■中国自動車産業に響く不協和音
筆者は2025年4月の上海モーターショー、6月には広州・深圳地域のメーカーを訪問した。そこで耳にしたのは、中国自動車産業に響く不協和音である。戦略産業クラスターの推進に突き進む地方政府と、業界の健全化を求め慎重な姿勢を取る中央政府との間に、明確な温度差が存在していた。
シャオミのSU7による死亡事故は、中国政府が自動運転技術の発展に対して慎重姿勢を強める大きな契機となったと考えられる。世界からの信頼を獲得できない自動運転技術を搭載したSDVは、中国が掲げるデジタル戦略の根幹を揺るがしかねないのである。
中央政府は、過熱した自動運転競争に待ったをかけ、技術のさらなる熟成を優先する必要性を感じ始めたと思われる。中国が今後進めるL3運用においては、車載センサーとAIに依存する自律型だけでなく、インフラとの協調をより重視していく可能性がある。
現在、中国のSNSでは、自動運転技術の安全性を検証する動画が相次いでバズっている。その代表例が、中国の人気自動車アプリ「懂車帝(ドンチャーディー)」が運営する自動車専門動画チャンネルである。
■安全性を求め始めた中国ユーザー
懂車帝は、新車・中古車の検索、レビュー、比較、試乗動画、価格情報など幅広いサービスを提供し、抖音(ドウイン=中国版TikTok)でのフォロワー数は830万人を超える。
動画チャンネルは、中国のC-NCAP安全評価を実車走行で検証する真面目な番組であるが、シャオミの事故以降は、NOAによる実際の高速走行テスト結果を映像で流し、事故瞬間の映像インパクトを重視したエンターテインメント寄りの内容がバズっている。
100万回以上再生された動画は10本を超え、中でも「216Crashes」の動画はビリビリ(中国版YouTube)だけで217万回再生を記録した。
中国ユーザーが単なる利便性ではなく、安全性を購買判断の重要な要素として認識し始めている兆候である。
■攻撃的な値下げを仕掛けるBYD
2025年5月23日、BYDは王朝(ダイナスティ)シリーズや海洋(オーシャン)シリーズなど22車種を一気に大幅値下げすると発表、シーガルで20%(5.3万元、約100万円)、シール07DM-iは実に34%(10.3万元、約200万円)も希望小売価格を引き下げた。
全国乗用車市場情報聯席会(CPCA)によれば、2025年1~4月の自動車販売価格の平均値下げがEVで2万7000元にも達した。中国メーカーの収益性の悪化と業界秩序の乱れにCPCAが苦言を呈した矢先の出来事であった。
BYDの攻撃的な値下げによる販売方針は今に始まったことではない。目標の販売台数に届かない焦りがあるのか、値引きは一段と激しくなった印象がある。BYDとは違い、日本メーカーは過去に販売したユーザーを裏切ることになる小売価格の変更を頻繁に実施することはできない。
インセンティブ(販売奨励金、実質的な値引き)でプライスリーダーのBYDに追随していかざるを得ない。ホンダは2023年に2万元(約40万円)だった1台当たり平均値引き金額を、BYDの5月の値下げ後には5万元(約100万円)に拡大している。
■勢いに陰りが見える中国のEV市場
ロイターの報道によれば、長城汽車(Great Wall Motor)の魏建軍(ウェイ・ジエンジュン)会長は、「自動車業界の中にはすでに恒大が存在している」と述べ、業界が不健全な状態にあると痛烈な批判を表明した。(※1)
恒大グループと言えば不動産不況の中で経営破綻を迎えた企業である。
業界内の痴話げんかといえばそれまでだが、絶好調に見えていた中国EV市場の変調を裏付ける一幕である。
中国自動車工業協会(CAAM)は「公平な競争秩序の維持、産業の健全な発展促進に関する提唱」を公表した。その中で、①全企業が法令を順守し公正な競争原則を守ること、②優位企業は市場独占を避け他社の権利を保護すること、③法的に許容される価格調整を除き、原価割れ販売や虚偽広告の禁止、④自主的な点検と是正を実施し、品質低下や消費者被害を防ぐことを指導している。
工業情報化部(MIIT)は「価格戦争には勝者も未来もない」と、CAAMの考えに沿って不公正競争や虚偽広告への監視を強化すると表明している。
■有価証券報告書とは大きく異なる実態
BYDの価格攻勢は同社のコスト競争力に裏付けされたものであることに疑いはない。しかし、国家戦略と戦略産業クラスターに行き過ぎた競争激化を生じさせる構造問題があるのであれば、それは中央政府として見過ごすことはできないだろう。
産業が瓦解し世界のユーザーからの信頼を失った時、国家戦略としてのデジタルチャイナの基盤を揺さぶる事態となる。
中央政府の行動は早かった。2025年6月1日に中国政府(国務院)は中小企業保護を目指し、「中小企業代金支払保障条例」の改正を公布した。日本国内でも多くのメディアが報じた重大な新ルールである。大企業はサプライヤーが納品後60日以内に代金を支払うことが義務化されたのである。
BYDだけに限らず、中国自動車産業はEVで急成長する一方、サプライヤーへの支払いを延長し、手形の電子決算システムで運転資金を稼ぎ、無利子の資金調達が値引き競争の原資となっていたのである。
