※本稿は、山本大平『最強トヨタの最高の教え方』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■トヨタは「合理性の理想郷」と思っていた
私が新卒でトヨタの門を叩いたのは、ある種の確信にも似た「野心」があったからです。世界最強と謳われるこの企業で、こんなちっぽけな自分でも、成長して世の中に喜ばれるような仕事を残したい。そんな青いけれども、真剣な情熱を胸に抱いていました。
学生時代の私は、論理と数式で世界の成り立ちを理解しようとする典型的な理系の研究者でした。物事には必ず法則があり、複雑に見える事象も分解して体系化すれば、必ずシンプルな構造として理解できると信じていました。
そんな私にとって、入社前のトヨタのイメージはまさに「合理性の理想郷」でした。
■どこまでも泥臭い、人間臭い世界
そして、私が書籍で学んだ「トヨタ生産方式」は、生産という複雑極まりない活動を「ジャストインタイム」と「自働化」という2本の柱を軸に、見事なまでに論理的なシステムとして構築しきっているように見えました。
そこには、曖昧な精神論や個人の才能に依存するようなウェットな要素は一切なく、ただただ純粋な合理性だけが存在しているように感じられたのです。そのため、この完璧なシステムを動かす「思考のOS」ともいえる「型」を誰よりも早くマスターして、それを自在に使いこなすことが、エンジニアとしての最初の目標でした。
そうすれば、この偉大なシステムの一部として確実に成果を出せるはずだ。私は、本気でそう信じていました。
目の前に広がっていたのは、およそスマートとは程遠い、どこまでも泥臭く、人間臭い世界だったのです。
■怒鳴る「オヤジさん」とぶつかり合う日々
「おみゃー、何やっとるだ!」
「そんなこともわからんのか!」
工場内に飛び交うのは、私がそれまで耳にしたことのない独特のイントネーションを持つ三河弁の怒号です。声の主は「オヤジさん」と、ある種の畏敬の念と親しみを込めて呼ばれる、その道一筋何十年という百戦錬磨の現場の猛者たち。
その怒号に必死に食らいつくように反論しているのは、他でもない、そんなリアルを知らずにやってきた私のような頭でっかちの大卒のエンジニアでした。
工場には、創業者・豊田喜一郎の言葉である「よい品よい考」というスローガンが、まるで道場の訓示のようにデカデカと掲げられています。「良い製品は、良い考えから生まれる」という意味です。
しかし、その崇高な理念を実現するためのプロセスは、私の想像とは大きくかけ離れたものでした。トヨタの現場では、理路整然なスマートな議論が淡々と行われているわけではなく、完成された業務フローや、詳細な意思決定マニュアルが存在しているわけではなかったのです。
そこにあったのは、たとえば、設計図の1本の線を巡って、オヤジさんや開発エンジニアが、互いのプライドと経験をかけて感情をむき出しにしてぶつかり合うという極めてウェットで、一見すると「非合理」なコミュニケーションと思える光景でした。
■「なぜこんなに感情を剥き出して議論するのか?」
私はその光景に大きな衝撃を受けました。学生時代に私が学んだ科学の世界は、客観的なデータと論理に基づいていました。
なぜもっと感情を抑えて議論をしないのだろうか?
なぜこれほどまでに属人的で、再現性のないように見えるやり方で、あれほどまでに精密なクルマが生み出せるのだろうか?
トヨタという会社は、スマートな「スタイル」に頼るのではなく、個人の熱量や部門間の衝突という、極めてコントロールが難しく不安定なものに、その強さの根源を委ねているように見えました。
私はこの非合理に見える強さの正体に、言いようのない不思議さと大きな矛盾を感じずにはいられませんでした。
■「答えを教えない」という文化
私がトヨタに抱いた「違和感」は、現場の泥臭さだけではありませんでした。それ以上に若かりし私を戸惑わせたのは、所属部署の開発チームにいた上役たちの、独特としかいいようのないコミュニケーションの取り方でした。
ひと言でいえば、トヨタでは安易に「答え」を教えるといった場面はなかったのです。
私が何か質問をしても、誰も直接的な答えが返ってきたことはなかったように思います。たとえば、日常的なやり取りでも、「A部品の過去の図面はどこに保管されていますか?」と尋ねても、「ああ、それはBキャビネットの3段目だよ」といった答えは返ってきません。返ってくるのは、いつも「君は、その図面を見て何が知りたいんだ?」という質問に対する質問でした。
当時の私には、これがひどく非効率で意地の悪いものに感じてしまったくらいです。保管場所さえ教えてくれれば10秒で済む話なのに、なぜこんな禅問答のような時間を過ごさなければならないのか。
■若手に「目的志向」を叩きこもうとしていた
これもまた、トヨタの「教え方」の一つだったのかもしれません。
彼らは私が「図面の保管場所」という目先の「答え」にたどり着くことよりも、「そもそもなぜ自分は、その情報を必要としているのか」という行動の「目的」を自問自答するプロセスの方を重要視していたように思います。
「なぜ?」という問いを投げかけることで、私にこの「目的思考」をまさに骨の髄まで叩き込もうとしてくれたのだと思います。保管場所を教えるという安易な行為は、その貴重な思考のトレーニングの機会を若手から奪ってしまうことも知っていたのだと思います。
