9月10日、アメリカの保守系活動家のチャーリー・カーク氏が、大学での講演中に銃撃されて死亡した。カーク氏は、トランプ大統領を支持していた。
■トランプ政権の圧力で、トーク番組が無期限休止に
トランプ大統領の復権に大きく貢献したとされる保守系活動家チャーリー・カーク氏が9月10日、ユタ州のユタバレー大学での講演中に銃撃され、死亡した。トランプ政権はこの事件を受け、カーク氏の死を悼むと同時に同氏の死を揶揄したり、そのメッセージを批判したりする人たちを罰する動きを強めている。
スティーブン・ミラー大統領次席補佐官は、「カーク氏の死を揶揄する者はテロリストだ。取り締まりの対象となる」と述べ、「トランプ政権下では、法執行当局がそのような発言をする者を見つけ出し、破産させ、権力を取り上げ、法律に違反すれば自由を奪われることになる」と警告した(PBSニュースアワー、2025年9月15日)。
つまり、政府の気に入らない「不適切」な発言をした者は罰せられるということだが、すでに「粛清」は始まっている。政権内外のさまざまな組織で、カーク氏を批判した著名人や政府職員、メディア関係者などが解雇や停職処分となり、憲法修正第1条で保障された言論の自由をめぐる論争に火をつけている。
このようななか、この議論をさらにヒートアップさせるような出来事が起きた。9月17日、ABCテレビの人気トーク番組がカーク氏暗殺に関する「不適切」な発言が原因でトランプ政権から圧力を受け、無期限休止に追い込まれたのである(ABCニュース、2025年9月18日)。
■大統領は“放送免許の剥奪”もほのめかした
20年以上続いた長寿番組「ジミー・キンメル・ライブ」の司会者ジミー・キンメル氏は15日、カーク氏殺害事件の容疑者に関し、発信されたメッセージを取り上げ、トランプ氏やその支持者らを痛烈に批判した。
「この週末、MAGAの人々は容疑者が自分たちの仲間ではないとして距離を置き、この事件に便乗して政治的な得点稼ぎをしようと躍起になっていました」と。
するとその翌日、トランプ大統領から任命された連邦通信委員会(FCC)のカー委員長が保守系の番組でキンメル氏を批判し、「同氏は容疑者のイデオロギーを誤って伝えている。ABCの系列局は番組の放送を中止すべきだ」「系列局が措置を講じなければ、今後、FCCが行動を起こすでしょう」と述べた(同ABCニュース)。
その数時間後、ABCと親会社のウォルト・ディズニー社(ディズニー)は番組の無期限休止を発表したが、これに対し、一部からは「政治的な圧力に屈した」と怒りの声が上がった。
この時、イギリス訪問からの帰途にあったトランプ大統領は専用機内で、「放送免許の剥奪」をほのめかし、「問題の放送局は私について悪い評判や報道しか放送しない。彼らから免許を剥奪すべきかもしれない。その判断はFCCの委員長に任せる」と述べた(同ABCニュース)。
しかし、FCCにはトランプ大統領が不快に思うという理由だけで放送免許を剥奪したり、放送局に対して出演者の降板を強制したりする権限はない。それはまさにFCCの権限乱用であり、言論の自由の侵害である。
■“不適切発言”をした人たちが次々と解雇されている
トランプ政権による言論統制の動きは様々な分野に広がっている。ネットにはカーク氏に批判的な意見も多く寄せられているが、これに対し、バンス副大統領は「こうした発言は制裁を受けることになる。殺害を称える者がいたら、その雇い主に報告してほしい。すでに大がかりな捜査が始まっている」と警告した(PBSニュースアワー、2025年9月15日)。
このような政権の動きも影響してか、政府職員からジャーナリスト、大学教授、一般従業員に至るまで多くの人がカーク氏暗殺をめぐる「不適切」な発言が理由で懲戒処分に直面している。
ワシントン・ポスト紙のコラムニストのカレン・アティア氏は、カーク氏の政治的見解について好ましくない記事を書いたとして解雇された。また、ニュース専門チャンネルMSNBCの政治コメンテーターであるマシュー・ダウド氏は、「憎しみに満ちた考えは憎しみの言葉を生み、それが憎しみの行動へとつながる」と、カーク氏の過去の発言が殺害事件につながった可能性があると指摘したことで契約を解除された。(同PBSニュースアワー)
