【本稿に登場する教授たち】
五十嵐(いがらし) 圭日子(きよひこ)
東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授。研究分野はバイオマス生物工学、木質科学。
小熊(おぐま) 久美子(くみこ)
東京大学大学院 工学系研究科 教授。研究分野は環境工学、水処理学、水供給システム。
江崎(えさき) 浩(ひろし)
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授。研究分野は情報通信工学。
加藤(かとう) 真平(しんぺい)
東京大学大学院 工学系研究科 特任准教授、ティアフォー代表取締役CEO。研究分野はソフトウエア、情報ネットワーク、計算機システム。
■アリババ創業者も注目する日本の農業
【五十嵐】東京大学に東京カレッジ(※1)ができて、2023年からアリババ(※2)(阿里巴巴)創業者のジャック・マー(※3)(馬雲)さんが教授職として入られました。
※1 東京カレッジ 2019年に東京大学と海外の研究者・研究機関が連携する中心的な場所として設立された。
※2 アリババ 1999年創立の中国の巨大テック企業。B2B(企業間)電子商取引プラットフォームの運営から始まり、グローバルで様々なサービスを展開している。
※3 ジャック・マー 中国の起業家。EC(電子商取引)を手掛けるアリババグループや、モバイルとオンライン決済など金融サービスを行うアントグループの創業者。
【加藤】ニュースになりましたよね。僕はニュースレベルでしか知らないのですが。
【瀧口】驚きましたよね。
【五十嵐】ジャック・マーさんがなぜ東京大学の中にある東京カレッジの先生になったのかというと、実は彼は日本の農業にものすごく興味を持っていたからです。彼はいろいろな国や場所に行って、いろいろな農業を見てきたそうです。その中で、日本の農業は与えた肥料に対してちゃんと収穫ができていて、その効率がすごく高い。
だから、日本はこの農業の方法を世界に教えてあげなきゃダメだと言うんです。
【瀧口】五十嵐先生は直接、ジャック・マーさんとお話をされたんですか。
【五十嵐】はい。ものすごく熱い人なので140カ国くらい回る中でこれから先、世界がどんどん食糧難になっていくことを肌で感じて、この状況を変えないといけない。「自分が貢献できるのはそこだ」と言い切っていました。
■日本農業の意外な強み
【加藤】ジャック・マーさんはアリババを創業する前に塾の講師か何かをされていたんでしたっけ。
【五十嵐】そうです。先生をされていて彼はもともと教育職に戻りたかったみたいです。ただ、ビジネスがうまくいっていたので、トップとしてそちらをやらなければいけなかったそうです。東大農学部の中で農業政策や農業の効率の話ができる先生を集めて話をしたときに、彼は本当に興味を持っていました。
単に農業のやり方だけではなく政治やみんなに実践してもらう方法やそれでどうやってお金にするかまで、いろいろなところで教えたいんだと言っていました。
それを聞いて私は「日本の地方は疲弊しているので、必ずしも日本の農業が良いとは言えないのではないか」と言ったのですが、彼は「世界全体で見れば、日本はまだ大丈夫なほうだ」とおっしゃっていました。
【小熊】まさにそこがすごく意外です。日本の農業は効率が良いんですか。
【五十嵐】はい。投入する元素当たりの利用率がすごい高い。それはさっきの「もったいない精神」かもしれないですが。とにかく日本は炭素なり窒素なりをうまく使って頑張って育てようとしているみたいで、その辺はなるほどと思いました。
【小熊】農業で効率というとアメリカの大平原のようにすごく広い所で大規模に行うイメージがあって、日本はダメなのかと思っていました。
■課題となっているフードロス問題
【五十嵐】結局そういう農業スタイルを求めるかどうかだと思うんですよね。大きな面積で収穫量は多いけれど土地がものすごく荒れて、その回復には多額のコストがかかるので、実は効率の悪いやり方です。むしろ里山のようにものすごく小さいスケールで、しかも生態系を保ちながら農地を活用しているところは確かに面白いなと。
【瀧口】サステナビリティという観点で日本の農業にジャック・マーさんは注目しているんですね。
【江崎】それはある意味で効率的なんです。
【五十嵐】そういうことですよね。
【瀧口】日本には制約条件があるからこその効率化ですね。
【小熊】すごく日本っぽくていいですね。小さなところにいろいろな知恵が詰まっていて、小さくうまくやるのは。
