※本稿は、大江英樹・大江加代『知らないと損する年金の真実【改訂版 2026年新制度対応】』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■日本人の不安を煽る金融機関の戦略
世の中に公的年金の間違った理解が増殖した原因のひとつは、間違いなく金融機関の営業戦略にあります。これは考えてみれば当然で、年金不安を煽ることで自社の保険や投資信託などが売りやすくなるからです。
しかし本書を読んでこられた方ならもうおわかりでしょうが、年金が破綻することはありませんし、今後戦争で日本がどこかの国に占領され、社会制度が根本的に変わってしまうようなことでもない限り、現在の年金制度は続いてゆきます。
一番気をつけなければならないのは、自営業やフリーランスのように自分で年金保険料を納める必要がある人たちが、そういう煽りに惑わされて保険料を払わなくなってしまうことです。もしそうなったら、将来に大きな禍根を残すことになりかねません。
サラリーマンの場合は、これに関してはそれほど心配することはありません。通常ほとんどの人は厚生年金に加入しており、保険料は給与から天引きされますから、保険料が未納になるということはまずないからです。
■「年金」という名前が付いた商品に要注意
ただ、そんなサラリーマンでも気をつけなければならないこと、それは不安に煽られて変な金融商品を買ってしまうことです。本稿ではそんな“買ってはいけない金融商品”についてお話をしたいと思います。
結論から言えば、買ってはいけない金融商品の代表は“年金”と名前の付いた商品、たとえば「個人年金保険」とか、名前には入っていなくても宣伝文句で「年金式に分配金が受け取れる投資信託」といった類いのものです。
そもそもこれらの類いの商品はネーミングが秀逸です。
ところがこれらの金融商品は実は老後資産形成には向いていないのです。その理由は後ほど詳しく説明します。
■年金の本質は「貯蓄」ではなく「保険」
ここでもう一度年金の本質を思い出してください。年金の本質は保険です。つまり保障機能にあるわけです。年を取って働けなくなった時や障害を負ってしまった時などの生活を保障する手段です。
ところが世の中で“年金”と名前の付いている金融商品は、体裁は保険商品の形を取っていても実質的には貯蓄や投資なのです。個人年金保険も保障機能はほとんどなく、貯蓄を主眼としていますし、変額年金保険の場合はほとんど投資信託と同じです。
もちろん、貯蓄や投資が悪いわけではありません。
では具体的に買ってはいけない商品とその理由を挙げてみましょう。
■「返戻率106%」を年利に換算すると…
個人年金保険は、基本的には貯蓄目的で利用されるものです。保険料を積み立てていって将来そこから受け取る仕組みですが、払い込んだ保険料の合計額に対して将来受け取る金額の合計がどれぐらい上回るかを「返戻率」と言います。
保険会社や商品によって違いますので一概には言えませんが、一般的には30年払い込んでそこから5年据え置き、10年間で受け取った場合で返戻率が105~106%ぐらいのものが多いようです。
仮に106%だとしてみると、「6%も増えるのか!」と思う人もいるでしょうが、これは年利ではありません。「100」積み立てたお金が45年かけて「106」になるということですから、複利計算してみると年利では0.4%弱にしかなりません。
「いや、それでも今の定期預金の金利を考えればそんなに悪くない」と言う人がいるかもしれませんが、これはあくまでも期間が30年です。向こう30年間、今の預金金利が全く変わらないならそれも良いでしょうが、おそらくそんなことはあり得ないでしょう。
さらに将来物価が上昇していることを考えるとこんな低い金利の商品に30年も40年も固定しておくというのは私ならとても怖くてできません。
■「所得控除」の効果もたいしたことはない
また、個人年金保険は保険料が所得控除の対象となるので有利だと言われますが、これも実はたいしたことはないのです。
保険料をいくら払い込んだとしても所得控除となるのは所得税では4万円(2026年より25歳未満の扶養親族がいる場合は6万円)、住民税では2万8000円、合計しても6万8000円が上限です。
ところが個人型確定拠出年金(iDeCo)の場合なら、掛金の全額が所得控除されます。掛金の上限は職業や状況によって違いますが、最も掛金の上限が小さい公務員の場合でも現在その金額は年額24万円で、この金額が全額所得控除されます。つまり、個人年金保険の3倍以上になります。
もし自営業の場合なら、年間の掛金上限額は81万6000円となりますので、この場合は12倍の所得控除が得られます。個人年金保険とは比較になりません。
■リスクを回避するなら国債のほうが良い
一方、個人年金保険も定額型ではなく変額型がありますが、その実体は投資信託に投資をするのと何ら変わりません。違うのは手数料がべらぼうに高いということだけです。もし、価格変動リスクを取ってもいいというのであれば変額個人年金保険で運用するよりも直接投資信託を購入した方が良いでしょう。
「いや、リスクは取りたくないから元本の安全なもので」という場合でも定額型の個人年金保険はやめておいたほうが良いでしょう。なぜなら、中途解約すると多くの場合、元本を割るからです。期間にもよりますが解約すると70%とか80%ぐらいしか戻ってこないこともあります。
したがって、長期にわたって元本が絶対安全で金利上昇にも一定程度連動するものをということであれば、個人年金保険よりも「個人向け国債 変動10年」(※1)で運用するのが良いと思います。
※1 個人向け国債変動10年 商品説明サイト(財務省ホームページ)