■政治対立が「言論の自由」をめぐる戦いに
学者も脅威にさらされている。サウスカロライナ州のクレムソン大学では、カーク氏の殺害に関する「不適切」なSNS投稿を理由に教授2人と職員1人が解雇された。
カリフォルニア大学アーバイン校の法学教授で全米大学教授協会(AAUP)の顧問弁護士でもあるヴィーナ・デュバル氏は、学者は契約上、解雇前に厳格な手続きを受ける権利があるにもかかわらず、「学外」発言を理由に教授が解雇されたことに懸念を示す。
デュバル氏は、「多くの雇用主は学問の自由と契約上の義務を破る方が。大統領や右派の寄付者の機嫌を損ねるより価値があると判断しているようだ。これは政治的計算であり、法的な計算でもあります。しかし、危険な行動です」と述べた(英紙ガーディアン、2025年9月21日)。
さらに「粛清」は政府職員にも及んでいる。ヘグセス国防長官はカーク氏を批判した陸軍大佐を停職処分とし、また、「彼(カーク氏)は自身の番組で憎悪と人種差別をまき散らしていた。
このように対立が増す政治環境の中で、言論の自由をめぐる新たな戦いが激しさを増している。
■「これは検閲であり、言論統制だ」
トランプ政権はカーク氏に批判的な人たちを罰することで、特定の見方を強要し、口封じしようとしているが、これは権威主義国家が古くから行っている言論統制のやり方である。
カーク氏は何百万人という多くの人たちにとって意味のある発言をしてきたのかもしれないが、だからといって、国家がこの人物に対する特定の見方を強要するのは間違っている。それは政府による市民の意見の抑圧であり、憲法修正第1条で禁止されているはずだ。
このようなトランプ政権の動きに対して、野党民主党は批判を強めている。連邦議会では民主党議員から、「これは検閲であり、言論統制です、アメリカのすることではありません」として、FCCのカー委員長の辞任や言論の自由に関する証言を求める声が上がっている(同ABCニュース)。
また、オバマ元大統領はX(旧ツイッター)に、「現在の政権は気に入らない記者やコメンテーターを口封じしたり、解雇したりしない限り、規制措置を取ると日常的にメディアを脅迫し、キャンセルカルチャー(特定の対象を全否定する風潮)を新たな危険なレベルにまで引き上げた」と投稿した。
■テレビ局の親会社「ディズニー」にも抗議が殺到
表現の自由を擁護する「個人の権利と表現のための財団」(FIRE)の法務責任者、ウィル・クリーリー氏はこう語る。
「米国には“マッカーシー時代”(赤狩り)など残念な暗い過去があります。国家が特定の考え方を正当化して押しつけるのは危険です。カーク氏であれ誰であれ、公式に定まった見解などありません。
マッカーシー時代とは1950年代の共産主義とその同調者に対する取り締まりのことだが、現在のトランプ政権下での言論統制との共通性を窺い知ることができる。米国ははたして言論の自由を守ることができるのか。
ABCは9月23日、人気トーク番組の放送を再開したが、親会社のディズニーがその決定に至った裏には言論の自由を必死で守ろうという人たちの強い信念と激しい闘いがあった。多くの人が声を上げ、ディズニーに番組を再開するよう圧力をかけたのである。
9月20日付のニューヨーク・タイムズ紙によれば、番組休止の数日後、合計40万人以上の労働者を代表する少なくとも5つのハリウッド労働組合がディズニーを公に非難した。脚本家組合は番組休止を「企業の卑怯さ」と批判し、カリフォルニア州バーバンクにあるディズニー本社の正門前で抗議運動を組織した。ディズニーの元CEOのマイケル・アイズナー氏もSNSで異例の批判を展開した(ニューヨーク・タイムズ、2025年9月20日)。
■トランプ大統領は“訴訟”をほのめかしている
