■民放BS4K、相次ぎ撤退へ
「次世代のテレビ」と鳴り物入りでスタートした超高精細画質の衛星放送「BS4K」が、風前の灯となりつつある。
総務省の有識者会議が先ごろ、赤字続きのBS4Kをついに見限り、4K事業をネット配信をはじめとする新しいビジネスモデルに移行する必要性を強調するという、異例の提言をとりまとめた。

こうした動きに歩調を合わせるように、民放キー局系5局がBS4Kから撤退を検討する事態になっている。民放各局が手を引けば、BS4Kで残るのは「公共メディア」を標榜するNHKとわずかな通販専門チャンネルだけ。
そうなると、BS4Kは事実上の崩壊である。
ネットフリックスをはじめとするネット配信が急速に拡大し、若い世代を中心にテレビ離れが加速、中でも多チャンネルをウリにした衛星放送の存在感が薄れる中、十分な番組を提供できないBS4Kは視聴者をつなぎ止めることができなかった。
普及のテコと期待した2020東京オリンピック・パラリンピックも、コロナ禍で肩すかしに終わってしまった。
■視聴者にも、スポンサーにも見放された「お荷物」
不運が重なったとはいえ、見たい番組がなければ利用者が増えるはずもなく、視聴者がいなければスポンサーがつくはずもない。経営環境は悪化する一方だった。
もっとも、家電量販店に行けば、ズラリと並んでいるテレビ受像機は4K仕様のコネクテッドテレビばかり。実は、ネット配信のコンテンツは今や4Kが主流なので、BS4Kが見られなくなっても、テレビ受像機が売れなくなったりお蔵入りしたりする懸念はなく、テレビメーカーが悲鳴を上げることもなさそうだ。
2025年は、ラジオがスタートしてから放送100年にあたる。この間、テレビ放送(1953年)、カラー放送(1960年)、ケーブルテレビ(1971)、衛星放送(BS、1989年)、CS多チャンネル放送(1996)と次々に新しい形の放送が始まり、2011年には国策として推進した地上放送の全面デジタル化が完遂。続いて打ち出した放送政策の目玉がBS4Kだった。

だが、視聴者にもスポンサーにも見離され赤字体質から抜け出せないBS4Kは、まさに「お荷物」以外の何物でもなくなってしまった。
数々の成功体験を重ねてきた放送行政だが、時代を読み誤った挫折と言わざるを得ない。
■引導渡した総務省の有識者会議
総務省の有識者会議「衛星放送ワーキンググループ」(主査・伊東晋東京理科大名誉教授)は10月29日、BS4Kのあり方について「第二次とりまとめ(案)」を公表した。
そこでは、ネット配信の広がりにより、衛星放送の特徴である多チャンネル性が相対的に低下していると分析。ネット配信やゲームの制作・流通は4Kコンテンツが世界的潮流となる中、BS4Kはコンテンツが明らかに見劣りし視聴者のニーズを喚起できていないと指摘、費用回収が不可能な状況に陥っていると、現状を概観した。
そのうえで、4Kの番組を放送に固執せず、ネット配信に展開するなどビジネスモデルの再構築を図り、収益の確保を目指すよう提言した。
メンバーの1人である音好宏・上智大教授は「放送界は、昨今の選挙報道のネット展開で、いち早くオーディエンスの全体像を把握できたし世代ごとの反応もわかるなど、新たな発見をした。テレビも、ネットに上手に進出することによって新たなビジネスモデルを作っていくことは十分ありうる。だから、どんどんネットに出ていけばいい」と語る。
つまり、総務省が音頭を取ってきたBS4Kは「これ以上続けても改善できる見込みは薄い」と断じたのである。
有識者会議のメンバーをみると、これまで放送行政に好意的な見解をもつ面々が多く見受けられる。にもかかわらず、もはや見切りをつけざるを得ないほど経営環境は悪化しており、断腸の思いでBS4Kに引導を渡したともいえる。
スタートしてから、わずか10年足らずの痛恨の判断である。
■TBSホールディングスの悲鳴
有識者会議の議論で明らかになった民放BS4Kの実態は衝撃的だった。
TBSホールディングスの報告によると、まず、視聴者へのリーチ力(2025年7月・TVS REGZA調べ)は、地上放送のTBSが82.0%に対し、BS-TBSが22.8%。これに対し、BS4Kは3.5%だった。ほとんど「お客さん」がいないことがわかったのだ。
その結果、BS4Kは、2024年度の事業収入が約1200万円に対し、番組制作・購入費、衛星利用料、放送機器委託費、宣伝費などの事業支出は約8.6億円だった。収入がほとんどないのに、費用が年間10億円近くもかかっているというのである。
最近、廃線問題が取り沙汰されているJRのローカル線の営業系数も真っ青の超赤字なのである。
さらに、2030年には、放送設備の更新が不可避で、約15憶円がかかると見込んだ。実に125年分の収入にあたる。
これでは、とてもビジネスにはならない。
視聴者へのリーチ力がまったくないため、今後も収益が伸びる見込みはなく、一方でコストの大幅削減はまったなしというのであれば、「経営判断が必要なタイミングが来ている」として「BS4K撤退、ネット配信に移行」との方向性を打ち出したのも当然だろう。

