■認知症ビジネスがはびこっている
これまで2回に分けて、認知症を防ぐ生活習慣についてエビデンスをもとにお話ししてきました。
今回は、「実は効果のない認知症予防」について、解説していきたいと思います。
ところで、「認知症予防」と聞いて、皆さんはなにを思い浮かべますか?
健康食品やサプリメント、脳トレ、高額な検査や自由診療……世の中には「これで認知症は防げる!」と謳うモノやサービスがあふれています。
日本では、65歳以上の4人に1人が何らかの認知障害を患っており、その数は今後も増え続けると予想されています。
多くの人が苦しみ、不安を抱く病気だからこそ、ビジネスになりやすいのです。
では、「本当に予防効果があるのか」というと、実は医学的根拠が充分ではないものが多く存在します。効果がないものに大切な時間とお金をつぎ込むのは、もったいない。それどころか、中にはかえって害になるものも存在します。
限られた時間とお金、そして何よりも健康を損なわないために、正しい情報を見極める視点を持つ必要があるのです。
『認知症になる人 ならない人』(講談社)でも詳しく解説していますが、本稿では、手軽だからこそ、多くの人が手を出してしまいがちな2つの項目に絞って、解説していこうと思います。
■“サプリメント”の本当の怖さ
まずは、「サプリメント」についてです。
テレビやインターネットでは「認知症を予防」「認知症に効果がある」などと謳った誇大広告が目につきます。
例えば、魚に多く含まれる脂の「オメガ3脂肪酸」をはじめ、腸内細菌である乳酸菌やビフィズス菌などを使った「プロバイオティクス」、ハーブのイチョウの葉から抽出した「イチョウ葉エキス」などが挙げられます。
いずれも認知症予防に有効であるとの研究はなく、サプリメントによる効果は十分確認されていないというのが実状なのです。
サプリメントは薬とちがって、あくまで食品です。臨床試験を行って、有効性や安全性が確認されているわけでもありません。
「薬のように品質管理がされていない」ということが重要で、米国ではサプリに不純物が混ざっているとの報告が頻繁に上げられています。
最近でも、依存性を持ちうるモルヒネの類似物質があるサプリに混入していたとの情報がありました。企業側は、顧客をビジネスに引き込むことが狙いですから、故意に不純物を混ぜているケースもあるでしょう。
一度飲んだら、ずっと飲みたいと思わせてしまえば儲かるからです。
■「記憶力が上がる」サプリの根拠
先述のような悪質な例は別にしても、サプリメントは効果がよくわからないものが、続々と販売されています。魅力的に見える商品が多い反面、リスクがあることにも留意してほしいと思います。
例えば、イチョウ葉エキス。
一部の研究で、軽度の認知機能障害やアルツハイマー型認知症の症状を一時的に改善する可能性が示されたことが根拠になっているのですが、その可能性のある効果はそもそも「予防」に対するものではありません。
実際、イチョウ葉エキスの有効性をめぐっては、比較的大規模な試験が繰り返し行われています。例えば3000人以上の高齢者を対象とした試験では、イチョウ葉エキスを長期間摂取しても、「認知症の発症リスクに有意な差は見られなかった」という結果が出ています。※
※Snitz BE, O’Meara ES, Carlson MC, Arnold AM, Ives DG, Rapp SR, et al. Ginkgo biloba for preventing cognitive decline in older adults: a randomized trial. JAMA. 2009; 302(24):2663-2670.
