■高市首相が言う「強い経済」とは
政権発足以降、高市首相は“責任ある積極財政”を実行し、強い経済をつくると繰り返し主張している。首相が言う強い経済とは、わが国の経済をかつてのように強力にして、わたしたちが希望をもって毎日の暮らしていける環境のことを言うのだろう。

経済を強くするとは、経済が安定して成長することが必要だ。具体的に、企業は、人々が欲しいと思うモノやサービスを創出し、それによって成長し、そこで働く人の給料が物価の上昇率を上回ることが重要だ。また、年金生活者も、受給する年金で安心して生活することができることも大切だろう。
そうした経済の環境をつくるため、現在、高市首相は主に3つの壁を打ち破る必要がある。3つとは、「物価上昇・金利上昇・円安」だ。
■3つの課題がさらに悪化する恐れも
この3つの課題は単体ではなく、密接に結びついている。大規模な経済対策の効果で、一時的に景気の浮揚感は出るかもしれないが、わが国の政府が3つの問題を解決しない限り、長い目で見て、わたしたちの生活を守ることは難しい。
高市首相の政策内容を見ると、3つの壁を克服する取り組む姿勢はあまり見当たらない。むしろ、インフレ環境下での大規模財政出動で物価上昇は加速し、悪い金利上昇、それを反映した円安の問題は深刻化する懸念がある。
高市首相の基本的な考え方が変わらない限り、同政権への過度な期待は避けたほうがよいかもしれない。
■21兆円の経済対策で物価上昇は止まる?
現在、日本経済はさまざまな課題を抱えている。その中で、最も差し迫った課題は、物価の上昇、金利上昇、円安の進行だ。

過去約3年間、わが国の物価は上昇基調で推移してきた。今年10月、消費者物価の総合指数は前年同月比で3.0%上昇した。うるち米(コシヒカリを除く)は同39.6%、チョコレートは36.9%上昇した。
主に生活に必要な品目の価格上昇は賃金の伸びを上回り、個人消費に勢いはない。人手不足による人件費の上昇も物価押し上げ要因になった。ここへきてやや落ち着いたものの、人手不足の問題は今後も国内の物価上昇要因になるだろう。
高市首相は政権の発足直後から、物価対策を最重要課題に掲げた。11月21日、打ち出した総合経済対策は21.3兆円と大方の予想を上回った。財務相の当初案は17兆円と昨年の経済対策を上回る規模だったが、高市首相は積み増しを指示した。
自民党内部からは、「やりすぎではないか」との指摘が出たようだ。経済対策は、主に物価高で困っている人々を救済する政策で、物価の上昇に歯止めをかけるものではない。
■「悪い金利上昇」が起きてしまった
物価上昇と、財政規律への懸念から長期金利は上昇傾向にある。
高市政権で国債増発の懸念が高まり、10年を超える年限の金利上昇は鮮明化した。財政悪化さらには財政破綻リスクを反映した、悪い金利上昇である。
名目金利からインフレ率を引いた実質金利が、マイナスの通貨に投資する意義はあまり見当たらない。むしろ、資金を借り入れて他の通貨に投資する=ファンディング通貨に使う投資家は増える。高市政権の発足をきっかけに、政府は日銀に緩和的な金融環境の継続を要請するとの見方も増え、円安は加速した。
それに加えて、財源を欠いた経済対策実施で財政悪化懸念は高まった。11月20日、1ドル=157円台後半まで円は下落した。円安は輸入物価の上昇要因になる。物価上昇は加速するだろう。円安の進行、物価上昇で日銀の利上げ観測は高まり、金利も上昇した。
■インフレ環境で景気刺激策を強行するリスク
現在、わが国の経済全体で需要は供給を上回って推移している(供給制約)。経済学の理論では、インフレ環境では、中央銀行が利上げを行って物価の上昇を抑えることが必要だ。

