■トランプ氏とこれまでの大統領との違い
――戦後の日米関係、日米首脳会談の歴史の中でも、やはりトランプ大統領は「異例」の存在なのでしょうか。
【山口航氏(以下敬称略)】政策においても主張においても「異例」であることは間違いないのですが、一方である程度相対化して考えることも必要です。
例えばトランプ大統領は、首脳会談でも共同記者会見でも面と向かって「アメリカの武器を買え」「コメを買え」と要求します。水面下の交渉ではなく誰にでも見える場所でこうした要求をするのは、やはり異例と言わざるを得ません。
ただし、大きな政策の方向性としては、アメリカの大統領が日本の首相に対して貿易や軍事の面で何らかの要求をすることはこれまでにもありましたから、トランプ大統領もその流れに位置付けられるとは言えるでしょう。
貿易面で言えば、トランプ大統領は相互関税をかけるなど、かなり保護主義的な政策を打ち出しています。これはレーガン政権やブッシュ・シニア政権、クリントン政権など、党派を超えてアメリカ政府が続けてきた自由貿易の流れに反するものですから、やはり異例ではあります。
しかし、レーガン政権やクリントン政権も日本に報復関税をかけたことがありました。また第一次トランプ政権、バイデン政権も中国に対して経済安全保障の側面から一部の貿易関係に制限を加える方向に進んでおり、これも保護主義的な要素を含んでいます。その点で、異例に見え、「オバマやバイデンのやったことは全てひっくり返している」かのようなトランプ政権の政策にも、一定の連続性を見ることができます。
ただそれにしても、経済と軍事の話をここまではっきりとリンクさせるのはトランプ大統領ならではです。レーガンやブッシュ・シニアの時代には日米間に激しい貿易摩擦があり、これを良好な安全保障関係に波及させないよう、むしろ経済と軍事・安全保障を分けて考えよう、というのがアメリカ側の意向でした。ところがトランプ大統領はあからさまに経済と安全保障をリンクさせています。
■「アメリカファースト」は米国民の声
――例えば「在日米軍の維持にコストがかかっているんだから、その分、アメリカ製品やコメやトウモロコシを買え」と要求してきますよね。
【山口】これはやはり「トランプ流」でしょう。皮肉を込めて言えば、ある意味では非常に透明性の高い政権です。本来は裏でする話がなんでも表に出てきてしまいますし、しかも本人がSNSに書いたりしますから。
そのうえで言えば、こうした要求についてトランプ大統領自身の個性も大きく影響していますが、一部のアメリカ国民の意識を反映していることも確かです。アメリカ国民の中に「自分たちの国ばかり持ち出しが多く、その割に国民生活は豊かになっていない」という不満がたまっているからこその「アメリカファースト」です。
アメリカのことを第一に考えたら他国を支援している場合ではない、と一部の国民が考えているからこそ、政治がその不満を汲み取っているのでしょう。
こうした意識は日米安保にも影響します。第二次トランプ政権を支える中枢メンバーには、安全保障面で「アメリカはアメリカのことだけを第一に考えて、世界への関与は抑制しよう」という抑制派・MAGA(Make America Great Again)派や、欧州・中東方面ではなく中国方面を優先すべきだという優先主義者がいます。
米社会には他にも「もっと国際秩序の維持に関与すべきだ」という優越主義者と呼ばれる人たちもいますが、トランプ政権内にはほとんどいません。
■オバマ政権から強まった流れ
現在、政権内では抑制派と優先主義者が駆け引きをしており、抑制派の流れが強まっている状況にあります。これはアメリカの同盟国である日本にとってはかなり大きな問題で、アメリカが国際秩序への関与から退いていくことになれば、軍事面で「アメリカに見捨てられるのではないか」という恐れが膨らんできます。
アメリカが世界から退いていく流れはトランプ政権に始まったことではなく、「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したオバマ政権からその傾向が強まっています。
トランプ大統領の任期が終わる2029年以降、この流れが再び「世界に積極的に関与するアメリカ」に戻るかは疑問です。内政と同様に、退きつつあるアメリカはアメリカ国民自身の声の反映でもありますから、数十年単位のスパンで見ていかなければならない現象なのだろうと思います。
