街には目に見えないさまざまな境界線がある。隣り合う住民はどんな思いを抱いているのか。
鉄人社編集部がまとめた『調査ルポ この日本の片隅で』(鉄人社)の中から、水害の安全地帯と危険地帯、タワマンの高層階と低層階の住民それぞれの本音を紹介する――。(第2回)
■“水没地域”の本音
【境界線のあっちとこっちに横たわる内なる差別意識を調査する】
この世は格差社会だ。1本の道で隔たれた高級住宅街とあばら家の密集エリアでは明らかに貧富の差があり、そこには内なる蔑みや妬みが存在していることだろう。実際のところ、彼らは互いのことをどう見ているのか。種々様々な境界線に足を運び、両サイドのナマの声を聞いてみた。
ケース①水害の安全地帯と危険地帯
東京・江戸川区は両側を荒川と中川、そして江戸川と、3つの一級河川に挟まれた土地だ。
江戸川区作成のハザードマップによれば、その河川のいずれかが氾濫した場合、ごく一部を除きほぼ全域が水没すると示されている。つまり、そこに水害セーフと水害アウトの境界線が浮かび上がるわけだ。
大雨による洪水被害が全国各地で多発している最近のご時世。これまで以上に、互いのことを意識しているに違いないまずは水害セーフ地域から調査を始めるべく該当エリアへ足を運んだところ、一瞬にしてここがセーフである理由がわかった。
周辺と比べ、地面が8メートルほど高くなっているのだ。なるほど、これなら河川が氾濫しても水没など起きようがない。
キレイに区画された街中をブラブラ歩いていると、前方から子連れの若ママ風がやって来た。
「こんにちは。つかぬことお聞きしますが、この辺りにお住まいの方ですか?」

「ええ、そうですけど」

「住み心地はどうです? 実は近々この辺りに引っ越しを考えてるんですけど、江戸川区って川に挟まれてるじゃないですか。最近、水害のニュースが多いからちょっと心配で」

「ここなら大丈夫ですよ」
さらりと断言した。やはり安全エリアだという自覚はあるのか。
■「この辺の住宅って相場よりも高めなんですよ」
「時々、回覧板が回ってくるからみんな知ってますよ。洪水のときはここら一帯が避難区域に指定されてるとか何とかって」

「だったら安全ですね」

「そうそう。他が洪水になってもここには届かないし、豪雨が降っても水は下に流れてくだけだし」
満面の笑顔だ。そろそろ本題に入ろう。
「じゃあ、水没エリアに住まなくて良かったと思います?」

「そりゃそうですよ」

「でも実際問題、そういうところに住んでる人はいるわけですけど、そのことについては?」

「というと?」
ママさんが首をかしげる。
「つまり、優越感みたいなものもあるんじゃないかと思いまして」

「えー、そんなのないですよ」
口では言うものの、口角がヒクついている。ニヤけそうになるのを必死にガマンしている様子だ。

「ただ、この辺の住宅って相場よりも高めなんですよ。中古マンションだってあまり値崩れしないし。だからそういう意味では私たちは安全をお金で買ったのかなって」

「なるほどですね」

「でも水害になるところに家を建てた人ってのは、そういうリスクを覚悟してるわけですよね。だから、もし家が浸水してもそれは自己責任だろうとは思ってます」
安全を力不足で買えなかった人は浸水しても自己責任。一理あるわな。
■「洪水をナメちゃダメよ」
今度は水害アウト側に住む人の話も聞いてみよう。
声をかけたのは、商店街でスーパーの買い物袋を手にボーッと佇んでいたオッサンだ。
「こんにちは。この辺りにお住まいの方ですか?」

「ん、そうだよ」

「実はこの辺に引っ越そうかと思ってハザードマップ見たんですけど、荒川が氾濫するとこの辺りって水没するらしいんですよ。怖くありません?」

「まあ、荒川の堤防が決壊したらそうなるだろうね。どうしようもないよ」

「でも清新町(せいしんちょう)(セーフサイド)の方は大丈夫らしいんですよね」

「あの埋め立て地だろ? へーそうなんだ」
オッサンは関心なさげなに、表情ひとつ変えない。
「自分の家が確実に水没するときに、向こうじゃまったく平気な家もあるんですよ。
それって、うらやましくないですか?」

