※本稿は、稲垣公雄+三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム『日本人は日本のコメを食べ続けられるか』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■本当に農協やコメ卸が価格高騰の黒幕なのか
一部に、「令和のコメ騒動」の原因として、「流通構造の多層化や複雑さが価格高騰の一因」「農協やコメ卸が価格高騰の黒幕だ」といった説があった。それは完全な誤解だ。コメの流通が複雑で非効率な面が残っているのは否定しない。だが、昨年から急に流通構造が複雑になったわけではない。需要に対して供給が不足したから価格が上がった。それ以上でもそれ以下でもない。
一般にコメの流通は「農家」→「集荷業者」→「卸売業者」→「小売」という流れになる。集荷業者は、ほぼ農協(JA)を指すと考えていい。この流通に対応して、農家が農協に売りわたす価格が「概算金」、集荷業者と卸売業者の取引価格が「相対取引価格」、小売りが消費者に売る価格が「小売価格」となる。
令和5年(2023年)までの20年間は、相対取引価格が60kgあたりおおむね1万2000~1万6000円というコメ安の状況にあった。
■5kg約2000円は厳しい価格水準だった
農家がJAに売りわたす概算金が、60kgあたり約1万2000円。JAのコメをとりまとめた全農(JAグループのひとつ)など集荷業者が、コメ卸売業者などに売りわたす相対取引価格が、約1万5000円。コメ卸や小売りにおいて流通経費がかかって、最終価格は約2万4000円程度であった。5kgあたり約2000円である。2022年2月、ロシア・ウクライナ紛争以降での全般的な物価高の中で、コメだけがひとり安の状況で、農家から経営の厳しさを訴える声が高まっていた時期は、おおむねこういった価格水準であったと考えられる。
対して、令和6年産の状況を示したのが図表2である。
夏頃までに提示されることが多いJAの概算金は、60kgあたり前年比プラス3000円から5000円程度上乗せして、1万8000円前後が提示されることが少なくなかった。
相対取引価格は9月に2万3000円弱で開始し、すぐに2万4000円を超えた。最終的に令和7年の5月には、過去最高の2万7649円を記録している。この結果、小売価格が5kgあたり4000円(60kgあたり4万8000円)を超える状況が続いてきたわけである。
さらに令和7年産については、一部の全農県本部やJAが提示をはじめた概算金が、2万4000円や、なかには2万7000円というような水準になっていて、先高感が懸念されはじめている。
■コメ価格を決めているのはJAではない
たしかに、時間軸的には、図表3の上段にあるように、JAが農家に「概算金」を提示し、そのあとJAなど集荷業者とコメ卸の間の「相対取引価格」が決まり、最終的に「小売価格」が決まる。だから、コメ価格決定のプライスリーダーはJAであるかというと、それはまったく違う。
JAグループの概算金の決定の仕方は、現状の小売価格水準とこれからの全国の生産量(つまり新米が出たあとの小売価格相場)を予想しながら、「これくらいの価格でないと、卸や小売りが買ってくれないだろう」「これぐらいの価格であれば、狙っている量がさばけるだろう」という予想をたてて概算金を決定し、農家に提示する。
JAと農家の契約は、一般に「販売委託契約」であり、買取契約ではないことが多い。「概算金」と呼ばれるのも、秋の出荷時に支払うのが「概算金」で、その半年後ないし1年後、すべての販売が終了した時点で「精算金」を追加払いされることがあるためである。
■JAと一般のコメ流通事業者の違い
JA以外の「商系」と呼ばれる一般民間のコメ流通事業者は、このJAの概算金を参考に、営業をかける。今回のような先高観がある場合は、JAが「精算払い」で予定しているぶんまで、先に織り込んで価格を提示する。
また、一般のコメ流通事業者は、たとえば「大規模な農家」だけを選別して営業をかけたり、価格を提示することができるが、JAはその組織特性上、農家ごとに柔軟な契約条件を提示がしにくい面がある。
昔ながらの3反(0.3ha)程度を耕作する兼業農家では、1.5トン(25俵)の生産量でしかないが、30haの耕作する専業農家であれば150トン(2500俵)もの生産量になる。JAはその組織特性上、原則として、どちらにも同じ単価を提示する(場合が多い)。
■流通構造が複雑だからコメが高いのか
「5次卸まであるコメ卸は流通構造が複雑」であり、「コメ卸が価格高騰の原因だ」という声もあった。
