ペットを飼う時、どんなことに気を付ければいいか。ペットジャーナリストの阪根美果さんは「昔は、公園や河川敷で犬を自由に走らせるのは愛情表現の一つと見なされていた。
しかし現在は、公共の場ではリードを装着することが愛犬と他者、そして飼い主自身を守るための絶対的なルールになっている」という――。
■炎天下の車内に愛犬を放置した男の罪
「昔はこれが当たり前だった」「良かれと思ってやっている」。親世代から受け継いだそんな“常識”で、愛犬と接していないでしょうか。しかし、その愛情が、意図せず愛犬を危険に晒し、法に触れる「虐待」と見なされる時代になっています。
先日のことですが、今年7月に岐阜県大垣市の商業施設の駐車場で、エンジンを切った車内に飼い犬を約4時間放置したとして、50代の男性が動物愛護法違反(虐待)などの疑いで書類送検されました。近くを通りかかった人が車内でぐったりしている犬を見つけて通報。犬は保護され一命を取り留めました。
当日の最高気温は34℃超え。車内はさらに高温だったとみられています。男性は他にも2匹の犬を飼育していますが、自治体の登録や狂犬病の予防接種をしておらず、狂犬病予防法違反の疑いでも書類送検されました。男性は調べに対し、「いつも車内に放置していて、大丈夫だと思った」と話しているそうです。
犬を高温の車内に4時間放置、ぐったりした様子を見て買い物客が110番…飼い主を書類送検(読売新聞、2025年9月10日)
過去の飼育方法を断罪するつもりはありませんが、科学的知見の進歩、社会の意識変化、そして法改正という時代の変化を踏まえ、「正しい知識」で裏打ちされた行動へとアップデートする必要があると筆者は考えます。
多くの飼い主が陥りがちな6つの場面から、その危険性と正しい対処法を解説します。
■「少しだけ」が命取りになる科学的根拠
①夏から秋にかけての車内放置
「コンビニに寄る数分だけ」「窓を少し開けておけば大丈夫」。こうした考えで夏場の車内に犬を残す行為は、極めて危険なネグレクト(飼育放棄)にあたる可能性があります。近年は残暑が長引き、秋口になっても気温が高いので油断は禁物です。
JAF(日本自動車連盟)の実験によれば、外気温が35℃の炎天下では、エアコンを停止した車内の暑さ指数(WBGT)は、わずか15分で人体にとっても「危険」なレベルに達します。
サンシェードの使用や窓を数センチ開けるといった対策では、この温度上昇をわずかに遅らせる効果しかなく、根本的な解決にはなりません。
■犬は人間以上に熱中症になりやすい
人間と犬とでは、暑さへの耐性が根本的に異なります。人間は全身から発汗して体温を下げられますが、犬の汗腺は足の裏などごく一部にしかありません。
彼らの主な体温調節手段は「パンティング」という浅く速い呼吸ですが、高温多湿の車内では気化熱による冷却効果が著しく低下し、体温が急上昇してしまいます。その結果、致死率が約50%にも達する熱中症を引き起こします。重篤化すると多臓器不全などを併発し、治療の甲斐なく24時間以内に命を落とすケースも少なくありません。
このような行為は、動物愛護管理法が定める「ネグレクト」と見なされ、「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が科される「愛護動物虐待罪」に問われる可能性があります。

愛犬をこの危険から守る原則はただ一つ。「季節や時間の長短を問わず、エンジン停止中の車内に絶対に一人(匹)で残さない」ことです。複数人で出かける際は誰かがエアコンの効いた車内に残る、ドライブスルーを利用する、あるいはそもそも犬を同伴できない用事の場合は、安全な自宅で留守番させるといった判断が、現代の飼い主には求められます。
■「うちの子は大丈夫」は思い込みにすぎない
②ノーリードの散歩
公園や河川敷で犬を自由に走らせる行為も、昭和の時代には愛情表現の一つと見なされていました。しかし、ドッグランなど許可された場所以外でリードを外すことは、多くの自治体で条例違反となるだけでなく、深刻な事故の引き金となります。
「うちの子はしつけができているから大丈夫」という飼い主の自信は、残念ながら「コントロールの幻想」にすぎません。どれほど訓練された犬でも、突然の大きな音や子供の甲高い声といった予測不能な刺激に本能的に反応し、飼い主の制止を振り切って飛び出す可能性は常にあります。
その結果、自転車に乗った母子を転倒させて重傷を負わせたり、犬を避けようとした車が事故を起こしたり、他の犬に噛みついて死亡させたりといった悲劇が実際に起きています。犬自身も交通事故や迷子の危険に晒されます。
8月には、京都市の愛宕山登山ルートにある月輪寺の公式アカウント(@tukinowatera)が、Xにこんな投稿をしていました。
「犬を連れて登山なさる方にお願いです リードを外して登山なされておられる方がおりますが大変危険です 犬が山にいる動物を見かけ、突如走り出し(鹿・猪・クマ出没など) 追う・追われて そのまま山奥に入り帰って来なくなる犬の遭難がよくある為 絶対に下山する迄はリードは外さないで下さい」
この山で犬が遭難したら保護はほぼ不可能だとか。当然、野犬問題にも発展する事案です。