■大人気だった「毎月分配型」は何が問題か
保険ではなく、投資信託にも年金受給者に人気のある商品があります。それが「毎月分配型投資信託」と言われるものです。
特にサラリーマンだった人は現役時代、毎月決まった給料日にお金が銀行に振り込まれていました。つまり、放っておいてもお金は毎月振り込まれるものだったのです。ところが公的年金は毎月ではなく偶数月の15日しか入ってきません。
そこで1カ月ごとに決算を行い、収益等の一部を分配金として毎月分配するようにした投資信託=「毎月分配型投資信託」に人気が集中したのです。「年金のように決まった金額を受け取れる」ということで、ひと頃は人気上位の投資信託のほとんどがこのタイプだったこともありました。
しかしながら、この投資信託は問題も多いのです。そもそも投資信託は価格が変動する株式や債券に投資をするものですから収益がいくら出るかが決まっているわけではありません。当然値下がりすることもありますが、その場合でも分配金が支払われます。運用して儲かっていないのに収益が支払われるということは、元本を取り崩しているということです。
■リスクも手数料も高いというデメリット
ところがこの投資信託を買っている人の中には、その辺りの説明を十分に受けていないか、あるいは受けていてもあまり理解していない人も多くいます。そこで気が付いてみたら元本が大幅に減っていたということもあり、クレームになったり、場合によっては訴訟になったりしているのです。
それにそもそもこのタイプの投資信託は他に比べると非常に手数料が高いことも問題です。
もちろん、年金受給者には定期的に入ってくるキャッシュフローが欲しいという気持ちがあるのはよくわかります。でもそうであれば、投資信託の定期売却サービスもありますし、定期的に受け取りたい部分とそうでない部分を分け、受け取りたい部分は預金や証券総合口座のMRFなどにしておき、使う分をそこから引き出し、そうでない部分はもっと手数料の安い投資信託で運用をすればいいのです。
それに毎月分配型投資信託の場合、分配金の原資を得るためにオプション取引などを使うこともありますから、リスクも高い場合があるし、複雑な仕組みになっている分、手数料が高いという面もあります。
■自分で備えるのならiDeCoがベスト
やはり公的年金に上乗せして老後の生活にゆとりを持たせたいということであれば、貯蓄や投資はある程度必要だと思いますが、少なくとも「個人年金保険」や「毎月分配型投資信託」がそれに相応しいものであるとは思えません。
老後の資産形成に向けて利用するのであれば、制度としては個人型確定拠出年金(iDeCo)が最も有効だと思います。
勘違いしている人もいますが、iDeCoというのは制度の名前であって、商品ではありません。リスクがある程度取れる人は、iDeCoの中でできるだけ手数料の安いインデックス型投資信託を使って積み立てていけば良いですし、価格変動のリスクは一切取りたくない人であればiDeCoで定期預金を運用商品として指定しても良いのです。
いずれの場合でも所得控除がありますので、税金の戻り分を考えると現在の定期預金のようにほとんど金利がゼロに近くても、実質の利回りは15%とか20%になる場合だってあります。
30年も40年も据え置いた挙げ句、年利ではせいぜい0.4%ぐらいしかならず、且つ解約すると元本を割ることの多い「個人年金保険」や手数料のバカ高い「毎月分配型商品」よりはよほど賢い選択と言って良いでしょう。
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大江 英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト
1952年大阪府生まれ。オフィス・リベルタス創業者。大手証券会社で個人資産運用業務や企業年金制度のコンサルティングなどに従事。定年まで勤務し、2012年に独立後は、「サラリーマンが退職後、幸せな生活を送れるように支援する」という理念のもと、資産運用やライフプランニング、行動経済学に関する講演・研修・執筆活動を行った。日本証券アナリスト協会検定会員、行動経済学会会員。著書に『投資賢者の心理学』(日経ビジネス人文庫)、『定年男子 定年女子』(共著・日経BP)、『知らないと損する 経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)、『お金の賢い減らし方』(光文社新書)など多数。2024年1月没。
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大江 加代(おおえ・かよ)
確定拠出年金アナリスト
大手証券会社にて22年間勤務、一貫して「サラリーマンの資産形成ビジネス」に携わる。確定拠出年金には制度スタート前から関わり、約10年間投資教育の他、運営実務のサポート業務に従事した。2012年9月に大江英樹とともにオフィス・リベルタスを設立。2022年9月に代表取締役に就任。現役世代の資産形成・定年前後のライフプラン等をテーマとするセミナーや研修での講演の他、各種マスコミや媒体への寄稿等を行っている。著書に『「サラリーマン女子」、定年後に備える。』、『新NISAとiDeCoで資産倍増』(ともに日経BP社)、『iDeCoのトリセツ』(ソシム社)、『定年後夫婦のリアル』(大江英樹と共著・日本実業出版社)など。
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(経済コラムニスト 大江 英樹、確定拠出年金アナリスト 大江 加代)

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