ネガティブなことばは、心身に悪い影響を及ぼすことが研究で明らかになっている。言語学者の堀田秀吾さんは「だからと言って、無理してポジティブなことばを多用する必要はない。
まずは、ネガティブなことばを言わないように心がけることからはじめるといい」という――。(第1回)
※本稿は、堀田秀吾『最先端研究で分かった頭のいい人がやっている 言語化の習慣』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■悪いことばは心身に悪影響
ネガティブなことばを無意識に口にしている方は、要注意です。
ことばはただの音ではありません。声に出して発したことばは、脳に直接働きかけ、感情や思考、さらには身体の反応にまで影響を及ぼすことが、近年の脳科学や心理学の研究で明らかになっています。
ネガティブなことを言う、特に、ネガティブな感情について話すことで、参加者はより多くの課題の間違いを犯し、心拍数も高くなり、自律神経にも影響があることがワシントン大学のバーブリッジらの研究によって明らかになっています。
トーマス・ジェファーソン大学病院のニューバーグとロヨラ・メリーマウント大学のウォルドマンの研究では、たとえば「希望」「愛」「平和」のようなポジティブな語は、脳内の前頭前皮質を活性化させ、自己制御・意欲・共感といった機能を高めることが示されています。逆に、「無理」「ムカつく」「最悪」といったネガティブな語は、感情と深く関わる扁桃体を刺激し、不安や攻撃性を高め、思考の柔軟性を下げてしまうというとのことです。
また、マリアグジェゴジェフスカ大学のカジミェルチャクらは、ネガティブなことばをより多く使う人は、時間の経過とともに抑うつや不安の症状が悪化する傾向が強く見られる一方で、ポジティブなことばをより多く使う人は、症状がわずかに改善する傾向が見られることを報告しています。
■無理な「ポジティブ」は逆効果
このように、「前向きなことば」は、脳の中でも前向きな反応を引き出すスイッチになっています。
ただし、注意したいのは、実は、ポジティブなことばを「無理に使おう」とすることが、かえって逆効果になる場合もあるという点です。心理学では、信念に反する情報に出くわしたときに、それを受け入れることなく、もともとの信念がかえって強化される傾向のことを「バックファイア効果」と呼びますが、この場合も、もともとの「ポジティブではない」気持ちが強化される可能性があるということです。

特に、もともとネガティブ気質の人が、自分の感情にそぐわない前向きなことばを無理に繰り返すと、かえって違和感や反発を覚え、逆にストレスが増してしまうことがあります。たとえば、落ち込んでいるときに「私は幸せだ」と唱えると、「そんなわけがない」と脳が反論し、自己肯定感がむしろ下がってしまうのです。
このように、「ポジティブであらねばならない」というプレッシャーは、時に心の自然な動きを妨げます。ですから、無理に明るいことばを口にする必要はありません。
■ネガティブ人間でも使える簡単な口ぐせ
では、もともとネガティブな人はどうするべきなのか?
フロリダ大学のハバーとアイオワ大学のアルトメイヤーの実験では、恐怖症をもっている人は、ネガティブな「過去」の内容のセルフトーク(自分への声かけ)が多く、それが現在の恐怖を強める一因となっているということを明らかにしました。
また、ネガティブなことばを頻繁に使用する人は、満足度や肯定的な感情が低い傾向にあることもわかっています。
ですから、まずは、少なくとも「ネガティブなことば」を減らしてみましょう。無理にポジティブなことばを口にしなくていいので、ただ、ネガティブなことばを言わないように心がけるのです。
ことばを変えると、人生が変わる、などと聞くと大げさに聞こえるかもしれません。ですが、「うまくいく気がしないな」と思ったときに、とりあえず「やってみなきゃわからないよな」と言ってみる。そして可能であれば、もっとポジティブに言い換えて、「でもやってみる価値はある」と言い直すだけでも、脳の反応は変わります。ほんの小さな言い換えが、少しずつ思考の枠組みを変え、やがて行動や結果にまでつながっていくのです。

[言語化のよい習慣]

ネガティブなことばを減らし、「やってみる価値はある」を口ぐせに。
■「考えるな」と言われるほど考えてしまう
「○○しない」のように自分にも言い聞かせること、あるいは、他人の行動を制することは、誰しも経験があることではないかと思います。ところが、こうした「○○しないように」という否定的な指示は、しばしば逆効果を生むということが、心理学の世界ではよく知られています。
この現象を説明する理論のひとつが、ハーバード大学のウェグナーが提唱した「アイロニック・プロセス理論」です。ウェグナーらの有名な実験に、「白くま実験」というのがあります。実験参加者に「白くまのことを考えないでください」と指示すると、たったそれだけで、多くの人がかえって白くまのことを考えてしまうのです。
人間の脳には「意識的に避けようとすると、かえってその対象に意識が向いてしまう」という皮肉な性質があるわけです。
ウェグナーによれば、私たちは何かを避けようとするとき、2つの脳内プロセスが働いています。ひとつは、避けたい対象を排除しようとする「意識的な働き」。もうひとつは、その対象が意識に入り込んでいないかを監視する「無意識的な働き」です。この後者の「監視役」が、結果としてその対象を何度も脳内に浮かび上がらせてしまうのです。
この傾向は、ストレスが高いときや疲労がたまっているときほど強くなります。
「怒らないようにしよう」と思っていたのに、なぜかよりイライラが募ってしまう。そんな経験がある人も多いはずです。
■行動を変えるなら「どうするか」を言語化
また、他人から「○○しないで」と言われると、反発して逆にしたくなることがあります。人間には「誰からも命令されずに自由でいたい」という欲求があります。他人からの命令は、自分の「自由欲求」を阻害するもの。自由欲求が阻害されると、自分の自由を取り戻そうとして、本当は自分でもそうしないようにしようと思っていたことでも、あえて言われたことに反抗するのです。
さらに、否定的なことばは、イメージを伴いにくいという問題もあります。「○○しないように」ということばでは、「しない」という行動が頭の中で再生されにくいため、脳はその代わりに「している」イメージを再生してしまうのです。
だからこそ、行動を変えたいとき、伝えたいときには、「○○しない」ではなく、「○○する」の形で意識を向け直すことが有効です。たとえば、「怒らないように」ではなく「落ち着いて話そう」と言い換える。「夜ふかししないように」ではなく、「○時に寝よう」と具体的な行動を設定する。そのほうが、脳は素直にその方向に向かいやすいのです。

ことばは、単なる情報伝達の手段ではありません。それは、脳と心に働きかける「スイッチ」。だからこそ、どんなことばで自分を導くのか。その選び方が、行動や感情を左右する鍵になるのです。
[言語化のよい習慣]

「○○しない」ではなく、具体的な行動をことばにする。

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。2000年、立命館大学法学部助教授。2005年、ヨーク大学オズグッドホール・ロースクール修士課程修了、2008年同博士課程単位取得退学。2008年、明治大学法学部准教授。2010年、明治大学法学部教授。司法分野におけるコミュニケーションに関して、社会言語学、心理言語学、脳科学などのさまざまな学術分野の知見を融合した多角的な研究を国内外で展開している。また、研究以外の活動も積極的に行っており、企業の顧問や芸能事務所の監修、ワイドショーのレギュラー・コメンテーターなども務める。
著書に『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング/共著)、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『図解ストレス解消大全』(SBクリエイティブ)など多数。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)
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