■「怒られている」と感じてしまう男性たち
「男性の8割から9割は、夜の営みが下手だということに気づいてしまったんです」
対談が始まって早々、セックススタイリストの佐野あゆみさんが衝撃的な発言をする。
この対談は、漫画『男女逆転 ラブレッスン』(径書房)を刊行した直後の8月、強い日差しを浴びるビル群が窓越しに見える、銀座のとある一室で行われた。
この漫画を出版したきっかけは、一般社団法人「心と体コミュニケーション協会」を主催し、これまで1万1000人以上の男性に「女性から求められる営み」を教えてきた佐野あゆみさんと筆者が出会ったことにあった。
普段の佐野さんは、落ち着いた清楚な女性という印象。そんな彼女が「女性から求められる営みを男性に教えること」を仕事にしたのは、ご自身が、「セックスで気持ちよくなれなくて悩み抜いたから」だという。その彼女が、もてる限りの知恵や知識を惜しみなく披瀝(ひれき)して、漫画『男女逆転 ラブレッスン』の原案を書き、監修をしてくださった。
「だけど、私がセックスについて、『こうしたほうがいい』とか『こうしたら女性は喜ぶ』とかって男性に向けて文章を書くと、男性はどうしてか、怒られていると感じちゃうみたいなんですよ」
■AVは熱心に観るのに、指南書は読まない
佐野さんの言葉を受けて、隣に座っている対談のお相手、漫画家の喜国雅彦さんが答える。
「男はね、セックスについて、『こうしなきゃダメ』とか、『これじゃダメ』と言われると萎えるんですよ。絶対に萎える。特に女性に言われるのはイヤだ。だから、佐野さんが書いた原案を、どうしたら男性が抵抗なく読めるものにできるか、さんざん考えたんです」
佐野さんの原案を受け、『男女逆転 ラブレッスン』の原作・漫画を描いてくださったのが喜国雅彦さん。
「なんの因果か、最後の最後に、まともな男女のからみを描くことになってしまった」と言って笑い、続けて「実は、これまで描いてきたフェチやMの男は、僕自身がネタなんです」とサラリと言ってのける。お連れ合いの漫画家・国樹由香さんとは、夫婦仲が良いことでも知られる方だ。
「男は、AVなんかは熱心に観るけど、セックスの教科書みたいなものは、ほとんど読まない。だけど、幸せなセックスをしてこなかった女性の気持ちを、自分の顔をしたヤツから言われたらどうだろう。それなら、すんなり聞けるのではないかと。それで、男と女を逆転させてみたんですよ」
「漫画になったらぜんぜん違いますよね。本当に笑いながら読めて、すんなり入ってくる」
■気持ちよくなれないのは、女性の問題なのか
佐野さんのいう通り、喜国さんのアイデアによって、『男女逆転 ラブレッスン』は、自分勝手なセックスをする男性に女性が怒りを爆発させても、男性がそれを素直に受け止めるという、現実にはあり得ないような場面が、不思議なほど違和感なく読める。
女性の体になった男性が、男性の体になった女性のテクニックに悶えると、「そうそう、こういうふうにしてほしいのよ」とうなずきながら、なぜか笑える。女性の体になった男性が責められて痛がると、「たいていの女は我慢しているんだけどね」と、ちょっと意地悪な気持ちになりながらも、また笑ってしまう。
よくあるテクニック重視のセックス指南書とは、大きく違う漫画になっているのだ。
――セックスで気持ちよくなれないのは、私に問題があるからだろうか。
これは、多くの女性が抱える、誰にも相談できない、しかし本人にとっては極めて深刻な悩みである。多くの女性が、無記名のアンケートで「イッたふりをしたことがある」と答えているのはそのせいだろう。対談の進行役を務めていた私も、かつてはその一人だった。
それにしても、佐野さんはなぜ「男性の8割から9割は夜の営みが下手」と気づいたのだろう。
■「50人斬りとか言っている段階でダメ」
「学生のころ、私は、いわゆるイケメンの男性とお付き合いしていたんです。その男性は『僕は50人斬りだ』と豪語していた人で、当然セックスも上手なのだろうと思っていました。だけど、彼とのセックスでは、どうしても気持ちよくなれない。どうしてだろうと悩みに悩んで数人と浮気してみたところ、何人目かの男性で、すごく気持ちよくなれた。それで初めて、『ああ、これが正しいセックスなんだ』と気づき、同時に、女性経験豊富なイケメンの男性が、実はセックスが下手だったということに気づいてしまったんです」
喜国さんが、やおら口を開く。
「50人斬りとか言っている段階でダメですよね。そんな男は、ろくな男じゃない。それって、50人の女性に捨てられてきたってことでしょう? セックスがよかったら、女性はそういう男性を手放しませんよ。
