■「鉄道の定義」を入れ替える企業が生まれた
JR東日本が本年7月に掲げた長期ビジョン「勇翔2034」が、静かな熱を帯びて受け止められている。それは、単なる10年計画でも、投資計画でもない。この構想が意味するのは「鉄道とは何か」という問いそのものの再定義である。
かつて鉄道は、人と都市を結ぶ“移動のインフラ”だった。しかし、いまJR東日本が見据えるのは、人と時間をつなぐ“感動のインフラ”である。レールの上を走る企業が、“時間そのものを設計する企業”に変わろうとしている。
「高輪ゲートウェイの都市OS」「Suica Renaissance(ルネサンス)」「地域みらいブレインリンク」は、その挑戦を鮮明に映す未来の地図である。
駅は“都市のOS”へ。
Suicaは“生活のデバイス”へ。
そして地域は“共創のエコシステム”へ。
JR東日本はいま、レールを敷くだけの企業から、社会をつなぎ直す“時間の設計者”へと変貌しようと目論んでいる。
■JR東日本が示したビジョン「勇翔2034」とは
「勇翔2034」が掲げるのは、“鉄道中心のインフラ発想”から“ヒト起点のライフデザイン”へのシフトである。同社はこの変化を、「ライフスタイル・トランスフォーメーション(LX)」と呼ぶ。
「ヒト起点のマーケットインの視点で、ライフスタイル・トランスフォーメーション(LX)という新たな価値を創造し、安心と感動をステークホルダーにお届けします」(2025年7月2日 グループ経営ビジョン「勇翔2034」説明会資料)
この文言には、3つのキーワードが記されている。「ヒト起点」「感動」「トランスフォーメーション」。つまりJR東日本は、モビリティを超えて“時間と心の体験”を再構築する企業へと進もうとしているのだ。
そして、その設計思想の根幹にあるのが「二軸経営」である。
一軸目:モビリティ
二軸目:生活ソリューション
信頼と誠実さという組織文化を基盤に、リアルとデジタルを融合し、都市・地方・世界・宇宙へと価値創造のフィールドを広げる。鉄道会社としての延長線ではなく、社会インフラ企業としての次元上昇が始まっている。
■鉄道の会社から「時間の会社」へ
「勇翔2034」はまた、“安全”の定義を進化させたビジョンでもある。安全を経営のトッププライオリティとして堅持しながら、“究極の安全”から“お客さま視点の安心”へという方向性を打ち出した。
それは、物理的リスクを下げるだけでなく、心理的・時間的な安心を提供する経営への転換である。安全を守るだけでなく、安心を感じさせる――ここに、JR東日本の新しい使命がある。
「安全」は条件であり、「安心」は体験であり、「感動」は成果である。その三層を統合的に設計することが、JR東日本の“時間の経営”である。
世界中で、交通事業者がデータとテクノロジーを軸に変革を進めている。しかし、JR東日本の変革はそのどれとも異なる。同社が目指しているのは、“移動の高速化”ではなく、“時間の質の最適化”である。
都市OSは、駅・街・人・企業のデータを統合し、時間の流れ方を制御する。Suicaは、日常生活の中で時間の無駄を減らし、ゆとり時間を創出する。地域みらいブレインリンクは、地域経済と人々の時間を再編集する共創の時間基盤である。
鉄道が物理的な距離を縮めてきた時代から、時間を豊かにする“生活のOS”をつくる時代へ――。それが「勇翔2034」が意味する産業構造の転換である。
■これからの日本経済を支えるもの
JR東日本が描く未来像は、もはや鉄道業界の枠を超えている。
人々の移動、暮らし、働き方、地域経済――。これらはすべて時間の使い方に集約される。JR東日本がレールの上だけでなく、時間の上で社会を動かそうとしているのは、効率の時代を超えた意味の時代を見据えているからだ。
かつての日本経済を支えたのは、モノの移動を速める仕組みだった。これからの日本社会を支えるのは、人の時間を豊かにする仕組みである。JR東日本は、その最前線に立つ“時間産業のパイオニア”を目指しているのだ。
私が注目するのは、JR東日本が“鉄道の会社”というアイデンティティを超えようとしていることだ。都市OS、Suica、地域みらいブレインリンクという三層構造は、すべてが時間の体験価値を中心に設計されている。
鉄道が距離を縮める技術だった時代を経て、いまは時間を拡張するテクノロジーの時代が来ている。JR東日本は、その先頭で時間をデザインする“社会OS企業”へ進化しようとしている。
レールの上を走る企業から、時間の上を走る企業へ。
■駅も列車もSuicaも生まれ変わる
逆説① “人を運ぶ会社”が、“人の時間”を創り出そうとしている