「いや別に。だいたい荒川から水が溢れ出したら、あそこもタダじゃ済まないって。どんだけ大きい川だと思ってんの。洪水をナメちゃダメよ」
■結局、セーフサイドには住みたい
なんでも、35年以上も前、江戸川区で起きた大規模な洪水を経験したことがあるため、その猛威をイヤというほど知っているんだとオッサンは熱く語る。
「それにさ、清新町ってインド人だらけじゃん」

「そうなんですか?」

「知らないの? あの辺にある公団住宅とか行ってみなよ。俺はああいうとこには住みたくないね。治安も悪いんじゃないの、知らないけど」
オッサンにとっては水害の危険より、インドの方々の有無の方が重要らしい。
「じゃあ、もし仮に今からあの街に住めるってことになっても断りますか?」

「え、家を建てるカネの問題とかは抜きにして? うーん、それだったら住みたいかなぁ」
住むのかい! セーフサイドへの否定的な態度は単なる羨望の裏返しだったようだ。
■トイプードルを抱えた女性の”予想を上回る返答”
ケース②タワーマンションの上層階と下層階
人がタワーマンションに住みたがる理由の一番は眺望の良さ、のような気がする。トーキョーシティーの夜景を眼下に一望できる暮らしなんて、誰だって憧れを抱くはずだ。しかし実際のところ、タワマンにも2階、3階の低層階はあるわけで、となればそこに上層階とのステータス、格差が生まれても何ら不思議はない。
調査現場となるタワマンは、中央区にある51階建ての超高層マンションだ。
戸数が多く、入口付近は人の出入りが激しい。ここで声をかけまくればすぐに上層階の住人を見つけられそうだ。
調査開始から1時間、48階の住人に遭遇した。ベビーカーを押したキレイな女性。高そうなブランド服でキメ、トイプードルまで連れているあたりがいかにも金持ちっぽい。
「すいません、私、このマンションの購入を考えているんですが、上の部屋と下の部屋ってどっちがオススメですかね?」

「上の方がいいと思いますよ」
即答だった。
「やっばそうですか」

「だって、ここの4階に住んでる友達家族の部屋なんて、せっかくスカイツリーの方角を向いてるのに全然見えないんですよ。なんか笑えません? タワマンに住んでるのに。だから時々からかってるんですよ」
予想を上回る回答内容だ。
■「上の階の人はうらやましくない」とは言うが…
彼女は続ける。
「上の人たちだけで集まるときなんか、私よりひどい毒を吐く人もフツーにいますよ。下の住人ってクルマないとこ多いよねとか、ユニクロ率ハネ上がるよねとか。
ホント失礼ですよね」と言いながら笑っているあたり、あなたも同意見なんですね。
貴重なお話、ありがとうございました。同様の手法で、今度はこざっばりとした服装の40代夫婦を捕まえた。現在2人が住んでいるのは3階。居住区としては最低層階の一つ上ということになる。しばし関係ない質問をした後、聞いてみた。
「ここで部屋を購入するとしたら予算的に低層階かなって考えてるんですけど、何か問題とかないですかね。たとえば上層階の人に見下されるような」

「そんなのナイナイ。どの階に住んでも一緒ですって」
質問を一笑に付したのは、ダンナさんだ。
「上の階の人をうらやむようなことは?」

「それもナイなあ。逆に3・11の震災で、部屋を売りに出した高層階の人も多かったから。揺れ方がムチャクチャだったらしいよ」
口ぶりからして本当に卑屈な感情はなさそうだ。

■「上階の人って、嫌味な人多いですよ」
「でも、3階に住んでて上の人に恐縮することがあるとしたら朝のエレベーターかな」
忙しい通勤時に、上階から降りてくる人は各階でいちいちエレベーターが止まるため、機嫌が悪くなってるのではと彼は言う。
「3階でエレベーターに乗ったら、たまに何とも言えない雰囲気になることがあるんですよ。舌打ちが聞こえてきそうっていうか」

「上階の人って、嫌味な人多いですよ」
ここで奥さんが口をはさんできた。
「特に奥さん連中。エレベーターを待ってたら、おたくは階段で上がった方が早くない? とかサラッと言われたこともあったし」
タワマンの高層階と下層階。格差エグいわ。

(鉄人社編集部)
編集部おすすめ