佐野さんが大きくうなずき、同時に私も大きくうなずいてしまう。ご存じない方もいるだろうが、「イケメンでモテる男はセックスが下手」は、いまや女性のあいだで常識になりつつある。
■受講男性たちの“誤った常識”
だがこれは、イケメンに限ったことではないだろう。1万1000人の男性にセックスを教えてきた佐野さんによれば、「8割から9割の男性が『ペニスが大きければ女性は満足する、愛撫は乳房と股間だけでいい』と思っていて、残念ながら、これがほとんどの男性の共通点」なのだそうだ。
なるほど。私のそれほど多くない経験からしても、佐野さんの言葉には説得力がある。つまり、日本の男性のほとんどは勘違いをしていて、だからセックスがうまくならないのだ。
女性は、セックスで気持ちよくなれないことを誰にも言えず悩んでいる。
男性は、自分がセックス下手であることに気づいていない。
「男と女のあいだには 深くて暗い川がある」と、昔、流行った歌を思い出してしまった。
男と女のあいだにある深くて暗い川。私たちは、その川を渡ることができるのだろうか。
■腟の劣化は重大な病気を招く
いまから8年ほど前、私は『ちつのトリセツ 劣化はとまる』(径書房)という本を執筆した。「男性は女性の体のことを知らない」と気づいたのは、その本が発売になってすぐのことだった。
『ちつのトリセツ』は、「女性の腟は年齢とともに劣化し、特に更年期以降の女性に重大な疾患をもたらす可能性がある」、それを避けるためには「腟をセルフケアする必要がある」と教えられた私が、実際に腟のセルフケアを行い、それによって起きた自分の体の変化を余すところなく綴(つづ)った本である。
その本を最初に取材してくれたのは、性的な記事を好んで掲載していた男性週刊誌の、40代から50代くらいの男性記者。性的なことに関する知識は人一倍あるだろうと思っていた。ところが彼は、女性の腟が年齢によって大きく変化することを、まったく知らなかった。
「えっ、奥さまは? いらっしゃいますよね?」
問いかける私にうなずく男性記者。
「奥さまの体に起きている変化に、気づいたことはありませんか?」
「いやぁ、そんなこと、意識したことないですねえ。そもそも嫁とはセックスなんてしていないから」
■自身の妻なのに、体が変化することを知らない
そう言って笑う彼の年齢からいって、お連れ合いは更年期を迎える年頃のはず。腟が大きく変化し始める時期だ。だが彼は、自分の連れ合いの体に起きている変化を知らないどころか、関心すらもっていないようだ。
妻とセックスレスであることを、どこか自慢げに話す記者に向かって、思わず言ってしまった。
「男性は、女性の体について、すごく熱心に勉強なさっていますよね? それなのに、腟が変化することをご存じないって、いったい、これまでなにをお勉強していらしたのですか?」
くり返しになるが、彼は大手出版社の、誰もが知っているような雑誌の記者である。おそらくそれなりにモテて、女性経験だって少なくはないだろう。それなのに、なにもご存じない。
私はその後、取材に来てくれた男性記者数人に同じ質問をくり返した。だが、誰一人、本当に誰一人、年齢とともに起きる女性の体の変化のことを知らなかった。
■「腟ケアを始めないと大変なことになりますよ」
だが、男性を一方的に責めることはできない。
なぜなら私も、『ちつのトリセツ』を書くきっかけとなった助産師のたつのゆりこさんと出会うまで、年齢とともに腟が劣化することなど、まったく知らなかったからだ。
「原田さんの腟は、間違いなく劣化しています。すぐに腟ケアを始めないと大変なことになりますよ」
たつのさんにそう言われたとき、私は思わず顔をしかめてしまった。
腟のセルフケアとは、指にオイルを塗り、その指を自分の腟に入れて腟壁をマッサージするというものだ。そんなことは絶対にできないと反射的に思った。
私の反応を見て、たつのさんが言った。
「男性には触らせるのに、自分で触るのはイヤですか?」
答えに窮した。男性には触らせるのに、自分では触れない。確かに、どう考えても変だ。
そのときから私は、「女は性的なことに関心を持ってはいけない」という教えに、自分が強く縛られていることを意識し始めた。
それでも私は、腟ケアを始めることができなかった。どうしてもイヤだったのだ。
それから一年ほどが過ぎたころ、私はひょんなことから、自分の腟が乾いて、カチカチになっていることを知った。腟萎縮である。腟は、使っていないと硬くなり、縮んでしまうのだ。
