人の「牛肉」教養』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■オス牛とメス牛の肉質の違い
目の前に、美味しそうな二つの牛肉があるとします。
一つはオス牛の肉で、もう一つはメス牛の肉です。「好きなほうを焼いて食べていいよ!」と言われました。さて、あなたはどちらの肉を選びますか?
私なら迷わず、メス牛の肉を選んで食べます。牛肉を食べる上で、牛の性別は重要な要素になるからです。
人間の場合、男性と女性の体形には性差が見られますよね。男性は骨格と筋肉が発達しやすく、女性は脂肪がついて丸みを帯びやすくなります。
これは、牛にも同じことが言えます。つまり、オス牛は皮下脂肪が少なく、肉質が硬めになる一方で、メス牛は皮下脂肪が多く、肉質が極めて柔らかくなるのです。
さらに、この柔らかさの秘密は、筋肉の種類にもあります。

筋肉には「遅筋(ちきん)」と「速筋(そっきん)」の2種類がありますが、メス牛は筋線維が細かい遅筋の割合が多いことがわかっているのです。
・オス牛 → 皮下脂肪少ない/肉質硬め

・メス牛 → 皮下脂肪多い/肉質柔らかめ
■オス牛は去勢されて脂肪をつきやすくさせている
先の例では、私は柔らかい肉が好みなのでメス牛を選びました。ほとんどの人が同様に柔らかい肉を好んでいるでしょう。そのため、一般的に「メス牛のほうがオス牛よりも美味しい」とされているのです。さらに、メス牛はオス牛よりも不飽和脂肪酸の含有量が多く、脂質の融点が低いので、あっさりと食べやすい特徴もあります。
このように言うと「じゃあ、オス牛の肉は市場に出回らないのか」と質問されることがあります。
じつは食用のオス牛は、生後すぐに去勢されることが多いのです。こうすることで脂肪がつきやすい体質にして、メス牛のようにきめ細かく、より柔らかい肉質を目指すことになります。
そして、オス牛(去勢牛)のほうがメス牛よりも体が大きく育つので、肉量が多く取れます。生産者にとっては1頭あたりの肉量を多く取れるほうが利益を上げやすいので、じつは市場で取引されている牛肉の多くは、オスの去勢牛なのです。
「去勢なんて残酷な……」と感じたかもしれません。しかし、この工夫があるからこそ、私たちは美味しくて柔らかいオス牛の肉を食卓で楽しめているのです。

■牛肉だけに記された「個体識別番号」
「でも、スーパーで売っている牛肉の性別なんてわからないのでは?」
そう思ったあなたに朗報です。
スーパーなどで牛肉を買う際に、その牛の性別を調べられる方法があります。
自宅の冷蔵庫に牛肉のパックがある人は確認してみてほしいのですが、パックにある食品表示のラベルをよく見てみると「個体識別番号」という10桁の番号が記載されていることがわかります。
この個体識別番号を「独立行政法人 家畜改良センター」のウェブサイトにある「牛の個体識別情報検索サービス」に入力するだけで、その牛の性別はもちろん、生年月日や飼育履歴まで詳しく見ることができるのです。ぜひ、お持ちのスマホで「牛の個体識別情報検索サービス」と検索してみてください。
じつは、豚肉や鶏肉では、このような性別や出生歴などの情報の開示は、法的に義務化されていません。
では、なぜ牛肉だけが、消費者にも情報が見えるようになっているのでしょうか。
■BSEの発生で牛肉の情報が消費者でも確認できるように
その理由は、2001年に日本で発生したBSE(牛海綿状脳症)の影響です。
BSEに感染した牛は、異常行動を示して死に至ることで知られていますが、BSEが流行し始めた当時は、人間への感染も強く疑われていたため、社会に大きな不安が広がりました。
この事態を受け、農林水産省は2003年に「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法」(通称:牛トレーサビリティ法)を施行しました。
これにより、牛肉の個体識別番号を消費者に提供することが義務化され、私たちが食の安全を確保できるよう、情報の透明性が高められたというわけです。
オス牛よりもメス牛のほうが、脂肪が多くて柔らかい肉になる。
スーパーで牛肉を購入する際は、周りの目を気にせず、堂々と「個体識別番号」を検索しましょう。
■牛肉の味を大きく左右する「牛のエサ」
じつは性別だけでなく、牛の飼料の種類や量によって、牛肉の味が大きく変わることもわかっています。
ここでは、実際に私が生産現場を訪問して得た知見をもとに、飼料と牛肉の味の関係性について深く掘り下げていきましょう。
兵庫県に拠点を置く株式会社上田畜産は、「但馬玄(たじまぐろ)」という独自のブランドを展開しています。この但馬玄は、脂の融点が非常に低く、味が驚くほどあっさりしているのが特徴です。「マグロの大トロのように、口に含んだ瞬間にとろける」と評されるほどで、名前もここから付けられました。
そして、この上田畜産の牧場は「牛の健康へのこだわりは、まず飼料から始まる」という理念を掲げています。病気に負けない丈夫な牛を育てるためには、しっかりとした胃袋を持つ「腹づくり」が重要だと考え、すべての牛に独自の飼料を与えているのです。
その独自の飼料とは、蕎麦やごま、米ぬか、きなこなどの天然素材を中心に配合した「セサミヘルスフィード」と呼ばれるものです。
■A5ランクの「脂のくどさ」から始まった試行錯誤
「セサミヘルスフィード」には、牛の体内では生成できない必須アミノ酸が多く含まれており、この飼料で育てられた牛の脂は「不飽和脂肪酸」や、一般的には含まれないと言われている「オメガ3脂肪酸」を多く含んでいることが明らかになっています。オメガ3脂肪酸は、私たちの動脈硬化を防ぎ、血圧を下げるほか、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)を減らす効果もあると言われています。
牛の健康を第一に考えた結果、たどり着いた上田畜産の飼料「セサミヘルスフィード」。
ちなみに、この飼料が生まれた背景には、創業者である上田伸也さんの忘れられない経験があります。
ある日、自身が育てたA5ランクの神戸ビーフを食べた上田さんは、その脂のくどさに衝撃を受けます。「もっとあっさりした、食べやすい脂の牛を育てたい」と強く思い、飼料の改良に着手し始めました。
しかし、改良に試行錯誤していた最中、マイコプラズマ感染症が牛の間で蔓延してしまいます。ただ、偶然にも、試験的に開発していた飼料を与えられていた牛たちだけが健康を保っていたのです。
この驚くべき事実に直面した上田さんは、その飼料をすべての牛に与え、さらなる試行錯誤を重ねた末に、「セサミヘルスフィード」を完成させたのです。
少し話が逸れましたが、このように独自の飼料を与えることで、但馬玄の牛肉は「不飽和脂肪酸」「オメガ3脂肪酸」を多く含む脂質を持つことになります。
つまり、飼料は単に牛の栄養源であるだけでなく、牛肉の脂質、ひいては味にも大きな影響を与えることが、但馬玄の事例からわかるのです。
■飼料と水にこだわり、3回も移転した牧場
続いて、宮崎県に拠点を置く株式会社牛肉商尾崎が展開するブランド牛「尾崎牛」を例に挙げてみましょう。
この尾崎牛の飼育においても、「飼料」と「水」は肉質を左右する重要な要素として、徹底的に管理されています。
尾崎牧場では、牛たちが最高の状態に育つよう、手間を惜しみません。毎日朝夕2回、2時間ずつかけて独自にブレンドした穀物飼料を牛たちに与えていますが、この飼料はビールのしぼり粕(大麦)、とうもろこし、小麦、大豆粕、きなこなど、なんと12種類もの素材を絶妙なバランスで配合して作られているのです。