JR東日本が掲げる「勇翔2034」の核心は、鉄道会社という存在の再定義にある。これまでのJR東日本は、大量・正確・安全に人を運ぶことを使命としてきた。だが、その時代は明らかに変わりつつある。同社はいま、“移動の効率化”から“時間の豊かさ”の設計へと大転換している。
先に、「ヒト起点のマーケットインの視点で、ライフスタイル・トランスフォーメーション(LX)という新たな価値を創造し、安心と感動をお届けする。」(2025年7月2日 グループ経営ビジョン「勇翔2034」説明会資料)を引用した。この言葉は、同社の長期ビジョンが交通事業の延長線ではなく、人間の時間をどう再構築するかという社会構想であることを示している。駅も列車もSuicaも、そのための“時間装置”へと生まれ変わろうとしている。
■「高輪ゲートウェイ」はどこがスゴイのか
JR東日本が“時間デザイン企業”へと進化する象徴が、高輪ゲートウェイの都市OS構想である。都市OS「TAKANAWA GATEWAY URBAN OS」は、鉄道運行データ(列車位置・混雑・改札通過情報など)と、街の商業・オフィス・レジデンスデータをリアルタイムで統合・分析するプラットフォームだ。
この基盤をもとに、防犯・混雑予測・イベント誘導・商業活性化・ロボット制御などが連動する。
駅はもはや通過点ではなく、“滞在と体験の場”へと変わる。人が移動するたびにデータが蓄積し、AIが“その時・その場所・その人”に最適な提案を行う。都市そのものが時間の流れを編集するOSになるのだ。
この発想は、鉄道会社として初めて“時間デザイン企業”へと踏み出した挑戦である。
■Suica×AIでこれから起きること
もう一つの軸が「Suica Renaissance(ルネサンス)」である。Suicaはこれまで、交通と決済のインフラとして日本のモビリティを支えてきた。しかし、今後のSuicaは、“生活のデバイス=生活OS”として進化する。
「お客さまに不可欠な移動、決済、地域といった様々な生活シーンにおける新たな体験やDXの提供を目指します」(2024年12月10日付JR東日本ニュース)
この言葉の通り、Suicaは交通手段の域を超え、行政サービス、商業施設、イベント、観光、医療、教育まで――日常生活のあらゆる時間に関与するプラットフォームとなる。
Suicaが蓄積するデータは、地域経済や個人行動の“時間ログ”でもある。AIがこれを解析し、ユーザーに最適な“時間提案”を行う未来が見えている。お待たせしない駅、迷わせない街、つながり続ける一日。
高輪ゲートウェイを核とする広域品川圏の開発では、「ナイトタイムエコノミー」が戦略的テーマとして打ち出されている。“時間×感情の経済”だ。
昼間の効率的な移動だけでなく、夜間の文化・癒し・出会いの時間をどう演出するか。そのために駅前広場や水辺空間をライトアップし、夜の街を時間を楽しむ舞台として再設計している。「安心で・上質で・豊かな」充実した夜の時間の過ごし方が提案されているのだ。
時間の価値を昼間の生産時間だけに限定せず、人生の体験時間そのものへ拡張する思想がある。これこそ「勇翔2034」の核心である「ライフスタイル・トランスフォーメーション(LX)」であり、“移動の会社”から“時間デザイン企業”へのシフトを意味している。
■人の時間を再設計する社会OSとは
この時間志向は、組織改革にも及んでいる。JR東日本は2026年、人事制度・賃金制度の改定、組織再編を予定している。狙いは明確だ。“鉄道運行の時間効率”中心の文化から、“人の時間の価値”中心の組織へ転換することだ。
運行の正確さを支えてきた職人気質のDNAを保ちながら、人の成長・学び・挑戦の時間を保証する組織へ。この発想は、まさに時間の再配分という企業文化改革である。
JR東日本は、鉄道会社という物理的インフラ企業の殻を破ろうとしている。同社が創ろうとしているのは、単なるスマートシティでも、データ企業でもない。それは、“人の時間を再設計する社会OS”である。
鉄道が距離を短縮するだけの時代は終わった。これからの鉄道は、人の時間を豊かにする“感情と体験のインフラ”になる。
“人を運ぶ会社”が、“人の時間”を創り出す――レールの上を走る会社から、時間の上を走る会社へ。これが、JR東日本の第一の逆説である。
■「ハードインフラ」という強みが変わりつつある
逆説② “ハードの会社”が、“ハートを動かす会社”を目指している