「そうか、私は、もうセックスができない体になっているんだ」
自分の腟の状態を知り、ショックを受けつつそう思った瞬間、体の奥から「いやだ!」という声がした。
■子宮、直腸が腟から飛び出る病気が見つかった
びっくりした。私はそれまで、「もうセックスなんて二度としなくていい」と本気で思っていたのだ。それなのに、どういうことだろう。
「お前はセックスがしたいのか?」
落ち着いて、自分に問うてみた。やはり、セックスをしたいとは思わなかった。それでも、「セックスができない体になるのはイヤだ」という強い思いがあることは否定できなかった。
当時60歳だった私は、これは老いに対する恐れだろうかと考えた。だが、そうではない。なにかもっと別な、強い感情が、深いところから湧いてきているのだ。
その感情がどこからきたのかわからないまま、私は腟ケアを始めることにした。セックスができない体になることが、それほどイヤだったのだ。
腟ケアを開始すると、体の不調が驚くほどの速さで改善されていくのがわかった。腰痛・頭痛に苦しむことがなくなり、あとでわかったことだが「骨盤臓器脱」の前症状であった頑固な便秘も解消された。
骨盤臓器脱とは、膀胱・子宮・直腸などが腟口から出てきてしまう疾患で、日本人女性の70%が予備軍とされている。さらに私は、日本人女性の50%が罹患するという、尿もれや外性器のただれ、痒みなどが起きる「GSМ(閉経関連尿路生殖器症候群)」にも罹患していたのだが、どちらの疾患も腟ケアと骨盤底筋体操で大幅に改善した。驚いたことに、猫背や脚の曲がりまで改善されたのだ。
腟が、自分の体(女の体)の要(かなめ)になっていることを初めて実感した。
■64歳、27年ぶりにセックスをしたら…
あとになって、日本を代表する女性泌尿器科医の関口由紀医師に聞いたところ、「女性はみんな『セックスはしたくない、だけどセックスができない体になるのはいやだ!』って言うのよね」とのことだった。
多くの女性が、私と同じような思いを抱いている。いったい、それはなぜだろう。
腟ケアを開始して、1年以上がたったころ、私は一人の男性に恋をした。そして本当に恐る恐る、27年ぶりにセックスをした。64歳になっていたが、行為自体はなんの問題もなくできた。腟ケアのおかげで、私の腟は完全に復活していたのだ。
だが私は、そこで新しい問題にぶつかることになった。彼とのセックスで、どうしても満足を得ることができなかったのだ。
最初は、ご多分に漏れず、自分のせいかもしれないと考えた。老いのせいで、体が鈍感になっているのかもしれない。そこで、セックストイを試してみた。問題なく気持ちよくなれた。それならなぜ、彼とのセックスでは気持ちよくなれないのだろう。
相手の男性のセックスが、特別に変だったわけではない。ただ、「マッチョな俺さまセックス」だっただけだ。おそらく、日本の男性には珍しくないタイプだろう。それでも、気持ちよくなれないセックスをがまんして続ける気にはなれず、別れようかと真剣に悩んだ。もう二度と、セックスのことで悩みたくなかったからだ。
■それでもなぜ、私たちはセックスをするのか
解決策があることはわかっていた。彼に、「こんなセックスでは満足できない」と言い、どうしてほしいか、自分の要望をはっきり伝えればいい。けれども、それらの言葉は、「言ってはいけないこと」として、いくつもの鍵で守られた頑丈な檻の中に閉じ込められている。私はその檻を、どうしてもこじ開けることができなかった。
あるとき、思い切って聞いてみた。
「セックスをしているとき、女性を喜ばせようと思ったことある?」
「そんなこと思ったことないけど、不満を言われたことはないよ」
心の中で「ふうん、みんな、がまんしていたんだね」と思ったが、それを口にすることはできなかった。
そのような状態からどうやって私が抜け出し、彼とのセックスを楽しめるようになったのかは、『人生最高のセックスは60歳からやってくる』(径書房)に詳しく書いたが、セックスで気持ちよくなれないのは、彼のせいだけではなかった。
くり返しになるが、私は、それまで一度も、自分がなぜセックスをするのか、なにを求めてセックスをしているのか、真剣に考えたことがなかったのだ。
そもそも、なぜ私は(私たちは)、セックスをするのだろうか。
好きな相手とセックスをして、身も心も蕩(とろ)けるような一体感や、最高の気持ちよさを味わいたい。私はいつもそう願っていた。うまくいかないことばかりだったが、それでも私は、それを求めてセックスをしてきたし、この年になってもまだ、そのようなセックスなら「したい」と思っている。いくら考えても、その気持ちに偽りはなかった。
