日本の高学歴エリートには何が足りないのか。社会学者の上野千鶴子さんは「東大生は正解のない問題が苦手だ。
知識や正解を丸暗記するだけでは生き残れない」という。『』(毎日新聞出版)から、上野さんとジャーナリストの田原総一朗さんとの対談の一部を紹介する――。
※本稿は、田原総一朗(著)、竹内良和(編集)『東大生は本当に優秀なのか』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「せいぜいクイズ王」東大生の致命的な欠点
【田原総一朗(以下、田原)】上野さんが2019年に東大の入学式で述べた祝辞は、学内外にある男女差別から学びのあり方を論じたことで大きな話題になりました。
女子学生と浪人生を差別した東京医科大の不正入試から始まり、東大についても学生や教員の女性比率の低さなど、容赦しませんでした。その能力は弱者を助けるために使うべきで、「東大ブランドがまったく通用しない世界でも、生きていける知を身につけて」と期待を寄せましたね。
【上野千鶴子(以下、上野)】私のようなキャラクターを来賓に呼ぶなんて、東大の保守的な体質もいくらかは変わったのかもしれません。当初は何かの悪い冗談だと思って、断る気、満々だったんですが(笑)。
私の祝辞を聞いた教育学部の女子学生が、東大男子がやっている「東大女子、お断り」のインカレ(インターカレッジの略称。複数の大学から学生が集まる)サークルを題材に卒論を書いて卒業しました。この卒論がめちゃくちゃに面白い。
サークルでクイズゲームをやると、東大生は正解のある問いが得意なので、東大男子が勝つ。
そこで他大学女子のメンバーを「君たち、おバカだね」といじると、「私たち、おバカだから~」といった反応をしてくれるのだそうです。
東大男子はそういうやり取りに対して「他大の女子は優しくて、何を言っても笑ってくれる」と。それに比べて東大女子は「厳しい」「怖い」というんです。
そんな4年間を過ごして卒業していく男性たちが日本社会のエリートになっていくんですよ。だから、私はよく東大生に嫌がらせを言うんです。「あんたたち、せいぜいクイズ王にしかなれないよ」ってね。
■学問自体が“男性中心”で、歪んでいる
【田原】なぜ、知識や教養を積んできた学識者らが集まっている「学問の府」で、意図的な男女差別が起きてしまうのでしょうか?
【上野】教養があっても、知識があっても、平然と男女差別やセクハラは意識的、無意識的に行われます。私たちがなぜジェンダー研究を始めたかというと、学問自体が男性中心にできていて、すでに歪んでいると思ったからです。
これまで積み上げられてきた学問は「男子がいかに生きるか」ということの問いと、その答えでした。もちろん素晴らしい知恵が蓄積されていますが、「男子の、男子による、男子のための学問」だったと思います。
【田原】上野さんは京都大の卒業生です。東大と京大の違いをどう見ていますか?
【上野】東大は秀才を育て、京大は異才を育てるような風土があると感じています。
私の学生時代の経験を振り返れば、京大は「教育せず、されず」、つまり学生は放し飼いでした。だから、当たりハズレもありますが、学生の発想を抑圧しないので、個性的な人は出てきやすいと思います。
ただ、東大や京大がそれなりに才能ある人材を輩出してきたのは、大学の教育や教師が良かったからではなく、入学してくる学生に、もともと優秀な人材の割合が多かったからだと思います。そういう人材はどこにいても伸びるでしょう。
■“一度でも休めばついていけない”訓練を行った
【上野】残念なことに、日本の大学には高等教育のノウハウが確立されていません。18歳からの4年間は、人生の伸び盛りなので、私は学生たちに「自分はこれだけ成長できた」という実感を持って卒業してもらいたいと思っていました。
今あるものを身に付けるだけでは教育ではありません。だから、ゼミ生たちに「誰も答えたことのないオリジナルな問いを立ててごらんなさい」と呼びかけました。
もちろん、前段として学生に一定の負荷をかけ、基礎体力をつけるための訓練をやりました。例えば毎週相当量の指定文献を読んできてもらい、提出物も頻繁に出してもらいました。
一度、授業を休んでしまったら、ついていけないほどです。週1回のゼミのために1週間が回っているようなもので、このレベルの授業が週に三つほどあれば、アルバイトをしている暇なんてないでしょう。