JR東日本の強みは、言うまでもなくハードインフラにある。数万キロに及ぶ鉄路、数千駅の拠点、車両群、変電・制御システム。だが、喜勢陽一社長が率いる現在のJR東日本は、そのハードを極めたうえで、あえてハート(心)へと踏み込もうとしている。JR東日本は、高輪ゲートウェイで進む「TAKANAWA GATEWAY URBAN OS」を基盤にして、“感動を生み出す経営”を志向する。
「今までのSuicaの当たり前を超える」、「当たり前を超えて、心豊かな生活を創る」
これらが示すのは、技術の目的が便利さから心の豊かさへ移行しているという事実だ。JR東日本は、まさに感情を設計するインフラ企業に変わりつつある。
高輪ゲートウェイを核とする「都市OS」は、単なるデータ統合基盤ではない。鉄道運行データと街の商業・オフィス・レジデンス情報を統合し、“街の呼吸”をリアルタイムで感じ取る感性システムを目指している。
混雑や滞留を検知して照明や空調が自動調整される。人流データとイベント情報をもとに、駅前のアートフェスやナイトイベントを最適化。そこにあるのは「効率」ではなく、人が心地よく過ごす時間を設計する思想だ。
街はハードの集合体ではなく、感情のプラットフォームになる。“駅を通過する”から“駅で感動する”へ――。「都市OS」が目指しているのは、まさに技術で人の心を動かす新しい社会設計である。
■技術が「冷たい合理性」から「温かい共感」へ
「Suica Renaissance(ルネサンス)」は、技術インフラを感情のインターフェースに変える壮大な実験だ。交通・決済・地域の三軸を横断するSuicaは、いまや「えきまち」をつなぐ生活のOSへ進化している。
駅の改札を抜けるだけで、街アプリが近隣イベントを知らせ、地域店舗が電子クーポンを発行し、観光地がナビゲーションを行う。つまりSuicaは、人の感情と地域の温度をつなぐ“心のデバイス”なのだ。
ハードウェアであるカードやリーダーの背後で、AIがリアルタイムに「人の時間と感情の流れ」を学び、街を柔らかく動かしている。技術が「冷たい合理性」から「温かい共感」へ転じる。この転換こそが、JR東日本が進める“ハートのDX”である。
■JR東日本の「第2の創業期」が始まる
広域品川圏のまちづくり構想には、「ワクワクと感動を創出」という表現が登場する。駅前広場、水辺空間、街路照明、イベントの演出――。すべてが“感性の演出装置”として再設計されている。
夜の光が街を包み、人が自然と集い、音楽と笑顔が生まれる。その時間を支えるのは、鉄道の電力やデータネットワークである。つまりJR東日本は、ハードを通して感情をデザインする“社会演出家”を企図しているのだ。
防災や避難誘導の分野でも同様だ。非常時にAIがリアルタイムでルートを提案し、人々を安全に導く。そこにあるのは制御の技術ではなく“安心という感情価値”である。
喜勢社長の発想の根底には、“人の心を動かせなければ企業は進化できない”という信念がある。ハードは感動のための器であり、データは心を理解するための言語。同社が技術サービス企業への転身を掲げるのは、ハードとハート、リアルとデジタルを等価に扱う新しい経営思想の表明である。
ハードの会社が、いまは“ハートを動かす会社”へ。それは、喜勢社長が言うJR東日本という企業の「第2の創業期」に等しい。
■「中央集権型の産業モデル」からの脱却
逆説③ “中央の大企業”が、“地域と共に未来をつくる企業”へ
JR東日本は長年、首都圏を中心に全国を束ねる中央のインフラ企業として、日本経済の骨格を支えてきた。だが「勇翔2034」は、その延長線を越えようとしている。同社はいま、“中央から地方を動かす企業”から“地域と共に動く企業”へ、つまり、支援ではなく共創(Co-creation)への進化を遂げようとしている。
「地域みらいブレインリンク」は、その象徴である。
「共創パートナーとともに地域イノベーター支援エコシステムを構築」(2025年9月9日付JR東日本ニュース)
鉄道という“中央集権型の産業モデル”から、地域と共に学び、作り、稼ぐ“共創型社会OS”へ。この方向転換こそ、JR東日本の第三の逆説である。
2025年10月、JR東日本と野村総合研究所(NRI)は、新会社「株式会社地域みらいブレインリンク」を設立した。目的は明快だ。地域の自治体、大学、スタートアップ、金融機関などを結び、知・人・資本・技術をつなぐ“共創OS”を構築することである。
この拠点では、交通、医療、農業、観光、教育など、地域に眠る課題と資源をイノベーション・サイクルとして再構成する。
くらし領域:デマンド交通や地域医療のDX化による生活支援
産業領域:食農・観光のスマート化や6次産業化の支援
人材領域:地域イノベーターの発掘と育成、起業支援