■まずは、自分の気持ちを恥ずかしがらないこと
それなら、まずしなければならないことは、自分のその気持ちを素直に受け入れることだ。「セックスなんてしなくてもいい」と思ったのは、自分の、そのような気持ちを恥じたり否定したり、ないことにしたりしていたからだ。自分にあきらめを強いていたのだ。
だが、そんなことをしていたら、自分の人生を軽んじたり、誤魔化したりすることになってしまう。
というわけで私はまず彼に、「もっと気持ちよくなりたいんだけど、それがどうしても、うまくできなくて困っている」と話した。そして、身悶えするほど恥ずかしかったが、「こういうふうにしてほしいんだけど……」とか、「これを使ってみたいんだけど……」などと、自分の体で確認済みのことを、できるだけ具体的に話してみた。文句を言ったわけではない。ちょっと手伝ってくれないかなあ……という感じで話したのだ。彼は面白がって協力してくれた。
女性は、男性のセックスにダメ出しをしたいと思うと、強い口調になったり、責めるような口調になってしまったりする。それはたぶん、女性のなかに、それを口にすることに対する恐れや恥じらいがあるからだろう。思い切って口にするから、強い口調になってしまうのだ。本当に気持ちのいいセックスがしたいと思うなら、女性は自分のその気持ちを肯定したうえで、男性に自分の望みを伝える必要がある。
それが、女性が乗り越えるべき壁である。
■男性側もインスタントセックスに走ってはいないか
最近、30代後半の男性とこんな話をした。
「女性は、日本の性文化の呪縛から抜け出し、セックスに対してもっと主体的にならないとダメだよねえ」
私がそう言うと、彼から思いがけない返事が返ってきた。
「でも、男性が主体的にセックスをしているかというと、かなり疑わしいですよね」
「えっ、なんで?」
「男は、性欲に支配されているんですよ。そういう意味では、男もセックスに対して主体的ではないかもしれない」
「え~⁉」
「だから、射精することだけが目的の、インスタントセックスに走ってしまったりするんですよね」
インスタントセックス。彼の言葉に感心しながら、私はかなり驚いていた。
男性は、女性と違って、つねにセックスに対して主体的だと思い込んでいた。だが、男性が自分の性衝動に振り回されて苦労するという話は、よく耳にする。だからといって性犯罪に走ることは許されないが、インスタントセックスに走る男性は少なくないだろうと、深く納得してしまった。
■「気持ちのいいセックス」を男女ともに考えるべき
それでも、男性が真に求めているのは、インスタントセックスではないだろう。
言うまでもないが、セックスをするのは、相手を好ましく思っているからだ。セックスをすることで、さらに深く関わりたい、もっともっと愛し合いたいと思っているからだ。「そんなの幻想だよ」と嘯(うそぶ)いてみても、男性も女性も、その気持ちを完全に捨て去ることはできない。それなのに、男と女はセックスをめぐってすれ違う。
私たちは、セックスによって起こる男女のすれ違いを、乗り越えることができるだろうか。男女ともに、楽しめる、本当に気持ちのいいセックスができるようになるだろうか。
女性に乗り越えるべき壁があるように、男性にも、乗り越えなければならない壁がある。
そのことを、『男女逆転 ラブレッスン』は教えてくれているのだと思う。
2人ともが満足する、本当に気持ちのいいセックスがしたい。そう願う多くの男性・女性にとって、『男女逆転 ラブレッスン』が「男と女のあいだにある深くて暗い川」を渡る一助になってくれることを心から願っている。
みなさんも、たまには、男女が入れ替わったつもりでセックスをしてみてはどうだろう。なにか大きな気づきがあるかもしれない。
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原田 純(はらだ・じゅん)
径書房代表
1954年、東京生まれ。編集者。15歳で和光学園高校中退。1980年、長女出産。1989年、径書房に入社。竹田青嗣氏に師事。現在、径書房代表取締役。著書に『ねじれた家 帰りたくない家』(講談社)、岸田秀氏との対談『親の毒 親の呪縛』(大和書房)、『ちつのトリセツ 劣化はとまる』(径書房)『人生最高のセックスは60歳からやってくる』(径書房)がある。
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(径書房代表 原田 純)