※本稿は、吉森保『私たちは意外に近いうちに老いなくなる』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■人間は睡眠が不足すると老化が加速する
「仕事で頭を使いすぎたから寝てリフレッシュしよう」と思ったことは誰もがあるでしょう。
確かに寝るとスッキリするのは事実です。
ただ、多くの人が誤解していることがあります。
寝ているときも脳は動き続けています。活動をとめることはありません。場合によっては起きているときよりも脳が活発に動いていることすらあります。
「えっ、睡眠って休むためではないの?」と思われたかもしれません。
たしかに「眠る=休養をとる」イメージはありますね。実際、眠ることによって体は休息します。また、成長ホルモンも分泌します。
ここで、ひとつ大切なことをお伝えします。
それは、「なぜ、人間は眠るかはまだわかっていない」ということです。これは、生命科学の最大のなぞといっても言い過ぎではありません。
ただ、近年になり、明らかになっていることも多くあります。
動物は眠らなければ死にます。そして、人間は睡眠が不足すると老化が加速します。
老化は病気になりやすくなることですから、結果的に死ぬ確率は上がります。
いかに老化に睡眠が関係あるかがわかるでしょう。
■イカもタコもクラゲも眠る
犬や猫や魚など、脊椎動物はすべて寝ます。あるいは、脊椎動物ではありませんが、昆虫も寝ますし、軟体動物のイカやタコも眠ります。
眠る生き物の条件とは、何だと思いますか?
ここまで見ると、脳があるのが眠る条件のように思われるかもしれませんが、最近の研究では脳がないクラゲも眠ることがわかってきています。
それだけ眠ることは動物にとって根源的なんですね。
「クラゲが眠るなんて、どうやって調べているのか」と疑問に思われるかもしれません。
そもそも、生命科学の世界では眠るという行為はしっかりと定義づけられています。
■「寝だめ」はあまり意味がない
「眠る」という行為の定義はふたつあります。
まずひとつが、「外部からの刺激に鈍くなりながらも、刺激があればすばやく覚醒する」です。寝ていても、外部の刺激に反応できるということです。
たとえば人間の場合、寝ていても脳は動いていますが、体は動いていません。脳がオフライン(外界から切り離された状態)になっています。
ですから、ちょっと叩いたくらいでは起きませんが、痛みをともなうような刺激を与えれば多くの人は起きます。それでも起きなかったら、それは寝ているのではなく重度な病気か死んでいるかのどちらかです。
もうひとつの睡眠の特徴は、長く起き続けてしまったとき、その分たくさん眠ることです。
たとえば、みなさんも学生のときにテストに向けて睡眠時間を削って勉強して、テストが終わった日に泥のように眠った経験があるかもしれません。
これは、人間でもクラゲでも同じです。
ただ、興味深いのは「テスト期間中に徹夜するから、事前にたくさん寝ておこう」と事前に「寝だめ」してもあまり意味がないんですね。
睡眠は、十分に足りているとそれ以上は眠れません。
■「長く寝る」ができるのは3日くらい
有名な実験があります。
健康な若者に毎晩好きなだけ眠ってくださいと伝えたところ、初日は1日10時間半くらい寝ます。しかし、3~4日目になると寝ようと思っても8時間半以上は眠れない人が大半になります。
みなさんもまとまって休みが取れるときに数晩続けて寝られるだけ寝てみてください。おそらく、3日くらいで長くは眠れなくなります。
これは3日目で睡眠が十分足りたからです。
ここからわかるのが、みなさんの必要十分な睡眠時間といえるでしょう。寝すぎて、もう寝られないときの上限があなたに必要十分な睡眠時間です。
すでに起こってしまった睡眠不足を補うことはできるのですが、「寝だめ」はできません。
この章は、主に筑波大学の国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史先生にお伺いした内容を元に書いていますが、現代人の慢性的な睡眠不足を、彼は「睡眠負債」と呼んでいます。
週末などにまとめて寝ることで負債は返せても、貯蓄はできません。
■「睡眠時間6時間」が10日続くと“酩酊状態”
柳沢先生によれば、睡眠負債は短期的にも長期的にも私たちの健康に悪影響を及ぼします。
たとえば、さきほどのテストの話ではありませんが、睡眠時間を削って何週間も仕事や勉強に取り組む人はけっこう多いはずです。これは、生産性を考えるとあまりおすすめできません。
ペンシルベニア大学とワシントン大学の研究では、「睡眠時間6時間」が10日間続くと集中力や注意力は一晩徹夜したのと同じ状態になるという実験があります。
これは酩酊状態と同じ生産性といわれています。
「6時間も寝れば十分でしょ」と思われるかもしれません。しかし、6時間の睡眠で足りる人は少数です。これが続けば、脳の機能は明らかに低下するのです。
■ショートスリーパーは数百人にひとりいるかいないか
ただ、さきほども書いたように、必要な睡眠の量は人それぞれです。
みなさんの中には「私はショートスリーパーだから大丈夫。6時間も寝れば問題ない」と感じた人もいるかもしれません。
しかし、ショートスリーパーは睡眠に関する大きな誤解のひとつです。
ショートスリーパーかどうかは遺伝子で決まるもので、決して「訓練」してなれるものではありません。柳沢先生によれば多く見積もっても数百人にひとりいるかいないかの確率だそうです。
もし、みなさんのまわりで「寝ないで大丈夫」といっている人がいたら、大半は無理をしているだけで、睡眠負債を自覚していないだけの可能性が極めて高そうです。
フランスのナポレオンが3時間しか寝なかったというエピソードは広く知られていますが、彼は居眠りを良くしていたことでも有名です。ナポレオンですら自称ショートスリーパーに過ぎず、単なる寝不足自慢だった可能性が高いのです。
中長期の睡眠不足は寿命に直結します。
睡眠が不十分だと、あらゆる加齢性疾患の発症リスクが高まります。がんや肥満、高血圧症、糖尿病、認知症などです。これが増えると、死亡率が上昇します。これらと睡眠負債の因果関係は明らかになっています。寝ないと確実に老化するのです。
睡眠時間が1日に1時間少なくなると、肥満の判定に使われる指標のBMI(体格指数)が平均0.35%上がる調査結果もあります。
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吉森 保(よしもり・たもつ)
生命科学者
専門は細胞生物学。医学博士。一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム代表理事。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄誉教授。2018~22年生命機能研究科研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科博士課程中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典氏(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。2019年紫綬褒章受章、他受賞多数。著書に『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)、『生命を守るしくみ オートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社)他。
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(生命科学者 吉森 保)

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