離婚時、子どもの親権はどのように決まるのか。弁護士の山岸久朗さんは「親権者を決める判断材料に『母性優先の原則』があり、裁判で長期に闘っても最終的には母親側が勝つことが圧倒的に多い。
裁判で父親が親権を取れた事例は、長い弁護士人生の中で2回しかなかった」という――。(第2回)
※本稿は、山岸久朗『人生のトラブル、相場はいくら?』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■離婚でお金よりずっと揉めること
よく、芸能人など有名人が離婚したとき、「親権は○○さんが持つことになった」と情報番組で紹介されることが多いですね。親権とはそもそも何でしょうか。
親権とは未成年の子どもの利益のために親が子どもを養育・監護する権利であり義務を指します。具体的に法律で定められているのは「身上監護権」と「財産管理権」です。
「身上監護権」は子どもを監護、教育する権利で、たとえば受験する場合の同意書に記載する権限などです。
「財産管理権」は子どもの財産を管理し、これに関する法律行為を代理する権利、たとえばバイクを買うので親権者のサインが必要という場合などを言います。これをどちらが持つかを決めるわけです。
協議離婚の場合はどちらが親権を持つかを話し合い、合意したら離婚届の「未成年の子の氏名」の「夫が親権を行う子」か「妻が親権を行う子」の欄に子どもの名前を書きます。
夫婦が離婚に同意していても、子どもの親権が決まらない場合は離婚はできません。どちらが親権を持つか合意できない場合は調停が行われます。

私の経験から言うと、離婚する夫婦は慰謝料または財産分与など、お金に関しては最終的にはどこかで折り合いをつけます。しかし、こと子どもの問題に関しては一度揉め始めたら最後まで揉め、長期化する場合が多いです。その一番多い例が親権です。金については折れても子どものことは折れないのです。
■父親が親権を取れないワケ
現在、家庭裁判所で使われる言葉に「母性優先の原則」というものがあります。子どもの親権者は母性を有する者が望ましいという考え方で、家庭裁判所が親権者を決める判断の一つになっています。父が親権者になることはほぼなく、裁判で長期に闘っても最終的にはお母さん側が勝つことが圧倒的に多いです。
私のところに法律相談に来る男性でもまず、「親権を取りたいのですが、勝てますか」と言う人が結構います。私は事実を丁寧に聴取した上で、現在の家裁の実情を説明し、父親が親権を取るのは至難の業と伝えています。
「会社員をなさっていますが普段、夜は何時ごろに帰宅しますか」「あなたがいない時間はだれが子どもを養育するのですか」「子どもが熱を出したときにいつでも早退できますか」そう伝えるとたいていの男性は諦めます。
父親が親権を取ろうとしたら転職するなどして仕事をセーブしたり、実家の近くに転居して昼間は親にサポートしてもらったりすることが必要です。現状を考え、がっくり肩を落として泣く泣く諦める人がたくさんいます(ただし、この説明は、新しく始まる共同親権制度を度外視した説明です)。

■不倫母を味方した「母性優先の原則」
例外的に次のような事例がありましたので紹介します。
私が法律相談を受けた男性が、長期にわたって親権を争った事例です。Aさん(当時35歳)はあるとき、妻が浮気しているのではないかと思いました。そこで自宅の玄関に隠しカメラを仕掛け、2人の子ども(ともに男児、当時5歳と2歳)を連れてわざと外出しました。するとその日、別の男性を自宅に招き入れている様子がちゃんとカメラに映っていました。
夫は妻を家から追い出し、私に離婚調停を依頼したので、家裁に申立しました。妻は不貞行為を認め、妻の不貞行為による離婚ということになりました。さて、親権をどうするかです。
皆さんは「子どもがいるのに男性を家に招き入れるような人間に親権は渡せないのでは?」と思うでしょう。ところがこの妻は、「不倫したことはごめんなさい。慰謝料も払います。でも親権は全く別問題だから絶対に欲しい」と言ったのです。

