※本稿は、土井美和『「自分」というブランドを売る 元ルイ・ヴィトントップ販売員が大切にしてきたこと』(大和出版)の一部を再編集したものです。
■あなたはいつもルイ・ヴィトンの看板を背負っている
今でも忘れられない入社当時のエピソードがあります。それは、仕事にも、先輩とのコミュニケーションにも少し慣れてきた頃のことでした。
「今朝寝坊しちゃって、さっき駅に着いてコンビニでおにぎりを買って、歩きながらお店まで来ましたー」
先輩が笑ってくれるのではないかと、少しおちゃらけた感じで話したんです。
すると先輩が、「え? 歩きながら食べてきたってこと? お客様がいつどこで土井さんを見ているかわからないのよ? いつもルイ・ヴィトンの看板を背負っていることを忘れちゃダメだよ?」と割とちゃんとしたトーンで言われ、それまで笑っていた私も、周りの同期も気まずい空気になったことを覚えています。
25年近くも前のエピソードを鮮明に覚えてるのって、やはりとても自分にとって胸に刺さり、影響を受けた言葉だったのだと思います。
■いつどこにお客様がいるかわからない
たとえば、制服を着て百貨店の従業員用のエレベーターに乗ったり、ランチ後に従業員用の化粧室で、歯磨きや化粧直しをしている時に、同じ百貨店でお勤めの方々と一緒になることがあります。
百貨店の裏側であっても制服を着ている以上、私たちがルイ・ヴィトンのスタッフであるというのは一目瞭然です。
そして、同じ百貨店で働く皆様は、すでにルイ・ヴィトンのお客様だったり、今後のお客様になるかもしれない方々です。
たとえ裏側であっても、振る舞いや言葉には十分気をつけなければならないと学びました。
休日に友人とカフェで話をする時も、社名がわかるような表現や話はしないようにいつも注意を払っていました。
制服を着ていなくても、店頭に立っていなくても、私はルイ・ヴィトンの看板を背負っているのだ、と先輩の言葉でしっかりと意識したのだと思います。
確かに退勤した後に、先ほど接客したお客様を電車やお店でお見かけしたり、これはとんでもなく偶然でしたが、夏休みに沖縄のホテルでお客様ご家族とお会いしたこともありました。
私は私であって、「ルイ・ヴィトンの私」でもあるという意識は、頭の片隅に常になくてはいけないのだと先輩が教えてくれました。
入社時研修で、「学生と社会人との違い」としてきっと教えられているはずなのに、本当の意味では理解ができていなかったのだと思います。
■肩書きに対して、リスペクトを持つ
あなたが、学生であっても社会人であっても、どこかに属しているのであれば、「○○大学の△△」「○○社の△△」と、よいことも悪いことも、常にその看板を背負っていることを忘れてはいけません。
こんなに長い付き合いになるとは思いませんでしたが、私は退職した今も「元ルイ・ヴィトン」という看板があり、ここで働いてきた19年間が今の私を構成する大きな部分を占めています。
この看板に恥じない自分でありたいと思うと当時に、この看板を決して傷つけることはしない、という想いも常に持っていました。
ブランドとそこで働く人との関係もまた、リスペクトがあってこそ、長くよい関係が構築できるのだと信じています。
■人に与える印象は「視覚情報」が55%
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学者であるアルバート・メラビアンが1971年に提唱した「メラビアンの法則」をご存じですか?
その研究結果によると、人に与える印象は「視覚情報」が55%、「聴覚情報」は38%、「言語情報」は7%とされています。
声のトーンや大きさ、話すスピードなどの「聴覚情報」、会話の内容である「言語情報」よりも、身だしなみ、表情や姿勢、立ち居振る舞いなども含めた「視覚情報」のほうが相手に大きな影響を与えることがわかりますよね。
私は店頭での作業中や待機中でも、常に口角を上げる意識をしていました。作業に集中している間に、気づくと無表情になってしまうためです。
意識はやがて無意識になるので、習慣になるまで日々意識できるといいでしょう。
接客中でもそうでなくても、常に口角を上げておく意識を持つだけで、お客様があなたに声をかけやすくなります。
■相手のしぐさを真似る
さらに、表情からは、言語情報よりも伝わるものがあります。
たとえば、悲しい出来事を話しているのに、聞き手が「それは大変だったね」と言いながらも、目を合わせず無表情で話を聞いていたら、「本心ではそう思っていないのかも」と思ってしまい、相手は話を続ける気にならないはずです。
また、聞き手の視線があちこちに動いていたら、「真剣に聞いてくれていない」と思うでしょう。
人は言葉(内容)からだけではなく、表情からも相手の見えない感情を受け取っています。だからこそ、自分が聞き手に回る際も、表情などの視覚情報への意識がとても大切になるのです。
接客においては、お客様と同じような声のトーンと表情で相槌を打つ姿で、「ちゃんと話を聞いている」と伝えたいものです。
このように、相手のしぐさや言動を真似ることを、心理学では「ミラーリング効果」といって、相手から信頼や好意を得やすくなると言われています。
■声のトーンやスピードはあえて合わせない
「聴覚情報」においても、ミラーリング効果は使えるテクニックです。
お客様の話すスピードや声のトーン、ボリュームも合わせることで心地よく感じていただけるはずです。
ただ、私の場合、完全にお客様に合わせると言うよりも、ほんの少しだけ主導権を握るイメージでいます。
接客においては、完全にお客様のペースに合わせるというよりは、「ハンドルは自分が握って導いていく」というイメージを持つべきだと考えます。
声のトーンやスピードをお客様に合わせるのは、安心感を抱いていただくために必要なことですが、それだけだと全てをお客様に合わせてしまう「受け身型の接客」になりかねません。
雑談ばかりが続いて商品を提案できなかったり、気づけばお客様のペースに飲まれて時間だけが過ぎていた……、なんていうことが実際に起こります。
だからこそ、「スタンス」は販売員自身が持っておく必要があるのです。
声のトーンやスピードで空気を整え、会話の内容でも流れをコントロールする。
雑談が続いたら商品の話に戻す、商品の話ばかりになっていたらお客様のバックグラウンドについて聞いてみる。
このように「ハンドルは自分が握って導いていく」ということは、強引に進めるわけではなく、安心してついていける存在になるということです。
そのような信頼していただける存在になってこそ、「提案型の接客」ができるのです。
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土井 美和(どい・みわ)
株式会社Clienteling Advisory代表取締役
2001年ルイ・ヴィトンジャパンに入社。2012年に日本全国で顧客保有数No.1の実績を獲得し、それ以来150名以上の顧客ポートフォリオを継続的に担当する。
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(株式会社Clienteling Advisory代表取締役 土井 美和)