健康で長生きするためには、どんなことに気を付けたほうがいいか。日本整形外科学会認定専門医の吉野匠さんは「足の痛みを軽視してはいけない。
正常な足はアーチ状の構造になっているが、アーチが崩れるとさまざまな不調につながる」という――。
※本稿は、吉野匠『あなたの不調、足の「アーチ」が解決します!』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■「足の痛み」を放置するのはリスク大
「足が痛い……」と悩んでいるのに、家族や周囲に話しても理解されず、「気のせいじゃない?」「そのうち治るよ」と軽く流されてしまったことはありませんか?
そんな言葉を受けて、「そうかもしれない」と自分を納得させ、放置してしまう方も多いのではないでしょうか。しかし、「足」は私たちの体と大地をつなぐ大切な接点であり、毎日の生活に欠かせない重要な部分です。
それにもかかわらず、普段のケアがおろそかになりがちなのが実情です。現代のライフスタイルや環境の変化により、足のトラブルは年々増加しています。放置すると、進行して歩行が困難になるケースも少なくありません。
だからこそ、日頃のケアが非常に大切なのです。この本を手に取ってくださったあなたには、ぜひ「足の痛み」を軽視せず、その原因をしっかりと理解していただきたいと思います。
私は横浜市で20年以上、整形外科クリニックを営んでいます。整形外科は、骨や関節、筋肉や神経など、全身の幅広い症状に対応する診療科ですが、私のクリニックを訪れる患者さんでとりわけ多いのは「足のトラブル」を抱えた方々です。
その理由は、私が整形外科の中でも珍しい分野である「足の外科」を専門としているからです。
実は、足には100種類以上もの疾患があります。しかし、それらを的確に診断し、治療できる医師は限られているのが現状です。
■「足のアーチの潰れ」がトラブルの原因
そのため、正しい診断や適切な治療を受けられず、痛みや不調を抱えながら生活を続けている方が少なくありません。その証拠に、当院には日本全国から、さらには海外からも足の悩みを抱えた患者さんが訪れます。
まずは、「足の疾患を専門に診る医師がいる」ということを知ってください。足のトラブルでお悩みの方は、診断から治療、さらに必要に応じた手術まで、一貫して対応できる医師にぜひご相談ください。あなたの足の健康を守るために、今日からその第一歩を踏み出しましょう。
われわれ人間の足には、本来、弓状にカーブした「アーチ」と呼ばれる骨格構造があります。しかし、現代の日本人の約7割は、このアーチが潰れかけている状態にあります。いわゆる「扁平足(へんぺいそく)」ですが、その程度には個人差があり、軽度のものから重度のものまでさまざまです。
そこで私はこの状態を、「アーチの潰れ」とか、ときに「かくれ扁平足」などと呼んだりしています。「アーチの潰れ」は大人から子どもまで幅広い年齢層で見られる問題です。
この状態を放置すると、腰痛や膝の痛みを引き起こすだけでなく、最終的には歩行困難に陥る可能性もあります。
■幼児の時点で靴を履かせるのは要注意
図表1をご覧ください。足には「縦方向のアーチ」と「横方向のアーチ」の2種類があります。
このアーチは、地面から受ける衝撃を吸収する「クッション」の役割や、地面を蹴り返す「バネ」の役割を果たし、歩行において非常に重要な構造となっています。実は、生まれたばかりの赤ちゃんの足には、このアーチは存在しません。
赤ちゃんはみんな「扁平足」の状態で生まれてきます。しかし、小さい頃から裸足で歩き、地面の凹凸を足で感じることで、足の裏の情報が脳に伝わり、それに基づいて骨格が形成されます。
小学校高学年から中学1・2年生頃までに、大人と同じようなアーチが完成するのが一般的です。ところが、近年では歩き始めの赤ちゃんに早い段階で靴を履かせることが増えています。
靴が地面からの情報を遮断してしまうために足の骨格の成長が妨げられ、アーチが十分に形成されないまま扁平足の大人になる子どもが増えているのです。靴は足を保護するために重要ですが、成長期のお子様には積極的に裸足で歩く機会を作ることが大切です。
さらに、現代人は車や公共交通機関の普及により、自分の足で歩く機会が減少しています。
その結果、筋力が低下し、本来の骨格構造を維持できない人が急増しています。また、欧米化した食生活による肥満も、足のアーチが潰れやすくなる一因です。
■全身のトラブルを起こす“諸悪の根源”
「アーチの潰れ」は、加齢による筋力低下や体重増加によって進行しやすくなります。特に女性は、男性に比べて筋力や靭帯で骨格を支える力が弱いため、アーチが潰れるリスクが高いと言われています。
アーチの潰れは、足だけでなく全身にさまざまなトラブルを引き起こします。私は「アーチの潰れは諸悪の根源」と考えています。アーチが潰れるということは、足のクッション性が失われることを意味します。その結果、着地の衝撃が直接足に伝わり、足の甲や足首に痛みを引き起こすことがあります。
特に、縦のアーチが潰れると、足裏にある足底腱膜(そくていけんまく)が過度に張り、その付着部であるかかとに痛みを感じることがあります。この状態を「足底腱膜炎」といい、歩き始めの第一歩が激痛で踏み出せないといった症状が特徴的です。また、足裏の筋肉が疲れやすくなることもあります。
横のアーチが潰れると、中足骨頭(ちゅうそくこっとう)(足の指の付け根にある骨)が地面の方へ押し下げられるため、地面を蹴る動作の際に地面と当たり、小石を踏んだような痛みが生じることがあります。