他の民放BS4Kも同様の傾向で、「BS日テレ」「BS朝日」「BS-TBS」「BSテレ東」「BSフジ」の5局を合わせた赤字は累計で300億円規模に上るという。
■すでに専門チャンネルが続々撤退
実は、すでにBS4Kに参入した民放の撤退は始まっている。
スカパー!は、「J SPORTS 4K」「日本映画+時代劇4K」「スターチャンネル4K」など9チャンネルが2024年3月末に放送を終了。「WOWOW 4K」も2025年2月末、採算が合わないとして放送を終えている。
これに続こうとしているのが、民放BS4K5局。2027年1月の免許更新時に再申請しない方針を固めているという。「もう、これ以上、失敗した国策とは付き合えない」というのが本音のようだ。
民放5局が撤退すれば、2027年以降のBS4Kのチャンネルは、NHKの「BSプレミアム 4K」と、通販専門チャンネルの「ショップチャンネル 4K」「4K QVC」の3チャンネルのみとなってしまいそうだ(ほかに「OCO TV」が準備中だが開局に至るかどうかは不明)。
NHKは、自然・歴史・音楽・演劇などを中心に4K番組をそこそこに制作しているが、リーチ率となると9.3%で、1割にも満たない。通販専門チャンネルも、視聴者が集まらなければ、いつまで運用されるか予断を許さない。
さりとて、今後、BS4Kに新たな参入者が続出するとは考えにくい。放送衛星のトランスポンダ(中継器)はガラ空きになりそうで、衛星放送会社も対策を急がざるを得ないだろう。
BS4Kという言葉が死語になってしまう日は遠くないかもしれない。
■「日の丸家電」の復権を目指したが…
総務省がBS4Kを推進した背景と経緯をみてみる。
超高精細画質の4K放送が本格的に動き出したのは、2013年。
放送のデジタル化が地上放送を最後に完了したことを受けて、次なる放送行政の目玉施策として照準を定め、CSを皮切りに、BS、地上波へと展開する壮大な青写真を描いた。4Kは、既存の地上放送や衛星放送の画素数2Kの4倍、8Kは16倍で、鮮明で臨場感のある映像を楽しめることがウリだった。
そこには、「デジタル特需」の反動でテレビ市場が冷え込む中、テレビ需要を喚起しようという思惑があった。海外でも4K放送が導入されはじめた時期でもあり、海外市場での「日の丸家電」復権の期待も膨らんだ。
こうした動きを見越して、東芝やシャープ、ソニーの国内メーカーが次々に大型ディスプレーの4Kテレビを売り出した。
さらに、このタイミングで、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定。1964年の東京オリンピック・パラリンピックでカラーテレビが一気に普及した成功体験を思い出し、「2020年の東京オリンピック・パラリンピックは4Kで」と二匹目のどじょうをねらう機運が盛り上がった。
このころは、まだネット配信はほとんど普及しておらず、映像メディアでテレビの王座は揺るがないという「テレビ神話」は健在だった。
総務省は、「2020年に4K・8K放送が普及し、多くの視聴者が市販のテレビで4K・8K番組を楽しんでいる」という目標を立て、放送各局のネジを巻き、2018年12月には、BS4Kの本放送がスタートした。

