駅のコンコースや公共施設で目にする、親しみやすい大時計。だが、手元のスマホで時刻を簡単に確認できる今、そのあり方が問われている。
日本では経費削減のために撤去の動きがある一方、イギリスでは「世界最古の鉄道駅」でデジタル式にリニューアル。海外メディアは、アナログ時計が消えゆく「切ない理由」を報じている――。
■半世紀ぶりのデザイン変更
世界最古の鉄道駅のひとつであるロンドンブリッジ駅のコンコースに、直径1.8メートルの巨大な時計が姿を現した。
10月16日、イギリスの鉄道網を運営するネットワーク・レールは、新しい統一時計デザイン「レール・クロック(Rail Clock)」の実物版となるこの大時計を初披露。黒と赤を基調とした文字盤は円形となっており、アナログ時計を思わせる。だが、時針も分針も一切存在しない。文字盤全面をLEDディスプレイとし、時刻を数字で表示するデジタル時計だ。
文字盤の中央には、24時間表記の数字を大きく配置。数字は専用フォントの「レール・アルファベット2」を採用し、遠くからでも視認性が高い。文字盤の外周部では、同社のロゴにも使われている赤いダブルアロー(二重矢印)が周回。互いに反対方向へと動きながら円周を巡り、秒を表現する。
伝統的なブリティッシュ・レール(British Rail)のアイデンティティを受け継ぎながら、明快でモダンな印象を与えている。
1974年のデザインマニュアル策定以来、実に半世紀ぶりにデザイン一新。「駅の大時計といえばアナログ式」の常識を覆し、現代風のデジタル表示と高品質のLEDディスプレイを搭載した。
このデザインは同社のデザイン標準として、他の駅の時計やスマホアプリでも共通して展開される。ロンドンブリッジ駅に登場した大時計だけでなく、同社の標準デザインがアナログからデジタルに移行した。
■アメリカの若者「アナログ時計は教科書で見たけど……」
もっとも、卓越性だけを意識するならば、従来どおりアナログ時計とし、装飾面で格式を高めれば事足りる。なぜネットワーク・レールは伝統をうち捨て、デジタル表示を採用したのか。
同社は理由の詳細を発表していないが、背景のひとつに、若者たちの習慣の変化がありそうだ。傾向はイギリスでもアメリカでも共通しているのだが、まずはアメリカの番組による街頭実験が興味深い。
NBCの情報番組「トゥデイ(TODAY)」が2019年5月の放送で、深夜トーク番組「ジミー・キンメル・ライブ!(Jimmy Kimmel Live!)」の一幕を取りあげている。番組がアメリカの街頭でアナログ時計を読めるか調査したところ、取材に応じた10代から大学生までの若者たちは、明らかに困惑した様子だった。
ある女性は時計を見せられた瞬間、「ああ、だめです。無理」と音(ね)を上げている。
次の女性はたっぷり10秒近くをかけ、2時52分の時計を「2時……(あんぐり口を開けて停止)……45分……じゃなくて……」とかなり手こずっている様子だ。
■若者の半数以上はアナログ時計に苦手意識
別の参加者は3時40分を指したアナログ時計を見せられ、「8時17分?」と回答。
おそらく短針と長針を逆に読んでおり、惜しいと言えば惜しい。リポーターがジョーク交じりに「午前? 午後?」と尋ねると、アナログ時計から読み取れないとは瞬時に答えられず、時計を凝視したまま固まってしまった。
さらに別の大学生は、「小学校以来、こういう時計を読むことはなかったです」と語る。同番組は、「アナログ時計にとって時間切れが迫っている」と指摘。ビデオテープやウォークマンと並んで、タイムカプセル行きも近いとコメントしている。
こうした傾向は決して一部の学生にとどまらず、統計にも表れている。アメリカの世論調査会社ユーガブが今年8月に公開した調査によると、65歳以上のアメリカ人では95%がアナログ時計を瞬時に読めると回答したのに対し、30歳未満ではわずか43%にとどまっている。若い世代の半数以上は、アナログ時計が苦手だ。
調査はアメリカの成人市民1128人を対象に実施され、年齢や教育水準などをもとに加重調整されている。学歴別でも差が見られ、大学卒業者では78%が瞬時に読めるのに対し、非大学卒業者では68%だったが、年齢差ほど顕著な差異はない。
アナログ時計が読めない問題は、教育レベルの影響もあるものの、むしろ時代の推移によるものといえるだろう。
■イギリスでも時刻の読み取りに苦労
ネットワーク・レールが営業しているイギリスでも、状況は似ている。調査によると、イギリスの人々の実に6人に1人が、アナログ時計を瞬時には読めない。
今年3月放送の英ITVの情報番組「ディス・モーニング(This Morning)」によると、2000人を対象とした調査で16%(およそ6人に1人)がデジタル時計でなければ時刻を読むのに苦労する(全く読めないか、あるいは読むのに時間がかかる)と認めた。特に18~24歳のZ世代では、21%(5人に1人以上)が時刻を読むのに苦労すると答えている。
こうしたなかネットワーク・レールは、主催したコンペの要件において、「標準化され、一貫性があり、アクセシブル(standardised, consistent and accessible)」なデザインという条件を明記。アクセシビリティは最優先事項だった。選考過程では自ずと、若い世代の一部を切り捨てることのないデジタル表示が審査員たちの支持を得たと推測される。
ただし、アナログ時計を読めない層に合わせることについては、賛否両論がありそうだ。時計専門販売サイト「ウォッチズ2U(Watches2U)」の創業者であるダニー・トフェル氏は、アナログ時計離れに懸念を示す。
トフェル氏は英地方紙オックスフォード・メールの取材で、「10代や成人が時刻を読めないなど、あってはなりません」「幼少期に身につけて磨くべき、貴重な生活技能ですから」と強調する。
■試験会場からアナログ時計が消えた
