朝ドラ「ばけばけ」(NHK)がスタートし、半年間をかけて小泉八雲とセツ夫人をモデルにした物語を描く。ライターの田幸和歌子さんは「この10年で明治初期を描く朝ドラが増えているのは、制作者が現代とのリンクを感じているからではないか」という――。
■父は元松江藩士、祖父はラストサムライ
9月29日にスタートした連続テレビ小説「ばけばけ」(NHK)は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻・小泉セツをモデルに、明治時代の松江を舞台として描かれる。怪談を愛する没落士族の娘・松野トキ(髙石あかり)と、ギリシャ生まれアイルランド育ちの英語教師・ヘブン(トミー・バストウ)の物語だ。
トキは、士族の家系に生まれ、怪談や昔話が大好きな少し変わった女の子。武士の時代が終わったことで父は事業を手がけるものの失敗し、トキは11歳から織子として働き、貧しい暮らしを強いられる。世の中が大きく変わる中、時代に取り残され居場所を失いつつあったトキは、松江にやってきた外国人英語教師と出会うことになる。
この朝ドラの序盤で最も印象的な設定の一つが、武士の世が終わった文明開化の世にもかかわらず、頑なにチョンマゲ姿を貫くヒロインの父親、松野司之介(つかさのすけ)(岡部たかし)の姿である。司之介の父である松野家の先代当主・勘右エ門(かんうえもん)(小日向文世)は、いまだに日本を開港させたペリーを恨んでいるという、さらに過激な「ラストサムライ」だ。
■橋爪國臣プロデューサーが語る時代設定
NHK制作統括(プロデューサー)の橋爪國臣氏は、「松江藩士としては解雇されたのにチョンマゲ姿のままの父」という設定について、「今まで信じてきたものが急に変わり、混沌としていく時代」を表現する狙いがあると語る。
制作陣の意図は、新しい価値観に適応できずに取り残された人々の姿を丁寧に描くこと。チョンマゲを落とせない父親は、変化への抵抗でも頑固さでもなく、自分のアイデンティティを失うことへの不安と恐れを体現している。江戸時代の価値観を引きずりながら明治という新時代を生きる――この時代の狭間に立つ人物像こそが、「ばけばけ」の核心にある。
近年、朝ドラにおいて江戸から明治への転換期を舞台とした作品が増加している。
■時代劇や明治のセットはない状態からの挑戦
橋爪氏は、「ばけばけ」の企画を通すとき、朝ドラとして時代が古すぎるという懸念や局内での反対はなかったのかという質問に対して、こう答えた。
「時代ものをやることは、かなりのチャレンジだったと思います。特に今回はBK(大阪)制作ですので、ふだん大河ドラマをやっているわけでもないですから。明治時代を描くのは『あさが来た』以来10年近くなかったので、当時のセットももちろん残っていないですし、時代劇をやれるスタッフもだんだん少なくなってきています。京都の撮影所で時代劇をやっているスタッフには入っていただいていますが、全体としては少ない中、カツラや衣装もすごくお金がかかるし、時間もかかる。実際にできるのかと美術などとも相談し、いろいろ検討した結果、やれるだろうということになりました」
松江大橋の北側と南側の町並みや、トキが通う雨清水家の大邸宅など、今回は過去最大級のセットを組んだという。その意図について、チーフ演出・村橋直樹氏は言う。
「ふじきみつ彦さんの台本をこの時代でやるということが1つの挑戦でした。非常に現代的なセリフ回しや掛け合いになっているんですが、そうしたふじきさんのホンの良さと、時代劇性を残すことを両立させるのは大変なことです。そこで、大阪制作の朝ドラとしては過去にないレベルのセットを組み、美術と映像技術で時代劇性を担保するということが演出の大きなテーマになりました」
■過去最大級のセットに予算を振り分けた
橋爪氏によると、大河ドラマで使用しているカメラを大阪局制作の朝ドラで使用するのも初のこと。
かつて幕末、明治維新といえば大河ドラマの専売特許のような印象があった。しかし、近年は朝ドラでもこの時代の物語を描くようになった。
橋爪氏は「今の時代を細かく見ていくと、明治時代と似ている部分がある」と語り、「現代の閉塞感」と明治時代の混沌とした状況が重なって見えることが制作の動機となったと明かしている。
大河ドラマが歴史上の偉人や政治的な出来事を中心に描くのに対し、朝ドラが明治時代を扱う際の最大の特徴は、「一般の人々」に焦点を当てることだ。橋爪氏は企画の初期段階で「一般の人たちが普通に生きている話をしたいと思った」と振り返る。さらに「何かを成し遂げたわけではない、山奥に住んでいる売店のおばちゃんのような、普通の人の話が描けたらいい」という発想から物語は生まれたと説明する。
