※本稿は、佐藤吉宗『子育ても仕事もうまくいく 無理しすぎないスウェーデン人』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■子供の看病で有給休暇を使わなくていい
朝7時に息子を起こし、いつものように朝ご飯を食べさせる。すると、どうも様子がおかしい。体を触ってみると少し熱いので体温計で測ってみるとやっぱり熱がある。そんなときは保育所を休ませる必要がある。共働き世帯の場合、日本であれば病児保育に預けられると聞くがスウェーデンにはそのような施設はない。風邪や胃腸炎などで保育所や学校に行かせられない場合、スウェーデンでは親のどちらかが自宅で子どもの面倒を見るのが一般的だ。
その日の仕事は基本的にできなくなるが、日本のように病児看護が目的なのに有給休暇を使う必要はない。また、その分の収入を補う制度が国の社会保険制度にある。「一時的育児休業給付」と呼ばれる制度があるのだ。
これは在宅で病気の子どもを看病したときに国からもらえる給付で、給付水準は給与の77.6%だ(ただし上限がある)。子ども一人あたり年間計120日間まで受給でき(親が2人の場合は片方の親は最大60日間)、丸1日、半日、4分の1日といった受給もできる。この給付は、通常の育児休業・有給休暇・自身の病気休業とは別勘定だ。
■子育て世帯の日常には欠かせない「単語」
「自宅で病気の子どもの面倒を見ること」をスウェーデン語でvård av barn、略してVAB(ヴァブ)というが、それを動詞化したvabba(ヴァッバ)は、この一時的育児休業給付を受けながら自宅で子どもの看病をすることを意味し、今ではスウェーデンの子育て世帯の日常には欠かせない単語となっている。
風邪やインフルエンザがはやる2月は、休みを取る親が増えるために2月を意味するFebruari(フェブラーリ)をもじってVabruari(ヴァブラーリ)などと呼ばれる。
うちの息子もだいたい3カ月か4カ月に一度は風邪をひいたり体調を崩したりする。1日ですぐに回復することもあるし、1週間にわたって風邪が続くこともある。私のパートナーは毎朝6時過ぎに家を出て職場に向かうため、子どもが朝7時に起きた時点で体調がおかしいと分かった場合は私がその日、仕事を休んで自宅で息子の面倒を見る。そして、翌日以降はパートナーと交代で休みを取りながら在宅での看病を続ける。
■どうしても「仕事が休めない」ときの対処法
私の職場ではプロジェクトごとにスケジュールがあるが、その日のミーティングを後日にずらすなどして対処する。誰かが急に休みを取っても別の人が引き継げるようにシフトを組んでいることも多いため、子どもの看病のために1日休みを取ることは問題ない。
ただ、締め切りが迫っており、しかもどうしても代えが利かない、あるいは、どうしても自分でその部分をやり遂げたいときなどもある。
実際のところ、他の子育て世帯でも在宅で可能な仕事をしている場合に、自宅で病児の面倒を見ながら仕事をこなそうとする人は少なからずいるようだ。先ほど紹介した、「自宅で病気の子どもの面倒を見る」ことを一言で言い表せる動詞vabba(ヴァッバ)と「仕事をする」という一般動詞jobba(ヨッバ)を組み合わせた造語vobba(ヴォッバ)が2011年に登場しスウェーデン語の新語リストに加わった。「自宅で病気の子どもの面倒を見ながら仕事をする」という意味の動詞だ。
ただ、この言葉は一般的な単語というよりは、本当は仕事がしたい、あるいはしなければいけないのに子どもが風邪をひいたので仕方なく看病しながら無理に仕事をするという、本来は無理なことをあえてやっている姿を自嘲したり、そうしている他人を批判的に描写したりするときに使われている。
■無理して仕事をするのは子供にも職場にも悪影響
そういえば、私の息子と同じくらいの年の子どもが2人いるコンサル企業のかつての上司は、私が「今日は子どもが熱を出したので出勤できない」と伝えると、「了解。無理に自宅で仕事をする必要はないぞ。無理するとケアが必要な子どもにとっても良くないし、仕事の効率も下がるから職場のためにもならない。休むときはしっかり休んだほうがよい」とよく返事してくれた。この上司は子育てする親の気持ちを理解してくれるうえ、私が無理しがちだと感じたのか、先手を取ってヴォッバをするなと念を押してくれたのだ。
子どもを持つ社員に対して理解があるのは、この上司に限ったことではない。私が働く銀行SEBの今の上司は、私よりも数歳若く子どもがいないが、私が家族の健康を理由にその日仕事ができないことを伝えると、「いまは家族のことを第一に考えて。
■自分が風邪をひいたときも休みやすい
日本と違い、残業を前提とせずに仕事のスケジュールを組んでいるので、不測の事態が起きても対処する余裕があるのだろう。同僚が余分に働いた分は、別の日に勤務時間を減らすなどして対応する。子どもが風邪をひいたときに限らず、自身が風邪をひいたときも休みは取りやすい(その場合は、2日目から疾病給付が受給できる。この場合も有給休暇を消費する必要はない)。
ちなみに、私にもどうしても休めない、休みたくない状況もある。例えば、私の勤務していたAIコンサル企業は他の企業の従業員向けにAIに関する集中講座を英語で提供している。普段は銀行で仕事をしていた私も、講師として駆り出されることが頻繁にあった。オンライン講座なので在宅でも講師の仕事はできるが、その日は2時間ほとんど休みなくしゃべらなければならないので、子どもの面倒を見ながら仕事する(ヴォッバする)のは無理だ。
他の企業を相手にした仕事なので、当日になってキャンセルということは極力避けたい。
■「休みにくい時期」は夫婦で事前に調整
また、醸造技術者として働く私のパートナーにも仕込み業務が集中する繁忙期があり、そのときには急に休むことを極力避けたい。だから、その時期は私が休みを取って子どもの面倒を見る。このように、子どもが風邪をひいたときはどちらが休みを取るかを夫婦間であらかじめ決めている家庭も多いだろう。
私の銀行のある同僚はGoogleカレンダーで自分の日程を管理しているが、それとは別にパートナーと共有するカレンダーも用意し、パートナーに伝えておきたい大事な日程(出張や早朝出勤)や、家族共通のイベント(サッカークラブへの子どもの送り迎えなど)を書き込んで、夫婦間の時間のやりくりに役立てている。
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佐藤 吉宗(さとう・よしひろ)
データサイエンティスト
1978年、鳥取県米子市に生まれる。京都大学経済学部に在籍中の2000年、交換留学生としてスウェーデンにわたりウプサラ大学で学ぶ。その後、同国ヨンショーピン大学にて経済学修士号、ヨーテボリ大学にて博士号を取得。さらに、ストックホルム商科大学・欧州日本研究所においてポスドク研究員を務める。18年より、スウェーデンのAIコンサルティング企業Combient MIXにデータサイエンティストとして勤務(同社は後にフィンランドのSilo AIに買収され、さらに米国半導体大手AMDの傘下となる)。在職中は、スカンディナヴィア航空(SAS)やスウェーデンの大手民間銀行SEBにおいて、外部コンサルタントとしてAIモデルの開発および実用化に従事した。25年6月、SEBに移籍し、シニア・データサイエンティストとして現在に至る。
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(データサイエンティスト 佐藤 吉宗)