【五十嵐】今までの農業はアメリカ方式というか、すごく大規模につくる話でみんながどんどん進んでいったじゃないですか。実はその結果フードロス(※4)が生じています。そのフードロスの分まで食べ物だと考えると、大量につくって、大量に損をしていたのが現代の農業だったと思うんです。
ただ、これからは地球全体のバウンダリー(限界)を考えたときに、そんなことはできるはずもない。なるべくロスがなくて、なるべくきれいに小さいところで回せる農業を考えたら日本の農業はもう一回見直さないといけない部分がある気がしています。
※4 フードロス 食べられるにもかかわらず破棄されることで生じる損失。
■崩れ始める大量生産・大量消費モデル
【江崎】アメリカの農業って倫理的にも相当悪いことをしていますよね。裏側の話を聞けば聞くほど悪質な材料を使っていたりしますから。
【五十嵐】はい。「安くて多くて」というものが、これからはそう簡単に出てこなくなると私は思っています。その安い理由が地球環境を汚したり、化石資源をいっぱい使っていたりするので。実は人間はそんなに大量にものを食わなくていいという話もあって、いろいろなところが崩壊している瞬間ではないかと最近よく思います。
【江崎】これは食だから人間に対する影響が大きいんですよね。彼らはマネーメイキング(お金もうけ)を考えているので、ロビーイング(政府や議会への働きかけ)をして、レギュレーション(規制)をすごく緩くしていますよね。そのおかげで本当は使っちゃいけなさそうだけど、レギュレーション上は可能にしていることがたくさんあるわけです。
それから自分のビジネスを守るために、レギュレーションをつくって競争相手が入れないようにすることも、すごくうまくやっています。特に種子法がそうです。アメリカは種子を改造できるけれど日本の農家の人はできないんです。
■日本の小規模農業が再評価される可能性
【瀧口】それはアメリカの企業がつくった種子についてですか。
【江崎】たとえば、つくった種子からそれを改造することは禁じられています。実は農研機構(※5)がつくったイチゴもそれに近い形をとっています。農研機構が権利を持っているので許可をもらわないと、イチゴの種を再生してはいけないんです。それをやって捕まった人もいます。
昔はすべての農家が自由に種を交配して新しいものにトライしていました。それが法律上できなくなっている背景には巨大な利益を得るために一部の企業が種子法に対するロビーイングがあります。
※5 農研機構 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が正式名称。日本の農業と食品産業の発展のために研究・開発を行っている機関。
【加藤】ジャック・マーさんはある意味逆張りで、「それだけレギュレーションが厳しい中でお前らどうやって農業をやっているのか、教えてくれ」という話なのかなと思いました。
【五十嵐】そういう話なのかもしれないですね。どこに目をつけていらっしゃるのかは実は私たちにもまだ分かりません。生産性と言っても、この農法がそんなに簡単に気候の違う場所に持っていけるわけでもないので。そうすると簡単に盗まれる技術やノウハウでもないなと、仲間の先生たちとも話をしていました。それよりもジャック・マーさんは大規模にドーンとやるのはもう終わりそうだと思っているような気がします。
今まで日本は大規模のほうにシフトしようとしてきた中で小規模なものが地方からなくなっているので、それを復活させるネタにはなりそうです。
■マー氏が評価した「日本の1次産業」の強み
【小熊】それはすごくいいですね。私はやはり地方には頑張ってほしいし1次産業がもっとリスペクトされる産業であってほしいという思いが強いので。海外から来た方が「日本の農業は実はすごい」と言ってくださるのはうれしいです。
【加藤】ところでジャック・マーさんは日本に住んでいらっしゃるんですか。
【五十嵐】そうらしいですよね。
【加藤】東京カレッジにも比較的よくいるんですか。
【五十嵐】そんなにはいらっしゃらないですね。
【瀧口】授業を持たれているというよりは研究をされているんですか。
【五十嵐】今はたぶん世界を回っていますね。
【加藤】ジャック・マーさんの見えている景色は我々とは絶対に違っていますね。ジャック・マーさんの大きく見据えている世界の中に日本の農業がうまくはまっているから、高く評価してくださっているんだと思います。それがどういう世界観なのか知りたいですよね。
【瀧口】分散型の社会を見ていらっしゃる?