これらを単発のCSRではなく、持続的な地域経済モデルとして設計する。地方を支援するのではなく、地方と共に社会を更新する構想である。
■JR東日本が示した本当の「地方創生2.0」
「地域みらいブレインリンク」の思想は、“上意下達型の支援”ではない。JR東日本は「共創パートナー」という言葉を繰り返し使う。これは、地域課題の当事者である自治体や中小企業が、“支援される側”ではなく“共に構想を描く側”に立つことを意味する。
例えば、地域の観光事業者や農業生産者とともに、デジタルツールやデータ分析を使って事業を再設計し、その成果を他地域に横展開する。中央主導の均一化ではなく、地域主導の多様化を支えるエコシステムだ。
「くらし・経済・人材に関する地域課題を重点領域として位置づけ、100年先を見据えた地域活性化のシナリオを提案します。1社単独では難しいデジタルプラットフォームをはじめとするDX支援や、営業・事業継承支援を行い、地域イノベーターの挑戦を後押しします」(2025年9月9日付JR東日本ニュース)
この発想の転換こそ、真の意味で、政府が主導する「地方創生2.0」となる可能性を秘めている理由だ。
■鉄道発の「ニュースプラットフォーム」
「地域みらいブレインリンク」は、一見するとJR東日本の“脱鉄道”戦略に見えるかもしれない。しかしそれは、鉄道を捨てるのではなく、鉄道を社会OSとして再定義する挑戦である。
鉄道が結んできたのは“距離”だった。これから鉄道が結ぶのは、“知と人と未来”である。
この変化の根幹には、次のメッセージがある。
「最先端の技術力で社会を変えていく真の技術サービス産業をめざしていく」(2025年7月1日付JR東日本ニュース)
つまり、鉄道という“物理インフラ”を超えて、地域という“社会インフラ”を支えるプラットフォーム企業へ進化する構想なのだ。
「地域みらいブレインリンク」の一環として、NRIデジタルは、JR東日本管内の新幹線停車駅55駅を舞台にした地域発信メディア「55 Stations」を立ち上げた。このメディアは、地域に根ざしたストーリーを掘り起こし、地元メディアやクリエイターと共に情報発信を行う。
「各地域の風土や人々の営みに触れる、物語性のあるコンテンツを提供することで、読者の五感を刺激し、旅への期待感を高めます」(2025年9月18日付NRIデジタル プレスリリース)
この構想の真意は、“関係人口の創出”をメディアで支えることにある。鉄道会社がニュースプラットフォームになる。これは単なる広報活動ではなく、地域経済をデータで接続する“感情OS”である。
■進化の中心にある「三層構造」とは
喜勢社長の経営スタイルは、地方創生という言葉に留まらない。それは、地域連携から地域共創へのリーダーシップの進化である。
従来の地方創生は、中央企業がリソースを投下し、地方が受け取るような構図が主だった。だが、JR東日本は、地域と課題を共有し、共に実装する“伴走型地域づくり”を掲げ、もはや“地方を一方的に支援する企業”ではなく、地域と共に未来を創るパートナーとしての姿勢へ転換しつつある。
中央と地方の間に「地域みらいブレインリンク」を置き、データと人材が双方向に流れる構造を形成する。成功モデルを地域主導で横展開するという考え方は、共創社会を支える新たな社会OSの原型となりつつある。
JR東日本が目指しているのは、もはや“鉄道会社”ではない。同社は、鉄道という“線”を超え、社会のあらゆる領域に“接続点”を生み出している。その構造の中心にあるのが、「都市OS×Suica×地域みらいブレインリンク」という三層アーキテクチャだ。
都市OSが時間を設計し、Suicaが生活をつなぎ、地域みらいブレインリンクが社会を更新する。
この三層が連動した瞬間、JR東日本は移動産業から共創産業へと進化する。
“中央から地方を動かす企業”が、“地域と共に動く企業”へ。JR東日本の第三の逆説は、日本社会の再設計そのものである。
■喜勢社長が示す「3つの方向性」
JR東日本の挑戦は、単なる事業構造の転換ではない。それは、“鉄道を再発明し、社会そのものを再設計する”という経営哲学の実践である。
喜勢社長が示す経営の方向性――①安全をお客さま視点の安心へと広げる、②人を中心に据え、旧来の組織の枠を越える、③技術サービス企業をめざす――はいずれも、JR東日本が掲げる新たな価値創造の哲学を体現する“経営アーキテクチャ”である。
① 安全をお客さま視点の安心へと広げる――“挑戦する安全文化”へ
JR東日本の根幹にあるのは、創業以来の安全最優先の思想である。しかし喜勢社長は、あえてその概念を進化させた。安全を“お客さま視点の安心”へと再定義したのである。