有価証券報告書で計算する2024年度の買掛債務回転日数は、BYD127日、ジーリー127日、長城汽車163日で、概ね4~5カ月となる。しかし、実態はかなり違うようである。先述の湯進(タンジン)氏のデータに基づけば、納品から現金化までの期間は、BYDで210~270日、その他の中国大手メーカーも90~270日と非常に長期化している。
■債務は貸借対照表上の金額よりも5兆円多い
部品納入の90日以内にサプライヤーに買掛金の半分を現金で支払い、残りは手形で決済することが中国メーカーの一般的取引である。BYDは独自の電子決済プラットフォームの「迪鏈(Dチェーン)」を経由してデジタル債権で決済をする。
Dチェーンはそこから180日後に現金化(現金化に最大270日が必要)できるのであるが、サプライヤーは自身の買掛金の決済にDチェーンを用い、下請けはその下請けにDチェーン決済をするという。
全体把握が困難な債権がサプライチェーン全体に蔓延する。自動車メーカーの貸借対照表上では90日目に支払い済みとなって買掛債務が減少するのだが、実際は決済されていない債務がサプライチェーン全体に飛ばされるようになっている。
この全体像を1つの「仮説」として世に知らしめたのが香港を拠点とするGMTリサーチであった。同社は90日を超える買掛金を債務として会計数値に調整を入れた結果、実際の債務は貸借対照表上の金額よりも5兆円多いという。
■BYDだけではない中国全体の問題
BYDばかりに批判が集中しているが、これは「中国あるある」なのだ。
「自動車メーカーにとって、支払期間(業界平均約180日)を60日に短縮すると、追加の資金調達が必要となり、財務コストが一気に膨らむ。研究開発投資にも影響し、成長にブレーキがかかるリスクもある。条例では、中小企業に対する実施基準の詳細が公表されていないため、法的拘束力には限界がある」と、湯氏は解決の難しさを指摘する。
中国大手メーカー17社はBYDを筆頭にサプライヤーに60日以内の支払いを行うと表明済みである。その中でも、北京汽車、上海汽車は商業手形や電子手形ではなく、現金払いを前提とする方針を明確に示した。メディアの報道に基づけば、サプライヤーは当然これを歓迎するも、難しい変革となる現実的な認識も示している。
■中央政府vs中国自動車市場
過剰な価格競争と不健全なEV市場の量的拡大に終止符を打ち、質を伴う持続可能な市場へ転換させるという政府の強い意思が読み取れる。中国政府は現在のEV市場環境を「内巻式競争」と位置づけ、一連の是正措置を徹底して実施する構えである。
「内巻」は日本ではなじみが薄いが、価値を毀損する過度の値引きや虚偽広告、過度な競争状態を指す概念である。
すでに、中央政府、CAAM、MIITは現在の中国自動車市場を「内巻式競争」と判断しており、監視や指導の強化、原則遵守の徹底は地方政府にも波及し始めている。不動産業界は少々の荒療治も可能であるが、デジタルチャイナ国家戦略の要である自動車産業が、現下の不動産業のように転落することは許されない。
過度な値引き競争や過剰な設備投資による産業全体の健全性の毀損を防ぎ、品質・安全を高めることで持続可能な成長軌道へ導くため、政府は「反内巻」政策を強化している。
(※1)“China auto shares sink after BYD offers trade-in incentives”ロイター、2025年5月27日、https://www.reuters.com/business/autos-transportation/china-auto-shares-sink-after-byd-offers-trade-in-incentives-2025-05-26/?utm_source=chatgpt.com
(※2)「中国BYDのEV大幅値下げでメーカー間の対立が激化」ロイター、2025年6月10日、https://jp.reuters.com/world/environment/YHUB4RQVEVJY7HPFRHKN3GIAHY-2025-06-09/?utm_source=chatgpt.com
----------
中西 孝樹(なかにし・たかき)
ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト
オレゴン大学卒。山一證券,メリルリンチ証券等を経て,JPモルガン証券東京支店株式調査部長,アライアンス・バーンスタインのグロース株式調査部長を歴任。現在は,株式会社ナカニシ自動車産業リサーチ代表アナリスト。国内外のアナリストランキングで6年連続第1位など不動の地位を保った日本を代表する自動車アナリスト。著書に『トヨタのEV戦争』(講談社ビーシー),『自動車新常態』『CASE革命』『トヨタ対VW』(いずれも日本経済新聞出版)など多数。
----------
(ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト 中西 孝樹)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