法律では不貞行為が離婚原因であることと、親権をどちらが取るかは切り離して考えられています。ですからこの妻の主張は実は間違っていないのです。
私は夫側の弁護士として調停と裁判を闘いました。結果はどうなったでしょう。裁判官は妻に親権を与えるという判決を下しました。やはり、「母性優先の原則」が強かったのです。
■法に背いた父の執念
私は『子どもにとって母は絶対に必要、父よりも母が必要』という考え方は、100%そうとは言い切れないと思っています。個々の家庭の実情に合わせて、場合によっては男性に親権を与える判決も下すべきだと思うのですが、なかなかそうはなりません。
裁判所は「母性優先の原則」を盾にして、細かい事情を見ずに、一律母親と判断して、楽しようとしているのではないか。
さて、Aさんはどうしたでしょう。Aさんは「絶対に親権を取る!」と言ってそれまでの仕事を辞め、パートタイムの仕事に就いて子どもたちの世話を始めました。
すでに判決は出ているので、いつ子どもたちの引き渡しの強制執行があるか分かりません。
Aさんは必死になって自分が子どもの面倒を見ることができるという既成事実を作ろうとしたのです。
私も元妻側の弁護士から「早く引き渡しなさい。もう判決は出てるんだから」とさんざん怒られました。私は、「私もそのように本人に話しましたが、本人がどうしても渡さへんと言ってるんで打つ手なしです。先生もAさんの気持ちは分かるでしょう。もしもお宅の奥さんが浮気して出ていって親権欲しいと言ったら、『何を言うてきとんねん』と思うでしょう?」と言ってやりました。
■元妻側の逆襲
しかし、判決から1~2年経ったころ、強制執行という手続きが取られ、突然、裁判所から執行官という人が雇われて元妻に同行し、夫と子らの住む家に、子どもらを強制的に連れ去るために不意打ちでやってきました。
もう子どもも大きくなって野球チームに入ったりしていて地域のコミュニティに溶け込んでいました。私はその場にいなかったのですが、後から聞くといざ強制執行になったとき、近所のおじちゃんやおばちゃんがみんな出てきて執行官に「帰れ、帰れ」と声を合わせてシュプレヒコールを浴びせたそうです。当の子どもたちも「ここにいたい」と言って泣いて嫌がったそうです。
ここで注意しなくてはいけないのは、子どもというものは本能的に育ててもらっている側に良い顔をする傾向があるということです。「父といたい」と言ってもそれが本心かどうか分からず、感謝の気持ちから父の気持ちを忖度して言っている可能性があることを理解しないと本質を見失うことがあります。
このあたりは繊細に判断しなくてはいけません。
都合3時間ほどのやり取りの結果、日もとっぷりと暮れ、執行官もこと子どもの引き渡しとなると繊細なので、元妻に「もう今日は無理でしょう。これ以上やったら子どもの心を傷つけるので帰りましょう」と説得しました。元妻は泣き喚きながら帰っていったそうです。
■法廷に響いた兄弟の慟哭
でも、これで終わったわけではありません。その後、元妻は「人身保護請求」という特殊な裁判を起こしました。人身保護請求とは、本来は、矯正施設に誤って入れられた人を救うような特別な手続きなのに、最近は子の引き渡しの裁判に流用されているのです。簡単に言うと、親権者の母親に子どもを引き渡すことを要求する裁判です。
私はAさん側の弁護士として呼ばれ、Aさん、元妻、当時中学1年生(12歳)と小学3年生(9歳)の2人の子どもたちで争われました。子どもたちには裁判所が選んだ子ども専用の第三者の弁護士がつきました。
法廷で、裁判官は元夫婦を和解させようとあの手この手の案を出しました。しかし、双方とも頑として譲りません。

