※本稿は、多田文明『人の心を操る 悪の心理テクニック』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■詐欺師たちのネガティブな反応から切り返す話術
本来の懸念から視点をずらして切り返す×「では少しだけ割引します」
○「長期的にみればこの値段はお得なんです」
相手から否定的なことをいわれ、それに切り返して話を続けることは、苦手だと感じる人が多いかもしれません。マイナスな状況から好転させるには、相当なエネルギーが必要だと感じるからです。
その点、詐欺師たちは、基本的に断られることを想定しているため、ネガティブな反応から切り返す話術に長けています。
ここで、私も体験した絵画商法と呼ばれる悪質な商法の事例をみてみましょう。
絵画商法とは常設店舗やギャラリーではなくイベント会場などで絵画の展示会を開催し、相場よりも高額な価格で売りつける悪質商法です。
街頭で若い女性から声をかけられ、展示を見るだけのつもりで会場に入ると、声をかけてきた女性もついて回り、頼んでもいない絵の説明をしてきます。
一通り見終わると、その女性は「どれか気に入ったものはありましたか?」と尋ね、コーヒーを差し出しながら席にいざない、リラックスさせてきます。
ここで私が「あの絵は素敵でしたね」というと、席まで絵を運んでくれ、女性はここぞとばかりに「この絵を選ぶとは、お目が高いですね。とても人気のある絵なんです。これは150万円ですが、家に1枚あったら心が癒やされますよね。
■あえてその言葉をいわせて、解決策を提示する
それに対して「高額で手が出ないですね」というと、女性は「もし、この値段が3万円くらいだったらほしいですか?」と聞いてきます。
私がそれにうなずくと、女性は「クレジット払いなら、月々そのくらいの値段で買えますよ」といって、ローン会社のクレジット表をめくりだします。月額払いであれば、月々の支払いは手頃になるので、簡単に絵が手に入ると錯覚させ、契約をすすめるのです。
悪質業者にとって「高い」というネガティブな言葉が出てくるのは想定内なので、あえてその言葉をいわせて、解決策を提示しています。
それでも契約に至らなければ、「絵との出会いは運命です。一度しかない出会いを大切にすべきです。もう二度と会うことはないかもしれませんよ。絵は買いたいと思ったときに買わないと、絶対に後悔します」と、一期一会であることを強調してきます。
こうした「一生に一度しかないチャンス」と思わせる話法は、本来の「高額」という懸念から、視点をずらして切り返すテクニックです。
また、このような迫られ方もあります。20代の男性が悪質業者の女性から「私は現在30代なんですが、20代の頃を振り返ってみて、悲しいことが一つあります」と情感を込めて語りだします。
「20代の頃は、毎日遊んでばかりいて、思い出になる品物を一つも残していませんでした。あなたには後悔をしてもらいたくありません。あなたは、そんな思い入れのある物を持っていますか?」。
■同じ金額を使うなら「飲み会」よりも「絵」を
男性は「特になにも……」というと、業者の女性は続けて「であるなら、この絵を買うべきです。考えてみてください。飲み会では1回につき、数千円を使います。
その1回分の飲み会代を我慢して、月々の絵の購入費にあててはどうですか? 同じ金額でも、なにも残らない飲み会と思い出が手元に残る絵画とでは、どちらの方が素晴らしいでしょうか?」と畳みかけてくるのです。
ここで使われているテクニックも、先ほどと同様に視点をずらす話法で切り返しています。「高額」という懸念点から、「同じ金額を使うなら、飲み会よりも、絵を購入することの方が素晴らしいことだ」という話に切り替わっているのです。男性は「月に1回飲み会を我慢すれば、この絵が手に入るのか」と手軽なように錯覚し、契約をしてしまうのです。
ビジネスシーンにおいても、相手の認識を置き換えることで、交渉の流れを変えることができます。例えば、業務効率をアップさせるために新しいソフトウェアの導入を提案していたとします。
そこでクライアントから「でも、導入コストが高すぎるな……」と懸念を示された場合、「確かに初期費用は必要です。ただ、このソフトを導入すれば数年で初期費用以上の人件費が削減できます。むしろ、今導入しない方が将来的にさらなるコストがかさんでしまいます」と「長期的な視点での先行投資」の路線に切り替えて話すことができるのです。
POINT:本来の懸念点から視点をずらして、交渉の流れを変える
■セミナーの高揚感のなかで、一気に契約まで持っていく
ABCの役割分担で効率的に契約させる×1人で契約に結びつける
○つなぎ役と説得役で分担し契約に結びつける
悪質なマルチ商法では、チームを組んで相手を誘い出し、効率的に契約につなげます。
