■日本を代表する生保会社で起こった不正
11月18日、日本生命の完全子会社のニッセイ・ウェルス生命保険は、2金融機関(三井住友銀行とみずほ銀行)に出向していた9人が計943件の情報を無断で持ち出したと発表しました。
日本生命でも三菱UFJ銀行への出向者による内部情報の無断持ち出しが判明しており、社内調査で約600件の不正持ち出しが確認されていました。内部情報の無断取得は、ニッセイ・ウェルスと合わせ1500件超に上ります。
これまでも大手企業でアルバイトの店員が、店を訪れた有名人についてSNSで自慢したり、住所など個人情報を盗み出したという事件は過去にあり、多くはその犯人の特定や家族の個人情報までさらされるネットリンチに遭うなど大炎上に至りました。
今回の事件はアルバイトの愚かなやらかしではなく、日本有数の巨大企業の社員によるものであり、その罪深さの方がより深刻です。
個人情報や業務情報は企業の秘密であり、他社がそれを違法にアクセスするなど許されることではありません。今のような厳しいコンプライアンスが言われる前から、当然であり常識でした。しかしそれが、日本最大の生保グループで起きたことは衝撃です。
日本最大かつ世界でも著名な「セイホ」の象徴企業の社員ですら、重大なコンプライアンス違反をしていた点が、日本企業におけるコンプライアンスの現在地を象徴しているように思います。
■新浪氏に問われたものとの共通点
個人の欲望や利益のためではなく、業務上の成果を求めて情報を不正に取得するのは、かつて「産業スパイ」などとも呼ばれました。日本生命としては、会社としての意思や指示を否定していますし、それを確かめることはできません。
一方、今回の件について毎日新聞は、日本生命の社内集会で銀行へ出向している自社社員のことを、(自社から派遣されている)スパイと呼んでいたと報じています。(2025年10月11日 毎日新聞「銀行出向者は情報取る『スパイ』 日本生命社員が明かした不正の実態」)
11月20日の続報では、これに対し日生の赤堀直樹副社長は社内調査に「記憶にない」と説明していたことを明らかにしたと言います。「何か、そういうことを醸し出すようなことがあったのではないかと推定している」と言葉を濁しています。(2025年11月20日、毎日新聞)
とはいえ逮捕者が出た訳でもなく、会社が否定する以上、問題ないのでしょうか。筆者が既視感を覚えたのは今年の夏、突然辞任したサントリーHD・元会長の新浪剛史氏でした。
新浪氏は、違法性が疑われる成分の入ったサプリメントを私的に注文したなどの疑惑が浮かび、サントリーHDのCEOを辞任しました。決して逮捕された訳でも起訴された訳でもありません。財界の一角、経済同友会代表幹事でもあった新浪氏は、その後同友会代表幹事も退くことになりましたが、ここで問われたものが今現在のコンプライアンスなのだと思います。
今回の日生の件については、会社としてスパイ行為を否定していることもあり、役員が辞任すべきかどうかは筆者は判断できませんが、日本を代表する企業の社員には、明確な犯罪や違法行為ではなくとも、高い倫理観を求められているということです。法律ではないため、あくまで広義のコンセンサスです。しかし非常に厳しい水準の倫理観が問われているのが今のビジネスだといえます。
■「自主返納」が示す会社の受け止め方
コンプライアンスが厳しく問われるようになり、業務においても成果のため、コンプラ無視など絶対に許されない時代となりました。
「信用」という、金融機関の根本を揺るがせる事態は、保険商品などを買う立場の一般消費者にとっても、会社の信頼を揺るがしかねない重大な不安となるでしょう。直接関係する金融法人業務担当役員、部長の減給処分に加え、現社長と会長、さらには筒井義信前会長までも報酬の一部を自主返納する意向ということで、少々混み入っている責任の取り方が、今回の事件の難しい責任の取り方を象徴していると感じます。
現場で不適切な行為があったことへの処分は減給などの懲戒。経営責任については、トップまでもが認めてしまうと、会社ぐるみの不正とも取られかねないことから、ぎりぎりの選択として自主返納を選んだのだろうと思います。
自主返納は懲戒処分ではないので、法的な責任ではなくあくまで道義的責任を表現するものといえます。この微妙な立ち位置が、今回の事件の位置付けであり、会社としての苦しい対応を表現していると言えるのではないかと思っています。
■全く反映されていない大企業のコンプラ研修
筆者は、日生の不正が許せないので、徹底的にその罪を問えという主張をするのではありません。コンプライアンスとして求められるもののレベルが従前に比べ、さらに高度なものになっているという警鐘を意図しています。
筆者は全国のあらゆる業種業界の企業や公務員、公的団体、医療・介護機関や学校などでコンプライアンス、ハラスメントの指導に従事しています。大企業に限らず、中小零細な法人も、もはやコンプライアンス違反などあれば、存亡が問われる事態となることを経営者の方々は認識されています。
しかしながら、特に大企業は、このコンプライアンスやハラスメント研修に中小企業より先んじて取り組んできた一方、さらに要求水準が厳格化しているコンプライアンスについて、その研修などの認識や研修が形骸化しているのではないかという疑問を感じています。
弁護士や大手教育会社が実施するコンプライアンス研修ですから、中身が間違っている訳ではないとは思うものの、筆者から見れば疑問を感じてしまう知識研修、「何とかハラスメント」といった種類を覚えたり、ハラスメントやめましょう、コンプラを守りましょう的な、子どもでもわかるような説教じみた内容だとしたら、それは本当に意味があるのでしょうか。
コンプライアンスに反する行為は、組織存亡に直結するほどのダメージに至るという、社会と仕事の「ルール変更」を本当に理解できているのでしょうか。
ほとんどの大企業では「ウチは毎年全課長級以上の管理職にコンプライアンス研修やっています」と答えられますが、その内容はしっかり検証されているのか疑問が残ります。
■スポーツでは反則での得点は認められない
帝国データバンクのレポートでは、2024年のコンプライアンス違反の倒産は、過去最多の388件に及ぶとのこと。組織管理、危機管理の視点から見れば、名目上「やってます」ではなく、「実効性が上がっている」ことが目的なのですが、その実効性には疑問を感じています。
危機は必ず起こるものです。「(危機は)あってはならない」という精神論を唱えるような組織は、脆弱な危機対応しかできないと考えています。コンプライアンスは業務推進上の罰則やハンディキャップではなく、正しい成果を上げるためのルールです。
■以前より厳しくなったコンプライアンス
スポーツでルールを破れば反則であり、その成果は成果として認められません。サッカーでキーパー以外の選手がボールを手でゴールさせたのと同じ違反なのです。こうしたコンプラ違反による成果も同じです。
反則でも点が入ったからOKとはならないように、不正手段によって情報を得て、それが業績に反映できたとしても、結局後になってバレれば、経営陣も責任が問われます。日本生命は2025年9月中間連結決算では、グループ基礎利益が過去最高を達成したということですが、この事件の会見は、当然とはいえ最高益達成の高揚感などみじんもないものでした。
今回の事件は単なる他山の石、自社とは関係ない話ではなく、我が国すべての企業に求められているコンプライアンスの「現在位置」が、かつてとは比較にならないほど厳しいものになったということだと思います。そしてそのための対応として、社内での認識共有や実効性ある研修がなされているのかという警鐘ととらえるべきでしょう。
----------
増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)
東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家
東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」としてNHK・ドキュメント20min.他、数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。
----------
(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