トフェル氏の思いもむなしく、現実問題としては、アナログ時計の読み取り能力は低下している。
教育現場は対応に迫られた。
イギリスでは2018年時点ですでに、学校の一部の試験会場からもアナログ時計が消えつつあると報じられ、議論を呼んだ。英テレグラフ紙が2018年4月に伝えたところによると、GCSE(中等教育修了試験)やAレベル(大学進学資格試験)を受ける生徒たちが試験中、時刻を読み取るのに苦労しており、残り時間が分からないと訴えた。教師たちはこれを受け、デジタル時計への切り替えを進めたという。
英国の校長組合である学校・カレッジ指導者協会(ASCL)の副事務局長マルコム・トローブ氏は同紙に対し、「現代の世代は、従来の時計の文字盤を読むのが上の世代ほど得意ではありません」と説明。「彼らの持ち物はほとんどすべてデジタルなので、若者はどこでもデジタル表示の時刻にのみ触れています」と指摘する。
イギリスでも教育課程の一環として、7歳までにアナログ時計の読み取りを学ぶ。だが、英タイムズ紙が2022年10月に報じたところによると、多くは10代になるころには早くもそのスキルを忘れているという。スマートフォンで時刻を確認することに慣れた生徒たちは、針の角度を読み取る方式に困惑顔だ。
学校・カレッジ指導者協会の事務局長ジェフ・バートン氏は同紙に対し、「若者はデジタル時代に育っており、年配の世代が成長期に見ていたほどには、アナログ時計や腕時計を目にする機会がありません」と述べた。「まさに時代が変化している事例です」とバートン氏は語る。
■「時計」でなく「タイムピース」と呼んだ理由
こうした若者のアナログ時計問題が存在するなか、デジタル化という大胆な提案が新時計のデザインコンペで輝いた。
実際、ネットワーク・レール側も、古い慣習にとらわれない突き抜けたデザインを求めていた。
デジタルの新デザインは、ネットワーク・レールが英国王立建築家協会(RIBA)およびデザイン・ミュージアムと共同で実施した国際コンペで選ばれたものだ。英鉄道専門誌レールウェイ・ガゼットによれば、14カ国から100を超える応募があり、最終的にデザイン・ブリッジ・アンド・パートナーズ社(Design Bridge and Partners)の案が採用された。
デザイン・ウィークによると、ネットワーク・レールは選考段階から「clock(時計)」という用語を避け、あえて「timepiece(計時装置)」というワードを使用した。その理由について同社は、「(旧来の置き時計を思わせる)時計という言葉の慣習や含意」を避けるためだったと説明している。
だが、この意図を見抜いた応募者はむしろ少数派だった。100を超える応募の多くは、若者にとって読みづらく、ありふれた駅の時計を思わせるアナログ式だった。
ネットワーク・レールの建築専門責任者であるアンソニー・デュワー氏は同誌に対し、「多くはスイスの鉄道時計に非常に似ていた」と振り返る。「スイスの鉄道時計はもちろん美しいのですが、それはスイスの鉄道会社に向けたデザインです」
最終候補5案まで絞り込まれた段階で、デザイン・ブリッジ・アンド・パートナーズ以外による案は、すべてアナログ時計であった。デュワー氏は同誌で、決定案は「際立って異なる提案だった」と評価している。
■スマホ時代の時計像
スマートフォンで時刻を確認できる現代、国内でも駅時計の在り方が問われている。
読売新聞が2022年3月に報じたところによると、JR東日本は2021年11月以降、全駅の約3割に当たる500駅で時計の撤去を開始した。
担当者はFNNに、維持コストの削減や、スマホの普及で時刻の確認が容易になり、駅時計の必要性が低下したことなどが理由だと説明している。
なかでも山梨県内では報道時点で18駅のうち11駅の時計が撤去され、地元の大月市と上野原市の両市議会は「正確な時計の設置は鉄道事業者の当然の責務」として再設置を求める決議を可決している。
JR東日本の撤去の方針も、合理性を優先したひとつの判断だ。一方で英ネットワーク・レールは、撤去ではなく新デザインでの設置を選んだ。英デザイン誌デザイン・ウィークによると、プロジェクトでは「excellent ordinary(卓越した日常)」の実現をモットーに掲げたという。
ネットワーク・レールの建築専門責任者であるアンソニー・デュワー氏は同誌に対し、「公的資金に対して(節減の)圧力があることは認識している。慎重に進めなければならないが、それでも卓越性は達成できる」と語る。予算の限度を意識しながらも、質の高い公共スペースの実現を意図した。
■変わりゆく「親しみやすい時計」
駅の時計は時刻を知る目的以上に、旅の起点であり、旅情の始まりであり、人々の待ち合わせと出会いの場でもある。
歴史的に大時計が果たしてきた、金銭には決して換算することのできないこうした価値。伝統を守りながら、スマホ世代の大時計をどうデザインすべきかという難題において、ネットワーク・レールはデザイン性の高いデジタル時計を設け、時代に適応する方針を採った。
アナログ時計の情緒が消えてゆくことに、寂しさも伴う。しかし、「若者が読めないなら、読める形に変える」との方針は、シンプルながら極めて力強いソリューションでもある。
日本でもスマホ世代の拡大とともに、古くからのアナログ時計を目にする機会はゆっくりと減ってゆくのかもしれない。時刻の読み取りに苦手意識を持つ世代が増えれば、今後はデジタル表示の方がアクセシビリティ向上の観点でふさわしい、との判断が一般的になる可能性もある。
駅のアナログ時計は今後、デジタル時計への転換や撤去などを経て、ますます姿を消していくのかもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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