また、何度も繰り返し衝撃が加わるうちに皮膚が硬くなり、タコ(胼胝(べんち))ができることもあります。
特に第2趾(人差し指)の根元にできやすく、第1趾(親指)の横や第5趾(小指)の根元にもよく見られます。痛みを伴うタコの場合は、整形外科を受診することをおすすめします。
■「地面を蹴るバネの力」が失われると…
さらに、アーチが潰れると足裏の神経が圧迫され、足の指先にしびれを感じることがあります。特に第3趾と第4趾(足の中指と薬指)にしびれを訴える例が多く、このような症状を引き起こす疾患を「モートン病」と呼びます。
また、内くるぶしの後ろにある足根管内(そくこんかんない)を通る脛骨神経が圧迫されることで、内くるぶしの後ろから足裏にかけてのしびれや痛みが生じることがあり、この状態を「足根管症候群」といいます。
一方で、地面を蹴る際のバネの力が失われると、前に進むための推進力を筋力で補わなければなりません。その結果、アキレス腱やふくらはぎに負担がかかり、アキレス腱の炎症やふくらはぎの疲労を引き起こしやすくなります。
また、アーチの潰れは外反母趾(がいはんぼし)(親指の付け根が内側にくの字に突出する状態)や内反小趾(ないはんしょうし)(小指の付け根が外側にくの字に突出する状態)を引き起こす原因にもなります。これらの足のトラブルは、アーチを適切に保つことで症状増悪(ぞうあく)のリスクを減らすことができます。
■靴の減り具合からも足の状態は分かる
さらに、アーチの潰れは荷重軸にも影響を与え、身体の重心がずれることで足首や膝、さらには股関節や腰にまで痛みを生じさせることがあります。中には「頑固な頭痛やうつ症状の原因が、実はアーチの潰れだった」という例も見られます。

まずは自分の足のアーチが潰れていないかをチェックしてみましょう。そして、もしアーチの潰れがある場合は、適切な対策を講じることが大切です。
アーチの潰れ具合、いわゆる扁平足の度合いは、図表2で紹介する方法で簡単にチェックできます。土踏まずに中指と薬指が第2関節まで入ればアーチが正常な状態、入らない場合はアーチが潰れている可能性があります。
また、靴底の減り具合も扁平足かどうかの目安になります。アーチのない重度の扁平足の人は、足底にかかる圧力の分布が正常と異なるため、靴底のすり減り方に特徴が現れます。
通常、アーチがある人の靴底は、かかとの外側と親指の先(母趾尖(ぼしせん))が左右バランスよく減りますが、アーチが潰れている人はかかとの内側や足の指の付け根の中央がすり減りやすく、重症の場合はその部位の靴底に穴が開くこともあります。
もし、自分の靴底が真ん中からすり減ったり、かかとの内側が減ったりしている場合は、アーチが潰れている可能性が高いと考えられます。
■親指の筋肉を鍛えれば、予防はできる
アーチ潰れを完全に元の状態に戻すことは難しいかも知れませんが、足裏の筋肉を鍛え、アーチ潰れを予防・改善することは十分可能です。横アーチの潰れを予防するには、親指の筋肉の一つである「母趾内転筋(ぼしないてんきん)」を鍛えることが重要です。
一方、縦アーチの潰れを予防するためには、足裏に縦方向に走る筋肉「足底筋」をしっかり鍛えることが必要です。また、外反母趾の傾向にある人は、放っておくと親指の付け根の関節がくの字に曲がったまま固まってしまうので、関節の柔軟性を保つためのストレッチを日頃からこまめに行うことが重要です。


----------

吉野 匠(よしの・たくみ)

日本整形外科学会認定専門医

1965年東京都生まれ。順天堂大学医学部卒業後、1992年、慶応義塾大学医学部整形外科学教室入局、慶応義塾大学病院に勤務。済生会横浜市南部病院医長などを歴任後、2003年、吉野整形外科開院。2011年、医学博士学位取得。「アインシュタインの眼」(NHKBSプレミアム)、「やじうまプラス」(テレビ朝日)、「ハピふる!」(フジテレビ)など、数多くのテレビ番組に出演。著書に『本当は恐ろしい外反母趾』(幻冬舎)、『あなたの不調、足の「アーチ」が解決します!』(自由国民社)があり、『踵骨骨折の保存療法の限界』(南江堂)、『私はこう治療している』(医学書院)に寄稿している。

----------

(日本整形外科学会認定専門医 吉野 匠)
編集部おすすめ