「当社の商品・サービスをご利用いただくお客さまの視点から、安全を捉えなおし、安心に置き換えました」(2025年7月2日開催 グループ経営ビジョン「勇翔2034」説明会)
AI・IoTによる運行予測、デジタルツインでの保守管理、都市OSを活用した災害対応シミュレーション。それらの技術を通じて、安全=体験としての安心へと昇華する。
“止まらない鉄道”ではなく、“安心を感じられる鉄道”。この発想の転換が、同社の技術投資と人材育成の根底にある。そしてそれは、挑戦を恐れない動的な安全文化の確立につながっている。
■国家レベルの「共創プラットフォーム」へ
② 人を中心に据え、旧来の組織の枠を越える――データと人が共鳴する組織
次に、喜勢社長が着手したのは組織の再配線である。国鉄時代から続く縦割りの構造を解体し、鉄道・商業・技術・IT・地域を横断する“人×データ”の共創ネットワークを創り出している。
AIによる運行支援、設備保全の自動化、駅ナカDX、地域事業とのデータ連携。現場の社員が自らの判断でAIを活用し、現場起点で経営を変えていく――。このボトムアップ構造は、“人間中心のデータ経営”と呼ぶにふさわしい。
「社員一人ひとりが主役となってグループのステージアップにつなげていく」(2025年7月2日開催 グループ経営ビジョン「勇翔2034」説明会)
指示を受けて動くのではなく、“データで考え、現場で決める組織”へ。この文化変革こそ、鉄道業の“デジタル・ルネサンス”である。
③ 技術サービス企業をめざす――鉄道を超える社会OSへ
JR東日本が目指す未来像は、技術サービス企業への転身である。鉄道というハードを越えて、社会全体を支える知能インフラを構築している。
高輪ゲートウェイの都市OS:駅を都市の神経系とし、都市全体の人流・商流・安全を制御する。
「Suica Renaissance(ルネサンス)」:決済と移動を超え、生活・行政・防災・観光を統合する“生活のOS”。
地域みらいブレインリンク:自治体・企業・大学・市民を結び、地方の共創を支える“社会のOS”。
これら三つのOSが連動することで、JR東日本は“国家レベルの共創プラットフォーム”へと進化する。鉄道が線路を敷いた企業であるなら、これからは“社会の接続線”を敷く企業になる。
■経営の指標をKPIから「KHI」へ
喜勢社長の経営思想のもう一つの革新は、KPI(Key Performance Indicators)からKHI(Key Heart Indicators)へ――指標そのものを再定義しようとする姿勢にあるといえよう。
従来の鉄道経営は、遅延分数や乗降客数など、定量的な効率指標に依存してきた。しかし、JR東日本が測ろうとしているのは“心の満足度”である(図表1)。
つまり、データを“測る”ためではなく、“感じる”ために使う経営。“感情を可視化するインフラ”が、JR東日本の新しい競争優位である。
■「ハード×データ×ハートの融合」が導くもの
JR東日本の強みは、ハード(線路・駅・車両)を持ち、データ(Suica・都市OS)を扱い、さらにハート(人・共感・感動)を動かせることにある。この三層を連動させる“ハード×データ×ハートの三重らせん構造”こそ、鉄道会社を超えた“社会OS企業”の原型となる。
ハードにデータが通い、データがハートを動かす。そして、ハートが再びハード投資の意味を生む。この循環を設計できる企業は、世界でも稀だろう。
JR東日本の挑戦は、“鉄道を動かす”ことではなく、“社会を動かす”ことである。「勇翔2034」はそのための設計図であり、鉄道という“距離の事業”を、時間と感情を動かす“共創の事業”へ変える壮大な構想だ。
三つの逆説――
人を運ぶ会社が、人の時間を創る会社へ。
ハードの会社が、ハートを動かす会社へ。
中央の大企業が、地域と共に未来をつくる会社へ。
そして、それを支える三つのこだわり――
安全から安心へ。
統制から自律へ。
技術から共創へ。
これらの構造を一体として動かすことで、JR東日本は“社会の神経系”を形成している。
レールの上を走るのではなく、時代の上を走れ。
JR東日本の逆説的トランスフォーメーションは、日本社会の未来を照らす“次の羅針盤”になる可能性を秘めている。その挑戦に注目していきたい。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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