一方で、水へのこだわりも尋常ではありません。牛に与えるのは、自然の湧き水をポンプで汲み上げたもの。なぜなら、牛は水道水特有のカルキ臭を嫌うため、水道水だと十分に飲んでくれないことを知っているからです。
牛たちにとって飼料と水は、健康な体を作り、美味しい肉質を育むための生命線。だからこそ尾崎牧場は、2000頭もの牛を飼育できる広大な土地と豊かな自然の湧き水を求めて、これまでに3回も移転を繰り返してきました。
このような上田畜産と牛肉商尾崎の事例からわかるのは、エサにこだわって牛を健康に育てることが、そのまま牛肉の美味しさにつながるということです。
■牧草を食べるか、穀物飼料を食べるかで変わる肉質
ちなみに、飼料の種類もまた、牛肉の味を大きく変える要因の一つです。
牛に与える飼料が「牧草」なのか「穀物飼料」なのかによって、その肉質は明確な違いを見せます。左にまとめましたので、ぜひ知っておきましょう。
《牧草で育った牛(グラスフェッドビーフ)》
主に牧草を食べて育った牛は「グラスフェッドビーフ」と呼ばれます。
比較的あっさりとした味わいで、霜降りが少ない赤身肉になるのが特徴です。自然な風味と、ヘルシーな赤身を楽しみたい方に人気があります。
肉質は硬めで、あまり大衆受けしないため、スーパーなどではなかなか手に入りません。共役リノール酸やカルニチンなど、穀物飼料の牛に比べて脂肪燃焼物質が豊富に含まれています。
《穀物飼料で育った牛(グレインフェッドビーフ)》
一方、主に穀物飼料を食べて育った牛は「グレインフェッドビーフ」と呼ばれます。
こちらは、赤身の中に脂質が多く含まれる傾向があります。きめ細かな霜降りになりやすく、とろけるような口どけと濃厚な旨味が特徴です。
ブランド牛は、飼料にもこだわっているから美味しくなる。日本で流通している牛肉は、多くが穀物飼料で育った牛(グレインフェッドビーフ)のものです。

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小関 尚紀(こせき・なおき)

焼肉作家、お肉博士1級、MBA

大阪府生まれ。お肉博士1級。早稲田大学大学院でMBAを取得し、筑波大学大学院博士課程後期を中退。現在は企業に勤務しながら、独自の「牛肉道」を極める。2005年に本格的に焼肉にハマって以来、年間100店舗以上もの焼肉店を巡るだけでなく、生産現場にまで足を運び、牛や餌に関する知見を深め、肉の焼き方や部位の特性を独自に研究・分析するほど。特に、焼き方のユニークなネーミングにはセンスが光る。2016年に東洋経済オンラインで連載した『意外と知らない「焼き肉」の新常識』はたちまち人気を博し、2018年には著書『焼肉の達人』(ダイヤモンド社)を刊行。BS朝日『美女と焼肉』の初期レギュラーを務めたほか、NHK、民放キー局など焼肉関連番組やラジオ番組の出演も多数。ダイヤモンドオンライン、Retty、favy、日刊ゲンダイ、食べログマガジンでも連載実績があり、多くの読者から支持される。

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(焼肉作家、お肉博士1級、MBA 小関 尚紀)
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