■ネット配信の本格化で目算が狂う
だが、ほどなく総務省の目算は狂う。
最大の誤算は、映像メディアをめぐる視聴環境の劇的な変化だった。
ネットによる動画配信は、2015年に最大手のネットフリックスが日本に上陸、アマゾンプライムもサービスを開始、U-NEXTの国内勢も健闘し、ネット配信が本格化した。そして、コロナ禍の巣ごもり需要で急拡大、4Kコンテンツも続々投入された。
さらに、スマートフォンの急速な浸透も輪をかけた。第4世代移動通信システム(4G)に続いて2020年には高速大容量の第5世代(5G)の商用サービスが始まり、スマホでストレスなく動画配信を楽しめるようになった。4K映像は大型画面でこそ真価を発揮するが、ネット配信をスマホの小さな画面で見る視聴習慣が広がってしまったのである。
そのうえ、BS4K普及のカギと期待していた東京オリンピック・パラリンピックは、コロナ禍で無観客開催となり、国民的盛り上がりにまったく欠けてしまった。「放送サービス高度化推進協会」(A-PAB)の調査(2021年2月)によると、BS4K・8Kで東京オリンピック・パラリンピックのいずれかを見たという人は全体のわずか2.2%でしかなかった。
■当初から及び腰だった民放各局
もっとも、民放各局は、当初から及び腰だった。2000年に始まったBSデジタル放送は、20年近く経っても、視聴率は上がらず、スポンサーも少なく、目立つのはテレビ通販番組ばかりで、営業成績も決して良好とはいえない。
そこに、衛星2局目のBS4Kを開局しても、確実に収益を上げられる目算が立たなかったからだ。
4Kオリジナルの番組を制作するためには、制作機材や膨大なデータ処理が必要で編集にも時間がかかるなど、多大なコストがかかり、とても採算ベースには乗りそうになかった。
日本民間放送連盟の早河洋会長(テレビ朝日会長)は9月、BS4Kについて「撤退もやむを得ない」との認識を示した。民放界からは「総務省にお付き合いして、大金をドブに捨ててしまった」と、ため息が漏れてくる。
民放BS4K5局は、BS4Kに代えて、4K番組のネット配信について民放共同の動画配信サービス「TVer」の利用や新たなサービスを立ち上げる形での検討を始めたという。
■孤軍奮闘するNHK
これに対し、NHKの稲葉延雄会長は同じころ、「4Kコンテンツの制作、BS4K放送に積極的に取り組んでいく考えにまったく変更はない」と強調した。
「公共メディア」を標榜し受信料という安定財源に支えられるNHKならではの物言いで、「4K押せば、いい時間」のキャッチコピーを展開し、孤軍奮闘しているように見える。「BS4KはNHKのNHKによるNHKのための技術」という、やっかみ混じりの皮肉が伝わってくる所以でもある。
だが、はたして本心はどこにあるのか。NHKの受信契約数約4100万件のうち、衛星放送の契約数は約2200万件と半分程度でしかない。衛星放送開始から35年も経つのに、普及のレベルは低い。
だが、もはやBS4Kが衛星契約を増やす起爆剤になるとは、とても考えられない状況だ。10月からネット配信が放送と同様に必須業務となっただけに、BS4Kのネット配信という選択肢を真剣に検討するかもしれない。
ちなみに、NHKだけが固執して運用している超々高精細画質の8Kは、対応テレビも極端に少なく、ほとんど視聴されていない。こちらは「8Kは完全に失敗」という評価が放送界の共通認識になりつつある。
■行政主導の放送の限界が露呈した
「A-PAB」の最近の調査(2024年2月)によると、BS4K・8Kの認知度は42.3%にまで高まったが、実際に視聴したことがある人は11.0%に過ぎない。
BS4Kの現在地は、だれも住もうとしない荒野に等しい。そもそも、テレビ受像機の市場対策からスタートしたところに、ボタンのかけ違いがあった。「視聴者不在だった」のである。
今後、視聴者が4Kに触れる場所は、テレビではなくネットが中心になるだろう。コンテンツ提供の主戦場が、テレビからネットに移行しているのが現実だ。
BS4Kの行き詰まりは、行政主導の放送というメディアの限界を浮き彫りにした。
民放BS4K5局が撤退すれば、BS4Kに放送行政の根幹である「公民二元体制」はもはや望むべくもない。
総務省の描いた「夢物語」は、「絵空言」に終わりそうだ。
放送が名実ともに歴史的転換点に立たされている中、放送行政は、有識者会議が提言したように、ネット配信へのシフトを念頭に、発想のコペルニクス的転換を余儀なくされるタイミングに来ている。

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水野 泰志(みずの・やすし)

メディア激動研究所 代表

1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)
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