裁判官は、なかなか和解ができないので、面倒くさそうに、「じゃあ判決を出します」と言い、法廷の中央に子どもたち2人を立たせました。
そして、裁判官が読み上げた判決はというと、「兄は自分の意思どおり父の元で暮らしなさい。弟はまだ小さいので母と暮らすこと」と言いました。2人を分けることで元夫婦のバランスを取ろうとしたんだと思います。
その判決を聞いた途端、兄弟は、法廷の中央で、ひっしと抱き合って、大声で泣きました。「お兄ちゃんと離れたくない」「弟と離れたくない」と大声で求めました。その様子を見て私も嗚咽しました。
すると裁判官は、顔の筋肉を1ミリも動かさずに、「ほら、早く離れて。それぞれお父さんとお母さんのとこに行って」と言いました。
■「子どもの幸せ」を願うなら…
私は、思わず裁判官に向かって「おんどれは鬼か(『あなたは鬼ですか』という意味の関西弁です)。子どもらの気持ちが分からんのか。ここで無理に兄弟を引きはがしたら、一生心に残る傷ができるぞ」と叫びました。
すると、子どもの弁護士が「子どもたちの心情を思うと、さすがにそれは厳しい判決なのでは」と裁判官に対して意見を述べました(その弁護人は「子どもの権利委員会」に所属していて子どもの権利を守ることを専門にしている人です。
「子どもの権利委員会」は日本弁護士連合会が子どもの権利保障を確立するために設置している委員会で、学校でのいじめや家庭での虐待など子どもの人権問題に関する調査・研究・提言・家庭裁判所での子どもの代理人活動などの課題に取り組んでいます。
私も、駆け出しのころは、「子どもの権利委員会」に所属していましたが、何度か少年事件で子どもに裏切られ、行かなくなってしまいました)。
すると裁判官たちが集まって合議をした上で、元妻が別室に呼ばれ、「本裁判は本来の姿ではなく特例として行われているが、どうしても子どもたちを引き離して渡せというのは子どもの心にさらに傷がつくので裁判所としてはできない」と伝えたそうです。
■それでも、父親が親権を取るのは至難の業
最終的に元妻側の弁護士が諦めるように元妻を説得し、元妻は怒って般若のような目をしていましたが、弁護士が連れて帰りました。夕方から行われた裁判ですが、裁判所を出たのは夜中になっていました。その後、私からさらに裁判を起こしました。親権をお父さんに変更すべきという裁判です。
すでに2人の子どもが成長していて自分の意思をはっきりと言える年齢になっていたので、お父さんがいいと意思表明できたことと、また、長期間にわたって父親が養育している実績が重視されて、Aさんが兄弟両方の親権者になることができました。
私としては私の指導ではないものの、Aさんが裁判所の判決や強制執行という法的手続きに全く従わなかったわけなので複雑な思いでした。その反面、Aさんと子どもたちはたいへん私に感謝してくださり、今も3人で幸福に暮らしています。
もう1件、父親が親権者になれた例があります。それは夫が船乗りで長期に家を留守にしている家庭でした。
夫が不在の間、妻は乳児をひとりで家に置き去りにしたまま、毎日のように風俗業のアルバイトをしていました。それが分かって裁判になり親権が争われましたが、妻のネグレクト(育児放棄。幼児虐待の一種)が認められて、夫が親権者になることができました。
逆に言えば私の長い弁護士生活で裁判になって夫(父親)が親権を取れたのはこの2例だけです。

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山岸 久朗(やまぎし・ひさお)

弁護士

大阪府生まれ。神戸大学法学部卒業。2000年司法試験合格。2002年大阪弁護士会に弁護士登録。2007年山岸久朗法律事務所開設。なにわの熱血弁護士として多岐にわたる法律問題の解決に奔走するかたわら、毎日放送「せやねん!」、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、TBS「グッとラック」等のレギュラーコメンテーターを経て、現在もテレビ、ラジオ、監修など、様々なメディアで活躍中。趣味は食べ歩きとインスタグラム、特技は空手。

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(弁護士 山岸 久朗)
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