■30カ国以上に実店舗を構える「ラブブ」
中国発の“ブサかわいい”ぬいぐるみ「LABUBU(ラブブ)」が世界中を席巻している。最も人気があるのは17cmのキーホルダー型のぬいぐるみで、若者がバッグやジーンズのベルト通しに着けて街を歩く。今、SNSはそんな若者のラブブ投稿であふれている。他に40cm、60cmの置き型のぬいぐるみもあり、色も衣装もバラエティに富み、限定版の発売日には長蛇の列が出来てあっという間にソールドアウトとなる。
ラブブの販売元の「POP MART(ポップマート)」は、北京に本社を置く中国の企業。ラブブの人気は中国から、まずアジア各国に広がり、今やアメリカ、ヨーロッパ、ロシア、オーストラリア、中東にも及び、30カ国以上の実店舗やオンラインストアで購入できる。
今年8月に公表されたポップマート社の財務報告によると、同社は今年上半期の売上高が138億8000万元で、前年比204.4%増となっており、年内に10億ドル達成を目指している。
■多数のセレブがプロモーションに参加
ラブブの爆発的な人気には、いくつもの理由が重なっている。キーホルダー型ですら28~80ドル程度(米国)と高額で、主なターゲットは10~20代。玩具というよりアクセサリー、さらにいえばファッション・ステイトメントだ。ゆえにK-POPグループの「ブラックピンク」のリサから始まり、リアーナ、デュア・リパ、キム・カーダシアン、パリス・ヒルトン、デヴィッド・ベッカム、ブラッド・ピットといった多数のセレブがプロモーションに起用されている。
今夏のU.S.オープンでは、プロモーションに起用された大坂なおみ選手が試合を勝ち上がるごとに異なる往年の名選手、ビリー・ジーン・キング、アンドレ・アガシなどを模したラブブを携えてコートに登場。さらに大坂なおみ選手とお揃いの服を着た、全身がスワロフスキー社クリスタルで覆われたキラキラ光る特別なラブブは、ひときわ目を引き、有名ファッション誌のサイトでも紹介されるほど話題になった。
なお、ラブブは購入して箱を開けるまで色が分からない。この「ブラインド・ボックス」方式も買い手の射幸心を見事に煽り、売り上げに貢献している。現在、販売中の「Labubu-Big into Energy」シリーズにはタイダイ・パステルカラーのピンクやブルーなど6色があり、全色を揃えたければ次から次へと買い続けるか、6箱セットを“大人買い”しなければならない。ただしリミテッド・カラーのグレーは72箱に1箱の割合でしか混入されておらず、6箱セットを買ってもなお、手に入る保証はない。
■ラブブ自体の魅力と時代性との合致
こうしたプロモーションや販売方式の巧みさ以上に、やはりラブブそのものの魅力と時代性の合致が人気の根源的な理由だといえる。ラブブは大きな目を見開き、なのにやぶにらみ。口は耳から耳どころか、目から目まで届き、尖った9本の歯を見せている。そのニッカリ笑った表情は「Ugly-Cute」(ブサかわいい)と呼ばれている。
ラブブの販売は2019年に始まったが、世界的なブームに火が着いたのは2024年にブラックピンクのリサがラブブをバッグに付けたセルフィーをインスタグラムにポストし始めてからだ。ただし、ベースである中国では一足先にコロナ禍が落ち着いた2022年から人気が広まっていた。
つまり、ヒットの背景にはコロナ禍を経た若者たちの「カワイイだけでは、もうしっくりこない」というメンタリティがあるのではないか。もっとも活動的であるべき子供~10代の時期に1年から1年半近くもリモートスタディを強いられ、自宅でひたすらネットに没頭せざるを得なかった世代の、どこか満たされない、何かが欠けているように感じる心情だ。
■メンタルヘルスがテーマのぬいぐるみ
ある児童精神科医は、10代は子供と大人の端境期であり、自立と依存、周囲に溶け込むことと目立つことなど相反する感情を抱え込む複雑さがあり、その反映としてかわいいものと同時にグロテスクなものやエッジの効いたものにも惹かれるとしている。ラブブの「ブサかわいさ」は、まさにそのコンビネーションなのだ。
