自民党総裁選での高市早苗氏の勝利は、日本国内だけでなく、海外でも瞬く間に大きなニュースとなった。
アメリカをはじめ英語圏メディアは、異例のスピードで「日本初の女性首相誕生」への道を報じ、一斉にヘッドラインを打った。
報道の論調はおおむね一致している。
歴史的な「ガラスの天井」を破ったという称賛の一方で、強硬なナショナリズムや保守的な価値観、ジェンダー平等への懐疑といった“右傾化の象徴”としての側面を指摘する声が目立つ。
アメリカの主要紙や通信社は、今回の出来事を単なる日本政治の転換点としてではなく、「トランプ以後の世界」における保守ポピュリズムの拡張として読み解いている。
■最も高いガラスの天井を打ち破った衝撃
「サッチャーに刺激を受けた日本の次期首相候補・高市、ガラスの天井を粉砕」と報じたのはロイター通信だ。
また、タイム誌も記事冒頭で「高市早苗は日本の最も高いガラスの天井を突き破った」と書き出している。
“ガラスの天井”とは、性別によって見えない上限が設けられることを意味する言葉だ。それを日本の女性政治家がついに超えた……その歴史的瞬間を、アメリカのメディアは象徴的に伝えている。
その報道には驚きもにじむ。
「まさかこのタイミングで日本に女性のリーダーが誕生するとは」という反応だ。
日本のジェンダー平等の遅れはアメリカでもよく知られている。しかし、女性の社会・政治参加がはるかに進んでいるはずのアメリカでも、いまだ女性大統領は誕生していない。
■「高市氏は女性の権利の擁護者ではない」
ただし、この女性リーダー誕生を手放しで歓迎する論調は少ない。
ほぼすべての記事で、「日本で初めて」という言葉のあとに続くのは「しかし」だ。
リベラル系メディアの多くは、高市氏を「超保守主義者」と位置づけている。そのため「女性首相であっても、ジェンダー政策の後退を招く可能性がある」として、警鐘を鳴らす論調が目立つ。
中でもニューヨーク・タイムズは、「彼女は女性の権利の擁護者とは見なされていない」と明言。「女性が天皇を継承するための法改正に反対し、夫婦が同一の姓を名乗ることを義務づける、100年以上前の法律を変更するという考えにも異議を唱えてきた」と紹介し、さらに同性婚にも反対していることを伝えた。
記事では、日本の政治における男女比の現状にも触れ、「現内閣20人のうち女性はわずか2人。国会議員に占める女性の割合は約5分の1にすぎない」と指摘。
高市氏が選挙戦で「北欧諸国のように男女比がほぼ半々になる内閣を目指す」と語ったことを紹介しながらも、「実現の可能性は低い」と懐疑的だ。
AP通信も高市氏を「男性優位の党の中で台頭した超保守派のスター」と呼び、「選挙戦でジェンダー問題にほとんど触れず、党内の男性重鎮たちに好まれる旧来の価値観を貫いた」と手厳しい。
多くの記事で共通するのは、“初の女性首相”という象徴性を評価しつつも、「本当に女性の地位向上につながるのか」という疑問を呈している点だ。
象徴的な壁の突破と実質的な進展――その乖離こそが、アメリカの知識層の関心を集めている。
■高市氏は「厚かましく、国粋主義的」
高市氏の「超保守的」な姿勢は、国内問題だけでなく外交面にも波紋を広げると見られている。
ロイター通信は、高市氏を「強硬右派」と呼び、「台湾支持を強調し、米国との連携維持を掲げる一方で、対中・地域安全保障政策が、中国や韓国との摩擦を激化させる可能性がある」と報じた。
また、彼女のナショナリズム的傾向、憲法改正や防衛拡張への意欲にも触れ、「アジアの緊張を高める恐れがある」と指摘。
一方で英エコノミスト誌はさらに踏み込み、「厚かましく、国粋主義的、分断的な高市氏は、世界的な政治のトレンドに合致している」と論評。“分断を生む政治”が日本にも波及するのではないかという懸念を示した。
■保守系メディアは高市氏の総裁就任を歓迎
保守系メディアはこれとは対照的に、高市氏の登場を「世界的右派回帰の一環」として歓迎している。
