高市早苗首相は10月28日、アメリカのドナルド・トランプ大統領と会談し、レアアース(希土類)の供給確保に関する合意文書に署名した。スマートフォンから戦闘機まで、あらゆる最新機材に欠かせないレアアースは今、中国が市場をほぼ独占している。
かつてレアアースの生産で首位を占めたアメリカは、いかに中国に翻弄され凋落したのか。海外メディアがその悲運の歴史を報じている――。
■対中国でいっそう強固になった日米関係
トランプ氏は高市氏との会談で、日米同盟の重要性を繰り返し強調した。ワシントン・ポスト紙によると、トランプ氏は高市氏に対し「何か質問や疑問、頼みごとがあったり、私が日本のためにできることがあったりするなら、力になる」と明言。「我々は最も強固な同盟関係にある」と強調した。
背景には世界のレアアース供給をほぼ独占する中国への対抗意識がある。日米が署名したレアアースに関する合意文書の内容は、実に広範囲に及ぶ。ホワイトハウスは声明を通じ、日米が鉱山開発から加工、製造に至るまで、レアアースのサプライチェーン全体で協力すると言及。中国への依存を減らす狙いだ。
レアアース供給の逼迫は、すでに日本企業にも実害をもたらしている。ロイター通信は6月、スズキが主力車種「スイフト」の生産を5月26日から停止したと報道。中国が4月に多種にわたるレアアースと希少な磁石の輸出を停止したことを受け、部品調達が困難になったためだ。
同社は6月中旬に生産を再開している。
■中国がレアアースの最大90%を掌握
今日レアアースがこれほどまでに重要視されている理由は、その用途の広さにある。
レアアースは17種類の元素の総称で、国防から民間産業まで広く使用される。アメリカのライス大学ベイカー研究所のリポートによると、F-35戦闘機では1機あたり約420キログラム、イージス艦1隻あたり約2400キログラムが必要とされる。電気自動車や風力発電といったグリーン技術にも欠かせない。
つまり、防衛から環境対策まで、現代社会の基盤技術の多くが中国からのレアアース供給に依存している状況だ。同リポートは、中国は世界の希土類鉱物の採掘量の約60%を占め、精錬に至っては85%のシェアを握ると分析している。
一方、ニューヨーク・タイムズ紙は、分野によってはさらに寡占が進んでいると指摘。電子機器や電動モーターに使用される希土類磁石の世界生産量では、中国が90%を占めているという。
■レアアースはトランプ氏の「弱点」である
こうして市場の大部分を支配している事実を、中国は外交上の武器としている。
英BBCは、レアアースが中国問題をめぐるトランプ氏の「弱点」になっていると指摘する。中国は、世界のレアアース加工産業のほぼ全てを支配下に置くことで、習近平国家主席はトランプ氏との貿易戦争において、強力な影響力を手にしたとの分析だ。

アメリカは中国に対し、高額関税の導入からTikTok規制まで、幅広い分野で圧力をかけようとしている。だが、中国は輸出規制によるレアアースの供給絞り込みという強力な手札を持つ。
トランプ氏は対抗手段の構築に躍起だ。今回の日本を含むアジア諸国歴訪の前にも、オーストラリアと85億ドル(約1兆3000億円)規模の協定を締結している。今回のアジア歴訪でも、日本のほかアジア諸国とレアアースに関する合意文書を交わした。
供給安定を急ぐトランプ氏だが、現状は中国の輸出規制策の後手に回っている。中国は昨年10月、輸出業者に顧客情報の整備を義務付けたのを皮切りに、同年12月にはガリウムなど4つの金属元素のアメリカへの輸出を停止。そして今年4月、17種類あるレアアース元素のうち7種類と磁石について、全ての国への輸出管理に踏み切った。
レアアースをどれだけ世界に供給するかは、もはや中国の意思次第だ。
ドイツ・フランクフルトに拠点を置く投資会社ストラテジック・メタルズ・インベストの最高経営責任者ルイス・オコナー氏は、米公共ラジオ放送のNPRに対し、「彼ら(中国)は、いわば蛇口のようなシステムを作り上げているのです。その蛇口を自由に開閉できるのです」
