■「お前は愚か者」ライブ配信中にメキシコ代表を叱責
ミス・ユニバースを決定する国際大会が11月21日まで、今年はタイの首都バンコクで開催された。その最中、本選前に行われた11月4日の祝典イベントの場で大会責任者が放った暴言が波紋を広げた。
各国の予選を勝ち抜き、タイでの本選に集まった約75人のミス各国代表を集めた説明会の場。ミス・ユニバース・タイの大会責任者であるナワット・イサラグリシル氏が、マイクを通じて特定の出場者を叱責した。
当時、ナワット氏は出場者が集まる広間の前方に立ち、タイでの大会プロモーション活動について説明していた。
英BBCなどが報じた複数の映像によると、その最中に彼は突如、「OK、メキシコ、どこにいる?」と探し始めた。
その後、メキシコ代表のファティマ・ボッシュさんを立たせ、名指しで叱責。この一部始終が報道陣のカメラに収められたほか、ライブ配信映像を通じて世界へ拡散された。参加者への敬意ない対応が国際問題となっている。
■「聞け! 私がまだ話している」
ナワット氏を苛立たせたのは、式典前に行われたスポンサー向けの撮影イベントでの一件だ。
このイベントに欠席していたボッシュさんに対し、ナワット氏は多くの各国代表らのなかで彼女だけを立たせ、「カメラの前で説明しなさい」と問い詰めた。
ボッシュさんは控えめな声で「公の場で問い詰められたくありません」と述べ、個別の話し合いで誤解を解きたいと示唆。だが、ナワット氏は聞く耳を持たず、彼の怒りはエスカレートするのみだった。
メキシコの国内責任者が意図的にプロモーションを妨害したと示唆し、「もしあなたが国内責任者の命令に従うなら、あなたはdumbhead(愚か者、馬鹿者)だ」と述べた。
25歳のボッシュさんは抗議しようとしたが、数回のやり取りを経て、ナワット氏はさらに高圧的な態度に変化。強い調子で「あなたには話す機会を与えていない」「聞け! 私がまだ話している」とマイクを通して命じた。
報道によると、プロモーション活動に関して大会組織間で認識に齟齬があったという。メキシコの国内責任者は、プロモーション活動は義務ではないと認識していた。ボッシュさんとしても、出席が必須だとは知る由もなく、別の撮影イベントを優先していた。
■警備員を投入し事態の収拾を図ったが……
ボッシュさんは努めて冷静なトーンで「あなたは私を女性として尊重していません」と訴えたが、思い通りに叱責できなかったことでナワット氏の苛立ちは頂点に達したようだ。
「セキュリティ! セキュリティ!」と叫び、警備係に彼女を退場させようとした。物理的に排除することで発言を封じようとする姿勢に、会場にいた他の女性たちからは一斉に「ノー」の声とどよめきが上がる。
各国代表たちはライバル同士という本来の立場を捨て、ボッシュさんに強く寄り添った。次々と立ち上がり、ナワット氏がまだ進行を続けようとする式典の会場を去った。
英タイムズ紙によると、現役ミス・ユニバースでありデンマーク代表のヴィクトリア・シェア・タイルヴィグ氏が真っ先に動いた。
彼女はコートを手に取りながら、「これは女性の権利に関わる問題です」と宣言。「他の女性を侮辱するのは、極めて無礼なことです。だから私はコートを着て、ここを出て行きます」と述べ、会場を後にした。
■現役ミス・ユニバース含めこぞってボイコット
ナワット氏は事態の収拾を図ろうとした。
BBCが報じたところでは、彼は立ち上がった出場者たちに対し、「コンテストを続けたいなら、座りなさい。出て行くなら、残りの女性たちで続ける」と脅した。失格をちらつかせることで、抗議を抑え込もうとするねらいだ。
だが、脅迫は逆効果だった。各種報道を総合すると、具体的に判明しているだけでも、カナダ、デンマーク、バハマ、パナマ、アルメニア、ブラジル、コスタリカ、イラク、パレスチナ、プエルトリコなど多くの代表が、ボッシュさんと共に立ち向かう姿勢を示し式典会場を後にした。
シンガポールのニュース専門局CNAの動画には、半数を超えるとみられる各国代表らが一斉に立ち上がり、退席のためドアへと向かう姿が収められている。
会場を出たボッシュさんは記者団に対し、退席の理由をていねいに説明している。
「この国を尊敬しています。タイが本当に大好きですし、皆さん全員に敬意を抱いています。素晴らしい人々だと思います。ですが、責任者の先ほどの行いは、敬意を欠いていました」
さらにこう続ける。「家庭にいる人や、すべての女性。大きな夢があっても、栄誉のためであろうと、関係ありません。尊厳を奪われるようであれば、去るべきなのです」。会場外でボッシュさんを囲む人々からは、大きな歓声が上がった。
■60歳タイ人富豪が抱えていた問題点
今回の騒動を起こしたナワット・イサラグリシル氏は、60歳のタイ人実業家だ。
USAトゥデイによると、彼はミス・ユニバース・タイの国内責任者を務めるだけでなく、別の女性コンテスト、ミス・グランド・インターナショナルの会長でもある。