加えてディズニーは著名人や顧客からも圧力を受けた。俳優のメリル・ストリープやトム・ハンクスを含む400人以上の著名人が番組休止を「言論の自由にとって暗黒の瞬間」と非難する書簡に署名した。他の一部の著名人はディズニーのプラットフォームの購読を解約するよう呼びかけたり、「今後、同社と仕事をしない」と宣言したりした。
さらにCBSのスティーブン・コルベア氏、NBCのジミー・ファロン氏とセス・マイヤーズ氏など他局のトーク番組の司会者や出演者などもこぞってキンメル氏を支持した。コメディアンのワンダ・サイクス氏は「大統領は就任1週間でウクライナ戦争やガザ問題を終わらせることはできませんでしたが、就任1年目で言論の自由を終わらせました」と、皮肉まじりにジョークを飛ばした(PBSニュースアワー、2025年9月18日)。
そして23日、番組が再開し、キンメル氏はスタジオの観客に総立ちで迎えられた。まずは「戻ってこられて嬉しいです」と述べ、言論の自由を脅かす動きについて「米国的でない」と批判し、「大きな声で抗議してほしい」と呼びかけた。
それからキンメル氏は、「この番組が重要なのではなく、こういった番組が放送できる国に住んでいるということが重要なのです」と発言し、大きな拍手を浴びた。
一方、トランプ大統領は番組再開について、「フェイクニュースのABCがジミー・キンメルを復職させたなんて信じられない」とSNSに投稿し、同社に対する訴訟をほのめかした。この戦いはまだ始まったばかりである。
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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)
国際ジャーナリストの矢部武さんは「トランプ政権はカーク氏を揶揄・批判する人たちを罰する動きを強めている。だが、実際にテレビ番組が放送休止になったり解雇されたりと、あまりにも行き過ぎている」という――。
■トランプ政権の圧力で、トーク番組が無期限休止に
トランプ大統領の復権に大きく貢献したとされる保守系活動家チャーリー・カーク氏が9月10日、ユタ州のユタバレー大学での講演中に銃撃され、死亡した。トランプ政権はこの事件を受け、カーク氏の死を悼むと同時に同氏の死を揶揄したり、そのメッセージを批判したりする人たちを罰する動きを強めている。
スティーブン・ミラー大統領次席補佐官は、「カーク氏の死を揶揄する者はテロリストだ。取り締まりの対象となる」と述べ、「トランプ政権下では、法執行当局がそのような発言をする者を見つけ出し、破産させ、権力を取り上げ、法律に違反すれば自由を奪われることになる」と警告した(PBSニュースアワー、2025年9月15日)。
つまり、政府の気に入らない「不適切」な発言をした者は罰せられるということだが、すでに「粛清」は始まっている。政権内外のさまざまな組織で、カーク氏を批判した著名人や政府職員、メディア関係者などが解雇や停職処分となり、憲法修正第1条で保障された言論の自由をめぐる論争に火をつけている。
このようななか、この議論をさらにヒートアップさせるような出来事が起きた。9月17日、ABCテレビの人気トーク番組がカーク氏暗殺に関する「不適切」な発言が原因でトランプ政権から圧力を受け、無期限休止に追い込まれたのである(ABCニュース、2025年9月18日)。
■大統領は“放送免許の剥奪”もほのめかした
20年以上続いた長寿番組「ジミー・キンメル・ライブ」の司会者ジミー・キンメル氏は15日、カーク氏殺害事件の容疑者に関し、発信されたメッセージを取り上げ、トランプ氏やその支持者らを痛烈に批判した。
「この週末、MAGAの人々は容疑者が自分たちの仲間ではないとして距離を置き、この事件に便乗して政治的な得点稼ぎをしようと躍起になっていました」と。
するとその翌日、トランプ大統領から任命された連邦通信委員会(FCC)のカー委員長が保守系の番組でキンメル氏を批判し、「同氏は容疑者のイデオロギーを誤って伝えている。ABCの系列局は番組の放送を中止すべきだ」「系列局が措置を講じなければ、今後、FCCが行動を起こすでしょう」と述べた(同ABCニュース)。
