気づけば、貯蓄3000万円が消えていた。80代母親と50代娘は、父親他界後の10年余り、働かずに浪費に明け暮れた。
その結果、固定資産税を支払うのも厳しくなり、自宅を売却して、今後の生活資金を確保しようと考えている。だが、それで母子の将来の生活は成り立つのか。家計相談を受けたFP畠中雅子さんのアドバイスとは――。
■11年前に父親が他界し、貯金3000万円はいつの間にか
82歳の女性(母親)と55歳の長女・和美さんが住む家は、南関東にある。11年前に亡くなった父親が、30年前に土地を購入して、建物も自ら建てた物件である。父親が存命中は、父親の年金があり、父親の退職金を含む資産も3000万円以上あったので、生活費のことを心配したことはなかった。
ところが、父親亡き後も「生活費の心配をしないまま」、母子は暮らしてきた。発達障がいがあり、若いころから障害年金(2級)を受給している和美さんには親しい友人がおらず、母親だけが頼りの生活を続けてきた。母親はすでに50代に入っている和美さんを、小学生の頃と同じような目線で接している。
実は家族には、もうひとり子供(長男)がいた。長男は30代という若さで、早逝されている。もともと発達障害を持つ娘に甘かった母親だが、一人娘となってからは和美さんへの接し方がより甘くなっている。

和美さんの障害年金の受給額は、年金生活者支援給付金と合わせて、月額7万4000円ほど。母親の年金(老齢基礎年金+遺族厚生年金)月額18万円と合わせて生活しているが、月の支出は30万円前後かかっており、長年の赤字が積み重なり、貯蓄はほぼ底を突いている。
【家族構成】

母親(82歳)

長女(55歳)

※父親 11年前に死亡

※長男 25年前に逝去
【毎月の収入と資産状況】

年金(母親) 18万円 老齢基礎年金+遺族厚生年金

年金(長女)7万4000円 障害年金(2級)を受給 年金生活者支援給付金含む

計 25万4000円

貯蓄 10万~15万円程度
【毎月の支出】

食費 13万~14万円

日用品 1万円

電気代 2万円

ガス代 8000円

水道代 7000円

携帯電話代(プロバイダ・端末分割代含む) 3万5000円

こづかい(母) 1万円

こづかい(長女) 3万円

有料放送代 1万2000円

交通費 5000円

新聞代 5000円

医療費 1万5000円

社会保険料 8000円

計 29万5000円~30万5000円

■持ち家で2人暮らし…支出月30万円の明細
なぜ、持ち家で2人暮らしなのに、月30万円もかかるのか。
聞けば、和美さんは食べることが趣味だという。母親は、和美さんが喜ぶものを毎日のように買っている。その結果、毎月の食費は13万~14万円かかっているという。
持参してもらったレシートを確認してみると、買い物に行くたび、コーラ(500ml)とカフェオレ(加糖タイプ・400~500ml)を複数本買っている。飲み物を何本も買って荷物が重くなるため、80歳を超えた母親は、今でも自転車でスーパーに通っている。
■長女は2型糖尿病
和美さんは糖尿病の診断を受けており、投薬治療中でもある。
「糖尿病の治療中なのに、毎日コーラと糖分の入ったカフェオレを飲んでいて、大丈夫なんですか?」と聞くと、母親は答えた。
「糖尿病を悪化させるかもとは思うんですが、本人が大好きなんで、ついつい、買ってしまうんですよ」
コーラやカフェオレだけではなく、レシートにはプリンやゼリーなどのデザート類が、いくつも記載されている。これでは、糖尿病に悪影響を及ぼすだけではなく、食費を抑えるのは難しい状況になっている。

レシートをチェックしていくと、フルーツの購入金額も多い。和美さんは、シャインマスカットのような、甘い果物が大好きなのだそうだ。カット済みのフルーツが数種類詰め込まれたものも、よく買うらしい。加えて母親も刺身が好物で、毎回のようにレシートに刺身代が記載されている。
甘い飲み物代、デザート類、フルーツ類、刺身代などが積み重なった結果、毎月の食費は母子2人にもかかわらず、13万~14万円。25万円ちょっとの収入の半分以上を食べ物が占める極めてエンゲル係数の高い家計だ。これでは月の収支が赤字続きで、貯蓄が早いペースで減ったのも当然だろう。
かつて父親が存命中は3000万円あった貯蓄は今や十数万円ほどにまで減り、底を突きかけている。それにもかかわらず、食材の買い物については、改善しようとする意志も感じられない。
■家を売却しても長女の人生までまかなえない
長年の赤字が積み重なり、貯蓄が激減した結果、2カ月に1度のペースで年金が入っても、未納になっている分の固定資産税や電気代、ガス代などを支払いに回さなければならず、自転車操業状態になっている。
その結果、「亡き主人が建てた大切な家を売るしか、生活資金をねん出する方法はない」という方向に向かっているのが現状だ。母親が自宅の査定をしてみたところ、3000万円前後で売却できそうだということである。