私は学生の考えや発想を一切抑圧しませんでしたので、ゼミには、社会学者の古市憲寿さんや、風俗業界で働く人を支援するNPO法人「風テラス」(新潟市)の理事長をしている(現在は退任)坂爪真吾さんなどユニークな人材が集まりました。
■留学生にとっては“東大=セカンドチョイス”
【田原】近ごろは、東大生は中央官庁のキャリア官僚にならなくなっているそうですね。
【上野】無理もないと思います。激務に比べて給料はそう高くはありません。その代償だったのは「国を動かしている」というプライドでした。しかし、政治家の言いなりにならざるを得ない状況になってしまい、官僚のプライドはズタズタになっています。優秀な人はどんどん逃げていくでしょう。日本は政治家が劣化しても官僚はまともだと思っていましたが、官僚もダメになっては、この国は危ういですね。
日本の国立大学は、文部科学省からの運営費交付金を減らされ、学術的な成果も出づらくなって、大学評価の世界ランキングも下がっています。これまでは、国内の大学市場でトップの東大が親や子どもに選ばれていました。
でも、最近は海外の大学と東大の両方に合格したら、東大を蹴るケースが出ているそうです。これまで学生を国内に引き留めていたのは日本の企業でした。
しかし、グローバル化によって、同質性の高い日本人男性によるホモソーシャル(男同士のつながり)な企業組織では、国際競争力がないことがバレてしまい、日本の企業に就職する魅力も薄れています。
留学生を見ていると、よくわかります。学者や学生は国際移動がすごく早くて、メリットのある国や地域にパッと移動します。今、東大に来ている留学生に「どうしてここを選んだの」と聞いてみると、「セカンドチョイスです」と、はっきり言う人が多いですね。「英語圏の学校に行きたかったけれど、行けなかったから」と私の目の前で、堂々と言ってのけます。
■日本のトップレベルでも“正解のない問題が苦手”
――上野氏の発言には「忖度」というものがなく、聞く者を痛快な気持ちにすらさせる力がある。長年、教壇に立っていた東大に対しても、ズバズバとものを言う姿勢は変わらない。きっと、権威や権力による横暴や、不条理に対するセンサーの感度の高さゆえであろう。東大での経験を振り返りながら、日本の教育の行き詰まりを説いていく上野氏は、日本の大学が「ドラスチックに変わる」方法について語り始めた。
【田原】日本人は正解のない問題にチャレンジする教育を受けていないために、創造力に欠けたというのが僕の問題意識です。日本の政治家は、国際会議でもなかなか発言できません。それは、英語ができないからではないと思います。

【上野】その通りだと思います。今の予測のつかない国際情勢を見ても、解決への正解なんてありません。日本人が国際舞台で発言できないのは「シャイな国民性のせいだ」なんて言われますが、そんなものは訓練すれば身につく能力です。
たとえ、ブロークンな(たどたどしい)英語でも主張したいことのある人はしゃべりますし、今は大抵の国際会議は、同時通訳のシステムが整っていますので、自国語でしゃべればいい。
日本社会でトップレベルと言われている東大の学生たちに、私が「これまで誰も答えたことのない問いを立ててごらんなさい」って言ったら、「やったことないからどうすればいいかわからない」と答えが返ってきました。そういう教育を受けてこなかったからです。
■みんなと違うと“ハブられる”教育環境
【上野】小中高校の授業で、先生から「意見はありますか」と尋ねられても、生徒が手を挙げにくい雰囲気があったからでしょう。みんなと違うことを言ってしまったら「ハブられる」(仲間はずれにされる)ような環境で12年間も育ってきて、違うことを言ったら「君は面白いことを考えるね」と褒められた経験がないからです。
意見は「異見」とも書きます。人の言うことに100%同意することなどありえないからこそ、「異見」なのです。小学校から12年間、言いたいことがあっても黙ってきたのか、言いたいことを言って「面白いね。その次も考えてみよう」と言われてきたのかでは、18歳にもなれば人格に大きな違いが出ます。
国民性ではありません。
日本の高等教育の最大の問題は、何か。答えは、はっきりしています。それは、入試での選抜方式です。今は正解が一つしかない問いに対する正答率が高い学生を選び抜いています。正答率を争うのではなく、論述を取り入れるなどして、学生の思考力をしっかりと見るような入試問題にすればドラスチックに変わります。
選抜制度が変われば、中等教育にも初等教育にも影響が及びます。ただしそうすれば、私立進学校や受験産業の抵抗が大きいでしょうね。これまでのノウハウが通用しなくなりますから。
■「入試の公平性」に過度にこだわる必要はない
【田原】大学入試でも、正解のない問題を出して、創造力や探究心のある学生を増やしたらいいと思います。でも、大学に採点できる人間がいないという話も聞きます。
【上野】大学教員ならできるはずです。現にフランスは「バカロレア」という大学入学資格試験があって、数日間かけて書かせた論文を評価しています。また、アメリカでは、面接や小論文などで、志願者の能力を総合的に見極めるAO入試が盛んです。
ただ、日本では公平性を巡って文句が出がちです。でも、そもそも入試は、大学側がこういう学生に来てもらいたいと望む人材をとるためにやっているのですから、過度に公平性にこだわらなくてもいいのです。
東大にも推薦入試(学校推薦型選抜)の制度があります。募集人員は100人程度で、合格者の4割ほどが女子です。東大生は約8割が男子なので、女子比率「2割の壁」を推薦では超えています。でも、全体の募集人員約3000人に対して100人では焼け石に水です。
東大は私立の中高一貫校出身の男子学生が4分の1ほどを占めるようです。彼らは、これまで正解のある受験勉強のスキルを磨いてきた子たちです。
今は、こうした勉強が効果を発揮するような入試制度になっています。だから、いっそのこと、AO入試の募集枠を定員の3分の1程度にしたらよいでしょう。
AOで大学に入った学生は、入学後の伸びしろが大きいとのデータもあります。さまざまな活動をやってきた人たちなので、周囲の学生に刺激や好影響を与えることも分かっています。受験一途でやってきた進学校の生徒の知らないことを、たくさん知っています。

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田原 総一朗(たはら・そういちろう)

ジャーナリスト

1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

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上野 千鶴子(うえの・ちづこ)

社会学者

1948年富山県生まれ。京都大学大学院修了、社会学博士。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で40年間、教育と研究に従事。女性学・ジェンダー研究のパイオニア。

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(ジャーナリスト 田原 総一朗、社会学者 上野 千鶴子)
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