その数時間後、ABCと親会社のウォルト・ディズニー社(ディズニー)は番組の無期限休止を発表したが、これに対し、一部からは「政治的な圧力に屈した」と怒りの声が上がった。
この時、イギリス訪問からの帰途にあったトランプ大統領は専用機内で、「放送免許の剥奪」をほのめかし、「問題の放送局は私について悪い評判や報道しか放送しない。彼らから免許を剥奪すべきかもしれない。その判断はFCCの委員長に任せる」と述べた(同ABCニュース)。
しかし、FCCにはトランプ大統領が不快に思うという理由だけで放送免許を剥奪したり、放送局に対して出演者の降板を強制したりする権限はない。それはまさにFCCの権限乱用であり、言論の自由の侵害である。
■“不適切発言”をした人たちが次々と解雇されている
トランプ政権による言論統制の動きは様々な分野に広がっている。ネットにはカーク氏に批判的な意見も多く寄せられているが、これに対し、バンス副大統領は「こうした発言は制裁を受けることになる。殺害を称える者がいたら、その雇い主に報告してほしい。すでに大がかりな捜査が始まっている」と警告した(PBSニュースアワー、2025年9月15日)。
このような政権の動きも影響してか、政府職員からジャーナリスト、大学教授、一般従業員に至るまで多くの人がカーク氏暗殺をめぐる「不適切」な発言が理由で懲戒処分に直面している。
ワシントン・ポスト紙のコラムニストのカレン・アティア氏は、カーク氏の政治的見解について好ましくない記事を書いたとして解雇された。また、ニュース専門チャンネルMSNBCの政治コメンテーターであるマシュー・ダウド氏は、「憎しみに満ちた考えは憎しみの言葉を生み、それが憎しみの行動へとつながる」と、カーク氏の過去の発言が殺害事件につながった可能性があると指摘したことで契約を解除された。(同PBSニュースアワー)
■政治対立が「言論の自由」をめぐる戦いに
学者も脅威にさらされている。サウスカロライナ州のクレムソン大学では、カーク氏の殺害に関する「不適切」なSNS投稿を理由に教授2人と職員1人が解雇された。
カリフォルニア大学アーバイン校の法学教授で全米大学教授協会(AAUP)の顧問弁護士でもあるヴィーナ・デュバル氏は、学者は契約上、解雇前に厳格な手続きを受ける権利があるにもかかわらず、「学外」発言を理由に教授が解雇されたことに懸念を示す。
デュバル氏は、「多くの雇用主は学問の自由と契約上の義務を破る方が。大統領や右派の寄付者の機嫌を損ねるより価値があると判断しているようだ。これは政治的計算であり、法的な計算でもあります。しかし、危険な行動です」と述べた(英紙ガーディアン、2025年9月21日)。
さらに「粛清」は政府職員にも及んでいる。ヘグセス国防長官はカーク氏を批判した陸軍大佐を停職処分とし、また、「彼(カーク氏)は自身の番組で憎悪と人種差別をまき散らしていた。
(中略)最終的に神の前に立ち、自分の言葉を現実のものにするのだ」とSNSに投稿したシークレットサービスの職員も停職処分となった。
このように対立が増す政治環境の中で、言論の自由をめぐる新たな戦いが激しさを増している。
■「これは検閲であり、言論統制だ」
トランプ政権はカーク氏に批判的な人たちを罰することで、特定の見方を強要し、口封じしようとしているが、これは権威主義国家が古くから行っている言論統制のやり方である。
カーク氏は何百万人という多くの人たちにとって意味のある発言をしてきたのかもしれないが、だからといって、国家がこの人物に対する特定の見方を強要するのは間違っている。それは政府による市民の意見の抑圧であり、憲法修正第1条で禁止されているはずだ。
このようなトランプ政権の動きに対して、野党民主党は批判を強めている。連邦議会では民主党議員から、「これは検閲であり、言論統制です、アメリカのすることではありません」として、FCCのカー委員長の辞任や言論の自由に関する証言を求める声が上がっている(同ABCニュース)。
