夏から秋への季節の変わり目には、「疲れが抜けない」「だるい」「食欲が戻らない」と感じる人が増える。総合診療医で、順天堂大学医学部准教授の齋田瑞恵さんは「『秋バテ』と呼ばれる状態で、自律神経の乱れや疲労感、食欲不振、意欲低下といった体調不良が起きる。
体調を立て直すには、夏に不足がちになった栄養を補うことからはじめてほしい」という――。(取材・文=医療・健康コミュニケーター 高橋誠)
■夏の「無自覚な偏食」が一因
今年の夏は歴史的な酷暑でした。4~8月の平均気温は平年より5度も高く、残暑も長く続きました。そのため体が「夏モード」から切り替わらないまま秋を迎えた方が多いように感じます。
外来でも、「秋になっても食欲が戻らない」「昼夜の気温差で疲れる」と訴える50代の男性が増えました。健康診断で異常がなくても、秋バテは十分に起こりますし、放置すれば生活習慣病のリスクも高まります。
私の診療実感ベースでは5割のサラリーマン男性が「秋のだるさ」訴えている印象です。実際、56歳の男性は「だるい」「体重が増えた」と来院し、尿酸値も悪化していました。別の50代男性も“ビールと冷やし中華”中心で明らかな栄養不足。
共通するのは、ソバや果物、冷たい飲み物など食べやすいものだけに偏ることです。一見ヘルシーに見えても筋肉や血液をつくる材料が不足し、“隠れ低栄養”に陥ります。豚汁のように温かく栄養バランスのとれた一皿は、このような秋バテの立て直しに有効です。

■“秋バテ返し”の最強食材
秋バテのだるさをどう立て直すか? 答えは意外にも、豚肉。肉全体の36%を占め、世界で最も食べられている肉でもあり、ビタミンB1・鉄・たんぱく質を兼ね備えた“秋バテ返しの最強食材”です。
特にビタミンB1は「疲労回復ビタミン」と呼ばれ、頭や体にエネルギーを素早く届ける働きがあります。夏に糖質ばかりに偏って疲れた体を立て直すのに最適です。厚労省の調査では日本人の約3割がB1不足とされ、この季節にこそ必要な栄養素です。
鶏肉は高たんぱく、牛肉は鉄が豊富ですが、両方の“いいとこ取り”をしているのが豚肉です。私の家では牛2:鶏2:豚6の割合でお肉を使います。子ども3人を含め家族全員、秋バテ知らず。夕食に豚肉料理が並ぶと「今日も大丈夫」と安心できるのです。
私自身も、診察や医局の仕事、学会やメディアでのお話、さらに子育てもあって毎日慌ただしいですが、元気に走り続けられるのは“豚肉の力”のおかげだと思っています(笑)。
豚肉は縄文時代から食べられてきた記録があり、沖縄では「鳴き声以外は全部食べる」と言われるほど生活に根づいてきました。本州では明治以降に養豚が広まり、戦後はたんぱく源として定着。
文化的にも栄養的にも“人を元気にする食材”なのです。
■“秋バテ太り”は要注意
「秋バテ=痩せて食欲がない」と思いがちですが、実際の外来ではその逆、「太ったのにだるい」という患者さんが少なくありません。疲れた体はエネルギーを欲して、甘い飲み物やアルコールに手が伸びやすくなります。
その結果、血糖値や尿酸値が乱れ、わずか数週間で体重が1~2キロ増えてしまう方もいます。これは単なる“秋太り”ではなく、生活習慣病の入り口になりかねない危険なサインです。
だからこそ、「食べる量を減らす」のではなく「食べ方の質を整える」ことが重要です。豚肉や味噌、きのこ類を組み合わせた豚汁なら、ビタミンB1で代謝を回復させ、たんぱく質と鉄で筋肉や血液を補い、さらに温かい汁で腸を整えることができます。
一椀の豚汁を“秋の処方箋”にするだけで、疲れをためない体を取り戻せる。忙しい世代でも無理なく続けられる、シンプルかつ実効性のある対策です。臨床でもこの変化を実感しています。
■不足した栄養を効果的に摂る方法――「豚汁」がベスト
「夕食が遅いから」「料理する時間がないから」と手を抜いたつもりが、逆に不調を長引かせてしまう――だからこそ、温かい汁物と豚肉を組み合わせた豚汁が、秋バテを立て直す最短ルートになります。
具材を切って煮るだけで完成するうえ、冷蔵庫の残り物整理にもなり、忙しい50代でも罪悪感なく“手抜き”ができます。

