■大義名分なき伊東市議選が告示
田久保真紀・伊東市長の大義名分なき解散を受けた伊東市議会選挙(定数20)が10月12日にスタートした。
田久保氏はことし5月25日、自民党系の現職を破って初当選したが、6月上旬に東洋大学の最終学歴を詐称した疑惑が浮上した。
田久保氏は7月の会見で「東洋大学除籍」を明らかにしたが、「経歴詐称ではない」と主張して、自ら辞職することも撤回した。議長らに“チラ見せ”した「卒業証書」とされる書類の提出も拒み、伊東市政の混乱は泥沼にはまり込んだ。
このため、伊東市議会は9月定例会の初日となった9月1日に田久保氏の不信任決議案を全会一致で採択した。これに対して、田久保氏は辞職・失職を拒否して、10日に議会を解散した。
自身の不祥事にもかかわらず、議会解散を選択したことに何らの大義名分はなく、「市長の椅子に居座ることだけが目的だ」と市民らの反発と批判を受けている。
田久保氏を「市長の椅子」から引きずり下ろすためには、新たな伊東市議会が再び不信任決議を突きつけるしかないのだ。
■田久保派が「不信任を阻止」は絶望的
議会解散から約1カ月後、全国から注目を集める出直し市議選には前職18人、新人12人の30人が立候補した。1週間の選挙戦を経て、10月19日の投開票で新たな顔ぶれが決まる。
今回の選挙戦の最大の争点は、田久保氏を支持するのか、辞めさせるかだ。
田久保氏が失職を回避するには、支持派の市議7人以上を当選させる必要があるが、結局、前職18人を含めて、26候補が田久保氏に再度、不信任を突きつける意思表示をしている。つまり、態度を明らかにしていない候補を含めて、田久保氏の支持派は最大でも4人に過ぎない。それでは、田久保氏側は何の抵抗もできない。
■田久保市長の「延命」を可能にする「秘策」
市議選後には臨時会の開催が予定されている。臨時会が開催されれば、新議長らの選任を経て、今回の市議選費用約6300万円、台風15号による復旧費用約3500万円など補正予算約2億円の専決処分を承認する。
さらに、今回の市議選の最大の目的とも言える、市長不信任決議案が再度提出されることになる。全議員の3分の2以上が出席し、過半数の賛成で可決されれば、晴れて田久保市長は失職、50日以内に市長選が行われる。
田久保氏の支持派を4人とみなして、仮に4人全員が当選して議会を欠席したとしても、議長を含めて他の16人の出席で3分の2以上となり、不信任は再可決されることは間違いない。
これでは、選挙結果の出る前から田久保市長の失職は決まったようなものである。予定通りにいけば、11月早々には新たな市長選の日程が決まり、ことし中には市長選が行われ、新体制が始まるはずである。
ところが、そうは問屋が卸さない。田久保氏はこのまま市長の椅子に当分の間、居座る可能性が十分に高いと見られる。
■臨時会の開催を拒否しても罰則規定がない
国会であれば、憲法で内閣は衆院解散による総選挙後30日以内に会議(特別会)を召集することが決まっている。
しかし、地方議会の場合、臨時会開催についてそのような規定がないのだ。
地方自治法101条では、議員定数の4分の1以上の者が、首長に対して会議に付議すべき事案を示して臨時会の招集を請求することができるとしている。
議員からの請求があれば、首長は請求日から20日以内に臨時会を招集しなければならない。ただ、臨時会開催の請求に首長は応じる義務はあるが、たとえ拒否しても罰則規定はない。
だから、いくら全議員はじめ多くの市民から臨時会の強い要請があったとしても、知らんぷりでだんまりを決め込むことができてしまうのだ。
■議長が臨時会を招集することもできない
そのような場合を想定してか、2012年に地方自治法が改正され、首長が臨時会を招集しない場合、議長が招集できるようになった。
しかし、おわかりのように、田久保氏が解散してしまった伊東市議会は現在、議長は不在であり、臨時会で新議長を決めるところから始めなければならない。もし、首長が臨時会開催の要請を拒否してしまえば、議長不在が続き、どうにもならないわけだ。
議長がいない場合の例外規定はないのか?