■脚本家独特のおかしみを活かすための工夫
脚本を担当するふじきみつ彦氏について、橋爪氏は「普通の何もないことを、何かあったかのように書く」才能の持ち主だと評価。NHK「阿佐ヶ谷姉妹 のほほんふたり暮らし」で第30回橋田賞を受賞したふじき氏は、まさに「何もない日常」を魅力的に描く名手だ。姉妹の何気ない会話や、ささやかな出来事を温かく愛おしい物語に変えた手腕は、時代に翻弄される普通の人々の日常を描く「ばけばけ」でも発揮されるだろう。
明治時代を描く上で避けて通れないのは、当時の女性の置かれた状況である。作中でも「女が生きていくには、身を売るか男と一緒になるかしかない」というセリフがあり、厳しい現実が描かれる。
現代の価値観で過去を断罪するのではなく、その時代を生きた人々の価値観や感情を尊重して描く。「何が正しいかということは、このドラマでは言いたくない」という橋爪氏の言葉には、多様な生き方を認める現代的な価値観が反映されている。
■結婚か身売りか、女性たちのシビアな状況
平成以降、江戸から明治への転換点を描いた朝ドラの先駆けは、2015年の「あさが来た」だった。幕末から明治にかけて、実在の女性実業家・広岡浅子をモデルとしたこの作品は、時代の変わり目を生きた女性の力強さを描き、大きな反響を呼んだ。2023年の「らんまん」は幕末から大正にかけて、植物学者・牧野富太郎をモデルに、学問への純粋な情熱を通して時代の転換期を描いた。
そして今回の「ばけばけ」は、明治という新しい時代の中で、国際結婚という当時としては極めて特殊な状況を通して、文化の衝突と融合を描こうとしている。これらの作品に共通するのは、江戸から明治への転換点、つまり「新しいものと古いものが混在する混沌」を現代的な視点で再解釈している点だ。江戸時代の封建社会的な価値観がまだ色濃く残る中で、西洋文明の資本主義が急速に流入してくる――この二つの時代が重なり合う瞬間こそが、最もドラマチックであり、同時に現代にも通じる普遍性を持っている。
「ばけばけ」のヒロインのモデルである小泉セツは、父親が抱えた多額の借金を返済するため、11歳から織子として働き、家族を支えた。これは単なる美談ではなく、当時の女性が限られた選択肢の中で生き抜いた現実を示している。
■激動の時代に「人間くさい夫婦の姿を描きたい」
明治維新によって身分制度が崩壊し、価値観が根底から覆された。武士は刀を捨て、髷を切り、洋服を着ることを求められた。女性たちも、それまでの生き方では通用しない新しい時代に直面した。この激変は、現代のパラダイムシフトと重なる。終身雇用が崩壊し、ジェンダー観が変化し、家族の形も多様化している現代。明治時代の人々が経験した「今まで信じてきたものが急に変わり、混沌としていく時代」は、まさに今を生きる私たちの状況でもある。
橋爪氏は小泉八雲・セツ夫妻について「調べていくと、すごく深くて魅力的な人間くさい2人だった」と語る。八雲がまだ「何者でもなかった時代」を軸にすることで、有名人の成功譚ではなく、時代の変化に翻弄されながらも懸命に生きた人々の物語として描こうとしている。
脚本のふじきみつ彦氏は、主演の髙石あかりについて「髙石さんのまんま、演じてほしい」と語る。型にはまった「朝ドラヒロイン像」ではなく、現代を生きる若い女性の感覚をそのまま明治時代に投影しようとする試みでもある。劇中では、ふじき氏らしい現代的な言葉遊びやボケ・ツッコミ的なやりとりも展開する。
「あさが来た」は女性実業家の視点から、「らんまん」は植物学者の視点から、そして「ばけばけ」は国際結婚をした女性の視点から明治を描く。これらはすべて、歴史の主流、メインストリームからは外れた視点だ。しかし、だからこそ現代の視聴者にとって新鮮で、共感できる物語となりそうだ。
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田幸 和歌子(たこう・わかこ)
ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など
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(ライター 田幸 和歌子)
■父は元松江藩士、祖父はラストサムライ