もちろん、有効性を完全に否定するものではありませんが、「認知症予防」の観点では無効である可能性が高いと考えられています。
■「飲む前のウコン」に根拠はあるのか
そして、注意すべきは「効果がない」だけではなく、体に害を及ぼす可能性があるということです。
適切な用量の摂取ならば安全とされていますが、副作用がないわけではありません。これまでに、頭痛、めまい、胃腸の不調、アレルギー反応などが報告されています。
出血リスクを増やす可能性も指摘されており、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を服用している人は注意が必要です。
「サプリは食品だから安全」と思い込むのは早計で、重大な事態は日本でも起きています。死者5人を出した紅麹サプリによる健康被害事件は記憶に新しいでしょう。
私たちが使うお金にも時間にも限りがあります。
そのお金と時間があれば、スポーツジムと契約して運動したほうがずっといいはずです。
金銭的にも時間的にも余裕のある方がサプリに投資するのは自由ですが、私が医師として認知症の予防のために特定のサプリをおすすめすることはありませんし、公的な機関も推奨していません。
■「脳トレ」の効果は限定的
同様に、認知症に効果があると喧伝されているものに「脳トレ」があります。
足腰の弱りを防ぐために筋力トレーニングをするように、脳の衰えを防ぎ、活性化するためには脳のトレーニングを、というわけです。
パズルゲームやクイズなどのドリル本が売られ、スマートフォンでは脳トレアプリが相次いで登場しています。中には「○○医師が監修した」などの売り文句を冠したものもあります。
ある研究では、2832人の高齢者を対象として、10週間にわたって推論力、言語記憶、処理速度のいずれかのトレーニングプログラムを行うグループと、何もしないグループに分けて実施しました。
5年後、推論力のトレーニングを受けたグループは、日常生活で必要な複雑な作業(買い物や家事、金銭管理など)を行う能力について改善が見られていたといいます。
一見有望に思えますが、認知症の発症率について見ると、有意な差はありませんでした。※
※Unverzagt FW, Guey LT, Jones RN, Marsiske M, King JW, Wadley VG, et al. ACTIVE cognitive training and rates of incident dementia. J Int Neuropsychol Soc. 2012; 18(4): 669-677.
このことから、特定の認知機能トレーニングが短期的な効果をもたらす可能性はあるものの、長期的な認知機能の向上という点での効果は限定的で、認知症予防にはつながらないと言えそうです。
■だから僕は「NOトレ」と言いたい
米国ではほとんど見かけないのですが、日本に帰国して驚くのは、通勤時間帯の電車内で中高年のビジネスマンがずっとパズルゲームに熱中していることです。
ゲームじたいは、いい面とよくない面が混在しています。
短期的にはゲームで使う脳の機能が少しだけよくなるという効果はあります。けれども、ゲームには特定のパターンや規則性がありますから、ずっとやり続けているとパターン認識になるのでほとんど脳を使わなくなります。
脳トレのゲームなどが長期的に見ると、認知症の予防効果は示せていないのもおそらく同じ理由です。
時間と労力がもったいないと思います。
通勤時間が片道1時間だとすると、1日2時間です。週5日の勤務として10時間になります。その時間を本や新聞を読むことなどに充てるほうがよほど有用でしょう。
認知症にならないように、親に家に籠らせて脳トレをやらせている人もいますが、余計なお世話にしかならないのではないかと思えます。
ですから、僕はお節介な脳トレには 「NOトレ」と言いたい。
脳トレを完全に否定するわけではありませんが、読書や語学の勉強、スポーツや楽器の演奏など、自分の興味が持てることを楽しんだほうがずっといいでしょう。
友人や家族と趣味を共有するなど社会的な交流は、孤独な脳トレよりも、孤立を防ぐという点でも認知機能の維持に役立つはずです。
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山田 悠史(やまだ・ゆうじ)
米国老年医学・内科専門医、医学博士
マウントサイナイ医科大学(米ニューヨーク)老年医学・緩和医療科医師。米国老年医学・内科専門医、医学博士。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国各地の病院の総合診療科で勤務した後、2015年に渡米。現在は高齢者医療を専門に診療や研究に従事している。AIと医療をつなぐ合同会社ishifyの共同代表。米国では、NPO法人FLATの代表理事として在米日本人の健康を支援する活動にも力を入れている。 著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』、『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』(共に講談社)などがある。
Podcast: 医者のいらないラジオ
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(米国老年医学・内科専門医、医学博士 山田 悠史 構成=ジャーナリスト・亀井洋志)