■中国に技術を盗まれ閉鎖された米鉱山
皮肉なことにアメリカは、かつてレアアースの一大産出国であった。ところが、その戦略的価値に気づかないまま、中国に産出・精製技術を譲り渡した過去がある。

NPRは、20世紀後半の大半において、アメリカがレアアース元素の市場を支配していたと振り返る。1949年、カリフォルニア州マウンテンパスを訪れた探鉱者が、レアアースを発見したのが始まりだ。マウンテンパスはすぐに、世界最大のレアアース生産地となった。
中国は素早くレアアースの戦略的価値に気づき、1960年代から資源会社の幹部らがマウンテンパスに足繁く通うようになる。当時、レアアース大手であり銅鉱山を所有・運営していたモリコープのマーク・スミス元CEOは、気前よく技術を公開していたようだ。
スミス氏は「彼らに見学ツアーを実施していました。仕事内容を説明して、写真撮影も許可していたのです。彼らはそれを中国に持ち帰りました」とNPRに語る。
その後、中国では各種精錬所がモリコープから取得した技術を改良。中国国内の安価な電気料金を背景に産業は栄え、誕生した鉱山や加工企業は数百を数えた。企業同士が競い合うようにレアアースを出荷し、価格を下げ合った。
これがマウンテンパス鉱山の運命を変えた。
2002年頃になると、採掘現場の環境問題のほか、中国との競争で著しく低下したレアアースの価格が経営上の課題に。中国技術の起点となったアメリカのマウンテンパス鉱山は、皮肉にもその中国産業の勃興により、閉山を迎えた。
■中国の輸出規制でレアアースが高騰
だが、2010年頃を境に、レアアースの価値は急激な上昇に転じた。
この年、尖閣諸島付近の日本の領海内で違法に操業していた中国漁船が、日本の海上保安庁に対して意図的に衝突。両国間の紛争へと発展し、中国は日本へのレアアースの出荷を停止した。
その後も「資源保護」を理由としながら、実質的には中国国内産業への供給を優先する形で、輸出割当制度を発動。世界への輸出量を絞っていった。
当然ながらレアアース相場は急騰。モリコープ社にとって、価格高騰はいっときの追い風となった。新たな投資家陣営により生まれ変わったモリコープは同年、マウンテンパス鉱山を復活させる「プロジェクト・フェニックス」を発表する。
米防衛情報誌のディフェンス・ニュースによると、同社は新しい技術によるレアアースの創出を約束し、中国の独占状態を打破できると謳った。中国による輸出制限で価格が高騰すると、モリコープの株価は急上昇した。

■中国政策に翻弄された米レアアース大手
だが、新生モリコープを悲劇が襲う。
世界貿易機関(WTO)の判断を受け、中国は2015年に輸出枠制度を撤廃。レアアース相場は急落した。期待していたほど技術革新が進まなかったこともあり、元々経営に行き詰まりが見えていたモリコープは、相場崩壊が決定打となり2014年に破産申請に至る。
米政治メディアのヒルによると、マウンテンパス鉱山は最終的に、中国系企業を含む投資家グループによって買い取られた。かつて中国企業にとって、訪米してまで技術を盗みたい高嶺の花であった、マウンテンパス鉱山。いつしか中国の輸出規制に踊らされる存在となり、最終的には輸出枠の開放が致命傷となり閉山を迎えた。
今日もマウンテンパスでの採掘は続いているが、採掘されたレアアース精鉱は中国に送られ加工されている。採掘から分離・精製までを一貫してアメリカ産業とする夢は潰えた。モリコープの再興失敗を経て、米国内の民間セクターには、その野望を復活させるだけの投資家意欲はほとんど残っていない。
■環境破壊を容認しレアアースを採掘
衰退への一路を辿った米国産業とは対照的に、なぜ中国はレアアース産業を拡大できたのか。安価な電力事情のほか、環境保護意識の薄さが大きく影響している。

マウンテンパス鉱山が2002年に閉鎖された理由として、ディフェンス・ニュースは、環境対策コストの高さを挙げる。アメリカ政府や主要企業らは、厳格な環境規制を受けるアメリカ国内でレアアースを採掘し続けることに、もはや利点を見出せなくなったという。そこで、国外での採掘需要が高まった。中国はこれを引き受けた形だが、レアアース採掘のコストを抑えるため、中国の採掘現場における環境被害を容認した。