9月29日にスタートした連続テレビ小説「ばけばけ」(NHK)は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻・小泉セツをモデルに、明治時代の松江を舞台として描かれる。怪談を愛する没落士族の娘・松野トキ(髙石あかり)と、ギリシャ生まれアイルランド育ちの英語教師・ヘブン(トミー・バストウ)の物語だ。
トキは、士族の家系に生まれ、怪談や昔話が大好きな少し変わった女の子。武士の時代が終わったことで父は事業を手がけるものの失敗し、トキは11歳から織子として働き、貧しい暮らしを強いられる。世の中が大きく変わる中、時代に取り残され居場所を失いつつあったトキは、松江にやってきた外国人英語教師と出会うことになる。
この朝ドラの序盤で最も印象的な設定の一つが、武士の世が終わった文明開化の世にもかかわらず、頑なにチョンマゲ姿を貫くヒロインの父親、松野司之介(つかさのすけ)(岡部たかし)の姿である。司之介の父である松野家の先代当主・勘右エ門(かんうえもん)(小日向文世)は、いまだに日本を開港させたペリーを恨んでいるという、さらに過激な「ラストサムライ」だ。
■橋爪國臣プロデューサーが語る時代設定
NHK制作統括(プロデューサー)の橋爪國臣氏は、「松江藩士としては解雇されたのにチョンマゲ姿のままの父」という設定について、「今まで信じてきたものが急に変わり、混沌としていく時代」を表現する狙いがあると語る。
制作陣の意図は、新しい価値観に適応できずに取り残された人々の姿を丁寧に描くこと。チョンマゲを落とせない父親は、変化への抵抗でも頑固さでもなく、自分のアイデンティティを失うことへの不安と恐れを体現している。江戸時代の価値観を引きずりながら明治という新時代を生きる――この時代の狭間に立つ人物像こそが、「ばけばけ」の核心にある。
近年、朝ドラにおいて江戸から明治への転換期を舞台とした作品が増加している。
「あさが来た」(2015年)、「らんまん」(2023年)、そして今回の「ばけばけ」。次の朝ドラ、「風(かぜ)、薫(かお)る」も、物語の舞台は明治時代だ。
■時代劇や明治のセットはない状態からの挑戦
橋爪氏は、「ばけばけ」の企画を通すとき、朝ドラとして時代が古すぎるという懸念や局内での反対はなかったのかという質問に対して、こう答えた。
「時代ものをやることは、かなりのチャレンジだったと思います。特に今回はBK(大阪)制作ですので、ふだん大河ドラマをやっているわけでもないですから。明治時代を描くのは『あさが来た』以来10年近くなかったので、当時のセットももちろん残っていないですし、時代劇をやれるスタッフもだんだん少なくなってきています。京都の撮影所で時代劇をやっているスタッフには入っていただいていますが、全体としては少ない中、カツラや衣装もすごくお金がかかるし、時間もかかる。実際にできるのかと美術などとも相談し、いろいろ検討した結果、やれるだろうということになりました」
松江大橋の北側と南側の町並みや、トキが通う雨清水家の大邸宅など、今回は過去最大級のセットを組んだという。その意図について、チーフ演出・村橋直樹氏は言う。
「ふじきみつ彦さんの台本をこの時代でやるということが1つの挑戦でした。非常に現代的なセリフ回しや掛け合いになっているんですが、そうしたふじきさんのホンの良さと、時代劇性を残すことを両立させるのは大変なことです。そこで、大阪制作の朝ドラとしては過去にないレベルのセットを組み、美術と映像技術で時代劇性を担保するということが演出の大きなテーマになりました」
■過去最大級のセットに予算を振り分けた
橋爪氏によると、大河ドラマで使用しているカメラを大阪局制作の朝ドラで使用するのも初のこと。
VFXなども、通常の朝ドラの数倍の規模だと言う。
かつて幕末、明治維新といえば大河ドラマの専売特許のような印象があった。しかし、近年は朝ドラでもこの時代の物語を描くようになった。
橋爪氏は「今の時代を細かく見ていくと、明治時代と似ている部分がある」と語り、「現代の閉塞感」と明治時代の混沌とした状況が重なって見えることが制作の動機となったと明かしている。
大河ドラマが歴史上の偉人や政治的な出来事を中心に描くのに対し、朝ドラが明治時代を扱う際の最大の特徴は、「一般の人々」に焦点を当てることだ。橋爪氏は企画の初期段階で「一般の人たちが普通に生きている話をしたいと思った」と振り返る。さらに「何かを成し遂げたわけではない、山奥に住んでいる売店のおばちゃんのような、普通の人の話が描けたらいい」という発想から物語は生まれたと説明する。
■脚本家独特のおかしみを活かすための工夫