ウォール・ストリート・ジャーナルは、「自民党がさらなる右傾化を選んだ」「世界的な保守ポピュリズムのうねりを反映している」と論じたうえで、「移民や観光客の増加による文化的なストレスや、日本という国家のアイデンティティが失われるのではないかという不安」が支持の背景にあると分析した。
記事では、「外国人観光客が奈良で鹿を蹴った」という高市氏の発言を引用し、「受け入れ難い外国文化への反発」がナショナリズム再燃の一因になったと指摘。
さらに、「移民の受け入れ制限は、世界的に知られる極右政治家であるフランスのマリーヌ・ルペン、英国のナイジェル・ファラージ、そしてアメリカのトランプ大統領らと共通する政策」と、明言している。
「高市氏もまた誇り高きナショナリストであり、変化の激しい世界で、日本の文化と経済安全保障の保全を強調している」と述べている。
■日本が高市氏を選んだのは「トランプ効果」
FOXビジネスは「日本が初の女性首相を選んだのは、“トランプ効果の世界展開”である」とし、アメリカでのポピュリズム台頭と高市現象を重ねて紹介。
高市勝利に市場も敏感に反応し、株高・円安が進行したが、保守メディアはこれを「予測可能なリーダーの誕生」と歓迎している。その背景には、高市氏が安倍元首相の金融・財政政策「アベノミクス」を継承し、景気刺激と円安政策を続けると見られていることがある。
一方でロイター通信は、「サッチャー型の緊縮路線ではなく、財政緩和の継続は財政の持続性を損なう危険な賭けになりかねない」と懸念を示した。
■トランプ大統領の祝意に込められた意味
トランプ前大統領は自身のSNS「Truth Social」で、こう投稿した。
「日本が初の女性首相を選出した。彼女は、知恵と強さを兼ね備えた非常に尊敬される人物である。これは素晴らしいニュース、日本の素晴らしい人々にとって大きな出来事だ」
一見すれば外交辞令的な祝意だが、前出のFoxビジネスはこれを「イデオロギー的な共鳴」と捉えている。
しかし、こうした保守連帯が今後の順風満帆を示すものではないことは、誰もが理解している。
NYタイムズはこう予測する。
「1980年代に2年間アメリカで働いた経験を持つ高市氏は、短期的には安倍元首相と親しかったトランプ大統領との関係を軸に、友好的な協力関係を築こうとするだろう」
ウォール・ストリート・ジャーナルも総裁選時点で「自民党はトランプにアピールする候補を探している」と報道。「政治思想的にトランプに近い可能性がある」として、安倍元首相との関係をその“外交資産”とする見方を示していた。
ただし、多くのメディアは「最大の外交リスクはトランプその人だ」とも指摘する。
関税交渉や通貨政策、防衛費負担など、日米関係の主要課題の多くがトランプ大統領の個人的判断に左右される可能性がある。高市氏にとって、トランプ大統領との最初の会談が早くも試金石となるのは間違いないだろう。
■「高市早苗」が映し出す、日本の「現在地」
全般的に見て、アメリカメディアの論調には二つの感情が共存している。
ひとつは、ガラスの天井を破ったリーダーへの称賛。
もうひとつは、ナショナリズムと分断の拡大への警戒だ。
サッチャーのように改革を断行できるのか。それともトランプのように、社会の対立を深めてしまうのか。アメリカのメディアは今、高市早苗という存在を通じて日本を観察している。
そしてその視線の奥には、「右傾化か否か」という、自国アメリカへの問いが重なっているようにも見える。
高市早苗という新しいリーダー像は日本の政治を超えて、“トランプ以後”の世界が直面する選択そのものを、映し出しているのかもしれない。
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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)