■石破トランプ会談がうまくいったワケ
――9月頭に自民党総裁辞任を表明した石破首相は、もともとは対米自立派でしたが、在任中は持論を封印していました。2月7日に行われたトランプ大統領との会談でも「大統領は神様から選ばれたと確信したに違いない」と、らしくないヨイショをしていました。
【山口】この会談は「石破首相とトランプ大統領は相性が悪いのではないか」と始まる前から危ぶまれており、期待も低かったのですが、2人が笑顔で会談を終えたということで、ひとまずは「成功だった」と評価されています。
というのも、そのすぐ後の2月28日に行われたトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の首脳会談が、カメラの前で言い合いになるというまさかの状況になったことも影響しています。まかり間違えば石破・トランプ会談もトランプ・ゼレンスキー会談のようになっていた可能性もあったわけです。
ではなぜうまくいったのかと言えば、二つの理由が考えられます。
一つは、日米関係はアメリカとウクライナの関係に比べて、経験とノウハウを蓄積しているということです。ウクライナは1991年までソ連を構成する共和国のひとつでしたから、アメリカとの首脳会談の経験やノウハウが必ずしも蓄積されていません。
トランプ・ゼレンスキーという二人だったからか、あるいはアピールになると考えたのか、いきなりカメラの前で機微な話を始めてしまったことも裏目に出てしまいました。
■握手のウラにある30時間の打ち合わせ
――日本の場合、そうした蓄積は政権が変わっても受け継がれているのですか。
【山口】そこはやはり官僚組織がしっかりしていますから。石破・トランプ会談でも、安倍政権時に通訳を務めトランプ大統領からも評価の高かった外務省の高尾直氏が通訳しました。通常、日米首脳会談については官僚や官邸スタッフが分刻みのシナリオを作って、アメリカ側と発言内容の方向性まで打ち合わせています。
すべてではありませんが、「日本の首相がこう尋ねると、アメリカの大統領はこう答える」という、まさに台本で、その通りの受け答えをするセレモニーに近い要素もあります。もっとも、トランプは事前の官僚の打ち合わせを無視することも多いそうなので、この点でも異例と言えるでしょうが。
もう一つが、そうした蓄積に裏打ちされた準備です。石破首相もトランプ大統領との会談に臨む前に30時間も準備に充てたと言われています。
特に面白いことに、トランプ大統領との握手の仕方を綿密に研究し、第一次からのトランプ大統領の各国首脳との握手の場面の写真を並べて、どんなふうにすればうまく握手できるかを練習したそうです。
どういう発言をすれば相手が気分をよくするかも考えに考えて、「神に選ばれた」というような発言もしたのでしょう。
■トランプが意識する26年の中間選挙
――次にトランプ大統領に会うのは日本の新首相になりますね。
【山口】政府としての経験やノウハウ、準備は抜かりないと思いますが、新首相には日米首脳会談の準備をする余裕があまりないかもしれません。
さらに、時期的にトランプ大統領は2026年11月の中間選挙を意識しています。トランプ政権の支持率は芳しくありませんし、そもそも2006年以降、中間選挙では特に下院で大統領の党が負けるという結果が続いており、次回の中間選挙も同様の結果になるのではないかとみる専門家が多い状況です。
となるとトランプ大統領は成果を出して支持率を上げなければなりませんし、中間選挙で仮に共和党が負けた場合には、現在のトリプルレッド(大統領、上院・下院の多数が共和党という状況)が崩れ、内政では議会の反対を受けて政策が進みにくくなります。
仮に中間選挙で負けると、残りの2年は議会の制約を受けにくい外交でより目を引く成果を上げようとするでしょう。それが世界にとってどんな影響をもたらすか、という話になります。
■「日本はアメリカに逆らえない」というイメージ
――日本への「防衛費増」「米軍駐留経費増」といった要求は強まりそうですね。日本の一部からも「アメリカの言うなりになるな」という反発が出ることになりそうですが……。
