超富裕層はどんなことにお金を使うのか。長く富裕層マーケティングに携わる西田理一郎さんは「70年代のクラシックカーに最新の性能を載せるレストモッドが密かなブームになっている。
1台3000万~5000万円かかり、その後も維持費が年間300万円以上かかる世界だ」という――。
■異様な存在感を放つポルシェ911を発見
先日、青山通りを歩いていると、信号待ちの列に一台だけ異様に存在感を放つクルマがあった。よく見ると幼少期のころ、スーパーカーブームで見た1970年代のポルシェ911のようだが、何かが違う。エンジン音が妙に静かで、インテリアに見慣れないディスプレイが光っている。運転席には50代と思われる男性が、まるで日常の一部のようにハンドルを握っていた。
これが、いま富裕層の間で密かなブームとなっている「レストモッド」の世界だ。
■改造車の歴史と最新レストモッド
「レストモッド」は、車の改造車の歴史と深く結びついている。古くは1960年代ごろ、若者たちが古い車にパワフルなエンジンを載せ替え、性能向上を目指した文化がはじまりだ。1970年代以降、レストア(復元)という概念が生まれ、オリジナルの状態に忠実に戻すことが重視されるようになった。そして、1980年代から1990年代にかけて、レストア技術は飛躍的に向上し、専門業者も増加。部品の復刻生産も盛んになり、完璧な復元が可能になった。
しかし2000年代に入ると、クラシックカーの美しい外観を保ちながら、現代の技術を取り入れて実用性や性能を向上させる「レストモッド」の概念が出てきた。
中でも現在、富裕層の間で最もホットなトレンドが電動化レストモッドだ。これは、1970年代のポルシェ911やランドローバー・ディフェンダーに最新のEVシステムを搭載し、環境性能と伝統美を両立させるもの。価格は数千万円から億単位に達するものもある。サステナビリティを重視する富裕層にとって、罪悪感なくクラシックカーを楽しめる究極の選択肢となっている。クラシックカーの魂を現代に蘇らせるレストモッドは、自動車文化の新たな章を刻み始めている。
■庶民は軽自動車の購入すら躊躇するのに
ガソリン価格の高騰で庶民が軽自動車の購入すら躊躇する昨今、一部の富裕層は年間維持費だけで300万円を超える「趣味の車」に湯水のごとく資金を注いでいる。
一般のサラリーマンでは到底手の届かない、この究極の道楽について、アンティークカーレース関係者や旧車販売・メンテナンスの専門家に話を聞いた。
それは、「オリジナルでは物足りない」といった富裕層の贅沢な悩みで「お客様の多くは、すでにフェラーリもランボルギーニも所有されている方々です」と苦笑いを浮かべながら語るのはアンティークカーレース関係者だ。
「現代のスーパーカーでは得られない『何か』を求めていらっしゃる。それが1960年代のポルシェ911や、70年代のデイトナ、あるいはもっと古いジャガーEタイプだったりするわけです。しかし、ここで問題となるのが旧車特有の「不便さ」です。パワーステアリングがないため駐車場での取り回しは困難を極め、エアコンの効きは現代の軽自動車以下。
ブレーキの効きも心もとない。『この車でゴルフに行ったら汗だくになった』とおっしゃったときは、さすがに笑いをこらえるのが大変でした」
■外観は1960年代のままに3000万円かけて武装する
そこで登場するのがレストモッド。外観は1960年代のままに、内部は最新テクノロジーで武装する。この矛盾した要求を実現するため、職人たちは文字通り車体を一から作り直す。旧車販売・メンテナンス会社の担当者はこう語る。
「エンジンはオリジナルの空冷から最新の水冷ターボに換装。サスペンションは現代のポルシェと同等の性能に。内装はカーボンファイバーとアルカンターラで仕上げます。ただし、外観は1960年代そのまま。これを実現するのに、平均して18カ月から24カ月かかります」
価格を尋ねると、「ベース車両にもよりますが……3000万円から5000万円程度でしょうか。特別な仕様をご希望の場合は、もう少し」。
この「もう少し」が曲者で、業界関係者によると1億円を超えるプロジェクトも珍しくないという。