家を売却すれば、手元の貯蓄はいったん増える。だが、家を売却すれば、家賃負担が発生して、赤字額は大きく増えてしまう。今でさえ、月に5万円程度の赤字が出ているのに、それに家賃分が赤字となって上乗せされるわけだ。
そこで筆者は母親に聞いた。
【畠中】「自宅を売却すれば、目先の生活は楽になりますが、家賃を払うことで、赤字はかなり増えてしまいます。お母様がご存命の時はなんとかしのげても、長女さんひとりの年金だけでは、すぐに貯蓄が底を突いてしまうでしょう。そのあたりはどのようにお考えですか?」
【母親】「家を売っても、和美の生活費までは、まかなえないんですか……。今は目の前のやりくりに追われているので、先のことまで考えられていませんでした。家を売ったら、住む場所を探さなくちゃいけないですし、2人とも働いていないので、部屋を借りられるのかも不安に感じています。正直なところ、家を売ってお金をつくろうということの先は具体的に考えていません」
【畠中】「家を売る、売らないはいったん置いておいて、食費に関しては、半額くらいまで下げる必要があります。コーラやカフェオレについてはしばらく我慢してもらい、麦茶を作るなど、カロリーが低くて、節約になる飲み物で我慢してもらうように促しませんか? それと、プリンやゼリーは手作りすれば、節約にもなりますし、糖分を抑えて作ることもできます。それと、肉や魚などは、いくつもの料理にアレンジできるものを優先して買うようにしてはいかがでしょうか。
たとえば豚コマを多めに買えば、生姜焼きや肉野菜炒め、カレー、ソーメンチャンプルーなど、いくつもの料理ができますよ」
【母親】「食費を半分に落とすんですか……。そんなこと、できますかね」
【畠中】「できるか、できないかではなく、やるしかないんです。発達障害をお持ちの長女さんは、お母さまが厳しく鍛えていかないと、節約できるようにはならないと思います。将来、おひとりで暮らす時期が来るわけですから、それまでに生活コストの小さい暮らしを実行できるようにしておかないと、先々長女さんが苦労することになります」
【母親】「息子を亡くしてから、一人娘を大切にしてきたつもりでしたが、大切というより、甘やかしてしまったということですね。私も80代に入りましたから、親亡き後はそう遠い話ではありません。もう少し先のことも考える必要がありますね」
■グループホームか生活保護か
和美さんは、とぎれとぎれではあるが、作業所のようなところで働いた経験があるそうだ。だが現在は、最後に働いてから5年くらいの月日が経っているそうだ。
【畠中】「ここ5年くらい働いていないのは、どうしてですか」
【母親】「最後に通っていたところに、意地悪な人がいると言われて、通わなくなりました。通わなくなってからも、ときどき連絡をいただいていたんですが、最近は連絡すら取っていません」
【畠中】「長女さんがおひとりで暮らしているあいだに、家を売却した資金は底を突くでしょう。そうなると、選択肢は2つになりそうです。ひとつは、障害者用のグループホームに入所すること。障害者用のグループホームであれば、長女さんの年金くらいで、入所できる場所を探せると思います。
ただし、入所希望者が多いので、すぐには入所できないと思います。早めに探しておく必要がありますね。
もうひとつは、生活保護の申請をすること。ただ、生活保護の申請が通っても、年金では足りない分だけの支給になりますので、家賃を含めて月額12万~14万円くらいの生活費になるでしょう。実際には、そこから障害年金を引きますので、生活保護費としての支給は5万~7万円くらいだと思いますので、その範囲で暮らすしかありません。家賃も住宅扶助の範囲内のところを探すことになります。一方で、もし生活保護が受けられれば医療費や介護費用は無料になりますので、生活費のやりくりさえできれば、老後の不安は軽減するはずです」
【母親】「……。障害者用のグループホームは、私も聞いたことがあります。ただ娘は、知らない人たちとの共同暮らしを嫌がるんじゃないかなと思って、具体的に調べたことはありませんでした」
【畠中】「障害者用のグループホームは、住民票のあるエリアのホームにしか入居できないので、(自宅を売却して)引っ越しをされたら、その地域のグループホームを調べてみることをお勧めします。仮に障害年金だけでグループホームの費用を賄えない場合は、生活保護の助けを借りることもできますので。
ただ、65歳よりも若い年齢で生活保護の受給がスタートした場合、障害者枠での求職活動を促される可能性もあります。基本的に生活保護は、生活再建するための手助けをする制度ですので、受給できたら、何もしなくてもいいわけではなく、就業を求められる可能性があるわけです。

いずれにしても長女さんには、親亡きあと、支えてくれる身内がいないわけですから、グループホームで暮らせば、生活面のサポートをしてもらえて安心できるのではないでしょうか。グループホームに入所するのか、生活保護の助けを借りて一人で生活するのかなど、将来設計をきちんと考えて、長女さんに伝えていくのもお母さまの役割だと思います」
【母親】「わかりました。いつかは娘もひとりで暮らすしかないわけですから、今のまま、甘やかしていては問題が大きいと感じました。発達障害の関係で、本人はどこまで理解できるかはわかりませんが、私しか教えられる人はいないのですから、覚悟を決めて、娘に必要な情報を伝えていこうと思います」
飲み物食べ物の「贅沢」をやめて食費を削れば、当面は家を売らずに家計のやりくりができるだろうが、貯蓄は残り15万円。「82歳女性」の平均余命は約10年だ。母親が亡くなって収入が激減した時に備えて、和美さんは意識をどこまで変えることができるか。何はともあれ、コーラとカフェオレをただちにやめなくてはならない。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャルプランナー

「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。

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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)
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