脚本を担当するふじきみつ彦氏について、橋爪氏は「普通の何もないことを、何かあったかのように書く」才能の持ち主だと評価。NHK「阿佐ヶ谷姉妹 のほほんふたり暮らし」で第30回橋田賞を受賞したふじき氏は、まさに「何もない日常」を魅力的に描く名手だ。姉妹の何気ない会話や、ささやかな出来事を温かく愛おしい物語に変えた手腕は、時代に翻弄される普通の人々の日常を描く「ばけばけ」でも発揮されるだろう。
明治時代を描く上で避けて通れないのは、当時の女性の置かれた状況である。作中でも「女が生きていくには、身を売るか男と一緒になるかしかない」というセリフがあり、厳しい現実が描かれる。
しかし、橋爪氏の制作姿勢は興味深い。「不自由だった時代と言ってしまうと語弊がある」と前置きした上で、「それが当時の人々にとっては当たり前で、それが幸せだと心から思って生きていた」という視点を提示する。
現代の価値観で過去を断罪するのではなく、その時代を生きた人々の価値観や感情を尊重して描く。「何が正しいかということは、このドラマでは言いたくない」という橋爪氏の言葉には、多様な生き方を認める現代的な価値観が反映されている。
■結婚か身売りか、女性たちのシビアな状況
平成以降、江戸から明治への転換点を描いた朝ドラの先駆けは、2015年の「あさが来た」だった。幕末から明治にかけて、実在の女性実業家・広岡浅子をモデルとしたこの作品は、時代の変わり目を生きた女性の力強さを描き、大きな反響を呼んだ。2023年の「らんまん」は幕末から大正にかけて、植物学者・牧野富太郎をモデルに、学問への純粋な情熱を通して時代の転換期を描いた。
そして今回の「ばけばけ」は、明治という新しい時代の中で、国際結婚という当時としては極めて特殊な状況を通して、文化の衝突と融合を描こうとしている。これらの作品に共通するのは、江戸から明治への転換点、つまり「新しいものと古いものが混在する混沌」を現代的な視点で再解釈している点だ。江戸時代の封建社会的な価値観がまだ色濃く残る中で、西洋文明の資本主義が急速に流入してくる――この二つの時代が重なり合う瞬間こそが、最もドラマチックであり、同時に現代にも通じる普遍性を持っている。
「ばけばけ」のヒロインのモデルである小泉セツは、父親が抱えた多額の借金を返済するため、11歳から織子として働き、家族を支えた。これは単なる美談ではなく、当時の女性が限られた選択肢の中で生き抜いた現実を示している。
橋爪氏は「成功した有名人や、それを献身的に支える偉人の物語ではなく、時代に翻弄される普通の人たちの日常のおかしみや不条理さをつぶさに描きたい」と語る。
■激動の時代に「人間くさい夫婦の姿を描きたい」
明治維新によって身分制度が崩壊し、価値観が根底から覆された。武士は刀を捨て、髷を切り、洋服を着ることを求められた。女性たちも、それまでの生き方では通用しない新しい時代に直面した。この激変は、現代のパラダイムシフトと重なる。終身雇用が崩壊し、ジェンダー観が変化し、家族の形も多様化している現代。明治時代の人々が経験した「今まで信じてきたものが急に変わり、混沌としていく時代」は、まさに今を生きる私たちの状況でもある。
橋爪氏は小泉八雲・セツ夫妻について「調べていくと、すごく深くて魅力的な人間くさい2人だった」と語る。八雲がまだ「何者でもなかった時代」を軸にすることで、有名人の成功譚ではなく、時代の変化に翻弄されながらも懸命に生きた人々の物語として描こうとしている。
脚本のふじきみつ彦氏は、主演の髙石あかりについて「髙石さんのまんま、演じてほしい」と語る。型にはまった「朝ドラヒロイン像」ではなく、現代を生きる若い女性の感覚をそのまま明治時代に投影しようとする試みでもある。劇中では、ふじき氏らしい現代的な言葉遊びやボケ・ツッコミ的なやりとりも展開する。
「あさが来た」は女性実業家の視点から、「らんまん」は植物学者の視点から、そして「ばけばけ」は国際結婚をした女性の視点から明治を描く。これらはすべて、歴史の主流、メインストリームからは外れた視点だ。しかし、だからこそ現代の視聴者にとって新鮮で、共感できる物語となりそうだ。
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田幸 和歌子(たこう・わかこ)
ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など
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(ライター 田幸 和歌子)
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