■運動会本番や練習でケガが多い
スポーツの秋、学校では運動会のハイシーズンだ。さまざまな種目に取り組む子どもたちの姿に、会場は大盛り上がり。子どもたちが運動会を楽しみ、また保護者や周囲がその姿を見て喜ぶことは、とても意義のあることだ。スポーツをとおして楽しさや達成感を味わうことで、子どもの成長や発達が促される。こうした経験は、将来にわたって健康を支える運動習慣の形成にもつながる。
一方で、運動会やその練習でケガをする子どもも少なくない。日本スポーツ振興センター『学校等の管理下の災害[令和6年版]』によると、2023年度に小中高の運動会(体育祭含む)で発生した負傷等の件数(医療費支給件数)は、8818件にのぼる。これは運動会開催時の件数であり、その練習中の事故については、統計的なデータが存在しない。
それらの事故は、スポーツ活動であるからにはやむをえない側面もある。だが、運動会には、かつて巨大組体操が問題視されたように、事故が起きて当然と言えるような危険な種目も多い。
■ケガのリスクがあまりに高い理由
運動会は、制度上の理由から、安全な指導が確立されにくい状況にある。じつは運動会でどのような種目をやるべきか、国の学習指導要領には記載がない。もちろん、普段の体育の授業は、学習指導要項に則って行われている。しかし、さすがに運動会にまで国が細かく口を出すわけにはいかないということで、実施種目に関する決まりがない状態なのだ。
だからこそ、運動会の種目の選定も指導方法も安全確保も、すべてが学校まかせとなっているのが実情だ。つまり、たまたま担当した先生がどの競技を選ぶか、どのような指導や安全確保を行うかによってリスクが大きく異なるというわけだ。
スポーツ事故に詳しい弁護士の望月浩一郎氏によると、「運動会等の事故で法的紛争となるのは、運動会等以外では行われることが稀である競技であり、指導者側に十分な知識と経験がないという特徴がある」という(※1)。そこに保護者や地域住民、先生方など観客の熱狂が加わると、もはや安全は後回しとなり、盛り上がりが優先されてしまう。
そこで、保護者・地域住民をも巻き込む学校の一大イベント・運動会はいかにあるべきか。運動会に見られる特殊な種目を起点にして考えてみたい。
※1 平成28年度スポーツ庁委託事業「スポーツ事故防止対策推 進事業「体育的行事(運動会・体育祭等)におけるリスクの理解(裁判事例等から)」
■フラッグ演目で睾丸の皮膚が裂けた
運動会の種目を広く見渡してみると、むかで競走、騎馬戦、棒倒し、タイヤ奪い、二人三脚(ときに30人31脚)、組体操、玉入れなど、普段の体育では見かけないような独特な種目がたくさんある。
今年5月、兵庫県伊丹市にある公立小学校の校庭で、運動会のフラッグ演目の練習中に、6年生の男子児童が睾丸を負傷し、トイレで20分以上気絶するという事故が起きた。児童が他の児童と旗(フラッグ)を投げ合った際に、約1mの木製の柄の端で股間を打ちつけた。児童は睾丸の皮膚が裂けるケガをして、トイレに駆け込んだ後に20分以上も気絶し、その後に緊急手術を受けたという(※2、3)。
これ以上の詳細は不明だが、非常に特殊な状況下での事故であったと思われる。そして、その特殊性こそが運動会のあり方を象徴しており、どのような事故が起こるかわからないことが、安全対策の検討や普及をより難しくしている。
※2 神戸新聞NEXT「運動会の練習で小6が睾丸を損傷 20分以上気絶し緊急手術『フラッグ』持ち手刺さる 伊丹」
※3 読売新聞オンライン「運動会練習中に男児けが、睾丸の皮膚が裂け緊急手術…学校は市教委に報告せず」
■「むかで競走」の思いがけない危うさ
「むかで競走」もまた、非常に事故が起きやすい競技だ。国立研究開発法人産業技術総合研究所が、2014年度に日本スポーツ振興センターに報告された全国の小中高校での事故約102万件(死亡事故を除く)を分析した結果、むかで競走で負傷したのは2205人で、そのうち482人が足や肩などを骨折、中には頭部を強打して後遺症を負った事例などもある。さらに、倒れた際に首の骨を折って、車いす生活になるようなケースも報告されている。
なお、むかで競争には「小むかで」と「大むかで」がある。「小むかで」は、左右の足をそれぞれ1本のロープや紐で結んだ4~6人程度の列がグランドの半周ごとにリレーを行う競技、「大むかで」とは4~8人列が半周ごとに列の前か後ろにつながって最後はクラス全員25~35人程度でつながりグランド半周または1周する競技だ。
北里大学医学部の東山礼治氏が行った調査によると、「小むかで」と「大むかで」を比較した場合、「大むかで」の受傷率が高く、かつ「大むかで」では20~25人を超えると受傷率が増えるという(※4)。
よく考えてみれば、複数名の足首をロープで結んだうえで前に進むのは、それだけでも十分に危険だ。しかも、早さを競って走れば、事故が起きるのは当然といえる。大人数になればなるほど、下敷きになった場合のリスクも大きいだろう。
※4 平成28年度スポーツ庁委託事業 東山礼治「『むかで競走』に関する事故防止の留意点」
■運動会の花形種目だった「組体操」
さて、2000年代から2010年代半ばにかけては、学校の運動会では花形種目の「組体操」の巨大化が進んだのをご存じだろうか。なかでもとくにピラミッドは、驚くほど巨大化した。私が2010年代半ばに確認した限り、高校では最高で11段、中学校では10段、小学校では9段、幼稚園では6段が組まれていた。
巨大ピラミッドは、基本的な組み方で10段の場合には計151人を要する。一番下の土台を支える生徒は、もっとも負担が大きくなり、1人に3.9人分(中学生で約200kg)の重量がかかる。そして、頂点の高さは7mに達する(※5)。