【山口】防衛費に関して言えば、先の石破・トランプ会談時の日米首脳共同声明に具体的な数字を入れるようアメリカ側は要求したそうですが、日本側が拒否したと報じられています。
――しかし世論の一部には「日本はアメリカに逆らえない」というイメージが残っていますね。
【山口】戦後、日米関係には「対称性」と「対等性」の二つの議論が混在してきた、と私は考えています。ここでの対称かどうかというのは形式の問題である一方、対等かどうかというのは認識の問題です。二つは異なるものですが、これが同一視されてきたことで、話がややこしくなっています。
防衛協力で言えば「アメリカが軍隊を出すのだから、日本も自衛隊を出すべきだ」というのは相互の役割を“対称”にするものですが、これが仮に実現しても、だからと言って必ずしも“対等”な関係になるとは言えません。
例えばNATOは加盟国に集団防衛義務があり、アメリカが攻撃を受ければNATO加盟国が反撃に加わることになるという、お互いがお互いを守り合う対称的な関係にあります。ところが各国は「お互いに対等な関係だよね」と満足しているわけではありません。欧州側もそうですが、アメリカ側も同様で、トランプ大統領は「NATO諸国はもっと防衛費を増やせ」とハッパをかけています。
また逆に言えば、対等な関係になるためには、果たす役割を同じにすることが必要不可欠というわけでもないと考えます。そもそも、戦後圧倒的な力を持っていたアメリカと、完全に対称的な同盟国はありません。
いろいろと不満を持ちながらもアメリカのパワーを頼みにしていて、アメリカからの要求には「対等ではない」と反発を覚えながらも、いざアメリカが退くとなれば慌てざるをえないのが現実です。
■対称性、対等性をもっと考えるべき
――この先の日米関係の展望はいかがですか。
【山口】日本は退きつつあるアメリカに対して、日米の二国間だけではなく、日米豪印というQUADの枠組みなどによってインド太平洋地域の安定を図ろうとしていますし、トランプ政権もその方向性はなんだかんだ言いながらも共有しています。
石破・トランプ会談後に発表された共同声明の内容もかなりオーソドックスなもので、多くは第二次安倍政権以降の歴代の日米首脳による共同声明を踏襲するものでした。
今後も、日本が防衛費を増額して、やれることを増やしていくという方向性は変わらないと思います。しかし限界はありますから、アメリカと全く同じ役割を同じように果たすことはできません。
そこで防衛装備・技術協力、宇宙・サイバー空間での協力、経済的な側面、エネルギー政策、さらに多国間協力など、幅広くパッケージングしてバランスを取っているわけですが、こうした協力の範囲が増えていくと、日米関係がより複雑化します。しかしこうした複雑な状態をトランプ大統領がどこまで理解するかは未知数ですし、また両国の国民にとってもより分かりづらいものとなります。
日米同盟には国民の支持が欠かせません。支持がなくなれば同盟は崩壊します。まずは日米同盟について、対称性、対等性の問題も含めて冷静に理解することが重要だと思いますが、一般的な学校ではなかなか教えづらい。そこに陰謀論や極端な解説が入り込む余地があります。
近々、複数の研究者と共同で執筆した、山口航編著『日米同盟史』(法律文化社)が出版されます。日米同盟の通史を、対称性と対等性という観点から論じた書籍です。日米同盟に関する単純化された理解を超える、より建設的な議論の一助になればと願っています。
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山口 航(やまぐち・わたる)
帝京大学法学部准教授
神戸市生まれ。同志社大学法学部3年次退学(飛び級で同大学院入学)。同大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(政治学)。スタンフォード大学客員研究員、同志社大学アメリカ研究所助教などを経て、現職。専門は日米関係史、安全保障論、国際政治学。
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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(帝京大学法学部准教授 山口 航、ライター・編集者 梶原 麻衣子)