11月19日、静岡県伊東市の田久保眞紀前市長(55)は、市内で記者会見を開き、市長選(12月14日投開票)へ出馬する意向を表明した。東北大学特任教授で人事・経営コンサルタントの増沢隆太さんは「会見後にあった質疑応答に違和感を覚えた。
あの場にいたマスコミは、学歴詐称問題に関する田久保氏の論点ずらしを許していた」という――。
■学歴詐称問題には「何度聞かれも答えない」
今年を代表する話題の一つとなった伊東市・田久保前市長の学歴詐称問題。辞職勧告を発した市議会を解散したものの、新たに選ばれた新議会からも不信任決議を受け、失職した田久保氏は、11月19日、後任の伊東市長選への出馬表明会見を行いました。筆者が会見の模様を最後まで見て、覚えた違和感があります。
出馬会見に臨んだ田久保前市長ですが、メディアから激しい追及を受けていたころとはうって変わり、はつらつとした表情で、とうとうと伊東市長選への意気込みを語っているように見えました。
特に会見で強調していたように感じたのは、市政の継続という政策指針だと思います。不本意な失職を余儀なくされたことで、自らが目指す姿勢実現に再度取り組みたいという発言が何度もありました。
そもそも失職の原因となった学歴詐称問題については、意外なほど記者からの追求がほとんど無かったように思います。学歴詐称問題に関する数少ない質問には、「捜査中なので答えられない」という一言でつっぱね、「何度聞かれも答えない」という姿勢を通しました。
■質疑応答に覚えた違和感
学歴詐称問題が日本中から注目され、連日メディアからの取材を受けてものらりくらりと話をはぐらかすような回答しかしなかった時の姿は、鋼の心臓、無敵メンタルなどとも呼ばれたように、批判を受け流す力において長けていたことは確かでしょう。
今回は一候補者としての出馬会見であるため、市長選への意気込みを語る以外、特に学歴詐称問題は回答拒絶を貫くことができるということも、この日の堂々たる態度とリンクしていたかもしれません。
19日は田久保氏による出馬会見であって、自身の言いたいことを並べるのはむしろ当然です。
違和感があったのは、その出馬表明スピーチ後の質疑応答でした。
市長選についての会見ということで、質問のほとんどは当選後の市政に関するものでした。市長在職期間が短かったために実現できなかったことや、再選されたら何をしたいのかといった、市行政への展望中心に質疑応答は進みました。
数少ない学歴詐称問題に関する質問は、田久保氏の拒絶によってしつこく追及されることはなかったと思います。手を変え品を変え、聞かれていたのは新市政に関する質問であり、それは田久保氏出馬スピーチの延長線上にあることから、田久保氏の主張を後押しするかのような違和感を覚えました。
■聞くことはいくらでもあったはずなのに
「捜査に関することは答えられない」で引き下がる態度も疑問です。一媒体が下がっても、あれだけのマスコミがいたのですから、他に卒業証明書の真偽などの追求が厳しくなされなかったことは意外で、本当に有権者の投票のために十分な情報を得ていたのでしょうか。
捜査に関することは答えてはいけないのではなく、自身の不利になる恐れがあるので答えたくないというのが主旨なのではないでしょうか。答える答えない以上に、その政治家の姿勢をしっかり伝えることは、会見と質疑応答の重要な役目だと思いますが、そこも触れずに終わるというのはやはりおかしいと感じます。
また捜査以外の視点でも、例えば田久保氏が辞職していればそもそも実施の必要すらなかった市議選や、日々寄せられる市役所への苦情の対応などの損失については、捜査とは関係ないはずです。
新図書館建設計画など、経費の無駄を正すのであれば、巨額の市議選費用も、何一つ生産性を生まない、純然たる市の損失ではないのでしょうか。捜査と切り離しても聞けることはいくらでもあったと思います。
どうしてもっとつっこまないのかは、最後まで残った違和感です。
田久保氏の学歴詐称問題では、田久保氏を擁護する声として、「学歴なんて関係ない」という意見がありました。しかしこれは完全な論点ずらしです。
■「卒業した・していない」は論点ではない
田久保氏への批判は大学を卒業していないことではなく、卒業していなかったにもかかわらず、「卒業した」と何度も繰り返し強弁し、あげくに卒業証書は本物であるという主張の下、弁護士がそれを保管して開示を拒絶するという、証拠隠しのようなことまでやったことが批判の対象のはずです。
メガソーラー計画や新図書館建設計画についても、伊東市の説明と異なる発言をSNSで行ったり、支持する市議へのメッセージに「(お互い)マスコミに叩かれている」といった、責任転嫁のような発言をするなど、ことごとくコミュニケーションが成り立たないことに批判が起きているのです。
2025年9月11日のフジテレビ系「サン!シャイン」で、コメンテーターの遙洋子氏は田久保氏について「弁が立つ。追及をかわす能力が非常に高い」と評しましたが、議論を成り立たせようとしないことを「弁が立つ」とは言いませんし、追及を「かわしている」のではなくごまかしているだけであり、まして女性だから批判されているなど見当違いもはなはだしいと思います。
意図してのものかどうかはさておき、こうした議論がかみ合わない人とはどう対応すべきでしょうか。それは論点をぶれずに維持することが欠かせないのです。
■だからマスコミはオールドメディアと呼ばれる
田久保氏は今年7月1日に自身のサイトで、学歴詐称問題告発を「怪文書」と指摘したり(サイトがリニューアルされたため現在は見られない)、自らがまいた種なのに「マスコミに叩かれ」といったり、自身の責任については責任転嫁した発言が目立ちます。
コミュニケーションが成り立たない人と接する際には、このような巧妙な論点ずらしに乗らず、どんな展開になっても、その人物が何を言っても、必ず議論の根本に戻すことが重要です。こうした追求が19日の会見質疑では成り立っていなかったと感じています。

今回の会見は市長選への出馬会見であり、報道姿勢としては「公平な選挙報道」に徹するという、オールドメディアと呼ばれる媒体社の悪い部分が影響したのかも知れません。
結果として、田久保氏の主張を単に受け止めることに主眼が置かれ、学歴詐称問題のような信義に反する行動や説明からの逃げについて、ほとんどつっこめなかったのは、妙な公平性や選挙への特別扱いがあったからではないでしょうか。
選挙に影響しない形の質問の仕方もあったはずです。単に田久保氏を批判することが目的ではありません。
市議会解散という、何も生み出さない無駄遣いのような選挙費用の支出は、伊東市民の税金です。当事者の市長として税金の使い方を問うことも捜査状況に関係があるというなら、どう関係があるのか、誰がそれを禁じているのか、自分自身の不利を回避するためか、といった質問はできるはずだと思いました。
全国で連続している首長による問題について、現行の制度や法律はもう時代に合っていないのでしょう。性善説、こんなことはする人はいないはずといった常識は既に崩壊しています。
マスコミが「オールド」メディアと呼ばれるのは、やはり古い価値観での報道にとらわれ過ぎているからではないでしょうか。公平性は大事ではあるものの、それを悪用して自己主張を届ける人間はすでに出ているのです。会見は、論点ずらしに乗り、本来もっと聞き出したり追求すべき点が漏れてしまったことが残念に思いました。
メディアの姿やコミュニケーションのあり方、そして時代の変化を考えさせられる、この日の会見でした。


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増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)

東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家

東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」としてNHK・ドキュメント20min.他、数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。

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(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)
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