※本稿は、泉房穂『公務員のすすめ 世の中を変える地方自治体の仕事』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■変わり者扱いされていた職員
「無事是名馬(ぶじこれめいば)」の風土に染まっていた組織の中で、明石変革の求心力となってくれた職員たちの働きぶりについて、何人か紹介しましょう。役所の仕事のイメージを、より具体的かつ身近に感じてもらえるのではないかと思います。
ちょっと変わり者扱いされていたAさんという男性がいました。彼はバンド活動をやっていて絵も上手い。風貌もアーティスト的な雰囲気で、真面目そうな人ばかりの市役所の中でやや異質な存在でした。音楽や絵などの自分の世界を持っています、という楽しげなオーラはありましたが、少々扱いづらいと思われていたのか、市役所の業務としてはメインストリームから外れたようなところに置かれていたと記憶しています。
縁あって話をする機会があり、彼の発想が柔軟で、新しいことをリスクとみなしがちな役所の中では珍しく「やってみましょう」という雰囲気を醸し出している人だったので、おや、と思いました。
市長になって以降、こちらが何かを提案しても、「それは無理です」「そんなことはやったことがありません」「よその市ではやっていません」などと、できない理由ばかり聞かされ続けて辟易(へきえき)していた私にとって、彼の「やってみましょう」という空気感は新鮮でした。
そこで早速、Aさんを障がい者福祉の部署に異動させ、「商店街のバリアフリー化」の担当になってもらいました。その際の彼の反応も、さらに嬉しいものでした。
■市長への「貴重なダメ出し」
当初、私はAさんに自分の考えを伝え、「こういうふうにしてくれ」と指示を出したのですが、それに対して彼は、「職員自身が納得しなければ、物事は続きません。市長が“やれ”と命令を下すと、その時は従うけれども、それだけでは持続しない。それではダメなんです」とはっきり私のやり方にノーを突きつけてきたのです。
「市長の気持ちはわかるけれど、急いでしまったらむしろダメになる。市長は成果を急いでいませんよね」と聞くから、「うん、急いでないで」と答えた。
すると「もう少し時間をください。職員の発想を変えていくのには時間がかかります。職員の気持ちも考えてください」と言ってきたので、「時間がかかるって、なんぼかかんねん」と聞くと「1年ぐらい」と言う。「ほんなら、1年待つわ」と言って、私は彼のやり方に任せることにしたのです。
彼は、市長である私のやり方に対し、きちんとダメ出しをしてきた。面従腹背(めんじゅうふくはい)の人間が多い役所という組織の中で、そういう存在は貴重です。また、ダメ出しができるということは、そのことについて自分なりの考えを持っているということでもあります。
私は、「市長に対してはっきり物を言う偉いヤツや」と認めて、彼の動きを待ちました。その後、彼は、周囲の職員たちに根回しし、仲の良い土木職の人間を味方につけて着実に進めていきました。
彼の行動の中でとりわけ画期的だなと感心したのは、設計の段階から当事者を現場に参加してもらうようにしたことでした。
■官僚的なバリアフリー事業では上手くいかない
バリアフリー事業などでありがちなのが、せっかく多目的トイレをつくったはいいけれど、そこに至るまでの動線に配慮がなかったり、扉が手前に開くタイプで車椅子の人には自力で開けなかったりと、当事者目線が足りない設計になってしまうこと。
なぜそんなことになってしまうのか。
多くの場合、地方自治体の職員たちは、現場や当事者の声よりも、国からのお達しに目を通すことばかりに必死になっているからです。
国からの制度設計に従って、スロープは何センチの幅が必要か、段差はどうすればいいかなどと頭の中で考えているので、実際にでき上がってみたら、座るタイプの車椅子ならばいいけれど、重度障がい者が乗っている仰向けタイプの車椅子では通れないとか、2センチくらいの段差であれば車椅子はどうということもなく越えていけるのに、ひたすら美しいスロープにこだわって無駄なところにエネルギーを注ぐといった、チグハグなことになりがちです。
霞が関の官僚が机の上で考えた制度設計だけを見ていて、実際に使う当事者のニーズは置き去りになってしまう。
しかし、Aさんのとった方法論は、その真逆でした。
■当事者と一緒に現地を視察し、図面を作成
まず、障がいを持った人たちに一緒に現地へ行ってもらい、現地で図面を引くというやり方をしました。
どの程度、どれくらいの対応をするのかという細かな設計を考える上で、車椅子の方を含めてさまざまな障がいを持つ人に、設計段階から関わってもらうことが重要だと考えた。それにより、具体的なアイディアや配慮を随所に落とし込んでいくことができました。