■クラシックな見た目なのにテスラを凌駕する性能
興味深いのは、レストモッドを巡って富裕層の間で起きている「哲学論争」だ。
一方は「キャブレター原理主義者」。キャブレターエンジン特有の始動時の儀式的な手順や、回転数に応じて変化する排気音の味わいこそが旧車の醍醐味だと主張する。
「朝一番のエンジン始動で、チョークを引いて、アクセルペダルを微妙に調整して……この一連の所作が瞑想のような時間なんです」
都内在住の投資家(60代)はこう語る。彼の愛車は1973年製ポルシェ911カレラで、エンジンは当時のままキャブレター仕様を維持している。
対する「EV派」は、環境への配慮と現代的な利便性を重視する。
「孫たちに『おじいちゃんの車、地球に悪いよ』と言われたのがきっかけでした」
そう話すのは、IT企業の経営者(55歳)。彼は1967年製ジャガーEタイプを電動化し、0-100km/h加速を3秒台まで短縮した。
「見た目は完全に1960年代ですが、性能は現代のテスラを凌駕します。しかも無音で走る60年代のジャガーという、この矛盾した快感がたまらない」
■職人の技が生み出す「時代錯誤な完璧さ」
レストモッドの世界で最も重要なのは、職人の技術だ。現代の部品を60年前の車体に違和感なく組み込むには、まさに魔法のような技術が必要となる。
「お客様からは『見た目は一切変えないで』と言われます。
でも中身は完全に現代的にしろと。これほど矛盾した要求はありません」
ある職人はこう嘆息する。エアコンの配管を隠すために、ダッシュボードを完全に作り直すことも珍しくない。最新のインフォテインメントシステムを、1960年代風のアナログメーターに偽装することもある。
「一番大変なのは配線です。現代の車には数百本の配線がありますが、それを1960年代の狭いスペースに収めなければならない。まるでパズルです」
■富裕層の「車庫事情」に見る格差の現実
レストモッド愛好家たちの車庫を覗いてみると、一般人には想像もつかない世界が広がっている。
前述の投資家の場合、都内の自宅に6台収容可能な地下ガレージを所有。「日常用のレストモッド」「コンクール用のオリジナル」「サーキット用のレーシング仕様」と、用途別に複数台を使い分けている。
「平日は現代的にカスタムした911で通勤。週末のドライブは完全オリジナルの911で。サーキット走行用には安全装備を強化した別の911を。
同じ車種でも、目的によって最適解は違うんです」
メンテナンス会社の担当者も、真の富裕層はレストモッド一台で満足することはないという。
「本当のお金持ちの方は、まずオリジナル状態の旧車を完璧にメンテナンスして保有されます。それとは別に、日常使い用のレストモッド車も所有。さらに、サーキット走行用にレース仕様の旧車も別途用意される方が多いですね」
ある顧客は、同じポルシェ911を7台所有している。1台は博物館級のオリジナル、1台は日常用のレストモッド、残り5台はサーキット用で、それぞれ異なるセッティングが施されているという。
「『こんなにたくさん要るんですか?』とお聞きしたら、『ゴルフクラブも用途別に何本も必要でしょう?』と言われました。なるほど、そういう感覚なのかと」
この「使い分け」という発想自体が、一般庶民には理解しがたい境地だ。我々が「雨の日用の傘」と「晴れの日用の傘」を使い分けることはないように、普通の人にとって車は一台あれば十分なのだから。
■驚くべき「メンテナンス費用」
レストモッドの世界で最も恐ろしいのは、購入後のメンテナンス費用だ。
「年間のメンテナンス費用は購入価格の10%程度を覚悟していただいています」
旧車販売店の担当者は、まるで税理士のような口調でこう説明する。3000万円の車両なら年間300万円。5000万円なら年間500万円のメンテナンス費用が発生する計算だ。

「現代の部品と旧車の部品を組み合わせているので、予期せぬトラブルが起きやすいんです。また、カスタム部品は基本的に一点物ですから、修理部品も特注になります」
つまり、購入時点で既に「年間数百万円の維持費」という継続的な出費が確定している。これは実質的に、富裕層に対する「趣味税」と言えるかもしれない。
■格差社会を象徴する「見えない贅沢」
レストモッドという趣味は、現代の格差社会を象徴する現象かもしれない。外観は60年前の古い車だが、実際は数千万円をかけた最新技術の塊。一見すると質素に見えるが、実は途方もない贅沢。
「派手さはないけれど、分かる人には分かる。これが真の贅沢なんでしょうね」
ある自動車評論家はこう分析する。
現代のスーパーカーのように、誰もが「高価な車」と認識できる記号的な贅沢とは違い、レストモッドは「隠された贅沢」だ。知識のない人には古い車にしか見えないが、実際は現代の最新技術と職人の技が結集した芸術品。
この「目立たない高級品」を好む傾向は、成熟した富裕層の特徴とも言える。
■一般人には理解不能な「道楽の究極形」
結局のところ、レストモッドは一般人には理解しがたい世界だ。同じ金額があれば、現代の高性能車を複数台購入できるし、高級マンションの頭金にもなる。
しかし、富裕層にとってはそれが魅力なのかもしれない。お金で解決できない「時間」と「歴史」を手に入れる贅沢。現代技術で「過去」を蘇らせる矛盾。そして何より、この趣味を理解できる仲間の少なさによる優越感。
「レストモッドは究極の道楽です。実用性もコストパフォーマンスも度外視して、ただ『やりたいから』という理由だけで数千万円を投じる。これこそが真の贅沢なのかもしれません」
前述の評論家の言葉が、この特殊な世界の本質を表している。
一般庶民にとって、レストモッドは永遠に理解不能な富裕層の道楽であり続けるだろう。ただし、街角でそれらしき車を見かけたときは、運転席の人物が「普通の人には理解できない次元の贅沢」を楽しんでいることだけは確かなのだ。

----------

西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

----------

(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
編集部おすすめ