実は事件が起きる前から、タイ大会トップのナワット氏と、国際組織であるミス・ユニバース本部の間に緊張が走っていた。
タイ国営放送のPBSによると、11月4日のセレモニー開始前、ナワット氏は出場者たちに対し、ミス・ユニバース・タイによるプロモーション活動が正当なものであると強調している。
プロモーションの対象は、「トップ10 スペシャルディナー&トークショー」と題されたサブイベントだ。各国代表から投票で選ばれた数名がナワット氏と共に登壇する内容で、ミス・ユニバースの承認を得ずにタイ大会側が独自に企画していた。
このイベントについて、ミス・ユニバース本部は以前から「未承認」であり、ミス・ユニバースの名称やロゴ、ブランドを不当に使用していると指摘。一方、ナワット氏は補助的な収入源になるとして重視し、商標の使用は契約パッケージに含まれていると主張していた。
■スポンサーイベント白紙で涙ながらの謝罪
騒動から一夜明けた11月5日、歓迎式典の壇上に立ったナワット氏は、涙ながらに謝罪した。
米全国紙USAトゥデイによると、彼は約75人の出場者たちを前に、「私は人間です」と切り出した。「プレッシャーが大きすぎて、時々コントロールできなくなる。でも、誰も傷つけるつもりはなかった」と釈明。出場者たちに向き直り、頭を下げながら「謝罪しなければなりません」と述べている。
ナワット氏は「You're dumbhead(愚か者だ)」でなく「damaged(損害を与えた)」と言ったと弁明。だが、映像に残された発言はそのようには聞き取れない。
謝罪だけでは事態は収まらなかった。PBSが報じたところによると、11月6日、ナワット氏と現役ミス・ユニバースのヴィクトリア氏などが出演予定だった、前述のディナーショーの開催中止が発表された。スポンサー企業が「最近の出来事」への懸念を表明したためだ。
ナワット氏はまた、騒動を受け複数のブランドスポンサーが降板したと認めた。フィリピンメディアのデイリー・トリビューンによるとナワット氏は、「スポンサーへの配慮が十分でなかったことを改めてお詫びします」と謝罪に追われた。
■本部組織は厳格な制裁措置を発表
ミス・ユニバース本部の対応は、極めて迅速かつ厳格だった。
米CNNによると、組織会長のラウル・ロチャ氏は11月4日、スペイン語で声明動画を公開。122人の各国代表者に寄り添う姿勢を表明したうえで、「私は女性の尊厳と尊重する価値の侵害を許さない」と述べ、ナワット氏の行動を強く非難した。
さらに同氏は、「無防備な女性を脅すべくセキュリティを呼んだ、深刻な虐待」だと断言。ナワット氏の大会イベントへの参加を「可能な限り制限、または完全に排除する」とした。
USAトゥデイ紙が報じたところでは、組織は、最高経営責任者(CEO)のマリオ・ブカロ氏に対し、ナワット氏の「悪意ある行為」に対する法的措置の詳細をまとめるよう指示。執行部の代表団と外交専門家をタイに派遣し、現地の状況を把握し大会運営を指揮する方針を示した。
■大会運営側が“無意識の差別”をさらけ出す
ナワット氏の問題発言は、メキシコ国民1億3000万人への侮辱でもあった。
これが仮に、日本の代表者への発言であったらどうかを考えてみると、メキシコの人々の怒りを察するのは難しくない。国際イベントの場で、マイクを通じ「OK、日本、どこにいる?」「お前は愚か者だ」「発言は許可していない」など自国の代表が蔑まれたとなれば、心穏やかではない。
今回の騒動は、メキシコ現地の大統領府にまで届いた。
CNNが報じたところによると、11月6日の記者会見で、女性大統領のクラウディア・シェインバウム氏は、「女性がどのように声を上げるべきかの見本です」とボッシュさんの対応を称えた。
シェインバウム氏自身、英ガーディアン紙などが伝えるように、11月5日に路上で酔っ払いとみられる男にキスをされ、胸に手を伸ばされる性被害を受けたばかりだ。
ミス・ユニバースは、女性のエンパワーメントと女性の声を世界に届けるプラットフォームを掲げる。だが今回の騒動は、その理念に反する大会運営側の無意識をさらけだした。
11月21日の戴冠式で、王冠はボッシュさんの頭上に輝いた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、最終ラウンドで審査員に「ミス・ユニバースとして、女性のための安全な空間をどう創出するか」と問われた彼女は、「私は自らの声を、他者を力づけ、奉仕するために捧げます」と答えた。「立ち上がる勇気ある者こそが、歴史を作るのです」
女性として口を塞がれることに断固反発した彼女に、競合である各国代表らは連れ立ち寄り添った。メキシコに贈られた王冠は、彼女たち皆の王冠でもある。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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