そこに土木職の人間を連れて行ったことも大きかったと思います。土木職の人たちは福祉系の人と関わることが少ないので、障がい当事者との接点がほとんどない。その人たちを現場とつなげることで、さまざまな気づきを組織内にもたらしてくれたのです。
明石市を日本一優しい街に変えていくうえで、子育て支援と障がい者福祉の充実が変革のポイントになるというのが私の考えでしたから、商店街のバリアフリー事業がトップダウンではなくボトムアップのような形で進んでいったことはとても嬉しかった。
職員にとっても街にとっても画期的なことだったと思っています。
■誰もがいつか「弱い人」になる
明石市では、2015年に「手話言語・障がい者コミュニケーション促進条例」というものを全国で最初に制定しているのですが、この条例の制定のために汗をかいてくれたのもAさんです。
この条例は、“さまざまな障害の特性に適したコミュニケーション手段を整備することで、相互に理解し合い尊重し合える街づくりを推進する”という目標を掲げて制定しました。まさしく、私が目指していた「優しい街づくり」を具現化するための取り組みのひとつでした。
その結果、明石の商店街では、聴覚障がい者のための筆談ボードや、視覚障がい者のためのメニューの点字化、車椅子利用者のための簡単なスロープなどの整備が一気に進みました。これらの整備のための費用は、一定金額以下であれば全額を市が負担。今現在、障がいを持っている人だけでなく、社会全体のため必要なことなので、折半などではなく市が全額助成することにしたのです。
聴覚障がいや視覚障がいなどのわかりやすい障がいを持った方に限らず、人は誰しも、長い人生のどこかでバリアフリーのありがたさに気づくタイミングが来ることでしょう。スロープがあれば、車椅子の人だけでなく、ベビーカーを利用する人も助かるでしょうし、怪我をしている人も安心です。
そして、人は誰でもいつかは年老いていきます。誰もが、いつかは弱い人になります。弱い人に優しい社会とは、本来誰にとっても優しい社会なのです。現場に携わる人たちの、そうした意識転換はとても大切です。
■物があっても、使いこなせなければ意味がない
ですから、明石市では商店街にバリアフリー整備の助成金を出して終わり、とはしませんでした。
ハード以上に大切なのはソフトです。そこで、市が全額助成して、実際に接客する店員さんたちへの研修を実施しました。それほど大掛かりなものではなく、障がい者への対応の仕方を学んでもらうための「ユニバーサルマナー研修」といって、初歩的な学びではありましたが、まったく知識がないよりも、少しはヒントになるものがあった方がとっかかりになるだろうとのAさんのアイディアでした。
そもそも、筆談ボードをいくら取り揃えたところで、実際に店員さんが、それを必要としているお客さんに気づいてスッと出せるようにならないと、意味がありません。使いどきがわからなければ、市の予算で購入しても、店の棚の奥にしまわれておしまいになってしまう。
店のスタッフの誰か一人だけでいいから、研修を受けて具体的なニーズや使い方を理解し、実際に「筆談ボードをお使いください」とスッと差し出せるようになっていれば、それを見たほかのスタッフも真似をするようになり、そうした振る舞いが自然なものになっていくでしょう。
これらの取り組みが評判を呼び、商店街の多くの店舗が参加したことで街の風景も一変しました。もちろん、障がい者に優しい街にしたいという私の強い思いからスタートした取り組みではありましたが、私の思いを汲んで現場に落とし込み、風景を変えるほどたくさんの人たちを巻き込んで広げていったのは、Aさんの力だったと思っています。
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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
前明石市長
1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年に衆議院議員となり、犯罪被害者等基本法や高齢者虐待防止法などの立法化を担当。2011年に明石市長に就任。特に少子化対策に力を入れた街づくりを行う。2023年4月、任期満了に伴い退任。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『子どものまちのつくり方』(明石書店)、『公務員のすすめ 世の中を変える地方自治体の仕事』(小学館新書)ほか。
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(前明石市長 泉 房穂)

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