■飼い主が損害賠償1280万円を支払う羽目に
万が一事故を起こした場合、飼い主は民法第718条の「動物占有者の責任」に基づき、損害賠償責任を負います。ノーリードという状況では「相当の注意をもって管理した」とは到底見なされず、過去の裁判例では賠償額が数千万円にのぼるケースも存在します。
たとえば、散歩中にダックスフントが突然走り出し、ランニングをしていた男性が手首を骨折する転倒事故を起こしたケースでは、リードから手を離した飼い主の女性に約1280万円の支払いが命じられました。
犬を避けて転倒 飼い主に1280万円(日経新聞、2018年3月25日)
ドッグラン以外の公共の場では必ずリードを装着する。これは、愛犬と他者、そして飼い主自身を守るための絶対的なルールです。犬を自由に走らせたいのであれば、利用規定を守った上でドッグランを賢く活用することが、責任ある飼い主の選択と言えるでしょう。
■「店の前に放置」はリスクだらけ
③店先でのつなぎ留め
コンビニやスーパーの店先で犬をつないで待たせる。これもかつては当たり前の光景でしたが、現代の動物福祉の観点からは推奨されない行為です。
動物行動学的に、信頼する飼い主と引き離され、見知らぬ人や音が行き交う環境に無防備に置かれることは、犬に計り知れない不安と恐怖を与えます。頻繁なあくびや鼻を舐める仕草は、彼らが発するストレスサイン(カーミングシグナル)です。こうした状況が続くと、うつ病にも似た「学習性無力感」という深刻な心理状態に陥る危険性も指摘されています。
精神的な苦痛に加え、盗難やいたずら、通行人とのトラブル、リードが絡まって首が締まる窒息事故など、物理的な危険も少なくありません。