私が潜入した事例では、ビジネス交流会で知り合った女性から「新規ビジネスの説明会があるので来ませんか」と誘われます。詳しい情報は教えてくれず「詳しくは会場で」とはぐらかした答えが返ってきます。
本来、勧誘をするときには会社名を告げなくてはいけないと法律で決まっていて、勧誘の目的(マルチ商法への勧誘)も隠してはいけないことになっています。
誘われたセミナーに参加すると「携帯電話につける1万円ほどの小型の付属機器を、マルチ商法の形で販売すれば儲かる」というような話がされ、セミナーの後、女性から「もっと詳しい話をしたい」と喫茶店などに誘い出されるのです。セミナーの高揚感のなかで、一気に契約まで持っていこうとするのが悪質なマルチ商法の手口です。
こうした勧誘の多くは、契約を効率的に成約させるために、アドバイザー(adviser:説得役)、ブリッジ(bridge:つなぎ役)、カスタマー(customer:客)の形をとったテクニックを使うことがあります。このテクニックはそれぞれの頭文字から「ABC」と呼ばれています。
この場合、私をセミナーに誘い出した女性はブリッジ役で、喫茶店に誘い出した客(カスタマー)から、雑談を交えながら情報を引き出す役割も担っています。
「セミナーはどうでしたか?」「最近、どんなものに興味があるんですか?」「お仕事の方は順調ですか?」など、巧みな質問で情報を聞き出していきます。
■カスタマーに接触するブリッジ役が情報収集
そして後から登場する説得役のアドバイザーには、ブリッジ役よりも上の立場の人間を割り当て、より権威のある人間から直接プレゼンテーションをすることで、契約の成約率を高めます。ブリッジ役はその横で「お金を稼ぎたいという強い意欲を持っている方です」「新しいものに前向きな方です」などのように、契約にこぎつけるまでのアシストをするのです。
カスタマーに接触するブリッジ役が、情報収集をするという役割分担をすることで、アドバイザー役も効率的に説得材料を入手することができ、契約が成立しやすくなります。
話題となった旧統一教会の過去の信者勧誘でも同様の手口がみられました。そのなかでも、信者が担うブリッジ役は重要な存在でした。
ブリッジ役の信者は、街頭で道行く人に「アンケートをお願いします」「手相の勉強をしています」と声をかけます。もちろん自分の身分は隠し、「今度、有名な占いの先生に直接みてもらいませんか」など、様々な理由をつけてビデオセンターと呼ばれる旧統一教会の教義を教え込む施設に誘い込みます。
施設に誘い込む約束を取りつけると、「占いの先生が空いているか電話で確認しますね」といって、アドバイザー役に仕入れたターゲットの情報を伝えます。
占いの場では「この先生は、すごく占いが当たることで有名で、私も尊敬しています」「悩みがあれば、なんでも聞いてください。きっと解決できます」とアドバイザー役を持ち上げながら、真剣な話をする環境をつくりあげていきます。
そうすると、カスタマーも心から自分の悩みを話し、占いに真剣に向き合っていきます。
■最終的な局面で「説得役」の上司を同行させる
旧統一教会が巧妙なのは、ブリッジ役の信者は、ある一定の時間が経つと席を立ち、責任者に、現状の共有と今後の立ち回り方の指示を受けるのです。こうすることで、契約成立のための緻密な軌道修正をすることができ、カスタマーはアドバイザーに悩みと心をしっかりつかまれてコントロールされやすくなってしまうのです。
このABCの形式は元来、訪問販売などで開発されたものといわれ、ビジネスシーンで活用されてきました。
自分は「つなぎ役」に徹して顧客と積極的に接点を持つことに集中し、最終的な局面で「説得役」の上司を同行させることで、契約すべてを1人で進めるよりも、効率的に交渉成立に結びつきやすくなります。
POINT:ABCの形態で役割を分担し、効率的に交渉を成立させる
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多田 文明(ただ・ふみあき)
ルポライター
詐欺・悪質商法に詳しい犯罪ジャーナリスト、キャッチセールス評論家。1965年北海道生まれ、仙台市出身。日本大学法学部卒業。雑誌「ダ・カーポ」にて『誘われてフラフラ』の連載を担当。2週間に一度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。キャッチセールス、アポイントメントセールスなどへの潜入は100カ所以上。悪質商法や詐欺などの犯罪にも精通する。著書に『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』(プレジデント社)、『信じる者は、ダマされる。
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(ルポライター 多田 文明)