2012年の地方自治法改正に当たり、もし議長が不在の場合、都道府県の議会は総務大臣、市町村の議会は都道府県知事が招集できるという案が検討されたが、地方からの反対で盛り込まれなかった。今回のような異常事態を想定していなかったのだ。
国、県が是正勧告などの行政指導を行ったとしても強制力はないだけに、首長が聞く耳をもたなければ、どうにもならない。
つまり、臨時会の開催を田久保氏が拒否してしまえば、市長の椅子へそのまま居座ることが可能なのである。
■市議選前に臨時会の招集方針を決める「異例」
そんな事情を見越して、伊東市は10日、田久保市長をはじめ幹部職員による政策会議を開き、臨時会を今月31日に招集する方針を決めた。これは異例中の異例である。
通常であれば、新しい議員が決まったあと、臨時会の日程などを決める。かたちの上では、臨時会開催は議員たちが首長に請求することになっているからである。しかし今回の場合、手回しよく、行政側が31日に臨時会開催の方針を決めたのである。
臨時会では新議長らの選任、専決事項の承認など重大な事案があるから、いくら自身の不信任決議につながるとしても臨時会開催を拒否できないと田久保氏も異論を唱えなかったのだろう。
そもそも田久保氏が地方自治法の規定に精通しているとは考えにくい。だから伊東市幹部らは、田久保氏が関係者らと相談をする前の10日に急きょ、31日の臨時会開催を機関決定のように決めてしまいたかったようだ。
伊東市にとっては最善の策なのだろうが、それがすんなりと通るとは限らない。
これまでの田久保氏周辺の動向を見ていけば、地方自治法の規定を顧問弁護士らが詳しく調べるだろうから、臨時会開催を市長が拒否できることもわかってしまうだろう。
■臨時会開催は田久保市長の一存に任されている
地方自治法の不備で言えば、今回の議会解散も同じである。
地方自治法は、不信任決議を受けた首長に議会解散権を認め、解散しないときには失職すると定めている。首長の不祥事に伴う不信任であれば、議会解散には大義名分はなく、首長選で民意を問うのが適切な対応である。
それなのに、田久保氏は議会解散を選んだ。その理由を、「重要な議会での審議や採決が初日で放棄された」と議会側を批判し、議会最終日の不信任であれば失職を選んでいたとの発言を行っている。自己保身のためには何ともで言えるのである。
つまり、地方自治法の不備をついた議会解散を平気で行い、1日でも長く市長の椅子に居座りたいのが田久保氏の本音なのだろう。
31日に臨時会を開催するとしたのは仮のスケジュールでしかない。市議選を終えて、新たな議員の顔ぶれがそろってから諮り、24日に告示することになる。
地方自治法では、臨時会を招集する権限を首長に与えている。新しい議員全員が要請したとしても、田久保氏が臨時会の招集に応じなければ、臨時会は開催されない。
つまり、臨時会が開催されるのかどうかは、田久保氏の一存に任されている。臨時会が開催されれば、田久保氏は不信任決議を突きつけられ、失職が決まるのである。
■刑事告発された田久保市長が「延命」を図っても不思議ではない
田久保氏には学歴詐称疑惑の公選法違反、市議会百条委員会への出頭拒否、記録提出拒否、証言拒否、虚偽証言の4件については地方自治法違反、さらに偽造有印私文書等行使の疑いなどで伊東警察署に告発され、すべて受理されている。
もし、公職を外れた場合、警察への任意の出頭、それを拒否した場合、逮捕拘束などの可能性もある。
とすれば、1日でも長く市長の椅子に座り続けることを選ぶ可能性が高いだろう。つまり、だんまりを決め込み、臨時会の招集を拒否するのである。
■田久保市長の決断を待つしかない
本人出席の上で決めた31日の臨時会開催を田久保氏が本当に承諾するのかどうか、いまのところ、誰にもわからない。
結局、12月1日から始まる予定の12月定例会まで待たなければならないかもしれない。
総務省に問い合わせても、現行の地方自治法では首長の権限を制限することはできないという。いかに選挙で選ばれた首長の権限が強いのかがわかる。
ただ臨時会ではなく、12月定例会に不信任決議案が持ち越されたとしても、いずれ出直しの市長選は避けられない。
田久保氏との一騎打ちで田久保氏に約1800票差で敗れた前市長の小野達也氏、今回の市議選を見送った前市議の杉本憲也氏らが市長選への出馬を表明している。田久保氏も自身の正当性を訴えて、再選を目指すことをほのめかしている。
人口6万4000人の伊東市長選だが、田久保氏が出馬することで、全国的な注目を集めるのは間違いない。
伊東市当局は猫の首に鈴をつける思いで31日の臨時会開催の方針を承認させた。それだけでなく、田久保氏が24日の告示までに態度を豹変させないよう何らかの楔を打たなければならない。
いつ「田久保劇場」が幕を下ろすことになるのか? まずは臨時会の開催についての田久保氏の決断を強く迫るしかない。
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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)