それと同時に、政府は、的を絞った財政出動を進めつつ、主には規制緩和や先端分野での研究開発、設備投資の支援を実施するなど構造改革を実行する必要性は高まる。その成果として、成長期待が経済全体で高まり、新しい需要創出に取り組む企業が増加する。それは、物価の安定と持続的な経済成長につながるはずだ。
ところが、高市政権は、物価が上昇している中で、アベノミクス時のような景気刺激策を重視している。「責任ある積極財政」に基づき戦略的に財政出動を実行する。税率は引き上げない。それにより、わが国の供給制約を打破し、企業業績の拡大と所得増加を実現するのが高市首相の主張だ。ただ、高市首相は財政出動の財源をどうするか、明確な方策を示していない。結局、国債発行に依存することになる。
■このままでは英国やトルコの二の舞になる
首相は、日本成長戦略会議、経済財政諮問会議の議員に、積極財政・金融緩和策を重視するリフレ派人材を複数登用した。11月21日に公表した、「強い経済」を実現する総合経済対策は、わが国経済は“デフレ・コストカット型経済”にあると指摘した。高市首相の、経済認識は依然としてデフレを前提にしているように見える。
それは、インフレ状況にあるわが国経済の実態と異なっているとの指摘は多い。
物価が上昇している中で、積極的な財政政策を打つとインフレ率はさらに上昇する恐れは高い。そうした例は、英国、トルコなどにみられる。物価上昇圧力を反映して金利は上昇する恐れは高い。特に、財政悪化懸念から、残存年数が長い超長期金利は跳ね上がるだろう。投資家は財政悪化リスクが高い国の通貨を安心して持ちにくい。
今後、日銀の利上げがあっても、そのペースは極めて慎重かつ小幅なものにとどまる可能性は高い。円売り圧力を解消し、経済の安定した成長に必要な為替レートの実現をわが国が目指すことは容易ではない状況が続くと懸念される。
■高市政権は圧倒的な支持率を誇るが…
現状、高市政権の支持率は(調査機関にもよるが)60%後半から70%台と高い水準を維持している。世論は、高市政権の大型経済対策を評価していると考えられる。確かに、一時的なインパクトとして、今回の経済対策の実施により10~12月期のわが国の実質GDP成長率がプラスに反発する可能性はある。
ただ、長い目で見て持続的に経済が望ましい方向に向かうかといえば、疑問の余地もあるだろう。
現在の世界経済では、AI(人工知能)、AIを搭載したヒューマノイド(人型ロボット)の成長期待は高まっている。
わが国にとって、関連分野で研究開発を支援し、起業や設備投資の増加を支援する必要性は高い。それと同時に、支援策の財源を確保し、財政の健全化を推進することも求められる。構造改革に伴う失業などに対応するため、学びなおしや職業訓練を拡充する。それは、あるべき経済政策の一例といえる。
今までのところ、高市政権はこうした方策をあまり示していない。高市政策で、中長期的にわが国経済がどう成長し、わたしたちの生活がどうなるか、具体的なイメージを持つことは難しい。海外の投資家の中にも、高市政策の先行きに不透明感を持つ者は多いようだ。
■食料品も住宅ローン金利も高くなる
物価上昇率が3%程度で推移する中、高市首相は国債を増発し、危機管理投資や成長投資を推進しようとしている。それに伴い、金利にも追加的な上昇圧力がかかる展開が想定される。
財政の持続性への懸念上昇から、円を売る投資家も増えるだろう。物価、金利、為替の3つの課題は相互に影響し合い、長い目で見ると、わたしたちの生活負担は上昇すると懸念される。

食料や日用品の価格上昇、住宅ローン金利や中小企業などの借入金利の上昇、さらには輸入物価上振れと、高市政権下でわたしたちの生活は一段と苦しくなる恐れは増すだろう。
政府は、一時的な痛みを伴うものの、中長期的なわが国経済の実力向上に必要な構造改革を実行する必要がある。その対応が遅れることにより、世界経済における日本経済の地位が低下することにならないか、とても気がかりだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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