環境破壊は、中国で今も続いている。ニューヨーク・タイムズ紙は、中国北部で数十年にわたり被害が続いていると報じる。同紙の記者は今年6月初旬、内モンゴル自治区の包頭(バオトウ)市を訪れた。人口200万人の工業都市であり、「世界のレアアース産業の首都」を自認する。
同紙によるとこの地には、面積約10平方キロメートルほどの人工の汚泥湖が存在する。テーリングダム(鉱滓(こうさい)ダム)と呼ばれるもので、鉱石から金属を抽出した後の廃棄物が保管されている。
■カドミウムや放射性元素が漏出している
ニューヨーク・タイムズ紙が取り上げる中国の技術論文によれば、冬と春には堆積した汚泥が乾燥し、強い風に乗って粉塵がまき散らされる。鉛、カドミウム、その他の重金属や、さらに微量ではあるものの放射性元素のトリウムなどが含まれているという。
加えて夏場に訪れる雨季になると、汚泥に含まれる毒物やトリウムが雨水と混ざり合い、湖の下に流れる地下水へと染み込んでいく。ダムは1950年代、すでに西側諸国では標準となっていた防水ライナー(防水シート)を敷かないまま建設された。
実際に健康被害も報告されており、複数の研究論文が発表されている。レアアース産業の汚染地近くに住む包頭市の子どもたちの間で、知的発達障害が確認されたり、尿からは身体に害をもたらすおそれのあるレベルでレアアースが検出されたりしているという。
同地では堤防の補強など若干の改善が行われているが、湖から舞い上がる粉塵は依然として容易には解決できない、と同紙記者は指摘する。
■日米は“中国の独占”に歯止めをかけられるのか
スマホから戦闘機にまで必要とされる、レアアース。その供給を1国が事実上独占している構図は、世界の安全保障にとって大きな課題となっている。
日米のレアアースに関する合意文書は、中国以外で安定したサプライチェーンを構築し、独占体制に歯止めをかける一歩として大きく期待される。アメリカはオーストラリアなど日本以外の国とも積極的に協力体制を構築する意向だ。
もっとも、こうした合意文書の枠組みが実を結ぶまでには長い時間がかかる見通しだ。英BBCは、中国の締め付けに対抗するには莫大な費用がかかり、数年を要すると指摘する。英チャタムハウスの環境社会センター上級研究員パトリック・シュローダー氏は、10月の論説で、中国国外では環境対策のコストも労働者の人件費もはるかに高く付くと指摘している。
アメリカは中国との直接交渉も厭わないが、その見通しは不透明だ。
アメリカのスコット・ベッセント財務長官は、トランプ氏と習氏の会談後、レアアース輸出規制について、中国側が「何らかの延期」措置に動く可能性があると期待を示した。
しかし米CNNは、「もしもトランプと中国の合意で決着したと考えているとしたら、あなたは注意を払っていないということになる」と題する記事を掲載。トランプ氏は関税やTikTok禁止などで、中国に厳しい姿勢を示している。習氏がトランプ氏の行動に不快感を抱けば、いつでもレアアース禁輸令を武器にできる、と記事は分析する。
中国は30年以上かけて、技術移転から価格操作、環境破壊の容認に至るまで、あらゆる手段を使ってレアアースの支配体制を築いた。西側諸国がようやく危機感を抱き始めた今、中国は輸出規制という「蛇口」を武器に、交渉のたびに支配体制の強さをちらつかせることが可能となった。
日米首脳間で交わされた合意は重要な一歩であり、レアアースの安定供給の実現が望まれる。だが、独占状態を武器に駆け引きを仕掛ける中国を前に、一筋縄ではいかないおそれがありそうだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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