10段は極端だとしても、7段くらいは当たり前。冷静に考えれば、あまりに無謀だ。
その後、リスクを軽視した組み方と実際の事故の多さにマスコミが注目し、いくつかの自治体は、段数の制限など安全重視の方針を打ち出した。その結果、全国的に組体操は縮小し、事故も大幅に減少した(※7)。
※5 エキスパート Yahoo!ニュース 内田良「組体操 高さ7m、1人の生徒に200kg超の負荷」
※6 エキスパート Yahoo!ニュース 内田良「四人同時骨折 それでも続く大ピラミッド」
※7 エキスパート Yahoo!ニュース 内田良「組み体操の事故35%減少 対策の成果と今後の課題」
■地域のエンタメとしての運動会
このように運動会の各種目を見ていくと、運動会には楽しさや盛り上がり、見栄えのよさを重視したエンターテインメント的要素が強いことがわかる。
日本教育史の研究者である佐藤秀夫氏によると、学校の運動会は、その誕生当初から、村の擬似的な祭りの性格をもっていた。たとえば綱引きは、豊凶を占う神事の一つが発展したものという。開催日は、収穫を終えた秋に設けられ、当日は親戚らをふくめて地域住民がごちそうをもって運動場に集った。運動会は子ども以上に保護者たちを熱狂させたという(※8)。
およそ120年近く前の明治41(1908)年に刊行された『小学校運動会要訣』(国民体育攻究会編)は、まさにこの点に警鐘を鳴らす書物であった。同書が最初に指摘する運動会の問題点は、「今日の運動会が見世物的な傾向をもっている」ことであった。本来、運動会は「参加する児童の体力増進のためにおこなうもの」であるにもかかわらず、観客のための行事と化していることが問題視された。
運動会は明治時代からすでに、対外的な見世物としての性格を有していた。いわば、子どもによる無料のエンターテインメントだ。活動が盛り上がることそのものは、問題ないかもしれない。だが、学校教育として、はたしてエンタメ性を追求する必要はあるのだろうか。そして何よりも、エンタメ性の追求が、安全な活動の妨げになってはいけないと私は考える。
※8 佐藤秀夫『教育の文化史2 学校の文化』阿吽社
■特殊な種目による特殊な事故
日本スポーツ振興センターの「学校等事故事例検索データベース」を検索すると、運動会のための特殊な種目による特殊な事故をたくさん抽出することができる。
たとえば、綱引きに似た種目に「棒引き」というものがある。綱よりも硬い棒を、2つのチームが引き合う。体育祭中に起きた、高校2年の女子生徒の事故では、竹棒を引っ張っていた際に、他の生徒が勢いよく引っ張った竹棒が後方にいた女子生徒の下顎に当たり、醜状瘢痕が残存したという(2021年度障害見舞金給付事例)。
また、私はまったく知らなかった種目で「台風の目」という種目がある。2名以上で1本の長い棒をもって、途中に設置されたコーンを複数周してゴールを目指す種目で、「うずしお」「ハリケーン」とも呼ばれるらしい。「台風の目」では、たとえば中学1年の女子生徒が運動会の練習中に、すれちがったチームの竹の棒が頭に当たって倒れ、顔を地面に打ちつけ、高次脳機能障害が残ったという(2021年度障害見舞金給付事例)。
多くの子どもは、運動会を事故なく終えている。だが、一部とはいえ、無謀な活動のなかで、子どもが擦り傷や骨折などのケガをしたり、場合によっては後遺症が残る事故にあっているのだ。安全最優先のもとで、どう盛り上がるかを考えていくことが、大人の責務である。
■熱中症対策と学校の働き方改革
最後に、今まで運動会は、週末の丸一日を使って開催されることが多かった。ところが、コロナ禍、熱中症、教員の労働環境の是正という3つの大きな契機が、運動会の規模を縮小させた。じつは昨今は、全国各地で運動会の時短化が広がり、午前中だけの半日開催の学校も多い。
第一のコロナ禍は、感染防止を目的とし、学校のさまざまな活動の規模を縮小させた。運動会もその一つである。第二の熱中症については、春も秋も晴れた日にずっと外にいるのは、子どもや教員さらには保護者や地域住民と、参加者全員を熱中症のリスクにさらす。少しでも気温が高くない時間帯にと午前中だけの開催が増えた。
第三の教員の労働環境の是正については、学校は今それぞれに取り組んでいる。運動会の実施種目を削減すれば、そのための事前練習の量も減らすことができ、教員の負担が軽くなる。働き方改革としての効果は、運動会当日だけにとどまらない。
コロナ禍後の今、一部の学校は運動会を終日開催に戻している。だが、熱中症や長時間労働は、健康・安全にかかわる重大事項である。それを踏まえれば、今後も時短運動会を継続することが望ましいと、私は考える。
土曜や日曜を丸一日使った地域のエンタメである運動会は、いよいよ当たり前ではなくなりつつある。それに合わせて改めて、安全対策なき特殊な種目も、そのあり方が問われるべきだろう。
----------
内田 良(うちだ・りょう)
名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授
専門は教育社会学。博士(教育学)。学校リスク(校則、スポーツ傷害、いじめ、体罰、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究を行っている。また啓発活動として、教員研修等の場においての情報提供も。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。
----------
(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授 内田 良)