また、オバマ元大統領はX(旧ツイッター)に、「現在の政権は気に入らない記者やコメンテーターを口封じしたり、解雇したりしない限り、規制措置を取ると日常的にメディアを脅迫し、キャンセルカルチャー(特定の対象を全否定する風潮)を新たな危険なレベルにまで引き上げた」と投稿した。
■テレビ局の親会社「ディズニー」にも抗議が殺到
表現の自由を擁護する「個人の権利と表現のための財団」(FIRE)の法務責任者、ウィル・クリーリー氏はこう語る。
「米国には“マッカーシー時代”(赤狩り)など残念な暗い過去があります。国家が特定の考え方を正当化して押しつけるのは危険です。カーク氏であれ誰であれ、公式に定まった見解などありません。
私たちは子どもの時から、“この国は自由の国である”と教えられてきました、私と同僚たちはこれからもこの自由が保たれるように全力を尽くします」(PBSニュースアワー、2025年9月15日)
マッカーシー時代とは1950年代の共産主義とその同調者に対する取り締まりのことだが、現在のトランプ政権下での言論統制との共通性を窺い知ることができる。米国ははたして言論の自由を守ることができるのか。
ABCは9月23日、人気トーク番組の放送を再開したが、親会社のディズニーがその決定に至った裏には言論の自由を必死で守ろうという人たちの強い信念と激しい闘いがあった。多くの人が声を上げ、ディズニーに番組を再開するよう圧力をかけたのである。
9月20日付のニューヨーク・タイムズ紙によれば、番組休止の数日後、合計40万人以上の労働者を代表する少なくとも5つのハリウッド労働組合がディズニーを公に非難した。脚本家組合は番組休止を「企業の卑怯さ」と批判し、カリフォルニア州バーバンクにあるディズニー本社の正門前で抗議運動を組織した。ディズニーの元CEOのマイケル・アイズナー氏もSNSで異例の批判を展開した(ニューヨーク・タイムズ、2025年9月20日)。
■トランプ大統領は“訴訟”をほのめかしている
加えてディズニーは著名人や顧客からも圧力を受けた。俳優のメリル・ストリープやトム・ハンクスを含む400人以上の著名人が番組休止を「言論の自由にとって暗黒の瞬間」と非難する書簡に署名した。他の一部の著名人はディズニーのプラットフォームの購読を解約するよう呼びかけたり、「今後、同社と仕事をしない」と宣言したりした。
さらにCBSのスティーブン・コルベア氏、NBCのジミー・ファロン氏とセス・マイヤーズ氏など他局のトーク番組の司会者や出演者などもこぞってキンメル氏を支持した。コメディアンのワンダ・サイクス氏は「大統領は就任1週間でウクライナ戦争やガザ問題を終わらせることはできませんでしたが、就任1年目で言論の自由を終わらせました」と、皮肉まじりにジョークを飛ばした(PBSニュースアワー、2025年9月18日)。
そして23日、番組が再開し、キンメル氏はスタジオの観客に総立ちで迎えられた。まずは「戻ってこられて嬉しいです」と述べ、言論の自由を脅かす動きについて「米国的でない」と批判し、「大きな声で抗議してほしい」と呼びかけた。
それからキンメル氏は、「この番組が重要なのではなく、こういった番組が放送できる国に住んでいるということが重要なのです」と発言し、大きな拍手を浴びた。
一方、トランプ大統領は番組再開について、「フェイクニュースのABCがジミー・キンメルを復職させたなんて信じられない」とSNSに投稿し、同社に対する訴訟をほのめかした。この戦いはまだ始まったばかりである。
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矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)
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