やはり、中国の上海をベースとするぬいぐるみのブランド「Plushie Dreadfuls(プラッシー・ドレッドフルズ)」が人気を得たのも同じような理由だろう。プラッシー(Plushie)は柔らかな生地で作られたぬいぐるみや人形を指し、ドレッドフル(Dreadful)は「恐ろしい、怖い」の意。つまり「怖くてやわらかいぬいぐるみ」だ。
同ブランドは、メンタルヘルスをテーマとしたウサギのぬいぐるみで知られている。
それぞれ色やデザインが異なるウサギは「うつ」「ADHD」「境界性パーソナリティ障害」などと名付けられている。ウサギたちは悲しそうな表情だったり、胴体や手足にかぎ裂きがあったり、胸のハートのアップリケがひび割れていたりする。SNSには自分と同じ症状名のウサギを抱きしめ、「涙が出るほど嬉しい」と喜ぶ購入者の動画がアップされている。
■北欧×香港のカルチャーから生まれたラブブ
ラブブの生みの親は、香港生まれ・オランダ育ちのイラストレーター/玩具デザイナーのカシン・ロン(Kasing Lung/龍家昇)氏だ。
後年、ロン氏は香港に戻って香港芸術大学を卒業するも、その後、恋人と暮らすためにベルギーに移っている。そこで児童書のイラストを手掛け、中国人としては初となるベルギーのイラストレーション賞を受賞し、玩具のデザインも開始。
やがて香港に戻ったロン氏は「THE MONSTERS(ザ・モンスターズ)」というシリーズを製作し、2015年に3部作のグラフィック・ノヴェルを刊行。そこに登場するモンスターたちの一つがラブブだ。ラブブはオランダでの子供時代に読んだ北欧神話/民話にインスパイアされたキャラクターで、長い耳を持つことから一見ウサギに見えるが、民話に登場するエルフ(妖精)だ。
ラブブが台湾と香港で成功したのち、ロン氏は2019年にポップマートとラブブの専属販売契約を結び、現在の大ヒットに至っている。以後、ラブブ・ドールのデザインに加え、日本のカイカイキキギャラリー、Hidari Zingaroギャラリーでの個展を3度開催するなど多忙を極めるロン氏だが、今後はラブブを含む「ザ・モンスターズ」のグラフィック・ノヴェルを毎年1冊、出版したいのだという。
■ポップマートの株価は下がったものの
つい先日のことだが、9月15日にポップマートの株価が香港市場で一時約9%急落し、4月以来の大幅な下げを記録して、日本でもニュースになった。アナリストたちはポップマートがラブブの一時的なトレンドに頼っていると懸念し、人気キャラクターを継続的にリリースするか、もしくは新キャラクターの導入が必要と考えている模様。
それでも、今のところラブブへの熱狂は世界中でその衰えをまったく見せていない。イギリスでは5月に店頭でのラブブの奪い合いで乱闘が起き、ポップマートは英国全16店舗での販売を6月まで一時停止した。米国カリフォルニア州では8月、倉庫から約3万ドル相当のラブブが盗まれた。のちに警察によって回収されたが、転売目的の窃盗だった。中国では「ラフフ」(Lafufu)と呼ばれる偽造品が出回り、今年、中国税関当局は約4万9000個を押収している。
今、世界は大きく揺れて社会は荒れ、誰もが心の中に何かしらの不安を抱えている。そうした人の心、時代の空気を捉え、ニッカリとした笑顔で癒してくれるのがラブブなのだ。
〈参考資料〉
Labubu set to become billion-dollar business as sales surpass Barbie, Hot Wheels ― USA TODAY
Yes, Labubu Dolls Are Ugly, Your Tween Will Want One Anyway ― Psychology Today
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堂本 かおる(どうもと・かおる)
ライター
大阪出身、ニューヨーク在住。CD情報誌の編集を経て1996年に渡米。ハーレムのパブリックリレーション会社インターン、学童保育所インストラクターを経てライターとなる。以後、ブラックカルチャー、移民/エスニックカルチャー、アメリカ社会事情全般について雑誌、新聞、ウェブに執筆。
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(ライター 堂本 かおる)