この「答えを教えない」というある種の文化は、私が何か新しい業務改善案を提案した時にその真価を最大限に発揮しましたが、当時のまだ幼い私にとっては真価どころではなく、「困難」の状態で留まることが多かったと思います。私がどれだけ自信のある提案を持って行っても、上役たちはその内容の是非には一切触れず、ただひたすら「なぜ?」の質問攻めを繰り返すのです。
「なぜ、これをやる必要があるんだ?」
「その結果、誰が一番喜ぶんだ?」
「他の選択肢は検討したのか?」
■「なぜ?」「なぜ?」と質問する真意
なぜ、これほどまでに私の思考の粗を探し出そうとするのか。当時はその真意を測りかねていました。いま振り返ると、この「なぜ?」もまた、トヨタの一つの現れだったのかもしれません。
トヨタは、私にこれらの思考法を「知識」として教えるのではなく、具体的な提案に対する「問い」という形で、私自身の頭で考え、実践させようとしていたのではないかと。それは、魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるという古くからの格言を、まさに地で行くようなアプローチでした。
私がトヨタの現場で日々直面していたのは、「この会社では自分の頭で考えなければ、一歩も前に進めない」という極めてシンプルで、当時の私にとってはあまりにも厳しい現実だったのです。
■「利益を上げるには?」に隠された強さ
入社して2年目の研修でもそれを象徴する出来事がありました。
「君たち、利益とはどうすれば生み出せると思うかね?」
そして私が指名されました。
「では、山本さんはどう考えますか?」
私はいわば数式通りの回答を述べました。
「利益とは、売上から原価を引いたものです。したがって、利益を生み出すためには、自社の製品やサービスに市場で優位性を持たせて、売値を上げればいいのではないでしょうか?」
経営学の教科書に最初に書かれている普遍の真理ですから、完璧な答えのはずでしたが、その答えを聞いた講師の表情は一瞬にして曇りました。
そして次の瞬間、今でもトラウマになっている一言が、私に突きつけられたのです。
「あなたは何もわかってませんね」
私は頭の中が真っ白になりました。講師の視線が鋭く私に突き刺さるのを感じました。
講師はさらに言葉を続けます。
「いいですか。トヨタでは利益を出すために、売値を上げようなどとは考えません。売値は世の中が決めます。
一瞬、研修会場がザワつきました。おそらく周囲の同期たちも私の答えは間違っていないと思っていたようです。周囲を見渡すと、不穏な顔になった同期もいたり、キョトンとしている同期もいたと思います。
私は反論しました。
「でもそれって綺麗ごとではないでしょうか?ビジネスで儲けることは悪なのでしょうか?」と。
しかしその講師は言いました。
「いずれ、あなたにもわかる日が来るでしょう」と。
そして、やはりここでも明確な説明はありませんでした。
■「利益」とはなにか?
今から思うと講師のこの問答は、トヨタという企業の根幹をなす「思想」と「哲学」に対する冒涜者への断罪だったように思います。
これは、今の私なりの答えですが「利益は後から付いてくるもの」というような気がしています。あのとき何もわかっていなかった、あるいは今もわかっていないかもしれませんが、自分で会社を創業して経営者としてたくさん壁にぶつかった今だからこそ、そう感じるのです。
「利益は後から付いてくるもの」だと。
なぜ、あのとき「売値を上げて利益を増やす」という考えを否定されたのか?
なぜ、あの講師は「売値は市場が決める」という、受動的にも思える思想を、頑なに大切にしていたのか?
あのときの経験は、私の思考の旅の次のステージの扉を開ける、新たな「根源的な問い」となりました。そしてこの問いの答えを求めるプロセスこそが、私がトヨタの強さの本当の源泉、つまり水面下に隠された「強さ」の存在に気づくきっかけとなったように思います。
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山本 大平(やまもと・だいへい)
戦略コンサルタント/データサイエンティスト
2004年に新卒でトヨタ自動車に入社し長らく新型車の開発業務に携わる。トヨタ全グループで開催されるデータサイエンスの大会での優勝経験を持つほか、副社長表彰・常務役員表彰を受賞する。その後、TBSテレビへ転職。『日曜劇場』『SASUKE』『レコード大賞』 などTBSの注力番組のマーケティングを数多く手掛ける。さらにアクセンチュアにて経営コンサルタントの経験を積み、2018年に経営コンサルティング会社F6 Design社を創業。トヨタ式問題解決手法をさらにカイゼンし、統計学を駆使した独自のマーケティングメソッドを開発。企業/事業の新規プロデュース、企業リブランディング、AI活用といった領域でのコンサルティングを得意としている。さらに近年では組織マネジメントや人材育成といった人事領域のコンサルティングにも注力。
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(戦略コンサルタント/データサイエンティスト 山本 大平)

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