法律上も、この行為は必要な保護を怠る「ネグレクト」の一形態と解釈される余地があります。環境省の飼養管理基準でも、監視のない状態での長時間の係留は不適切とされています。
現代の飼い主は、「どう安全につなぐか」ではなく、「犬の福祉を優先する」という発想の転換が必要です。つまり、「犬を連れて行かない」か、「犬と一緒に入れる場所に行く」かの二者択一です。
近年は犬同伴可能な商業施設や飲食店のテラス席も増えています。専用の検索アプリなどを活用し、愛犬とのお出かけ計画を立てるのも良いでしょう。
■熱されたアスファルトを歩くのは拷問
④真夏の昼間の散歩
飼い主の生活リズムに合わせ、夏の昼間に散歩へ行く。これもまた、犬を深刻な危険に晒す旧来の習慣です。靴を履いている人間には実感しにくいですが、夏の直射日光を浴びたアスファルトは、容易に60℃以上に達します。
地面の温度が55℃を超えると、犬はわずか1分以内の接触でも肉球に火傷を負うリスクがあると多くの獣医師が警鐘を鳴らしています。火傷した肉球は皮膚がめくれて爛れ、激しい痛みを伴い、治療には長い時間が必要です。
さらに見過ごせないのが、地面からの強烈な照り返しの輻射熱(ふくしゃねつ)です。
身体が地面に近い犬は、飼い主が感じるよりもはるかに高い体感温度となり、熱中症のリスクが急激に高まります。
高温のアスファルトを歩かせる行為は、動物愛護管理法が定める飼い主の「健康管理義務」違反と見なされ、結果として犬に苦痛を与えた場合は虐待に該当する可能性があります。
夏場の散歩は、日が昇る前の「早朝」か、日が沈んで路面温度が十分に下がった「夜間」に限定するのが鉄則です。散歩前には、飼い主自身が手の甲をアスファルトに5秒間当ててみる「5秒ルール」を実践してください。もし熱くて耐えられないなら、その道は犬にとっても危険です。
■「家族だから食事も一緒」は絶対にNG
⑤人間の残飯を与える
家族だからと、人間が食べるものを分け与える「おすそ分け」。これも愛情のつもりが、犬の健康を深刻に蝕む行為です。人間の食べ物には、犬にとって有毒な成分や、過剰な塩分・糖分・脂肪分が含まれています。
例えば、玉ねぎやニンニクなどのネギ類は赤血球を破壊し、貧血を引き起こします。チョコレートに含まれるテオブロミンは神経系に作用し、最悪の場合は急性心不全で死に至ります。ぶどうやレーズンは急性腎不全の原因となることが報告されています。
また、人用に味付けされた食品の過剰な塩分は、心臓や腎臓に大きな負担をかけます。
菓子類や揚げ物の糖分・脂肪分は、肥満や糖尿病、膵炎の引き金となります。さらに、加熱した鶏の骨は鋭く裂け、消化器官を傷つける恐れがあります。
不適切な食事を与え続けることは、長期的な視点で見れば健康管理を怠る「ネグレクト」の一環です。
愛犬の健康を守る基本は、栄養バランスが考慮された「総合栄養食」のドッグフードを主食とすることです。一般社団法人ペットフード協会の調査では、今や9割以上の飼い主が「人の食事の残り」を与えていないと回答しており、これが現代のスタンダードとなっています。
■「番犬」がいると確かに安心だが…
⑥犬を外に繋いで飼う
犬を外で飼う(外飼い)ことには、さまざまな危険性やデメリットが伴います。以前は番犬として外で飼うのが一般的でしたが、現在は屋内で飼うことが推奨されています。外飼いの犬の割合も、2017年には10.7%だったのが、2022年には5.5%と減少傾向にあります。しかし、筆者が住む町では、まだまだ多く見かける現実があります。
犬は群れで生活する動物であり、人間との交流を必要とします。外飼いでは孤立し、精神的に苦痛を感じることがあります。犬の些細な体調の変化に気づきにくくなるばかりか、分離不安から下痢や嘔吐、物を壊す、鳴き続けるといった問題行動につながる可能性もあります。
夏は熱中症、冬は低体温症のリスクがあり、命に関わる危険もあります。雨風の影響も直接受けることになります。また、屋外は不衛生になりやすく、ノミ、ダニ、蚊などの寄生虫に接触する機会が増え、感染症のリスクが高まります。泥や糞尿で体が汚れたりすることもあります。
また、さまざまな危険に巻き込まれる可能性があります。通行人から石を投げられたり、毒エサを与えられたりして命を落とすケースも報告されています。リードで繋いでいても、劣化や、雷などの音に驚いて犬が無理やりリードを外して脱走するリスクがあります。行方不明、交通事故の可能性もあり大変危険です。鳴き声による騒音、噛みつきなどのご近所トラブルに発展する可能性もあります。
9月14日には、福島県喜多方市で、外飼いの犬がクマに襲われ死亡するというショッキングな被害もありました。愛犬を守れるのは飼い主だけです。
■昭和の「当たり前」は、令和の「非常識」
かつての「当たり前」が、現代の科学的知見や法規範のもとでは、いかに危険を伴うかがお分かりいただけたかと思います。動物福祉への社会的な要求は今後も高まり続け、法律もそれに合わせてより厳格化していくでしょう。
愛犬を家族として迎えることは、一つの命に生涯責任を負うことです。その責任を全うするには、愛情だけでは不十分です。その想いを「正しい知識」に裏打ちされた「責任ある行動」で示すこと。それこそが、令和の時代に求められる飼い主の姿なのです。

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阪根 美果(さかね・みか)

ペットジャーナリスト

世界最大の猫種である「メインクーン」のトップブリーダーでもあり、犬・猫などに関する幅広い知識を持つ。家庭動物管理士・ペット災害危機管理士・動物介護士・動物介護ホーム施設責任者。犬・猫の保護活動にも携わる。ペット専門サイト「ペトハピ」で「ペットの終活」をいち早く紹介。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍している。

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(ペットジャーナリスト 阪根 美果)
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