だが、たとえば日本のコメ流通が青果物流通に比べてとくに複雑だとか、事業者数が多いという事実はない。業界内でも「5次卸」という一般概念があるわけではなく、それが何を指しているのかは必ずしも明確ではない。
コメにかぎらず「日本の食品流通の事業者数が多い」ことは、「食品流通を担う各プレーヤーの利益率が非常に低い」というデメリットにつながっているのであり、事業者数が多いことで消費者価格がひどく高くなっている、という事実はない。日本ほど、地域ごとに異なる多様な食文化が地域ごとに存在する国はない。食関連の事業者数が多いことは、むしろ地域の食文化を守っているという面があることを忘れないでほしい。
■営業利益を大きく伸ばしたのは事実だが…
たしかに今回、一部のコメ卸が利益を大きく伸長させたのは事実だ。たとえば、上場企業である木徳神糧株式会社(東京)の2025年1~3月期の営業利益は、前期比448%だった。しかし、決算書類をよく見ると、それだけ利益が増えても同社の売上高当期純利益率は3.5%である(前期は1.1%)。
大手スーパーも含め、日本の食品流通関連企業は非常に低い利益率で事業をおこなっている。今回のコメ価格高騰で、多くの農家が「ちょっとだけ、ひと息つけた」と感じているが、コメ卸業界もこれとほぼ変わらない状況にある。
とはいえ、「国民全体がコメ価格高騰に苦しんでいるときに、コメ卸がいつもよりたくさん儲けたのは事実だろう」と思われる読者もいるかもしれない。
しかし、「コメ卸などの流通業者が儲けようとして価格が暴騰したんだ」と考えるのは、やはり早計だ。その理由はふたつある。
■結果として「儲かってしまった」だけ
まず第一に、流通業者が独善的に「価格を上げてやろう」としたわけではなく、店頭・小売り側にモノがなくなったことで「高くてもいいから、売ってくれ」という、「価格が勝手に上がっていった状況」にあったとみるべきである。コメ卸などの流通事業者とすれば、「その結果として、いつもより、儲かってしまった」というのが実態に近い。
理由のふたつ目として、図表1や図表2の簡略した整理をすると、「相対取引価格」と「小売価格」差分は、すべて流通事業者の取り分のように見えてしまうが、必ずしもそうではない、ということである。
JAグループの中で商社機能を担う「全農(全国農業協同組合)」が、この個別のJAが集めたコメを集めて、全国のコメ卸などにコメを販売する。この価格がいわゆる「相対取引価格」(図表4の「A」の取引)になる。そしてコメ卸は、小売りなどにコメを販売する。図表4の「B」の取引である。今回、「コメ卸が暴利を貪っている」などと指摘された部分である。
■農協のコメの取引量は意外にも減少している
令和6年産のコメにおいて、全農が取引できた量は179万トンと発表されている。前年の208万トンから約30万トンも減少したという。7月に発表された農水省の調査結果によれば、集荷業者全体の集荷量は約290万トンと見られている。
この差分はおおむね、個別JAが全農を通さず販売している分のほうが多いと推察される(約100万トン程度。これ以外にJA以外の集荷団体への出荷もあるが、ここでは考慮せず)。じつは、農家がJAグループなど集荷団体に出荷する量よりも、それ以外に流通させている量のほうが多い。農水省の調査によれば、その量は約295万トンである。
さらに、6月末時点で自家消費・在庫となっている分が約95万トンある。これらも、いずれ一般流通に出ていくか、消費者に直接販売されているものと見ていいだろう。
----------
稲垣 公雄(いながき・きみお)
三菱総合研究所研究理事
京都大学経済学部卒、三菱総合研究所入社。関西センター長、ものづくり事業革新センター長、経営イノベーション本部副本部長などを経て、2021年より食農分野担当本部長、24年10月より研究理事(フェロー)。現在は、企業経営戦略・農業政策に関する研究提言、農業分野を中心に社会課題解決を実現する企業・経営体や行政組織の事業改革、事業創出に取り組む。
----------
----------
三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム
三菱総合研究所は三菱グループのシンクタンク。食農分野においては、「食と農のミライ」研究チームが中心となり、日本の農業の持続的発展を通じた食料安全保障の実現や、食品・農業の環境対応などの社会課題解決を目指した研究提言・事業実装に取り組んでいる。
----------
(三菱総合研究所研究理事 稲垣 公雄、三菱総合研究所「食と農のミライ」研究チーム)