豚汁は、一椀でありながら“一皿完結”の力を持つ料理。主菜・副菜を一皿に凝縮し、栄養を過不足なく補えますし、体も自然と温まります。仕事で疲れた体をリセットするには、豪華な料理よりも“続けられる一皿”が力を発揮します。
我が家でも豚汁は秋冬の定番です。子どもたちも喜び、具材を切って鍋に入れるだけで完成。家庭での実感と臨床での実例が重なり、「これは本当に続けやすく、効果がある」と確信できます。
私自身も「朝はしっかり、昼は軽め、夜は豚肉×野菜×発酵で整える」というリズムを心がけています。三食が難しいときには“メイン2食+間食(ヨーグルトやナッツ)”で調整。
量よりも組み合わせを意識することで、少食気味の方でもしっかり栄養をとれるのです。実際、この食べ方を続けてから、ここ1~2カ月で体重が自然に1~1.5kgほど落ち、疲れにくくなりました。
現代の働き盛り世代は、どうしても夕食が遅くなり、外食やコンビニに頼りがちです。「豚汁なんて作れない」と思う方も多いでしょう。
でも実は、キッチンバサミで豚肉を切り、冷凍野菜やカットきのこを使えば10分とかかりません。
私も帰りがけに娘に「お湯を沸かして具材をちぎっておいて」と電話しておくのですが、そうすると5分で完成します。だし入り味噌も市販されていますから、手間なく作れます。
■「少食でも栄養がとれる」工夫
特に夏の疲れを引きずっている秋は、無理に食べようとするとかえって胃腸を傷めてしまうこともあります。管理栄養士・関口絢子さんの新刊『食が細くなってきたら! 少食でもちゃんと栄養がとれる食べ方』(アスコム)で紹介されている「たくさん食べられなくても栄養がとれる、少食さんのための7つの黄金法則」は、私自身の臨床経験とも重なります。
その中でも特に大切だと感じるのは次の3つです。
・「食べられない」自分を責めず、心身の変化に気づき、いま食べられる量のなかで質を見直す

・栄養素密度の高い食品を選び、少量でも効率よく栄養をとる

・品数や量を追わず、本当に食べられる範囲で栄養価を高める
これらを実践すれば、少食でも体は元気を取り戻します。豚汁はこの3点を満たす“黄金メニュー”であり、腸のゴールデンタイムである夜の食卓に取り入れると、さらに効果的です。
豚汁は“ちょい足し食材”との相性も抜群です。仕上げにすりごまを振れば抗酸化力のあるセサミンがとれ、きな粉を少し加えれば植物性たんぱく質やイソフラボンが補えます。かつおぶしでEPA・DHA、チーズや刻みのりでカルシウムやミネラルもプラスできます。
さらに、さつまいもやきのこを加えれば、秋らしい香りと食物繊維もプラス。
冷蔵庫にある食材をひと手間加えるだけで、豚汁は“完全栄養スープ”に近づきます。忙しい働き盛り世代こそ、この「ちょい足し習慣」を味方にしてほしいと思います。
■「酷暑の後」「猛暑の後」こそ注意してほしい
夏の強い日差しや高温多湿は、私たちの体にじわじわとダメージを蓄積させます。今年のように40度近い日が続くと、ただ家から駅まで歩くだけでも体力が大きく削られました。
その疲れを抱えたまま秋を迎えると、自律神経が乱れ、胃腸の働きも落ち、「だるい」「頭が重い」「食欲がわかない」といった不調が一気に表面化してきます。
中国には「秋燥」、韓国には「秋疲れ」という言葉がありますが、「秋バテ」が日常語として定着しているのは日本だけです。昼夜の寒暖差が大きく、湿度も揺れ動き、さらに夏の間に冷たい飲み物や素麺で胃腸を弱らせてしまう。この環境と食習慣が重なることで、日本独自の“季節病”が生まれていると私は考えています。
私が暮らしたイタリアでは、秋はぶどうやオリーブの収穫期で「やっと食べられる季節になった」と人々が喜びます。食欲が落ちるという話題はほとんど出ませんでした。また、知人がいる南太平洋のバヌアツのように四季がなく、無農薬の野菜や果物を食べ続けている国では、そもそも「秋バテ」という概念すら存在しません。
こうした経験から、私は「秋バテは日本の自然環境と食文化が生み出した現象」だと実感しています。

食べ方をほんの少し変えるだけで体は必ず変わります。食欲が落ちて“しなしな化”した体も、豚汁の一皿から立て直しが始まるのです。
「一皿で完結するからこそ続けられる」――豚汁はそんな合理的な料理です。秋バテで疲れた体にこそ、このシンプルさと温かさが効きます。
四季の存在が怪しくなりつつある我が国ですが、今年こそ「実りの季節」を取り戻し、豚汁で旬の味覚を楽しみながら健やかに過ごしていただきたい――それが私の願いです。

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齋田 瑞恵(さいた・みずえ)

順天堂大学医学部准教授

順天堂大学医学部(東京都文京区)総合診療科学講座准教授。順天堂医院総合診療科医局長。公益財団法人 星 総合病院(福島県郡山市)総合診療科。総合診療専門医、日本総合健診医学会・日本人間ドック学会人間ドック健診専門医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア指導医、日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医、日本東洋医学会会員、日本母性内科学会会員、日本病院総合診療医学会評議員、日本抗加齢医学会評議員。1男2女の子育てとイタリア在住経験を活かした女医ならではの総合診療に定評。外来は予約制。西洋と東洋医学の融合したコロナ後遺症外来、予防接種の啓発、生活習慣改善などを通じ「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」をスローガンとする。総合診療専門医の育成にも注力。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、ビジネス誌『プレジデント』、『ウエッジ』などメディアでも活躍中。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)、『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(2025年、野尻英俊著、岡田あやこ体操監修)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(順天堂大学医学部准教授 齋田 瑞恵、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠 取材・文=医療・健康コミュニケーター 高橋誠)
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