【五十嵐】そうじゃないかと思います。彼はブロックチェーン(※6)(分散型台帳)などで頭角を現してきた人です。彼が言っていたのは食料の生産も結局、自分たちが食べたいものをどれだけつくれるかで各国が勝負するのではないか、と。今は輸入して動かして、いろいろなところで競い合っているのですが。
※6 ブロックチェーン 取引履歴やデータを分散して記録し管理する技術。一度記録されたデータは改ざんしにくく、取引の透明性を確保できるなど、中央主権型管理のデメリットを克服できる。
【加藤】なるほど。
■日本はもっと自給率を上げるべき理由
【五十嵐】日本も自給率を上げる方向に行かなければいけないのは確かですよね。どう考えても、どこかから物を運べば、これからどんどんコストが高くなっていくし、ましてや空輸なんて考えられなくなります。そうすると水も分散型だし食料のようなものも分散型でつくることを考えたときに日本もやっているよねと。
【加藤】少し分かる気がしてきました。ジャック・マーさんは塾の講師をされているので、東京大学に来るところまでは教養に関心があるということで理解できたのですが。Eコマース(電子商取引)のアリババからなんで農業なのか。
きっと多くの人にアクセスできるようにしたいという考えなんでしょうね。イーロン・マスクさんもいろいろやっていますが結局は「エネルギーを最大効率化する」という一点に集約されます。ジャック・マーさんも何かのコアビジョンがあって、いろいろな人たちに同じプラットフォームを提供したいという雰囲気が漂っています。
【五十嵐】私も共通の何かがあると思っています。今はプラットフォームの対象が食べ物になっているんだろうなと。
■“新しい市場”になり得る日本農業
【江崎】僕らはインターネット業界なのでジャック・マーさんのことをかなり前から知っています。僕が知るジャック・マーさんの考え方はレギュレーションが行われる前にビジネスをやる。レギュレーションは後からついてくるもので、邪魔されたら逃げます、という考え方です。
【加藤】そうですよね。最後に日本に来たときもファイナンス(資金調達)でレギュレーションができるぎりぎりのところで引っかかりましたよね。
【江崎】それがどういうことを意味しているかというと結局、彼は既存のものにはあまり興味ない。レギュレーションフリーの領域で新しいものを自由に、ただし教育者なので倫理観を持ってやりたい。そういうことだと思いますね。そうすると彼が目指しているのは「道徳ある経済」かなと。ほとんどのレギュレーションってかなり汚れているんです。
もちろん良くするためのものもありますが、利害関係をどう守るかという目的でつくられているものが多いので。良いレギュレーションをつくるためには新しくマーケットをつくったほうがいい。日本の農業にはそれができる可能性があると思ったのではないかと推測します。
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瀧口 友里奈(たきぐち・ゆりな)
経済キャスター
現在、「サタデーLIVEニュースジグザグ」(日本テレビ系列)全国生放送のコメンテーターのほか、東京大学工学部アドバイザリーボードメンバー、SBI新生銀行社外取締役などを務める。東京大学大学院修了。東京大学在学中にセント・フォースに所属して以来10年以上にわたり、経済分野、特にイノベーション・スタートアップ・テクノロジー領域で経営者やトップランナーを取材。"情報の力で社会のイノベーションを加速する”ことを目指し、株式会社グローブエイトを設立。アカデミアYouTubeメディア「アカデミアクロス」を立ち上げ〈映像×出版×イベント〉を通してアカデミアと社会をつなげている。日米欧・三極委員会日本代表および世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)日本代表。
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(経済キャスター 瀧口 友里奈)

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